アルヴァ・アールトの建築 エレメント&ディテール

小泉 隆 著

内容紹介

北欧を代表する建築家アルヴァ・アールトが追求した美しく機能的なディテールを集めた作品集。住宅や公共建築、商業施設、家具や照明器具にいたるまで、構造や技術を反映した合理的なデザイン、素材や形へのこだわり、使いやすさが発揮された170のディテールを多数のカラー写真と図面で紹介。所在地リスト、書籍案内も充実。

体 裁 A5・240頁・定価 本体3200円+税
ISBN 978-4-7615-3240-6
発行日 2018/03/10
装 丁 凌俊太郎(Satis-One)


目次著者紹介まえがきあとがき関連イベント

CONTENTS

Introduction
人間のための「大きな機能主義」 ─ アールトが語る建築の理想 ─

Handle & Door

取っ手
手すり
木製扉と扉まわりの立面構成
ルイ・カレ邸 格子扉
ヴィープリの図書館 ブレース入りの鋼製ガラス扉

Stairs & Floors

ヴィープリの図書館 T 字形断面の屋外階段
労働者会館 エントランスホールの階段
マイレア邸 居間の階段
サウナッツァロの村役場 議場へのアプローチ
タリン美術館 展示エリアを区分する階段
リオラの教会 段状の聖歌隊席
建物に奉仕する外部階段
野外劇場のモチーフ

Path & Corridor

サウナッツァロの村役場 中庭に面する回廊
アラヤルヴィ庁舎 幅と高さが変化する中央廊下
リオラの教会 水平材が連続するキャノピー
文化の家 二つのヴォリュームを統合するキャノピー
ヴォルフスブルク文化センター 変化に富んだピロティ

Column & Frame

マイレア邸 林立する多様な柱
柱の表現の展開
アールトスタジオ 板状の柱
トゥルン・サノマット新聞社 マッシブな柱
屋根を支える木架構
ロングスパンの木製合成梁
ヘルシンキ工科大学 大講堂のリブフレーム
リオラの教会 ダイナミックなリブフレーム
ムーラッツァロの実験住宅 木架構の実験
線材による繊細なデザイン

Wall & Ceiling

自由曲面の壁
ヴィープリの図書館 児童図書室入口の曲面壁
個性あふれる間仕切り
ヴォクセンニスカ教会 曲面の可動間仕切り
外観を特徴づける可動間仕切りのデザイン
木の外壁のディテール
コッコネン邸 輝く木の壁
アールトスタジオ 白い壁面のヴァリエーション
周囲に調和したファサード
ヴィープリの図書館 講義室の波打つ天井
ルイ・カレ邸 玄関を包み込む曲面天井
窓際の斜め天井
空間の広がりを演出する天井
音や熱をコントロールするパネル天井
照明や音響の効果を高める布の活用
有機的な曲線を描くキャノピー

Window

ルイ・カレ邸 展示作品を照らすための窓
アールトスタジオ 建物に変化を与える多様な窓
景色を楽しむ窓、集中するための窓
サウナッツァロの村役場 議場の闇を引き立てる窓
遊び心が感じられる即興的な窓
パイミオのサナトリウム 病室の窓まわり
パイミオのサナトリウム 食堂のガラスボックス
ムーラッツァロの実験住宅 中庭との関係性が表現された窓と扉
内と外との関係を演出する窓辺
ヴォクセンニスカ教会 外皮と内皮のズレをまとめる二重ガラスの高窓
ラハティの教会 十字架をかたどった小窓群
内部の要求から決まった窓の外観への現れ

Skylight & Reflector

国民年金会館本館 クリスタル・スカイライト
クリスタル・スカイライトの展開
ヴィープリの図書館 円筒スカイライト
円筒スカイライトの展開
スカイライトの外観
光を拡散させるリフレクター
採光のために変形した壁と天井

Sauna & Fireplace

サウナ 伝統的なスタイルを進化させた濃密な空間
暖炉 農家から着想した集いの空間
ムーラッツァロの実験住宅 焚き火の炉

Green & Water

緑の扱い 植物の成長を見越した精緻なデザイン
マイレア邸 草屋根
水の扱い 空間に潤いを与える効果的な使い方
雨水の処理

Furniture & Lighting

L 字脚のスツール
木製のキャンチレバーチェア
木の脚の実験と実践
ユニークな丸みを帯びたペンダントライト
円筒形のペンダントライト
ポール・ヘニングセンからの影響
帯状の羽で包み込まれたライト

