■ 第5回 フェス保全計画 ■
今回は国際協力の話にしたい。これまで見てきたように、フェスにおいては 20 世紀の初頭から、バロック風の新市街計画や、 CIAM による機能主義的な郊外地計画が実施されてきた。これらは主に、植民地の時代に、宗主国であるフランスのイニシアティブの下でなされた都市計画であった。
モロッコが 1956 年に独立すると、都市計画の状況もだいぶ異なってくる。ありていにいえば、都市計画的には放置されてしまう状態が十数年続くのだ。その間、新市街にモスクが出来たり、郊外地が中層化していったりと、住民側からの都市空間形成が各所で展開していくのだが、そうした趨勢を踏まえた上での、国際協力による新しい都市政策が生み出されるのは、 80 年代に入ってからのことであった。
中でも、最も重要な出来事は、ユネスコにより旧市街が世界遺産に登録されたことであろう。その後も様々な条件が重なって、フェスは大掛かりで多様な国際協力の支援を受ける都市となる。これほど力の入った国際協力による保全の試みがなされた都市は、モロッコはもとより、中東・北アフリカ地域全体でみても、そうそう見当たらない。フェスがそうした対象に選ばれたのは、なんといっても、聖なる旧都としての歴史的価値が抜きん出ていたため、またその一方で、現実的に過密化・老朽化の歯止めが利かず、文字通り危機に瀕する遺産であったためである。
それでは、世界遺産に登録された後、実際にどのような対策が施されたのかというと、それはもう実に様々であった。とりわけソフト面では、街路のそこかしこに名跡の方向を示す案内板を設置したり(図1)、街路別に特徴を示した美麗なガイドブックなどが作成された(図2)。しかし、都市計画の本筋においては、新しい計画制度の早期適用と、旧市街の活性化プロジェクトの2つがあった。新しい都市計画制度とは、当時のフランス最新の制度に範を得た、都市基本計画 SDAU (図3)と詳細計画 PA の二層制であった。そして、旧市街の活性化プロジェクトとは、詳細計画の形を採った再開発だったのである。これをひとまず「フェス保全計画」(図4)と呼ぶことにしよう。図1:旧市街の街路上の各所に設置された「案内板」
図2:ガイドブックの一ページ
図3:フェスのSDAU 1980 表紙
図4:「フェス保全計画」表紙
「フェス保全計画」では、旧市街全体について保全と整備の方針が描かれた。旧市街に数本の道路を導入しようという、かなり思い切った計画である。道路の利用には周辺に配慮した様々な制約が設けられるとはいえ、根底にあるのは、ギュウギュウになるまで過密化した旧市街に、道路という風穴を開けることによって循環を回復し、人の往来や物流から旧市街を活性化してやるという発想にほかならない。
そんな「フェス保全計画」の中でもパイロット事業的な位置づけにあるのが、左岸北端のアイン・アズリトゥン街区を対象サイトとする計画であった。このサイトでは、計画街路線まではっきりと書き込まれ、同時に取り壊される施設や住宅も明示されることになった(図5)。あくまで案ではあったが、まさにラスィーフ道路計画(「フェス通信」第 3 回を参照)の再来を思わせる、功罪判じ難い内容だったのである。図5:アイン・アズリトゥン街区の計画提案
計画は順次事業化され、一部は既に実現されている。タラア・ケビーラへと接続する道路と駐車場も出来ている(図6)。これらの功罪については議論になるところであろうが、既に第 3 回でその糸口を述べたので、ここでは繰り返さない。ここでは、いずれにしてもこのように大掛かりな計画と事業を可能にした国際協力の体制について、その多様なアクターを紹介しながら整理しておくことにしよう。
図6:アイン・アズリトゥン街区の現況
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まず、援助する側、すなわち国際機関側がどのような体制であったのかというと、
ユネスコ・・・世界遺産に登録し、都市基本計画の策定を支援する。
UNDP ・・・「フェス保全計画」の支援主体となる。
世界銀行・・・「フェス保全計画」の出資者。
グループ・ユイット・・・「フェス保全計画」を実際に策定したフランス系のコンサルタント。
という風に整理できる。また、「フェス保全計画」に直接参加こそしなかったものの、日本の JICA が文化省の歴史的建築物の保全事業(図7)に長きに渡って協力してきたことも忘れてはならないだろう。図7:マドラサ・ブー・イナニアの修復成果(水時計部分)
対して、支援を受けた側、すなわちモロッコ側は、
省庁
内務省・・・地域圏(ウィラーヤ(州))を管轄する。
住環境・国土開発省・・・かつての保護領政府都市計画局、公共事業省から再編。現在も再編中。
文化省・・・リヨテ以来の文化財保護を担当:フェスに支局。
ハブス・イスラーム省・・・ワクフ(施設の維持管理の仕組み)を司る。
自治体等
フェス・ブールメン地域圏・・・地域圏知事(ワリ)が「フェス保全計画」実行の旗振り役となる。
フェス市・・・ラスィーフ道路同様、事業の実施主体となる。
フェス - メディナ区・・・フェス市が分割された新行政区。
公共団体
フェス保全機構( AUSF )・・・主として都市基本計画の策定を担当。
過密緩和・再生機構( ADER )・・・主として詳細計画を担当。
など、多様な機関が参加した。保護領以来の枠組みを継承した団体もあれば、新しくフェスのために創設された機関もある。
各機関がそれぞれ、得意分野と対象エリアを持っていたわけだが、それらが見事にコーディネートされ分野横断的で総合的な施策を生み出していくところに、「フェス保全計画」の実施体制の優れた点があったのである。