第23回「バイデノミクスのレガシー(2)―― 救えなかった住宅危機が脅かす“都市の権利”」連載『変わりゆくアメリカからさぐる都市のかたち』
アメリカで展開されている都市政策の最新事情から注目の事例をひもときつつ、変容するこれからの都市のありよう=かたちをさぐります。
筆者
矢作 弘(やはぎ・ひろし)
龍谷大学フェロー
前回の記事
住宅危機が招く経済格差の拡大
アメリカでは、住宅危機が深刻です。住宅費を払えず、家主に追い出しを迫られる賃借人がいます。さらには野宿生活者に転落する、ということが進行しています。
都市に暮らし続ける権利――「都市の権利」の剥奪です。
汗水流し、一生懸命働けば、親の世代よりも豊かになれる、そしてマイホームを取得できる――それが「アメリカの夢」でした。しかし、その夢が叶わなくなっています。所得の増加が住宅価格の高騰に追いつかないのです。
住宅の所有は、財産の形成につながります。したがって住宅を購入できるか否かは、経済的、社会的な格差の拡大に影響します。
“アメリカの夢”を支える「場の移動」
「アメリカの夢」は、「場の移動」によって達成される、という学説があります(斎藤真『アメリカ史の文脈』岩波書店)。
アメリカは移民の国です。歴史を大きく眺めれば、祖国に別れを告げ、大洋/大陸を横断/縦断してアメリカに移民して来たことも、さらには西漸運動も、成功を求める「場の移動」でした。
「場の移動」は、アメリカ人の肌に染み付き、習性になっています。アメリカ人は、生涯に10回以上引っ越しをする、とその非定住性を揶揄されることがありますが、その引っ越し癖も、新天地によりよい稼ぎの機会を探す、そしてもっと恵まれた暮らしを追い求めるがゆえなのです。
アメリカでは、成功は、常々、ムービングターゲット(目標が動き続け、それを追い、達成される)です。そして人々の地理的な移動(場の移動)と社会的流動性(成功の階段を上ること)は、表裏の関係になっています。アメリカ社会全体は、その双発によってエネルギッシュに発展してきました。
住宅をめぐる危機の複合的要因
しかし、住宅費が高騰し、よりよい仕事、より恵まれた暮らしを求める引っ越し――「場の移動」ができなくなっています。それは社会的流動性を低下させます。そしてアメリカの経済社会が活力を失うことにつながります。
今度の住宅危機は、複合的要因で起きています。
- 住宅ローンの低金利が続きました(bankrate.com)。
2000年代は、大方、8%台(30年固定金利型)の金利でした。2008年に、住宅ローンの悪徳貸付を引き金に経済危機が起きました。その影響を受けて2009年には、5.38%に低下し、以降、2010年代は4%台の低金利で推移しました。パンデミックが発生し、2021年には3.5%まで下がりました。低利の住宅ローンが長期間続き、旺盛な住宅需要を生んでいます。 - ミレニアム世代が結婚し、マイホームを購入する年齢層に達しています。新規の住宅需要が旺盛になっています。
- 一方、経済危機をきっかけに多くの住宅会社が廃業しました。しかし、その後、住宅建設業者の復活がなく、住宅供給拡大の足かせになっています。
- また、この間、住宅資材が高騰しました。
要するに住宅ローン金利が低下していた時代の2010年代後半に、住宅の需給ギャップが拡大し、それが住宅危機につながりました。
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しかし、昨今は少し様子が違っています。
パンデミック不況を心配して金融が緩和されました。やがて過剰流動性が起き、政策金利は引き締めに転じました。住宅ローン金利も上昇して2023年には7%に達しました。
新築住宅の供給が不足している状況は変わらないのですが、今度は中古住宅市場が変調を起こし、逼迫しています。低金利時代に購入した住宅を手放し、高金利になった住宅ローンを使って新築住宅を改めて買い求める、と経済行為には合理性がなく、したがって中古住宅の供給が激減しました。ここでも需給ギャップが起きています。