オーバーツーリズム

高坂晶子 著

内容紹介

観光客が集中し、混雑や騒音、地価高騰、地域資源の破壊といったダメージをもたらすオーバーツーリズム。国内外で発生している要因、実態、対策を多数の事例から解説し、ソーシャルメディアの影響やICT・AIの活用など新しい動きも紹介。旅行者の満足度を高め、地域が観光の利益を実感できるまちのつくり方を探る。

体 裁 四六・272頁・定価 本体2300円+税
ISBN 978-4-7615-2735-8
発行日 2020/03/20
装 丁 藤田康平(Barber)


目次著者紹介はじめにおわりに
はじめに

I部 オーバーツーリズムとは

1章 訪日外国人観光客の急増とその背景

1 世界で爆発的に増える旅行者
2 成長著しい日本のインバウンド市場
3 アウトバウンドからインバウンドへ、政策の転換
4 観光の効用

2章 オーバーツーリズムの影響

1 オーバーツーリズムの定義
2 オーバーツーリズムと持続可能な観光の違い
3 オーバーツーリズムで何が起きているのか
4 オーバーツーリズムによるダメージ

3章 オーバーツーリズムのタイプと対策

1 オーバーツーリズムの発生地のタイプ
2 オーバーツーリズム対応の具体的手法
3 決定打のないオーバーツーリズム対応

II部 国内外のオーバーツーリズムの事例と対策

4章 海外のオーバーツーリズム

1人気観光拠点型

1 スペイン・バルセロナ市-観光開発規制に取り組む世界的モデル
2 アメリカ・ハワイ州-住民・観光客を巻き込む「責任ある観光」の推進

2リゾート型

1 タイ・ピピレイ島、フィリピン・ボカライ島-島の地理的条件を活かした入域規制
2 スイス・ツェルマット村-カーフリーの観光スタイルを広めるアルプスの村

3稀少資源型

1 エクアドル・ガラパゴス諸島-環境保護と島民の生活の共存
2 ネパール・ヒマラヤ山脈-商業登山への対応に悩む世界の屋根

5章 国内のオーバーツーリズム

1人気観光拠点型

1 京都府京都市-量より質をめざす施策にシフト
2 神奈川県鎌倉市-交通機関の混雑解消に挑む

2リゾート型

1 沖縄県恩納村-漁業と観光業の共存

3稀少資源型

1 富士山-世界遺産の保全と観光利用の両立

III部 新たなオーバーツーリズムとその対策

6章 ソーシャル・メディアが生む次世代オーバーツーリズム

1 無名のスポットが突然ブレイクする現象
2 観光客が突然押し寄せる要因
3 受け入れ態勢の未整備
4 北海道美瑛町-観光客と農家のWin-Win の関係づくり

7章 ICT、AIを活用したブレークスルー

1 新技術の活用と効果
2 自治体等による新技術の活用事例

8章 レスポンシブル・ツーリズム(責任ある観光)

1 レスポンシブル・ツーリズムとは
2 パラオ共和国-観光客が自発的に環境保全にコミットするしくみ
3 ニッチな業界から観光の本流に向かうサステイナブル・トラベル
4 地域住民の観光受容力を高める

9章 オーバーツーリズムへの向きあい方

1 危機管理としてのオーバーツーリズム対応
2 関係主体間でWin-Win の関係を構築
3 持続可能な地域観光のあり方を共有

おわりに

高坂 晶子

株式会社日本総合研究所調査部主任研究員。1984 年慶應義塾大学法学部卒業。1989 年同大学院博士課程を満期取得退学。1990 年、株式会社日本総合研究所に入社、調査部にて調査研究業務に従事。

現在、観光産業は日本経済の数少ない有望分野と目され、政府の成長戦略においても観光振興策が重要政策課題の一つに数えられている。そのスタートは、小泉純一郎首相(当時)が「住んでよし、訪れてよしの国づくり」をキャッチフレーズに「観光立国」を宣言し、訪日外国人観光客(インバウンド)の誘致を柱に据えた2003年に遡る。

もっとも、2003年当時、実際に観光客を迎える地方の側の、同宣言に対する反応はおおむね冷淡であった印象がある。その頃は地域振興策といえば第二次産業の製造拠点の誘致と公共事業が中心であり、景気動向や社会情勢の影響を受けやすい観光産業への地方の期待感は必ずしも大きくはなかった。

しかしながら、その後のインバウンド観光の隆盛は周知の通りで、今や日本は世界的なデスティネーション(旅の目的地)の仲間入りを果たしつつある。多くの自治体が内外の観光客の誘致に力を入れ、観光を梃とした経済振興を地域経営の基軸に据えるケースも少なくない。外資も含めた民間企業の観光ビジネスに対する投資活動も活発で、インバウンドに人気の高い地域では、ホテルやアミューズメント施設の建設ラッシュが生じている。少し前までは地方圏の地価といえば下落の一途を辿っていたものだが、今や一部地方では都市圏を凌ぐ急上昇を見せる様子がしばしばメディアを賑わせている。