資料編
年譜
事例・所在地リスト
参考文献

あとがき

小泉 隆 Takashi Koizumi
九州産業大学建築都市工学部住居・インテリア学科教授。博士(工学)。1964年神奈川県横須賀市生まれ。1987年東京理科大学工学部建築学科卒業、1989年同大学院修了。1989年より東京理科大学助手、1998年T DESIGN STUDIO 共同設立、1999年九州産業大学工学部建築学科専任講師、2010年同大学住居・インテリア設計学科教授。2017 年4月より現職。2006年度ヘルシンキ工科大学(現アールト大学)建築学科訪問研究員。
主な著書に『北欧の建築 エレメント&ディテール』(学芸出版社)、『北欧のモダンチャーチ&チャペル 聖なる光と祈りの空間』(バナナブックス)、『フィンランド 光の旅 北欧建築探訪』『アルヴァル・アールト 光と建築』(以上、プチグラパブリッシング)など。
人間のための「大きな機能主義」
─ アールトが語る建築の理想 ─

ル・コルビュジエ、フランク・ロイド・ライト、ミース・ファン・デル・ローエらと並び、近代建築の巨匠の一人にも数えられるフィンランドの建築家、アルヴァ・アールト。その活動は建築設計や都市計画にとどまらず、家具や照明器具、さらにはガラスの器といったプロダクトデザインにも及んでいる。本書では、そのような多岐にわたるアールトの諸作品をエレメントやディテールに着目しながら紹介していく。この試みがアールトの新たな側面を少しでも浮き彫りにすれば嬉しい限りである。
具体的な作品紹介に先立ち、ここではエレメントやディテールが生みだされた背景にあるアールトの設計思想、作品の特徴について、アールト自身の言葉に即して記していきたい。

大きな機能主義
「建築は科学ではない。それは何千もの、はっきりした人間的機能を結合する総合的な大プロセスであり、依然として建築である。その目的は物質の世界を人間の生活と調和させることである。建築を人間的にするということは、それが良い建築であることを意味し、そして単なる技術的なものより、はるかに大きな機能主義を意味する。」1)

アールトの作風は、初期の古典主義様式から機能主義様式を経て、独自のスタイルが確立された後も発展、変化していくが、「建築を人間的にする」「物質の世界を人間の生活と調和させる」という大きな目的は一貫して変わっていない。それこそが、時期やスタイルを超えて、アールトが生涯追求した最も重要な事柄であったといえるだろう。
ここで「大きな機能主義」という言葉を用いている点にも注目したい。近代建築の台頭を後押しした「機能主義」は、技術や経済の合理性を偏重し、それが主として装飾が排除された幾何学的な形態表現と結びつくことで、建築の新たな一様式として世界的に広く波及していった。しかしながら、建築における本来の「機能主義」は、「建築の形態は実際の機能や目的によって規定される」というものであり、ここでいわれる機能には、技術面や経済面に限らず、人間の心理や生理に関わる機能までもが含まれる。「技術の機能主義は本源的な建築をもたらさない」1) とも語るアールトは、当時の「機能主義」が建築の発展に大きく貢献したことを認めた上で、その機能を人間の生理的・心理的な側面にまで拡張して捉え、「建築を人間的にする」「物質の世界を人間の生活と調和させる」=「大きな機能主義」というテーマを掲げた。
実際の建築作品では、構造面や技術面から合理的にデザインされたエレメントやディテールも見られるが、多くのエレメントで人間の生活に根ざした明確な機能が設定され、その機能を満たすためにディテールが組み立てられている。冒頭の言葉が語られたエッセイでは、患者に配慮したデザインが施されたパイミオのサナトリウムの病室、読書に適した光環境を生みだす円筒形のスカイライトが配されたヴィープリの図書館の閲覧室の二つの作品が例示されているが、「大きな機能主義」というアールトの考え方がよく反映された作品だといえよう。さらには、素材や形にこだわり繊細にデザインされた取っ手や手すりをはじめとして、蔦で壁面を覆うといった緑の扱い、木材を積極的に使用する姿勢など、その思想は隅々に貫かれている。

