ドイツのスポーツ都市
内容紹介
ドイツではスポーツが生活に密着し、街を動かすエンジンになっている。多彩なNPOがクラブを運営し、走りたくなる自転車道や歩道も完備され、集客イベントだけでなく、マラソン、サイクリングなど健康・余暇の運動も盛んで、地元企業の支援も厚い。スポーツ人口を増やし、健康に暮らせる街に変えた10万人の地方都市の実践。
体 裁 四六・220頁・定価 本体2500円+税
ISBN 978-4-7615-2736-5
発行日 2020/03/25
装 丁 赤井佑輔(paragram)
37ページ公開中!(はじめに、2章)
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はじめに
1章 スポーツクラブというコミュニティ
1 ドイツのスポーツクラブとは
2 ブンデスリーガもスポーツクラブ
3 100のスポーツクラブがある10万人都市
4 社会関係資本としてのスポーツクラブ
5 ドイツでスポーツが普及したきっかけ
2章 まちを盛り上げるスポーツ
1 スポーツ人口を広げるしくみ
2 地元のプロチームはまちの誇り
3 まちがスポーツ競技場に
4 まちに出てスポーツを観戦する
3章 サステイナブルなアウトドア・ツーリズム
1 自然を楽しむ文化
2 身近なハイキング
3 アウトドア・ツーリズムのマーケティング
4章 健康に暮らせるまちをつくる
1 散歩好きのドイツ人
2 まちで体を動かしたくなる仕掛け
3 サイクリストにやさしいまち
4 歩きたくなるストリート
5 市民の健康がまちの持続力を高める
6 スポーツ人口を増やす政策
5章 スポーツが地域経済に与えるインパクト
1 スポーツの経済効果
2 行政によるスポーツ支援
3 企業のスポンサリング
4 企業に選ばれる地域になるために
5 健康保養都市の観光戦略
6 資源を消費させない観光開発
6章 スポーツ人口を増やすプロモーション
1 スポーツへの関心を底上げするフェストとメッセ
2 スポーツクラブの広報戦略
3 活発な地元のスポーツ・ジャーナリズム
7章 スポーツで都市の質を高める
1 自治体のスポーツ戦略
2 スポーツで社会的問題を解決する
3 都市の質を高めるエンジン
おわりに
経済・政治・社会とともに変化するスポーツの役割
一言でスポーツといっても、その関わり方は多種多様だ。自らプレイする人、観戦者やファン、教育者として指導をしている人、あるいは地域づくりとして取り組む人、ビジネスの対象にしている人もいる。このように様々な人が様々な目的で取り組むスポーツは常に経済や政治、社会と伴走してきた。
当然のことながら、経済・政治・社会は時代によって変化し、個々人の価値観や行動にも影響を及ぼす。これらと深く関わり合っているスポーツのあり方もまた然りだ。例えば、日本でスポーツを始めるきっかけとしてまず挙げられるのが、学校の部活動である。そこでは、指導者や先輩には絶対服従の人間関係、勝利至上主義などに重きを置く「体育会系」ともいうべき価値観が日本のスポーツ文化を形づくってきた。ただし、これが行き過ぎて体罰や暴力などに至るケースも多々あり、近年では批判的な見方が増えつつある。
一方、スポーツは経済とも相性がよい。プロスポーツは経済効果の高いコンテンツであり、とりわけ日本のスポーツでは野球やサッカー、(スポーツに入るかどうかという議論は別として)相撲などがテレビ中継され、スター選手を生み出し、様々なビジネスが派生している。
また政治においては、安倍内閣が2014年に掲げた「地方創生」をはじめ、「地域の活性化」が大きくクローズアップされる中でマラソン大会やスポーツイベントなどで地域外から人を呼び込み、活性化につなげようという取り組みも多くの自治体で実施されている。
「外」に働きかける日本、「内」を充実させるドイツ
本書では地方都市の発展要因としての「スポーツ」や「健康」に着目するが、ドイツの地方都市ではスポーツに対して様々な価値や機能が見出される。対して、日本の地方都市におけるスポーツの取り組みを見ると、ツーリズムや集客といった観点から、都市の外に働きかけ、人を呼び込もうとする傾向が強い。
スポーツに限らず日本では一般的に「万博モデル」とでもいうような、集客に価値を置く考え方が広く支持されているようだ。1970年に大阪で行われた万博の成功が発端となり、イベントの成否が集客による経済効果で判断され、地方のスポーツ政策においても賑わいを呼ぶイベントが頻発される。
一方、ドイツはどうだろうか。もちろん、ドイツでも外から集客することを狙ったイベントも開催されているし、それは増加傾向にある。とはいえ、どちらかといえば、都市の内側、つまりそこで暮らしている人々の常態をよりよいものにしようという意識がまだまだ強い。
