北欧建築ガイド 500の建築・都市空間


小泉隆+九州産業大学小泉隆研究室 著

内容紹介

173都市の500建築を1000枚超の写真で体験!

デンマーク、スウェーデン、フィンランド、ノルウェー、アイスランドの173都市から500の建築を紹介する北欧建築ガイドの決定版。近現代の美術館、図書館、教会、店舗、役所、学校、ホテル等の名作から、サウナや公園、街路等の公共空間、野趣に富む伝統建築、注目の都市開発エリアまで、多彩な空間を1000枚超の写真で体験!

体 裁 A5変・240頁・定価 本体2700円+税
ISBN 978-4-7615-2804-1
発行日 2022-03-01
装 丁 凌俊太郎


試し読み紙面見本目次著者紹介はじめにおわりに関連イベントレクチャー動画
計38ページ公開中!(はじめに、デンマークの建築ガイド)

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はじめに

デンマーク│DENMARK

コペンハーゲン│Copenhagen
カストラップ│Kastrup
ドラエア│Dragør
イスホイ│Ishøj
ロドオウア│Rødovre
アルベアツルン│Albertslund
バウスヴェア│Bagsværd
デュッセゴー│Dyssegård
ヘレルプ│Hellerup
チャロッテンルン│Charlottenlund
コンエンス・リュンビュー│Kongens Lyngby
クランペンボー│Klampenborg
スコスホーヴェス│Skovshoved
ホルテ│Holte
コッケダール│Kokkedal
フムレベック│Humlebæk
フレゼンスボー│Fredensborg
ヘルシンゲル│Helsingør
ドロニングメッレ│Dronningmølle
ロスキレ│Roskilde
フレデリクソン│Frederikssund
ボーレ│Borre
グルボースン│Guldborgsund
スラーエルセ│Slagelse
オーデンセ│Odense
ファーボー│Faaborg
ミゼルファート│Middelfart
コリン│Kolding
ヘンネ│Henne
オーフス│Aarhus
ヴィビュ│Viby
ホイビャア│Højbjerg
エーブルトフト│Ebeltoft
シルケボー│Silkeborg
ヘアニン│Herning
ホルステブロ│Holstebro
ラナース│Randers
オールボー│Aalborg
ネアスンビュ│Nørresundby
テナー│Tønder
ボーンホルム島│Bornholm

スウェーデン│SWEDEN

ストックホルム│Stockholm
ドロトニンホルム│Drottningholm
グスタフスベリ│Gustavsberg
アーランダ│Arlanda
ウプサラ│Uppsala
ファルン│Falun
スンドボーン│Sundborn
スンツヴァル│Sundsvall
イェヴレ│Gävle
ヴェーデルスタッド│Väderstad
ボダフォールス│Bodafors
ハパランダ│Haparanda
ルーレオ│Luleå
ヴェーナムー│Värnamo
コスタ│Kosta
ヴェクショー│Växjö
カルマル│Kalmar
セルヴェスボリ│Sölvesborg
マルメ│Malmö
リムハム│Limhamn
ルンド│Lund
ヘルシンボリ│Helsingborg
クリッパン│Klippan
ハルムスタッド│Halmstad
イェーテボリ│Göteborg
シェアルハム│Skärhamn
ヴィスビュー│Visby

フィンランド│FINLAND

ヘルシンキ│Helsinki
ヴァンター│Vantaa
エスポー│Espoo
キルッコヌンミ│Kirkkonummi
フィスカルス│Fiskars
ポルヴォー│Porvoo
ラハティ│Lahti
ミッケリ│Mikkeli
ヤルヴェンパー│Järvenpää
クラウッカラ│Klaukkala
フヴィンカー│Hyvinkää
リーヒマキ│Riihimäki
ハメーンリンナ│Hämeenlinna
イッタラ│Iittala
ハットゥラ│Hattula
フォルッサ│Forssa
タンペレ│Tampere
ピルッカラ│Pirkkala
マンタ-ヴィルップラ│Mänttä-Vilppula
カンガサラ│Kangasala
サスタマラ│Sastamala
ユロヤルヴィ│Ylöjärvi
ユヴァスキュラ│Jyväskylä
ムーラメ│Muurame
ペタヤヴェシ│Petäjävesi
トゥルク│Turku
パイミオ│Paimio
ラウマ│Rauma
ピュハマー│Pyhämaa
ナッキラ│Nakkila
ノールマルック│Noormarkku
セイナヨキ│Seinäjoki
アラヤルヴィ│Alajärvi
ヴァーサ│Vaasa
イマトラ│Imatra
ヴィボルグ(ヴィープリ)│Vyborg(Viipuri)
レミ│Lemi
プンカハルユ│Punkaharju
ケリマキ│Kerimäki
クオピオ│Kuopio
カルサマキ│Kärsämäki
パルタニエミ│Paltaniemi
オウル│Oulu
ケミ│Kemi
ロヴァニエミ│Rovaniemi
イナリ│Inari