遊びの必要性
アールトはまた、「建築を人間的にする」ためには、技術や経済の合理性だけでなく、「遊び」が必要だと語る。

「われわれは、実験的な仕事を遊びの気分に、または遊びの気分を実験的な仕事に結び付けるべきである。建築の構造物、それから論理的に導かれた形態や経験的知識が、まじめに遊びの芸術とよぶことのできるものによって色付けられて、初めて、私達は正しい方向に進むことになるだろう。技術や経済性は、常に、生活を豊かにする魅力と結び付いていなければならない。」2)

この言葉は、アールト自身のサマーハウスであるムーラッツァロの実験住宅に関して記されたものだが、この住宅では遊びの精神に基づいて様々な実験的試みが展開されている。ほかにも、随所に見られるアールトらしい無意識に描かれたような自由な曲線、即興的な窓のデザイン、照明器具のユニークなモチーフなどにアールトの遊び心を感じることができるが、いずれもそれらのエレメントが建築の魅力を高め、そこで営まれる生活を豊かにすることにつながっている。

人間を中心に内側から組み立てるデザイン
「真の建築は、その小さな人間が中心に立った所にだけ存在する。」3)

アールトの作品は、人間を中心に考えることを起点として、内側から外側に向けてデザインされる傾向が強い。内部では、そこに居る人間の活動や求められる機能に応じて空間が形づくられ、窓の配置や形状が決められている。監視機能を果たすカウンターを要として閲覧室を扇形に広げ、先端に配したハイサイドライトから採光するアールト独自の図書館の構成は、その典型例の一つともいえるだろう。
一方、外部に目を向けると、内部空間の形状がそのまま外観に現れた作品や、窓や可動間仕切りなど内部の要求から決められたエレメントが外観を特徴づけている作品が見られる。これらは、人間を中心に据えて機能的にデザインしていくことで生まれた一つの帰結を示すものであろう。

自然環境との共生
「われわれは建築の理想的な目標を次のように定義できる。つまり、建物の役割は、人間(住民)に自然のよい影響をすべて与える装置として働くことであり、またそれは、人間(住民)を自然や建物がつくり出す環境に現われるすべての悪い影響から保護することである。そして今、私はこれ以上によい定義を見つけることができないのだが、建物もそれが緊密に所属している自然と同様に豊かなニュアンスをもっていなければ、その役割を果たすことができないということも、われわれは認めるべきである。」4)

アールトの建築作品のうち約9割が母国フィンランドに建つ。それらの作品からは、高緯度ゆえの特異な気候風土、厳しい自然環境に抗うことなく、人間の生活を守りながらうまく共生していこうとするアールトの思想が垣間見える。
冬の積雪や内外の温度差に対しては、その状況を受け入れた上で、細やかな設えにより内外の境界を演出し、豊かな内部空間をつくりだそうとする姿勢が見られ、鉢植えが置かれたガラスボックスや窓台をはじめとする窓辺のデザインにそれが現れている。また、太陽光に対しても様々な工夫が見られる。なかでも、スカイライトおよびリフレクターは、北の地の乏しい太陽光を効果的に内部に取り込むエレメントであり、その独特の形状がアールト作品を特徴づけている。加えて、色彩や素材の扱い方にも乏しい光を有効に取り入れようとする心遣いが感じられる。
一方、緑や水の扱いは建築的には控えめでその表現は繊細だが、そこでは日本建築からの影響が窺える点も興味深い。

時と場所を超えて
「建築家の仕事は、調和を生み出し、未来から過去までの糸をひとつにつなぎ合わせることに向けられている。その根本に存在するのは、無数の感情の糸を持つ人間と、人間を含めた自然である。」5)

フィンランドという北の地で、土地の気候風土や伝統に根ざした作品を生みだしたアールトは「ローカルな建築家」「ヴァナキュラーな建築家」と言われることもあるが、それはアールトの限られた一面を捉えたにすぎない。「ナショナルとインターナショナルの概念の結合が現代世界に必要な調和ある結果を生み出し、それらの概念は、互いに分離されることはできない」6)と語り、「近代的か伝統的な表現か」という問いにも意味がない7) とするアールトの作品には、古典的なモチーフや地域の伝統的なモチーフが見られ、時にイタリアや日本などの他国のスタイルが持ち込まれることもあるが、それらは近代的なデザインと融合しながら、アールト独自の表現に昇華されている。
このようにして様々なエレメントが結びつけられたアールトの建築では、単なるスタイルではない、時と場所を超越した一つの「調和」が実現されており、ここにアールトが生涯追い求めた「大きな機能主義」が結実した形を見ることができるだろう。

