モロッコの歴史都市 フェスの保全と近代化


松原康介 著

内容紹介

理想的に実現された都市計画は成功したか?

モロッコは、保全と都市計画の壮大な実験場であった。フランスは、歴史都市を保全し、植民都市を別個につくりあげ、郊外には理想に燃えて郊外住宅地をつくった。しかしこの分離は生活の論理に侵食され、破綻した。理念ではなく、地域の文化・生活や、都市そのものの生きようとする意志に沿った計画論が、いま模索されている。

体 裁 A5変・272頁・定価 本体2800円+税
ISBN 978-4-7615-2424-1
発行日 2008-02-29
装 丁 南風舎


目次著者紹介あとがき推薦の言葉フェス通信

序章 山田吉彦が描いた旧市街・新市街・郊外地

Ⅰ部 分離政策による三地区の成立

1章 旧市街─保護領下での凍結保存

1 前史・外来者の受容と都市形成
2 ハブスの成熟と再編
3 リヨテ総督の文化財保護政策
4 公私分離に基づく空間構成

2章 新市街─植民都市の計画と建設

1 保護領化と土地の権利の行方
2 分離政策の都市像
3 アンリ・プロストによる新市街設計
4 街路線と土地区画整理によるゾーニングの実現

3章 郊外地─イスラーム都市の人為的計画

1 都市に流れこむ離村民
2 郊外地の起源─ハブスによる都市開発のはじまり
3 ミシェル・エコシャールとCIAMモロッコ
4 アイン・カードゥースの開発

Ⅱ部 崩れゆく分離・重層化する三地区

4章 重層化の背景

1 流民の発生と居住形態の変容
2 地区間交流の進展と三地区の課題

5章 旧市街を貫いた近代道路─街路線計画

1 街路線─オースマン流の介入術
2 旧市街の切開
3 プランと実現手法
4 不整形なファサード.切開された袋小路

6章 新市街に埋め込まれた祈りの場─バロック都市のモスク

1 〝祈りの場〟としてのモスク
2 モスク創建の過程
3 ハブスの活用
4 モスクのデザイン

7章 郊外地を変えた生活論理─寄付と増改築

1 寄付と増改築の原風景
2 CIAMが残した遺産
3 増改築のディテール
4 都市組織の形成

Ⅲ部 都市政策の転換─保全と近代化を超える連携と重層化へ

8章 三地区連携をめざす都市基本計画

1 都市基本計画’80─三地区連携による旧市街保全
2 都市基本計画’91─都市再編における重層化の支援
3 詳細計画へ

9章 詳細計画による旧市街の重層化

1 フェス保全計画
2 重層化の計画的支援
3 旧市街への介入

結章 都市の遺伝子に働きかける計画

松原 康介〔まつばら こうすけ〕

1973年神奈川県生まれ。
ロータリー財団奨学生として、モロッコ国アル=アハワイーン・イフラン大学大学院国際学研究科地中海・北アフリカ学専攻留学。2005年慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科環境デザイン・ガバナンス・プログラム博士課程修了。専門は都市計画・地域計画・地中海都市論。博士(学術)。2006年より日本学術振興会特別研究員として、シリア国立アレッポ大学学術交流日本センター博士研究員。2007年よりフランス政府給費研修生として、フランス国立科学研究センターパリ建築都市社会研究所博士研究員。2005年度日本都市計画学会論文奨励賞。

主な論文に「アレッポのまちが残った 建築家・番匠谷尭二の足跡を追って」(月間オルタ)などがある。

モロッコを最初に訪れたのは、一九九七年の夏のことである。大学の同級生の示唆を得た私は、ポルトガル、南スペイン、そしてモロッコという旅程を組んだ。タイルの似合う坂の町リスボンから入って、ムーア城、エヴォラと、オリーブの大地を列車で南下し、アヤモンテでスペイン入りした。セビーリャ、グラナダ、コルドバをバスで回り、それまで経験したことのなかった石造りで稠密な市街地の落ち着きと陽気な人々に驚き、ヒラルダの塔、アルハンブラ宮殿、メスキータ・モスクの力強さに、かつてのモロッコ支配の栄華の跡を思った。

フェリーでジブラルタル海峡を渡り、モロッコのタンジェに降り立つと状況は一変した。都市や建築の持つ本来の面白さと美しさは確かに共通のもので、勝るとも劣らない。照り付ける太陽の下、距離感をつかめないままバックパックを背に辿り着いた遺産の数々は、忘れ難いものがある。しかし、あまりにも雑に扱われており、埃っぽく、そして人々は貧しかった。多少の知識はあったものの、歴史書や小説で見るモロッコと、実体験として目の前にあるモロッコとの乖離は明らかであった。フェスでは旧市街を徹底的に歩き回ったが、深夜に宿から出てみると、そこらじゅうにゴミが散乱していた。帰国の機内では、旅の余韻に浸りながら、こうした現実的な都市問題に光を当てるような研究をしたらどうだろうと、漠然と考えたのである。

実際にやってみると、こうした都市問題は、どうやら保護領時代から続く様々な試みと葛藤の中で形成されてきたものらしいということがわかってきた。保護領時代の実践とはいえ、プロスト、ラプラド、エコシャール、キャンディリスといった、後にフランスを代表する都市計画家、建築家達の、若き日の自由闊達とした活躍は、必ずしも一面的に非難できるものではないと思った。一方で、すでに現代の潮流となった感のある歴史遺産の保全も、現実には方法や手段に様々な課題が残されているとも感じられた。歴史都市にせよ近代都市にせよ、結局は人間の営みによって作られるものである。両者を明確に分離して考えることは、手続きとしては有効であっても、それだけで本質的な認識には到達しえないであろう。危機に瀕する歴史都市に対して現実に人が何かをなさねばならない時に、私が考えたのはそういうことである。