ノルウェー│NORWAY

オスロ│Oslo
ガルデルモーエン│Gardermogen
リレストロム│Lillestrøm
ブルムンダール│Brumunddal
ハーマル│Hamar
リレハンメル│Lillehammer
アルヴダール│Alvdal
フョエルランド│Fjærland
ボーグンド│Borgund
オルネス│Ornes
ヴィク・イ・ソウン│Vik i Sogn
ロム│Lom
ドヴェレ│Dovre
ネスブル│Nesbru
アスケー│Asker
ホーテン│Horten
トンスベルグ│Tønsberg
サンネフヨル│Sandefjord
ポルスグルン│Porsgrunn
セルヨール│Seljord
ヴェネスラ│Vennesla
リンデスネス│Lindesnes
サンネス│Sandnes
ナルボ│Nærbø
ベルゲン│Bergen
イスダルスト│Isdalstø
ホヴェデビュグダ│Hovdebygda
オーレスン│Ålesund
フロスタ│Frosta
ハーマレイ│Hamarøy
トロムソ│Tromsø
ハンメルフェスト│Hammerfest
ヴァルデ│Vardø
スネフィヨルド│Snefjord
センジャ│Senja
スカランド│Skaland
アンドイ│Andøy
グラヴダール│Gravdal
エグム│Eggum
ラウマ│Rauma
ガイランゲル│Geiranger
ノーレダール│Norddal
ソリア│Sollia
ボーヴェルダーレン│Bøverdalen
バレストランド│Balestrand
アウルランド│Aurland
サン│Sand
セウダ│Sauda

アイスランド│ICELAND

レイキャヴィク│Reykjavík
グリンダヴィク│Grindavík
アクラネス│Akranes
セルフォス│Selfoss
ヴォルヴォルル│Hvolsvöllur
ブロンドゥオス│Blönduós
ヴァルマーリッド│Varmahlíð
ビャーナネス│Bjarnanes
ホフソス│Hofsós
エギルスダディル│Egilsstaðir
ウリザヴァトン│Urriðavatn

索引
おわりに

小泉 隆

九州産業大学建築都市工学部住居・インテリア学科教授。博士(工学)。1964年神奈川県横須賀市生まれ。1987年東京理科大学工学部建築学科卒業、1989年同大学院修了。1989年東京理科大学助手、1998年T DESIGN STUDIO共同設立。1999年より九州産業大学工学部建築学科、2017年4月より現職。2006年度ヘルシンキ工科大学(現:アアルト大学)建築学科訪問研究員。2017年10月より日本フィンランドデザイン協会理事。主な著書に『アルヴァ・アアルトのインテリア 建築と調和する家具・プロダクトのデザイン』『北欧の照明 デザイン&ライトスケープ』『アルヴァ・アールトの建築 エレメント&ディテール』『北欧の建築 エレメント&ディテール』(以上、学芸出版社)、『北欧のモダンチャーチ&チャペル 聖なる光と祈りの空間』(バナナブックス)、『フィンランド 光の旅 北欧建築探訪』『アルヴァル・アールト 光と建築』(以上、プチグラパブリッシング)など。

1. 本書について

本書は、デンマーク、スウェーデン、フィンランド、ノルウェー、アイスランドの北欧5カ国に現存する建築および都市空間の中から、ぜひ体験してほしい500の事例を厳選し、紹介するガイドブックである。
北欧諸国の建築や都市空間には、各国の特色が見られる一方で、人間が中心に据えられ、歴史や気候風土・自然環境との関わりを大切にしながら形づくられてきたという共通点がある。また、現地での体験を通して強く感じるのは、「建築やデザインは生活を豊かにする大切なもの」という考え方が建築家やデザイナーのみならず市民にも浸透していることだ。斬新な造形やアイデアに目を奪われがちな現代建築であっても、実際に訪れてみるとそうした姿勢が垣間見え、連綿と受け継がれてきた北欧建築の伝統とそこに底流する確かな思想が感じられる。
日本を含め、世界各地で歴史や気候風土と断絶した近代化が進められてきたが、こうした北欧の建築やデザインのあり方は、現代社会が追求すべき1つの理想を教えてくれる。北欧の建築は、高緯度の特異な環境に立地し、形式よりも実質を重んじる側面があり、実際に体感しなければ本質に迫れないところも多い。本書をきっかけに現地に足を運び、その空間をぜひ実感していただければと思う。
事例の選出では、実体験できることを前提とし、見学しにくい事例は省いた。また、歴史的な建造物よりも近代・現代建築を中心に取り上げている。さらには、豊かな空間体験ができる作品を優先的に掲載した。なお、各事例には英語もしくは現地語による基本情報を付しているので活用いただきたい
北欧5カ国の伝統的な事例から最新の事例までを網羅した本書が、旅の道標となり、建築文化の理解を深める扉を開く一冊となれば本望である。

