第20回「高速道路は時代遅れになる⁈(2)――〈Highways to Boulevards〉の成功事例・苦戦事例」連載『変わりゆくアメリカからさぐる都市のかたち』
強行に進むヒューストンの拡張/延伸計画
ヒューストンのダウンタウンを走るI-45の拡張/延伸計画は、その事例です。I-45の交通量は2040年までに40%増える、と予測されています。この増量を処理するためには、「拡張/延伸は必至」という判断です。計画では、沿道で大規模な立ち退きが予定されています。住民発の反対運動が起きましたが、テキサス州交通局(Texas Department of Transportation, TxDOT)に押し切られ、計画は「Go!」になりました。
TxDOTは道路の新設・拡張・延伸のために、今後10年間で1000億ドルを投資する方針を示しています(Governor Abbot, TxDOT developing record $100 billion plan for projects across the state, Feb. 23, 2023)。この巨額な道路投資の背景には、「道路の開発(新設)、再開発(拡張/延伸)は交通渋滞を緩和し、交通事故を減らす。経済活動にプラスし、結局は豊かな暮らしの実現につながる」という盲信があります。
「LRT(新交通システム)などの公共交通を整備しよう」という代替案の検討にはなかなか転じないのです。州によっては、州交通局の予算は道路関係にしか使えない、という規定があります。
“Safety is a top priority for TxDOT, and these funding levels reflect that,” said TxDOT Executive Director Marc Williams. “This historic Unified Transportation Plan allows the department to deliver on a record number of projects that are not only innovative but will help improve safety for all Texans. These efforts can, and do, have real impacts on our ability to drastically reduce fatalities on our roadways.”
人権侵害への懸念と草の根の反対運動
TxDOTの投資計画には、高速道路の「強化」が含まれています。サンベルトにあるテキサスは経済成長が急です。ヒューストン、オースチン、アントニオは人口が急増しています。半面、都市圏内の公共交通の整備が遅れています。そのためマイカーによる移動が当たり前です。車交通が加速的に増加し、交通渋滞、排ガスによる大気汚染が深刻です。
ヒューストンを走るI-45は、環状道路(Loop-61)と南北で交差し、さらにその内側にあるダウンタウンを貫通して走っています。TxDOTは交通渋滞が酷いことを理由に、2001年以来、I-45の拡張、及びルート変更を検討してきました(The North Houston Highway Improvement Project、投資額95億ドル)。そして2021年、「計画Go!」の判断を下しました。
計画通りに拡張工事が行われると、黒人、ヒスパニック居住区が大きな影響を受けます。界隈にある331のスモールビジネス(25000人が働く)、1200戸の住宅、5教会が解体され、立ち退きを強いられます。
さらに学校や医療機関も撤去の対象になっていました。界隈の住民を中心にStop TxDOT I-45などの、草の根発の反対運動が組織されました。「人種差別的な高速道路計画である。マイノリティ虐めの人権侵害が起きる」と訴え、計画の中止を求めました(Stop TxDOT I-45のホームページ)。
ヒューストンに郡庁舎があるハリス郡が計画の変更を求める訴訟を起こしました。訴状には、「I-45計画は郊外暮らしの人々には便益が大きいが、Loopの内側の住民やビジネスは一方的に負担を押し付けられる。不平等で差別的な計画である」と書き込まれていました。また、訴状は「環境調査が不十分である」と指摘していました。
連邦政府の介入
トランプ時代の連邦政府(連邦高速道局=Federal Highway Administration, FHWA)はTxDOTに寄り添う姿勢を示していましたが、バイデン政権では対応が変わりました。FHWAは「環境アセスメントの不備、及び人権侵害の恐れがある」と指摘し、計画の2年間の差し留めを指示しました(公民権法の規定Title Ⅵ違反の疑い)。工事費には、連邦政府からの補助金が含まれています。そのためFHWAの了解がないと動かないプロジェクトでした。
連邦政府が州政府の高速道路計画に介入するのは珍しい事例でした。他の都市で高速道路計画に反対している市民運動から喝采の声が上がりました。そして「うちの都市の高速道路計画にも介入し、プロジェクトを止めてください」という要請メールがFHWAに多く寄せられました。
しかし、政府間の対峙はそこまででした。ハリス郡、ヒューストン市はTxDOTと争点をめぐって話し合いを幾度か重ねて妥協し、覚書を交わし、ハリス郡は訴訟を取り下げました。FWHAも「計画にTitleⅥ違反はない」と判断し、TxDOTと随意合意協定(voluntary resolution agreement)を締結して計画に「OK」を出しました。合意協定には、
- 立ち退きの緩和処置を取る(アフォーダブル=手ごろな家賃で借りられる住宅を、当初計画よりも多く供給する)
- 公園、散策道、自転車道などを整備する
- 大気汚染の緩和に努め、汚染監視装置を準備する
- コミュニティと定期的に会合を持つ
――などが記載されました。
市民運動側は、拡張/延伸計画に「No!」の姿勢を変わることなく堅持しています。これまでのTxDOTの対応に不信感を募らせており、合意協定が誠実に履行されるか厳しく監視することにしています。
TxDOTは、立ち退き対象の不動産を市場価格で買い取ることを提案しています。
しかし、不動産市場が沸騰しています。売って得た資金で同じ広さの住宅を、はたして何処に購入できるのか、住民の間に疑念が広がっています。また、新天地で新たにスモールビジネスを始めることには、大きなリスクが伴います。親の代から親しくしてきた近隣住民がバラバラに散らばって暮らすことになります。住民の間に、そのことに対する不安が募っています。
I-45の拡張/延伸は、早ければ2024年にも始まります。工事は2042年まで続きます。工事期間の交通渋滞は、現状の比ではないレベルまで悪化します。