第18回「大統領選を左右するラストベルトの近況(3)――ハイテククラスターの形成に伴走して街が活性化する」連載『変わりゆくアメリカからさぐる都市のかたち』

郊外化の影響から成長を遂げたシンシナチ

コロンバスから州際高速道路を南に2時間走るとシンシナチ(31万人)です。オハイオ川を渡るとケンタッキーです。同じ州内にある重工業都市のクリーブランドとは、産業史が幾分か違っています。

シンシナチの場合、煤煙型都市の歴史は相対的に希薄でした。それでも郊外化の影響が深刻でした。ダウンタウン、そこに隣接するインナーシティ(Over-the-Rhine=ライン)では、20世紀央以来、オフィスビルや店舗、それに工場、倉庫が荒廃し、空き住宅が連棟していました。

ダウンタウンには、世界最大級のスーパーマーケットチェーンKroger、洗剤/化粧品/水回りの日用品を扱うProcter & Gamble(P & G)の本社があります。

郊外には、子供病院(Cincinnati  Children’s Hospital Medical Center)があります。国内最上位にランクされる子供病院です(2023-24年、US News & World Report)。
外来患者を含めて年間130万人弱の患者を受け入れています。国立衛生研究所(NIH)から多額の研究費を獲得し、先端的な医学研究が行われています。国内外から多くの研修医を受け入れています。州立のシンシナチ大学(UC)の医学センターと研究/医療で連携しています。

したがってシンシナチでは、医学/医療、それにバイオ系クラスターの形成がIT 系に先行しました。
それでもITハイテク系異業種交流のNPO、The Circuitが1996年にスタートしていました。他のラストベルト都市と競って2010年ごろからは、ITハイテク系のビジネスネットワークの構築が始まりました。創造階級の流入がありました。UCが情報通信、データーベース系の学科を次々と新設しました。
その結果、シンシナチは、「ハイテク雇用が中西部都市で第2位の成長」と称賛されるようになりました(Cincinnati 2nd-fast-growing Midwest city for high-tech jobs, the Business Journal, January 18, 2018)。

最近は「AIの分野でUCとP & G、Siemensが共同研究に取り組む」というニュースがありました。

以上の動きとほぼ同じ時期に、シンシナチでも「街の改善」が始まりました。地元企業が集まって設立した都市再開発ディベロッパー、シンシナチ都心開発会社(3CDC、the Cincinnati Center City Development Corporation)が2003年にダウンタウンの再活性化プロジェクトに着手しました。ビルの修復、道路、公園の整備が進みました。

ダウンタウンに隣接するOver-the-Rhineには、戦前からドイツ移民が集住していました。中低層の赤煉瓦ビルが並ぶ歴史的建造物地区です。しかし、ビールの醸造工場が閉業し、界隈は、20世紀末には荒れ果てていました。街区の外縁に広大なワシントン公園がありますが、一時期、ホームレスが暮らすブルーテントに埋め尽くされていました。

歴史保存ナショナルトラスト(National Trust for Historic Preservation)が2006年、Over-the-Rhineを歴史保存地区に指定しました。それをきっかけに3CDCの「街の改善」投資がこの街区でも始まりました。クラフトビールの醸造が再開されました。食料品店とフードコートが併設された大規模マーケットが開業しました。地元の若者がオーナー経営する飲食店や宝飾店、ブティック、小規模ホテルが軒を並べるようになりました。昨今はツアースポットです。

倉庫に使われていた赤煉瓦ビルがモダンなアパートやコンドミニアムに改装されました。スモールビジネスの起業家、ハイテク企業で働くIT系のテクノクラート、金融証券のファイナンスマネジャーが高い家賃を払って暮らしています。

歴史街区のOver-the-Rhein(シンシナチ)では、ふるい建物をアパートに改修する取り組みが進む。