2. 北欧の気候と光環境

高緯度に位置する北欧諸国において、気候と光環境は建築を特徴づける重要な要素である。ここでは北欧全体を俯瞰し、その概要を見ておこう。
北欧5カ国は、北極線66度33分以北の北極圏を含む、緯度にしておよそ北緯50度から70度の範囲に広がる。暖流である北大西洋海流の影響下にあることから、気候は高緯度の割には比較的温暖ではあるものの、冬場には氷点下20℃を下回る地域も多い。
また、高緯度に位置するがゆえに独特の光環境を有しており、季節による差異も大きい。長期にわたる冬は、太陽が地上に出ている時間の長さ(可照時間)が短く、太陽が昇っても高度は低く、すぐに沈む。例えば、北緯60度に位置するオスロやヘルシンキでは、冬至の可照時間は6時間程度で、太陽高度は7度未満、北緯65度のレイキャヴィクに至っては、可照時間は約4時間、太陽高度は3度に届かない。しかも、大半の地域で天候は悪く、暗く憂鬱な日々が続く。
一方、夏は、太陽がなかなか沈まず、過ごしやすい時期が続く。夏至の可照時間は、オスロやヘルシンキでは朝4時頃から夜23時頃までの約19時間、レイキャヴィクで約21時間、コペンハーゲンでも約17時間半に及ぶ。太陽高度は、東京が78度に対して、ヘルシンキやレイキャヴィクでは50度前後である。そして、この時期は、太陽が沈んでも薄明の状態が続き、完全な闇夜は訪れない。
このように北欧では、短い春と秋を挟みながら、夏と冬で光環境が極端に異なる。こうした可照時間のサイクルと低い太陽高度が、光に対する鋭敏な感覚や光を美しく扱う技法を育み、北欧独特の美しい景観や建築を生み出してきた。
一方、このような北欧特有の気候は、旅のスケジュールにも影響を及ぼす。日の長い夏場は遠方への日帰りもしやすいが、日が極端に短くなる冬場は見学時間帯に注意したい。冬期には閉館する施設も多く、訪問前に確認が必要だ。
以下、各国別に本書で取り上げる建築・都市空間の特徴や見所を紹介していく。

3. デンマークの特徴

デンマークは、ヨーロッパ大陸と陸続きのユトランド半島およびその周辺の大小約500の島々からなる。面積は日本の1割強で、九州より少し大きい。森林は少なく(森林率11.8%)、国土はおおむね平坦で(最高高さ173m)、都市部を離れると小麦を中心とする畑や牧草地が緩やかに連なる牧歌的な風景が広がる。5カ国の中で最も緯度が低いため、気候は温暖で、降水量は少なく、他の4カ国と異なり雪が降り積もることも少ない。首都はシェラン島東端に位置するコペンハーゲンで、オーフス、オーデンセが第2、第3と続く。

近代以前の建築

デザイナーとして著名な巨匠アルネ・ヤコブセンは、本国で建築作品を数多く手がけており、どれも見応えがある。初期の代表作であるオーフス市庁舎(102→事例番号、以下同じ)をはじめとして、各地の市庁舎建築(063、080)や学校建築(065、069)、ホテル(002)に加え、コペンハーゲン北郊のベルビュー地区でも初期の作品をまとめて見ることができる(074-079)。彼の作品では、建築とトータルにデザインされた家具や照明も見逃せない。また、ヴィルヘルム・ラウリッツェン設計のラジオハウス(034)は、同国で名建築の1つに数えられている。一方、デザイナーとして名高いコーア・クリントの父である建築家P・V・イェンセン・クリントが設計したグルントヴィ教会(045)も名作の1つで、そこでは地元産の白煉瓦が用いられ、周囲には教会と一体的に設計された関連施設もある。森林資源に乏しい同国では、石や煉瓦を主要な建築材料としてきた伝統があるが、近代的な教会にもそれらを用いた良質な作品が多い(066、067など)。他方、シドニー・オペラハウスの設計者として知られるヨーン・ウッツォンによる光の美しいバウスヴェア教会(068)、土着的な表現の集合住宅(083、087)は、この時期の同国の建築において際立つ作品に位置づけられる。