本書の元となったのは、筆者が二〇〇五年に慶應義塾大学に提出した博士論文である。日端康雄先生(都市工学)をはじめ、三宅理一先生(フランス都市建築史)、奥田敦先生(イスラーム法)、梶秀樹先生(国際協力)など、慶應義塾大学の多彩な先生方のご指導をいただいた。多文化の国モロッコについて、都市工学の分野から研究ができたのは、SFC(湘南藤沢キャンパス)の学際的な研究・教育環境のおかげである。

また、本書執筆の間、多くの学会、研究会の場に参加させて頂き、またフランスに二年、モロッコに二年、シリアに一年半の留学の機会があった。イスラーム都市・建築研究会を指導して下さっている深見奈緒子先生・新井勇治先生、都市の重層化という本質的なテーマを示唆して下さった陣内秀信先生、歴史研究の精神を教えて頂いた黒木英充先生、植民都市の視点を提起して頂いた安藤正雄先生など、お名前をあげれば本当にきりがないが、本書をいち早く送り届けたい多くの先達に恵まれた。留学先のモロッコでは、アル=アハワイーン大学のエリック・ロス准教授を初めとする先生方に、分野を越えたモロッコ学を手ほどき頂き、またロータリー財団フェス・カラウィーン支部では、本書にもたびたび登場したタジモアティ・ハリッド氏、ジャン・ポール・イシター氏らに、財団奨学生として親身のお付き合いを頂いた。シリアでは、日本のODAによる「ダマスカス首都圏総合都市開発計画策定調査」を推進されているコンサルタント、橋本強司氏の後姿に、実務家気質を垣間見せて頂いた。

こうしてお名前をあげるのに恐縮してしまうくらい、拙い博士論文ではあったが、幸いにして日本学術振興会より科学研究費補助金(研究成果公開促進費・課題番号一九五一九〇)の交付を受け、出版できることになった。初めてのモロッコ体験から、ちょうど一〇年目の今日である。学芸出版社の前田裕資氏には企画から出版まで、また南風舎の平野薫氏には製作の一切で、大変なご心配をおかけしながら、最後まで見て頂いた。なお、学芸出版社の大変なご厚意に甘えさせて頂き、同社のホームページに本書の付録ページを設けていただいた。本書では紙数や著作権の関係でどうしても掲載できなかった小話や航空写真を、 Google Mapにリンクして紹介している 。

街路線やモスクの変容、増改築の痕跡を、写真と文で楽しんで頂ければ幸いである。

以上、記して御礼申し上げます。

2008年2月3日 ベルヴィルの丘にて 松原康介

●都市を計画する壮大なロマン

日端康雄(慶應義塾大学大学院教授)

モロッコの都市を訪れて驚くのは、まだ、旧市街の迷宮が極めて良好な状態で保全されていることである。とりわけフェスの新旧市街のコントラストには驚嘆させられる。その背後には、フランス植民都市計画やCIAMの活動があることを本書は語っている。本書で扱われる都市計画の制度やツールには、それ自体、新しさがあるわけではない。街路線計画や土地区画整理など、基本的なものである。しかし、本書では、都市計画が本来もっていたはずの、都市の部分と全体が、相互に影響しながら統合されていくプロセスが描かれている。それは、フェス住民に独特の空間づくりの習慣によって可能となった。多くの研究者、実務家たちが忘れていた、都市を計画することの面白さ、壮大なロマンを改めて思い起こさせてくれる快著である。

●画一的な伝統像を大きく打ち破る

陣内秀信(法政大学教授)

イスラーム世界でも最も活気に溢れ、独自の造形で我々を魅了するモロッコ都市。特に古都フェスは、その迫力ある建築や都市の姿が繰り返し紹介されてきた。本書は、そうしたフェスのステレオタイプ化された伝統像を大きく打ち破る。著者が問うのは近代だ。フランスの植民支配下で、近代都市計画による新市街が生まれ、その外に離村民が流入し新たなイスラーム都市の郊外地ができた。だが独立とともに状況が大きく動き、それぞれの地区が流動し重層化し合って都市が変容した実像がリアルに描写される。都市計画とは? 近代とは? 都市性こそイスラーム文明の特質だが、近代にその性格はどう変化したのか? 気鋭の都市学者が現代的な視点で描く待望の近代イスラーム都市論である。

本書で扱ったモロッコの歴史都市フェス。その面白さはこれまでたびたび紹介されてきたが、まだまだ馴染みの薄い人も多いだろう。そこで、ここでは気軽にカラー写真などをお見せしながら、ぐっとゆるやかに、フェスの魅力について書いていくことにしたい。特に、近年急速に実用化が進んだものの、著作権の関係でどうしても本書に掲載できなかったGoogle Mapsの素晴らしい航空写真、それに筆者撮影のカラー写真も、存分に活用していくので楽しんでもらいたい。

第1回
Google Mapsで見る
フェスの都市構造

第7回
索引拡張版
第8回
研究者のためのお役立ち情報
第9回
モロッコ旅行の楽しみ

ご意見、ご感想はこちらまで matsub@sk.tsukuba.ac.jp

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