こういう日本とドイツの傾向の違いは、筆者の暮らすドイツ中南部のエアランゲン市(バイエルン州)というまちを中心に取材を重ねる中で認識するようになった。
ドイツという国は、日本では想像できないくらいに地域の自律性が強い。例えばエアランゲン市は人口11万人と、日本の地方都市にはよくある規模だが、雇用吸収力が高く、1人当たりのGDP もドイツ国内平均より高い。文化や教育、福祉、そしてスポーツといった、「生活の質」を高めるアクティビティや施設も充実している。中心市街地の景観も維持されており、歩行者ゾーンには家族や友人、カップルが連れ立って歩いている。それゆえ、日本のまちづくり関係者が同市を訪問した際には、「なぜ、平日でもこんなに賑わっているのか」と驚きを隠さない。しかし、こうした光景は、エアランゲン市のみならず人口1~2万人規模の都市でも普通に見られる。まちの賑わいはイベントでつくるものではないのである。
フェラインというまちを盛り上げるしくみ
ドイツでは、なぜ地方都市に経済力があるのか。なぜ中心市街地が賑わっているのか。なぜ生活の質が高いのか。そのメカニズムの中心にあるのが、「市民の自発的な活動」である。ボランティアや社会・政治運動など様々な自発的な活動を支えているのが「フェライン」と呼ばれる非営利法人(NPO)だ。このフェラインにもまた、日本とは桁違いの規模と長い歴史があるのだが、とりわけスポーツに関するフェラインが多い。例えば人口11万人のエアランゲン市には740以上のフェラインがあるが、そのうち100程度がスポーツ分野だ。それらが、日本で「スポーツクラブ」と紹介される組織である。
この数の多さが、筆者がドイツのスポーツに関心を持った理由であり、本書執筆の出発点である。もし日本で「若い頃は体操をしていました」というと、十中八九、学校で体操部に所属していたのかと思われる。それに対してドイツでは、スポーツクラブ(フェライン)に通っていたのだと相手は理解する。ドイツでは、それほどまでにスポーツクラブの数が多く、生活に密着しているのだ。
スポーツは都市の重要な要素
ドイツの地方都市の自律性の高さは、都市の質を独自に追求していくことにつながっている。そのメカニズムは、様々な人々や組織が相互に連関することで成り立っている。一言でいえば、都市には一種のエコシステムがあり、その中にスポーツという要素も含まれているのだ。このエコシステムを動かしているのは個人や組織であるが、重要なのは、そのエコシステムを方向づけるのは、文化や価値観、伝統、デモクラシーであるということである。
本書では、エアランゲン市を中心にドイツ各地の事例を取り上げながら、スポーツや健康に関する取り組みが都市のエコシステムとしてどのように機能しているか、そしてエコシステムを方向づけるものは何かについて、様々な切り口から論を進めていく。それを通して、スポーツが都市の重要な一部であること、スポーツの多くが都市の「外側」に対してでなく「内部」に働きかけるものであること、そしてスポーツが社会を形づくるエンジンの一つであるということが見えてくるだろう。
ドイツも大小様々な問題を抱えているが、理念や理論に基づいた目標を立て、それを社会に実装しようとするプロセスがうまくデザインされている。この過程で多様なステークホルダーが議論を重ね、連携が促進される。これこそが、ドイツ社会のダイナミズムであり、地方都市の自律性を支えている。
本書は、ドイツにおいてスポーツや健康が都市の発展にどのように関わっているかをテーマにしているが、ドイツより高齢化が進む日本では、人々がまちに出かけてスポーツ活動に参加し、健康に暮らすことが、医療費・介護費を削減する上でも今後ますます求められるようになるであろう。本書が、スポーツや健康によってまちの持続可能性を高める活動に取り組む読者の刺激になれば幸いである。
最後に、謝辞を記しておきたい。学芸出版社で本を出すのはこれで3冊目だが、編集を担当いただいた同社の宮本裕美さんと森國洋行さんにはお世話になった。それから、一時帰国のたびにスポーツ分野の研究者や専門家の友人・知人たちと議論を重ねて刺激を受けているが、彼らとのそうした議論も本書には反映されている。また、ドイツでも大変多くの方々にお世話になっている。「TV1848エアランゲン」のヨルク・ベルクナーさん、ヴォルフガング・ベックさん、エアランゲン市スポーツ部のウルリッヒ・クレメントさんをはじめ、多くの方々に取材に応じてもらった。また、それだけではなく、彼らと日頃まちで顔を合わせて交わす何気ない会話がドイツのスポーツ文化の理解につながった。
そして最後に、いつも応援してくれている妻・アンドレアに感謝したい。とりわけドイツ社会の細かい機微を理解するのに彼女との議論は楽しく、そして貴重だ。
2020年3月
ドイツ・エアランゲン市にて 高松平藏
開催が決まり次第、お知らせします。