現代建築

デンマークの現代建築には、斬新でありながらも地域に溶け込んだ建物が多い。世界的な活躍を見せるビャルケ・インゲルス・グループ(BIG)の作品は、集合住宅(052-054)、海洋博物館(086)をはじめとしていずれもユニークで、スーパーキーレン(043)や発電所(057)はパブリックスペースとしても興味深い。
その他、JDS建築事務所、トランスフォーム、コーベなど多くの地元建築事務所が精力的に良質な作品を創出し、都市空間を活気づけている(018、019、027、044、116など)。こうした事務所でも、建築のみならず、広場や街路といったパブリックスペースの設計も行っているところが多い。さらには、大規模なシュミット・ハマー・ラッセン建築事務所、ヘニング・ラーセン建築事務所なども、公共建築を中心に質の高い作品を生み出している(022、030、107、114、120など)。
また、コペンハーゲンの内港沿いでは新たな開発も進んでおり、水辺を巡りながら良質な建築を楽しむことができる(022、023、025、027、030など)。さらに、大規模な開発が進むオーアスタッド地区(048-056)では、建築制限のルールが緩和されていることもあり、斬新な作品が多数見られる。

伝統的な建築・街並み

コペンハーゲン南郊の港町ドラエア(061)には、ヒューマンスケールの古い家屋が建ち並ぶ。コペンハーゲン市内では、自治区のクリスチャニア(035)、コロニーガーデン(036)などに街の歴史が垣間見える。さらには、伝統的な建物と当時の暮らしぶりを見ることができる大規模な野外博物館(073)もある。

美術館

「世界一美しい美術館」と言われるルイジアナ近代美術館(082)を擁するデンマークには、展示物を鑑賞するだけでなく、ゆったりとした時間と空間を味わえる上質な美術館が多い。特に地方の小規模な美術館には心地よい時間を過ごせるものが多く、そうした美術館のあり方にデンマークらしさが感じられる(091、093、122など)。また、人工照明のない時代に建てられたトーヴァルセン彫刻美術館(012)では、自然光を効果的に採り入れる工夫にも注目してもらいたい。

パブリックスペース

「人間中心の街」と評されるコペンハーゲンでは、ストロイエに代表される街路(007、015)、運河沿いのニューハウン(028)、桟橋(018)や海水プール(019)が設置された水辺、広場(038)など、多彩で魅力的なパブリックスペースが多い。美しい自転車専用道(020)も自転車利用推進都市ならではである。

デザイン関連施設

同国の名作デザインを数多く所蔵・展示するコペンハーゲンのデザインミュージアム・デンマーク(032)をはじめとして、デザイナーズチェアの国内最大のコレクションを誇るトラフォルト美術館(100)、ハンス・J・ウェグナーの故郷に建つテナー博物館(137)など、デザインミュージアムも充実している。さらには、美術館敷地内で公開され、数多くの家具・調度品が当初のままに残るフィン・ユールの自邸(072)、名作椅子ファーボーチェアに座ることができるファーボー美術館(097)もある。また、「近代照明の父」として知られるポール・ヘニングセンが設計したホテル(101)では、彼がデザインした照明器具に囲まれながらの宿泊体験ができる。
なお、本書では紹介できなかったが、照明や家具メーカーのショールームや工場を訪れるのも旅のオプションの1つになるだろう。

4. スウェーデンの特徴

スウェーデンは、日本の約1.2倍、日本全土に北海道をもう1つ足した程度の面積を有する、北欧で最大の国である。スカンディナヴィア半島の東側に位置し、ノルウェーとの国境が走る国土の西側には標高2000m級の山々が連なるスカンディナヴィア山脈が南北に縦貫する(最高高さ2104m)。森林が多く(森林率66.9%)、平野部はそれほど広大ではない。首都はストックホルム、第2の都市はイェーテボリで、第3の都市マルメはコペンハーゲンと連絡橋で結ばれている。

