■第2回 モスクの話■

イスラーム世界の都市において、もっとも特徴的な建築の一つ、モスク(礼拝所)。人口の9割以上がイスラーム教徒であるフェスにおいても、モスクは多く存在する。今回はこのモスクについての話をすることにしよう。

まずは、思い切りズームアウトして、下の衛生写真をみてもらいたい。アフリカ大陸の左肩に位置するのがモロッコ、そしてアラビア半島には、イスラーム生誕の地、メッカが存在する。


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実は、モスクにはキリスト教会やお寺などとは違って、お祈りをする対象となるような像は存在しない。これはイスラームが偶像崇拝を固く禁じているためだ。では、彼らは何に対してお祈りをしているのかというと、それはこのメッカに存在するカーバ神殿に対して祈っているのである。上の写真のように、モロッコにおいてはお祈りの方向はほぼ真東(気持ち南向き)になるが、ロシアあたりからだと南方向、インドあたりからだと西方向が、お祈りの方向になるというわけだ。この方向のことをキブラと呼ぶ。現代なら、たとえば東南アジアからヨーロッパに飛ぶ長距離便の飛行機などでは、機内でもお祈りをかかさない教徒たちのため、刻々と向きが変わるキブラを時折画面で表示しているほどである。

出典:本書図3−5 但し日本語訳として、羽田正 1994、『モスクが語るイスラム史』

一般的に、モスクはこのキブラに向けてお祈りがしやすいように設計されている。お祈りを告げる塔の根元に設けられた入口から入って、中庭の噴水で手足を清め、そして礼拝室に入ってお祈りを捧げるという一連の行動が、基本的にはキブラに向けた直線軸上でなされるように工夫されているのだ。結果として、航空写真等で見ると、モスクの中庭はみな一定の方向に向かっているように見えるのである。

出典: Bonine, Michael, E. 1990 "The Sacred Direction and City Structure -A Preliminary Analysis of the Islamic Cities of Morocco-", Muqarnas, 7, pp.50-72.  但し日本語訳として、1994 『モスクが語るイスラム史』,中央公論社 より再引用

もっとも、このキブラ、実際にはあまり正確ではなくて、モスクによって、あるいは学派によって、バラ付きがあったりしたようだ。実際、フェスの旧市街においても、主要なモスクについてキブラを調査したところ、本来は真東に向かっていなければならないはずが、上の図のように南側に大きくずれ過ぎている傾向があることが報告されている。だからといって、キブラ軸に沿って綿密に計画されたモスクを取り壊して修正したという話は聞いたことがないし、神学的に認められたキブラを近代測量の結果からおいそれと変更するというわけにもいかないのだろう。

ここでぐっと倍率をあげて、フェス旧市街のモスクをいくつかみてみよう。

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カラウィーン・モスク(右)、ムーレイ・イドリース(左)のキブラ

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アンダルス・モスクのキブラ

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マドラサ・ブー・イナニアのキブラ

いずれも、実際のキブラからだいぶ南向きにずれている、というわけだ。

では、これが例えば、比較的最近、つまり20世紀も後半に入ってから建設されたモスクだったとしたら、どうなっているだろうか。それは旧市街ではなく、新市街のモスクを見てみればよい。前回見たように、新市街はフランス人の都市設計によるバロック型の都市空間であったが、 1956 年の独立後にモロッコ人が入居して、モスクを建設し始めた地区である。全部で5棟存在する。

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新市街の五モスクのキブラ(上から、チュニス・モスク、イマーム・アリー・モスク、ユースフ・ベン・タシュフィーン・モスク、アブー・バクル=スィッディーク・モスク、イマーム・マーリク・モスク)

このように、ほぼ真東を向いているものが三棟、相変わらず南向きで建てられているモスクが二棟、といったところだろうか(図は全て北直面)。いくらなんでも、これら新市街のモスクの計画者達が、本来のキブラが真東であることを知らなかったとは思えない。それにもかかわらず南にずらすということは、やはりキブラの決定に際して諸学派の影響が強いからなのだろうか。

もちろん、旧市街とはまるで事情の異なる新市街にモスクを建設するには様々な制約があり、他に様々な要因が考えられる。新市街においてモスクが建設されることで生じる興味深い文化の複合は、ここで紹介する限りではないのだ。バロック的な都市空間の中でモスクが存在する景観や、近代ブロックに適応することによって生じた建築的な特徴については、本書6章にて詳しく論じているので、参照してもらいたい(第2回終わり)。

 

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