参考・引用文献
1)「建築を人間的なものにする」(ザ・テクノロジー・レヴュー誌、1940年11月)、ヨーラン・シルツ編、吉崎恵子訳『アルヴァー・アールト エッセイとスケッチ』鹿島出版会、2009年
2)「ムーラッツァロの実験住宅」(アルキテヘティ誌、1953年)、同上書
3)「記事に代えて」(アルキテヘティ誌、1958年)、同上書
4)「ヨーロッパの再建が現代の建築の最も中心的な問題を浮かび上がらせた」(アルキテヘティ誌、1941年)、同上書
5)『〈アルヴァー・アールトの住宅・東京展〉パンフレット』リビングデザインセンターOZONE、2002年(マルック・ラハティによる挨拶文に掲載されている1940年の言葉)
6)「ナショナル-インターナショナル」(アルキテヘティ誌、1967年)、ヨーラン・シルツ編、吉崎恵子訳『アルヴァー・アールト エッセイとスケッチ』鹿島出版会、2009 年
7)「建築の闘い」(英国王立建築家協会での講演の速記、1957年)、同上書

本書では、家具および照明器具を含めたアールトの諸作品を、エレメントとディテールに焦点を当てつつ紹介してきた。2013 年に上梓した『アルヴァル・アールト 光と建築』(プチグラパブリッシング)では「光と空間」を主な視点としていたが、それに加えて本書では「物と形態」という視点も重視している。
巻頭において、アールトの言葉を紡ぎながら小さなアールト論を記すことができたのは嬉しい限りである。アールトは文章を書くことを好まなかったため、他の近代建築の巨匠らに比べると残されている文章は少ないが、詩情に富む言葉からは建築に対するアールトの考え方や姿勢などを汲みとることができた。なかでも、「大きな機能主義」という言葉で表されたアールトの思想は、「機能主義」が狭義の意味で捉えられ、単なるスタイルとして解釈されることで建築の本来あるべき役割が歪められている現状を改めて見直す契機を与えてくれる意味で、鍵となりうる重要な概念ではないだろうか。
この「大きな機能主義」という思想はとても人間的な考え方であり、ひいてはアールト以外の北欧建築にも広く通底している考え方のようにも感じる。「私は芸術家として仕事をしている」と表明し、「芸術には人間的か、人間的でないかの二つのことしかない」と語るアールトは、自身の作品でもって常に社会に対して「人間的な建築のあり方」を示し、問いかけてきた。一見個性的な形態や特徴の向こうにある、そのようなアールトの設計に対する真摯な姿勢、人間に対する温かい眼差しが居心地のいい空間を形づくり、私たちの心を捉えているに違いない。

本書ができあがるまでには、多くの方々にお世話になった。
まずは現地で見学を歓迎してくれた関係者にお礼を申し上げたい。誰もがアールトの建築に関わっていることを誇らしげにしていて、その様子はアールトの存在の大きさを感じさせてくれた。
アールト財団、アルテック、ルイスポールセン社には、資料や情報提供で協力を得た。また、現地でもお世話になり、貴重な写真を快く提供してくれた、国民年金会館本館のガイドのペトラ・レイカ(Petra Leikas)さんおよび写真家のアンニカ・ソーデルブロム(Annika Söderblom)さん、そして数多くのアールト作品を撮影し紹介してくれている写真家のヤリ・イェッツォネン(Jari Jetsonen)さんにも感謝したい。
前著『北欧の建築 エレメント&ディテール』に引き続き、学芸出版社の宮本裕美さんと森國洋行さん、ブックデザインを手がけてくれたSatis-Oneの凌俊太郎さんには大変お世話になった。改めてお礼を申し上げたい。また、限られた時間の中で作図をしてくれた日髙暢子助手ならびに古賀美南さん、寳部彩さんにも感謝いたします。そして最後に、今回も刊行まで温かく見守ってくれた妻、智子に感謝の気持ちを伝えたい。

2018年2月 小泉隆

開催が決まり次第、お知らせします。

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