近代以前の建築

観光地としても名高いラグナール・エストベリのストックホルム市庁舎(146)は、ナショナルロマンティシズム建築の最高傑作とも言われ、圧倒的な内部空間に加え、広場や列柱越しの水辺の空間、そして湖越しに望む姿も素晴らしい。また、岩盤の丘に建つアールヌーボー様式のエンゲルブレクト教会(157)でも、建築内外で迫力ある空間を体験できる。
北欧近代建築の礎を築いた巨匠エリック・グンナール・アスプルンドの作品は、ストックホルム市内ではストックホルム市立図書館(155)、森の墓地の諸施設(174-177)、それ以外にもイェーテボリの裁判所の増築(234)などが代表作として挙げられる。そのイェーテボリには、近代への移行期に建設された市立美術館(232)や市立劇場(233)もあり、見所が多い。教会や礼拝堂に関しては、シーグルド・レヴェレンツの作品を押さえておきたい。ストックホルム市内および近郊であれば復活礼拝堂(178)や聖マーク教会(180)、クリッパンまで足をのばせば最高傑作とも言われる聖ペーター教会(227)を訪ねることができる。
ペーター・セルシングは、日本では馴染みの薄い建築家だが、同国では巨匠の1人に数えられている。ストックホルム市内のカルチャーハウス(152)、スウェーデン中央銀行(153)のほか、各地に設計された小規模な教会建築に優れた作品が多い(159、183、194、198、235)。
イギリスからスウェーデンに渡り、北欧の独特の気候風土に適した建築設計を実践したラルフ・アースキンの作品も各地に残っているが、特にストックホルム大学(168-173)で彼が手がけた施設をまとめて体験できる。また、北欧最古の大学があるウプサラでは、スウェーデンでは数少ないアルヴァ・アアルトの作品の1つ、ヴェストマンランド・ダラの学生会館(193)を見ることができる。

現代建築

ペーター・セルシングの息子であるヨハン・セルシングが現代の同国を代表する建築家として、森の墓地の新火葬施設(179)、オースタの教会(182)、ミレスガーデン・ギャラリー(186)といった良質な作品を送り出している。また、ウィンゴース建築事務所やタム&ヴィーデゴー建築事務所が、現代的な感覚にあふれる作品を多数手がけている(158、160、184、200、210、212、213)。
また、2000年にエーレスンド橋が開通し、コペンハーゲンと結ばれたマルメやその近郊のルンドでは、水辺のウエスタンハーバー地区(217)をはじめとして数多くの現代建築が見られる。その他、イェヴレの火葬場(199)、イェーテボリのニルス・エリクソン・バスターミナル(231)なども良作として挙げられる。

伝統的な建築・街並み

ストックホルム最大の観光地でもあるガムラスタンには、宮殿や大聖堂など同国を象徴する建造物が多数存在する(140-145)。中世の面影を感じさせる石畳の路地や坂道、水辺の景観も美しい。
さらに、世界的にも早い1891年に開園し、他の北欧諸国の野外博物館のモデルにもなったスカンセン(164)では、高台にある広大な敷地に各地から移築した家屋や農園などが展示されている。ストックホルム以外では、小さな赤い木造家屋が建ち並ぶガンメルスタードの教会街(203)、中世の城塞都市が残るゴットランド島の中心都市ヴィスビュー(238)が、ともに世界遺産に登録されている。

デザイン関連施設

ストックホルム近代美術館・建築博物館(162)内に、国立の建築・デザインセンターがある。また、同国を代表する陶磁器メーカーであるグスタフスベリ社の博物館(188)では、1825年創業当時の建物が活用されており、その歴史の重みが感じられる。さらに足をのばすと、南部のスモーランド州の街コスタに、ガラスメーカーであるコスタボダの工場やアートギャラリー(207)、アートホテル(206)に加え、デザイナーのブルーノ・マットソンが設計した職人用の住宅(208)も残されており、まとめて楽しむことができる。また、マットソンの故郷ヴェーナムーには、彼の作品を多数展示するマットソン・センター(204)もある。

5. フィンランドの特徴

フィンランドは、北側をノルウェー、西側をスウェーデン、東から南東にかけてはロシアと国境を接する。西はボスニア湾、南西はバルト海、南はフィンランド湾に面し、面積は日本の約9割、国土の大半は平坦で、北部および北東部に一部高地がある(最高高さ1324m)。森と湖は北欧5カ国の中で最も多く(森林率73.9%、水面積率9.4%)、「森と湖の国」とも呼ばれる。気候に関しては、北大西洋海流の影響下にあるノルウェーやアイスランドに比べて冬の寒さは厳しく、北部では平均気温が氷点下10℃を下回り、港や湖が凍る地域も多い。
首都は南部のヘルシンキで、エスポー、タンペレが第2、第3の都市として続く。なお、同国は1917年に独立したまだ若い国であり、それまでスウェーデンとロシアに統治されていた歴史を有するが、1323年から1809年にかけてのスウェーデン統治時代に首都だったトゥルクも重要な都市に挙げられる。