他方、多くの観光客が訪れることで、受け入れ側の貴重な自然環境や住民生活が損なわれるオーバーツーリズム現象が発生し、一部で社会問題化していることも事実である。実際、観光庁「持続可能な観光先進国に向けて」(2019年)所収のアンケートによれば、主要観光地を擁する地方自治体214のうち、回答を寄せた138自治体すべてが「観光客の増加に関する課題の発生」を認識している。

改めて観光の意義を考えると、所得の向上や雇用の創出といった経済効果のみならず、交流人口の増加やシビック・プライドの涵養、国際理解の促進といった幅広いメリットがある。とりわけ少子高齢化に悩む地方圏にとっては、コミュニティを支える観光への期待は高く、極めて重要な産業分野といえる。このような観光の位置づけを考えると、オーバーツーリズムはいたずらに忌避して済む問題ではなく、正面から向き合うべきハードルといえよう。現状、オーバーツーリズムに直面していない地域でも「余所事」として看過せず、情報収集や発生を想定したシミュレーションなど、真摯な対応が望まれる。

本書はこのような問題意識から、オーバーツーリズムのさまざまな背景や実態とその対策について述べたものである。執筆に際しては、主に以下の2点について留意した。

一つは、国内外の事例紹介にとどまらず、オーバーツーリズムへの対処方法についてもできる限り具体的に明示するよう努めた。現在進行形のテーマを取り上げる場合、明快な解決方法を見出すのはたやすいことではない。しかし、「何が起こっているか」だけでなく、何が問題であり、現時点で「何ができるのか」まで示すことは、社会的課題に相対する場合に極めて重要と考えている。このため、本書では筆者なりのオーバーツーリズムへの向き合い方を盛り込むように心掛けた。

もう一つは、オーバーツーリズムをめぐる世界の新たな動きに注目し、そこに解決の可能性を見出そうとした。具体的にはSNS の影響力と活用方法、ICTを駆使した問題解決策、旅行者と事業者、受け入れ側住民すべてのマインドセットの刷新である。オーバーツーリズムを深く知るにつけ、決定的な打開策が容易に見いだせない状況が次々に露わになっていった。その一方、世界で重ねられる試行錯誤のなかから、解決に向けた方向性が生まれつつあるように思われた。この方向性の下で、観光と社会、コミュニティとの関わり方に新たな局面がもたらされるのではないか、と期待している。

本書の1~3章は観光の現状、オーバーツーリズムの定義や世界的に問題化した経緯といった総論的な記述が中心となっている。内外の具体例は4、5章、新しい動きは6章以降にまとめている。全体像を把握したい読者は通読していただければよいし、個別テーマに関心を持たれる読者は各部分から目を通していただき、関連部分を読み進んでいただければ幸いである。

近年、地域と観光の関わりが深まり、本分野に興味を持たれる層の広がりを実感している。本書が観光ビジネスや地域資源の活用に取り組み、オーバーツーリズムへ対処しようとしている方々のご参考となることを願っている。

本書を執筆するきっかけとなったのは、筆者が所属する「日本総合研究所」のウェブサイト(後日、紀要「Japan Research Review」に所収)に掲載された論考「求められる観光公害(オーバーツーリズム)への対応」(2018年10月)である。執筆当時、オーバーツーリズムに関する参考文献はまだわずかで、「持続可能な観光」など類似概念に関する研究書を参照しつつ、細かな事例調査や現地での聞き取りを積み上げることで、オーバーツーリズムの概要と対策の方向性を抽出すべく悪戦苦闘した記憶がある。

幸い、同論考は多くの方にご覧いただき、お問い合わせ等を寄せられることが増えた。そのなかに学芸出版社編集部からの申し出があり、前記をもとに、具体例や新しい動きを大幅に加筆して本書刊行の運びとなった。筆者にとって、共著はともかく単著の執筆は初めてであったため、果して1人で書ききれるか不安も大きく、着手に際して逡巡があった。今、原稿を通読して強く安堵するとともに、企画して下さった学芸出版社と担当して下さった編集者、逡巡する筆者の背中を押し執筆環境を整えて下さった日本総合研究所と上司・同僚に深く感謝したいと思う。

また、本書は現地事情を知る多くの方々へのインタビューや資料提供の上に形となった。本文でICT の進歩がオーバーツーリズム対策の突破口となる可能性について述べたが、インタビューにあたっても、海外とスカイプをつないで現地の担当者からいろいろと教えていただいたりもした。また、筆者にオーバーツーリズムについて取材するため来社されたメディア関係者から、逆に現地事情や事実関係・背景など貴重な情報を教えていただく機会も少なくなかった。なかには、インバウンド側である海外メディアの記者から、日本のオーバーツーリズム対応について忌憚ない意見が寄せられたこともある。これらお世話になった方々すべてにも、篤く御礼を申し上げる。

最後に、本書を母に捧げる。著名な歌人にちなむ私の名が本の背表紙に記されることを、母は長年心待ちにしていたが、力及ばず、なかなかその望みを叶えることができなかった。母と私の郷里である京都から世に出る初の著書を、心からの愛と感謝をこめて母に贈りたいと思う。

2020年3月
高坂晶子

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