第20回「高速道路は時代遅れになる⁈(2)――〈Highways to Boulevards〉の成功事例・苦戦事例」連載『変わりゆくアメリカからさぐる都市のかたち』

この連載について

アメリカで展開されている都市政策の最新事情から注目の事例をひもときつつ、変容するこれからの都市のありよう=かたちをさぐります。

筆者

矢作 弘(やはぎ・ひろし)

龍谷大学フェロー

前回の記事

「高速道路に明日はない」宣言

ニューアーバニズム運動(Congress for the New Urbanism、CNU)は、公共交通での移動を基本に据え、車に依存せずに暮らせるコミュニティの開発を提唱しています。そのCNUが「高速道路に明日はない(Freeways without Futures)」宣言を発しています。そして高速道路の解体を要求する、あるいは拡張/延伸に反対する市民運動にエールを送っています。

宣言はその趣旨を、「20世紀は、高速道路が活力に満ちた多様性豊かな都市コミュニティを分断、解体し、郊外のスプロール開発を促進した時代だった。しかし、多くの高速道路が老朽化し、耐用年数の終わりを迎える。これを修復し、使い続けることの価値、あるいは目的は、もはや失われている」と述べています。

CNUは〈Freeways without Futures〉のホームページを用意しています。

キャンペーン都市のページでは、州際高速道路の解体で成果を上げている都市とその高速道路を紹介しています。運動の現場で、どのような取り組みが行われているかを例示し、「そこから学ぶ」という趣旨のページです。高速道路の解体効果を視覚的に比較できるように、解体前後の写真を掲載しているのが特徴です。

また、「高速道路を高規格の並木道に(Highways to Boulevards)」を提起し、その際に重視すべき以下の4原則を列記しています。

  1. (通行する車ではなく)コミュニティ最優先のブルーバードを創出する
  2. (車ではなく)「人々のために」を新たな尺度にし、道路を考える
  3. 歴史的空間(高速道路が建設される前の空間)の再生、修復を目指す
  4. ブールバードへの転換(コミュニティの改善が誘発するジェントリケーション)が、新たな住民の立ち退きにつながらないように配慮する

ブールバードへの転換の“成功”事例

I-490(州際高速道路490号線、ロチェスター)が、〈Highways to Boulevards〉の成功事例としてしばしば紹介されます(Freeways without Futures, CNU)(Rochester’s Inner Loop infill : we did something amazing, The Urban Phoenix, Feb. 3, 2020)(Can removing highways fix American cities, New York Times, May 27, 2021) 。

ロチェスターはオンタリオ湖(五大湖の1つ)に面する産業都市です。コダックやゼロックスが拠点を構え、光工学分野のビジネスで先端都市でした。また、小規模ですが、国内でもトップ校に属するロチェスター大学、ロチェスター工科大学があります。産業/学術都市です。しかし、産業構造の転換に直面し、人口が20世紀後半に激減して縮小都市になりました(盛時30万人の人口が昨今、21万人)。

I-490は「Inner Loop(Highway)」と呼ばれ、ダウンタウンの外縁を走る環状道路でした。1950年代に建設工事が始まり、1964年に供用開始になりました。
工事は、名前の「Inner」が示すようにインナーシティを貫通して行われました。インナーシティは、都心と郊外の間に広がる住工混在地区です。ここの「住」では、マイノリティ、及び貧しい白人層(poor white)が居住者です。高密度な、賑わいのあるマイノリティの暮らがありました。I-490は、そのコミュニティを分断して建設されました。

当時は、公民権法がようやく成立した時代でした。人種差別は、北部の都市でも根強く残っていました。そのためマイノリティ排除の都市開発に対する批判も、まだ脆弱でした。建設予定地にあった黒人経営のスモールビジネス、黒人の集う教会、そして貧しく非力な住民は、有無を言わさず撤去させられました。コミュニティの分断は、それまであった近隣住区の人間関係を破断しました。界隈が荒廃し、空洞化が進みました。治安も悪化しました。

一方、ロチェスターの、都市の縮小は、1-490の車交通量の減少につながりました。ダウンタウンにあったビジネスと商業機能が郊外に脱出し、郊外暮らしの人々が高速道路を使ってダウンタウンに出掛けて来る必要がなくなったのです。

そうした状況下、「もうはやI-490が高速道路であることのニーズが乏しい。解体し、一般道(boulevard)に転換しよう」という訴えが支持を得ました。市当局はそうした議論を受け、長期プラン「ロチェスタールネサンス計画」などでI-490の解体について言及するようになりました。

計画の実装化では、車の走行量が最も減ったループの東側が初めに解体されました。2017年にイーストアベニューとして生まれ変わりました。側道には、駐車場と自転車道が整備されました。
また、洒落たデザインの、集合住宅タイプの中層階アパートが沿道に建ちました。その隣には、生花店やデザインショプが1階に入店する複合ビルが造られました。高速道路に分断されていたコミュニティからダウンタウンへのアクセスが大幅に改善されました。それまでは、高速道路に架かる陸橋を渡るために迂回を強いられていました。

高速道路がブールバードに転換されたおかげで、空洞化していた界隈で新規投資の連鎖が起きました。不動産価格がアップしました。市にとっては税収の増加です。高速道路の解体が、縮小都市の再活性化に一役買っています。
このプロジェクトには、連邦政府の補助金(社会の持続可能性と平等を促進するための補助金=Transportation Investment Generating Economic Recovery, TIGER)が支払われました。〈Highway to Boulevard〉は、東側に続いてループの北側でも検討されています。実現すれば、I-490の半周りがアベニューに転換します。

〈Highways to Boulevards〉の提起がアメリカ各地で行われるようになりましたが、ロチェスターのI-490の成功は、まだ「先端事例」です。それゆえに、しばしば紹介されるのですが…。

交通量の減っているロチェスターの場合と逆に、交通量の増えている高速道路の拡張/延伸計画を阻むのは至難です。そうした都市では、高速道路の拡張/延伸に反対する都市社会運動が苦戦を強いられています(‘It’s just more and more lanes’: the Texas revolt against giant new highways, Guardian, April 29, 2022)。