近代以前の建築

同国の建築を語るには、近代建築の世界的巨匠であるアルヴァ・アアルトの存在は外せない。国内に200余りの実作を残しているが、その主要作品を巡る旅では、ヘルシンキ(250など)、エスポー(302-306)、トゥルク(360-361)に加えて、セイナヨキ(379-383、385)、ユヴァスキュラ(343-352、356-358)、ロヴァニエミ(405-407)、時間があれば彼の造形力が存分に発揮されたイマトラのヴォクセンニスカ教会(395)も加えたい。その他、パイミオのサナトリウム(373)、マイレア邸(378)、ヴィープリの図書館(396)も名作に数えられる。さらには、幼少期を過ごしたアラヤルヴィ(391-393)も彼のルーツを知る上では重要な街である。
アアルト以外でフィンランドの近代建築を代表する作品としては、ライリ&レイマ・ピエティラ夫妻によるディボリ学生センター(308)、カレヴァ教会(335)、タンペレ市立図書館(336)、カイヤ&ヘイッキ・シレーン設計のオタニエミ礼拝堂(309)、「岩の教会」として親しまれるティモ&トゥオモ・スオマライネン設計のテンペリアウキオ教会(261)、アアルトのライバルと言われたエリック・ブリュッグマンによる復活礼拝堂(365)を挙げておきたい。
それ以前に遡ると、首都がトゥルクからヘルシンキに移転する際に都市計画の責任者として招聘されたドイツ人建築家カール・ルードヴィグ・エンゲルが手がけたヘルシンキ大聖堂(272)および隣接する国立図書館(273)をはじめとして、新古典主義様式の建築が各都市に点在する(364、390)。また、ナショナルロマンティシズムから近代へと移行する時期に数多くの作品を手がけたエリエル・サーリネンも、ヘルシンキ中央駅(239)、国立博物館(248)、ヴィトレスク(317)といった際立った作品を残している。

現代建築

アアルトの流れを汲む建築家ユハ・レイヴィスカが、優美な教会建築を多数設計している。ヘルシンキ市内および近郊(288、299)のほか、彼が手がけた光の教会を巡る旅も貴重な体験になるだろう(324、400、403)。
さらには、JKMM建築事務所、KS2建築事務所、アヴァント建築事務所、OOPEAAなどが上質な作品を生み出している(241、242、298、315、318など)。加えて、近年、新たに建設されている公共サウナが都市の活性化に大きく寄与しており、同国のサウナ文化を体感する上でもぜひ訪れたい(276-279)。

伝統的な建築・街並み

中世の木造建物群が残る街としては、ポルヴォー(320)、ラウマ(374)の旧市街が挙げられる。大規模な夏至祭で知られるセウラサーリ島の野外博物館(294)では、伝統的な家屋や教会、船小屋などが展示されている。
さらに地方の小都市に足を運ぶと、世界遺産のペタヤヴェシの木造教会(359)をはじめ、フィンランドらしい多様な木造教会(342、375、397、399、402)を巡ることができる。また、地域の環境に根ざした小規模で趣のある石造の教会も多数現存する(333、341)。

先進的な木造建築

木材資源が豊富なフィンランドでは、現代建築においても木材が積極的に使用されており、新たな可能性が引き出された作品も見られる(242、281、323)。

自由な造形による教会建築

アアルトのヴォクセンニスカ教会(395)をはじめとして、各地の教会建築に自由な造形が施された良質な作品が多数存在する(242、289、291、315、316、325、328、329、355、367、401)。

図書館

フィンランドでは、図書館が「第2の居間」と呼ばれるほど生活に根ざしており、優れた建物が多い。2019年に国際図書連盟の公共図書館賞を受賞したヘルシンキ中央図書館(245)、アピラ図書館(384)といった近年の作品のほか、アアルトが手がけた各地の図書館(304、346、381、406)にも名作が揃う。

雪と氷の構築物

フィンランドでは、アイスホテル、アイスチャペルなどの雪と氷による構築物をリゾート地をはじめ各地で見ることができる。その1つ、北極圏にほど近い街ケミに設置されるルミ・リンナ(404)は、毎年異なる形にデザインされた構築物が一堂に会するテーマパークで、多彩な雪と氷の姿をまとめて楽しむことができる。

デザイン関連施設

同国の優れたデザインを数多く所蔵・展示するヘルシンキのデザインミュージアム(282)に加え、老舗メーカーであるアラビア社、イッタラ社などが工場やその跡地にミュージアムやデザインセンターを運営している(283、332)。また、国立のガラスミュージアム(330)のほか、移り住んだアーティストが廃村を復興させたフィスカルス・ヴィレッジ(319)のようなユニークな事例もある。

6. ノルウェーの特徴

ノルウェーは、スカンディナヴィア半島の西側に位置し、北極海およびノルウェー海に面する。面積は日本の9割弱で、海岸には氷河の浸食作用により形成されたフィヨルドが連なる。陸地の大半をスカンディナヴィア山脈が占め、平地はほとんどない(最高高さ2469m)。気候は、北大西洋海流の分枝流であるノルウェー海流の影響を強く受けるため、山間部を除けばスウェーデンやフィンランドよりも温暖で、冬でも不凍港があるほどである。首都は南部に位置するオスロで、ベルゲン、スタヴァンゲル/サンネスが第2、第3の都市に続く。なお、北緯約70度のトロムソ以北は鉄道が敷設されておらず、移動は車・バスもしくは飛行機になる。

近代以前の建築

2つの高層オフィス棟が目を引くオスロ市庁舎(411)や新古典主義様式のオスロ図書館本館(415)は、今なお強い存在感を放っている。また、近代建築としては、闇に包まれた神秘的な空間が広がる聖ハルヴェード教会と修道院(417)、ノルウェー海洋博物館(423)が良作として挙げられる。

現代建築

ノルウェー建築界の巨匠スヴェレ・フェーンの作品を、首都オスロをはじめ各地で見ることができるが(416、435、436、444、455)、ハーマルまで足をのばせば最高傑作と言われるヘドマルク博物館(431)を体験できる。すぐ近くには、ハーマル大聖堂遺跡のシェルター(432)もある。
ほかにも、モルテンスルッド教会(427)を筆頭に数多くの作品を生み出しているイェンセン&スコドヴィン建築事務所、アトリエ・オスロ、ルンド・ハーゲム建築事務所、レイウルフ・ラムスタッド建築事務所などが精力的に良質な作品をつくっている(413、446、451、454、457など)。加えて、世界的に活躍しているスノーヘッタが、オスロのオペラハウス(412)といった大規模なものから、野生トナカイセンター(441)、水中レストラン(450)など小規模なものまで、斬新なアイデアと造形力が光る優れた作品を多数創出している。
さらに、オスロ市内では、そのオペラハウスを中心にダイクマン・ライブラリー(413)、新ムンク美術館(414)などが建つウォーターフロントから中央駅周辺にかけて開発が進み、現代建築が多数建設されている。イタリア人建築家レンゾ・ピアノによるアウストリップ・ファーンレイ現代美術館(419)も市内にある。

伝統的な建築・街並み

1894年に開設されたノルウェー民俗博物館(420)の園内には、150を超える伝統的な建造物が展示されており、ノルウェー独自の木造スターヴ教会の1つであるゴル教会(421)が移築されている。スターヴ教会はこれ以外にも国内各地に複数現存しており、世界遺産に登録されているものもある(437-440)。
また、足を運ぶべき街並みとしては、カラフルな木造倉庫が密集するベルゲンのブリッゲン(453)、アールヌーボー様式の建築群と水辺が織りなす景観が美しい港町オーレスン(456)が挙げられる。

ナショナル・ツーリストルート

全長1800kmに及ぶ18の観光ルートが国主導で整備されており、自然豊かなルート上には展望台や休憩所等の施設が建設されている。訪問できる時期や移動手段に制約がある施設もあるが、雄大な自然とそこに対峙する建築、そしてノルウェー特有の自然との接し方を体験できる貴重な事例が多い(462-479)。

7. アイスランドの特徴

アイスランドは北緯63度から66度に位置する島国で、面積は日本の3割弱、北海道よりやや大きい。火山島(最高高さ2110m)であることから、世界最大の露天温泉であるブルーラグーン(490)をはじめとして温泉や間欠泉が多数存在する。地表の約10%が氷河に覆われているが、北大西洋海流の影響により冬の寒さはそれほど厳しくなく、同緯度にあるフィンランドやスウェーデン北部の2月の最低気温の平均が氷点下20℃近くであるのに対し、氷点下3℃ほどである。島の南西部に位置するレイキャヴィクを首都とし、コーパヴォグル、ハフナルフィヨルズゥルが第2、第3と続く。なお、アイスランドには鉄道が整備されておらず、移動は車・バスもしくは飛行機を利用することになる。

近代以前の建築

レイキャヴィク市内に建つスカンディナヴィア館(483)は、アルヴァ・アアルトの設計によるもので、上品で質の高い内部空間が広がる。また、丘にそびえ立つハルグリム教会(480)は同市のランドマークで、高さ73mの塔に設けられた展望台からは市内を一望でき、カラフルなトタン住宅の家並み(482)も楽しめる。

現代建築

ブルーラグーンのホテルとスパ(491)を設計したバソールト建築事務所、アーキス建築事務所などが良質な建築を数多く生み出している(492、494、498、499、500)。
一方、レイキャヴィク市内の海辺に建つハルパ(489)では、アイスランドとデンマークの国籍を持つデザイナーのオラファー・エリアソンとデンマークのヘニング・ラーセン建築事務所のコラボレーションによりデザインされたガラスの結晶を思わせるユニークなファサードを見ることができる。また、同市内にある国立美術館(484)や市が運営する3つの美術館(485-487)では、それぞれに特徴の異なる空間を味わえる。

伝統的な建築・街並み

野外博物館のグラウムベアル(496)には伝統的な農家や教会などが展示されている。他の北欧諸国にはない芝生や土で覆われた建物は今なお各所で見られる。

温泉・プール

先述のブルーラグーンのほか、各地に温浴施設やプールが点在しており、雄大な自然と良質な建築空間を同時に楽しめる(492、498、500)。

教会建築

大自然と対峙するような独特の力強い造形が施された教会が各地に見られ、旅のコースに加えるのもいいだろう(495、497)。


各事例の基本情報として、作品名、設計者および竣工年(歴史的建造物・街並みの一部についてはおおよその創建年もしくは創建時期、野外博物館については開設年)、所在地を掲載している。なお、竣工年に付している「E」は増築を、「R」は改築を表す。

本書は、北欧5カ国の建築や都市空間の中から新旧を織り交ぜながら500の事例を厳選し、豊富な写真とともに紹介するこれまでにないガイドブックとして企画された。事例の選定は、2006年以降の長期滞在を含めた著者自身の北欧諸国への渡航経験をもとに行っている。その点で、本書は自身の歩んだ足跡を示すものでもあり、このような書籍としてまとめられたことには感慨深いものがある。

一方で、500事例のうち2割弱については、本書の企画が決まった頃に九州産業大学建築都市工学部住居・インテリア学科の学生を交えての取材ツアーも予定していたものの、新型コロナウイルス感染症のパンデミックにより断念を余儀なくされたこともあり、残念ながら現地を訪問できていない。そのため、それらの事例に関しては建築事務所・写真家・関係機関等から写真を提供いただき対応することになったが、それ以外の事例についてはできるだけ現地で撮影した著者自身の写真で構成している。なお、各事例の詳細については、既刊の拙著で扱っているものも多く、それらも手にとっていただければ幸いである。

各国の事例数は、デンマーク139例、スウェーデン99例、フィンランド172例、ノルウェー69例、アイスランド21例となった。掲載数の違いは各国の建築事情を反映するものではあるが、著者自身の興味と現地での体験による部分も大きく、その点にはご留意いただきたい。

膨大な事例をまとめるにあたっては、学生らと共同で資料を収集し、執筆作業を進めながら、編集方針を固めていった。最終的には、各事例の解説は極力コンパクトにして、基本情報を英語または現地語で示し、写真をなるべく多く掲載する方向で整理している。なお、本書の発刊に際しては、九州産業大学のプロジェクト型授業の一環で援助をいただいており、学生をはじめ幅広い読者の方々に手に取ってもらいやすい価格設定が実現できたことを付記しておきたい。

本書が出来上がるまでには、多くの人たちの協力を得ている。まずは、快く写真や資料を提供いただいた方々に感謝したい。また、現地語の日本語表記の監修を担当いただいたリセ・スコウさんと橋本ライヤさんには、現地施設への問い合わせや現地情報にまで踏み込んでの調査にも力を貸していただいた。

さらには、学芸出版社の森國洋行さんの入念な情報確認作業がなければ本書は完成しなかったであろう。また、常に適切に本書の舵取りをしていただいた同社の宮本裕美さんにもお世話になった。加えて、素敵なブックデザインを手がけていただいたデザイナーの凌俊太郎さんにも御礼を申し上げたい。

最後に、これまでに現地での見学や情報提供にご協力いただいたすべての方々、そしていつも温かく見守ってくれる家族に感謝の意を表したい。

2022年2月 小泉隆

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