DMO 観光地経営のイノベーション

高橋一夫 著

内容紹介

観光地域づくりの舵取り役としてマーケティングとマネジメントに取り組む組織「DMO」。DMOの研究と実践に取り組んできた著者が、観光地経営のプロ組織としてのDMOを、海外と日本の先進事例を踏まえて紹介。地方創生に向けた観光振興の中心施策として続々と誕生する日本版DMOの確立・運営のポイントを導く。

体 裁 A5・216頁・定価 本体2400円+税
ISBN 978-4-7615-2646-7
発行日 2017/06/05
装 丁 KOTO DESIGN Inc. 山本剛史


目次著者紹介はじめにおわりに

はじめに

序章 なぜ、今DMOか

1 地方創生の文脈にある日本版DMO
2 観光は地域そのものを経験する場を作る
3 DMOが必要とされる背景
4 従来型の観光振興の限界
5 観光地経営を担う日本版DMOの構築に向けて

第1部 欧米DMOの凄さ

第1章 バルセロナ観光局

1 バルセロナ観光の転換点
2 バルセロナ観光局の実績
3 バルセロナ観光局の凄さ

第2章 ロンドン&パートナーズ

1 ロンドンの集客仕掛け人
2 ロンドン&パートナーズの設立と実績
3 ロンドン&パートナーズの凄さ

第3章 ハワイ州観光局とハワイの観光振興組織

1 ハワイ州観光局(Hawaii Tourism Authority)の設立
2 ハワイ州観光戦略計画
3 ハワイ州観光局の組織と運営
4 ハワイの観光振興の特徴

第4章 欧米DMOの考察

1 DMOの評価視点
2 欧米DMOのマネジメント特性
3 観光行政へのヒアリングを通じた欧米DMOからの示唆
4 欧米DMOからの示唆―行政との役割分担の必要性

第2部 日本のDMOの先駆者たち

第5章 欧米DMOのマネジメント特性を視点とした日本の先駆者たち

1 日本版DMOの先駆け
2 一般社団法人田辺市熊野ツーリズムビューロー
3 南信州観光公社と下呂温泉観光協会

第6章 地域金融機関とともに作る「せとうちDMO」

1 せとうちDMO設立の経緯
2 せとうちDMOの誕生
3 ファイナンス機能を持つDMO
4 世界水準のDMOに向けた今後の展望

第7章 DMOが取り組むべき着地型観光の要点─「おとな旅・神戸」の魅力─

1 着地型観光とは何か
2 おとな旅・神戸
3 参加者および事業者アンケートにみる「おとな旅・神戸」の評価   142
4 行政のジレンマを乗り越えて

第3部 日本版DMO導入への示唆

第8章 DMO導入の課題──地方自治体へのアンケートから

1 観光行政と観光振興組織へのアンケート調査
2 観光行政および観光振興組織の現状と課題
3 欧米DMO型のマネジメントの必要性と新たな課題

第9章 多様で安定的な財源への取組

1 地域の自主財源の必要性
2 入湯税の超過課税
3 宿泊税
4 TID(観光改善地区)とその事例

第10章 DMO人材の育成

1 DMOに求められる人材
2 DMO人材の資質と能力を高めるために
3 DMOの人材育成プログラムの実践イメージ
4 DMOの人材育成プログラムの課題
付表 DMOの人材育成カリキュラム(案)

第11章 日本版DMOの形成に向けて─DMOの5つのポイント─

1 DMOとは何か
2 DMOが動き出して見える景色

おわりに

索引

著者

高橋 一夫(たかはし・かずお)

近畿大学経営学部教授。
1959年生まれ。大阪府立大学大学院経済学研究科博士前期課程修了。1983年JTB入社、西日本営業本部営業開発部長、東日本営業本部イベント・コンベンション営業部長、コミュニケーション事業部長を歴任。2007年から流通科学大学教授、2012年より現職。スポーツコミッション関西の幹事として「関西ワールドマスターズゲームズ2021」を招致。
主な編著書に『観光のビジネスモデル』(学芸出版社、2011年)、『観光のマーケティング・マネジメント』(JTB能力開発、2011年)、『旅行業の扉』(碩学舎、2013年、公益財団法人日本交通公社「一度は読みたい観光研究書&実務書100冊」(2016年)選定)、『CSV観光ビジネス』(学芸出版社、2014年、日本観光研究学会賞(2015年度著作賞)受賞)など。

私がDMO(Destination Management / Marketing Organization)という言葉を知ったのは、UNWTO(世界観光機関)が2010年に出した“Survey on Destination Governance”(観光地経営の調査)という評価レポートを読んだ2011年のことです。当時、日本では2008年に制定された「観光圏の整備による観光旅客の来訪及び滞在の促進に関する法律」(観光圏整備法)に基づき、「観光地域づくりプラットフォーム」を中心にして区域内の関係者が連携し、魅力ある観光地域を作っていこうとしていたときでした。そのために旅行業務取扱管理者に代えて、一定の研修を修了した者を観光圏内限定旅行業務取扱管理者として選任できる旅行業法の特例措置や、複数の運送事業者が共同で割引周遊切符を発行する共通乗車券制度をはじめ、農水省の交付金での支援など、さまざまな政策支援が行われていました。

しかし、中核となる「プラットフォーム」は観光圏のモデルコースを取りまとめ、着地型観光商品の造成と販売を行うことが中心の役割となっており、ワンストップ窓口として機能をしていたものの、そこに留まらない幅広い取組が必要ではないか、という指摘もありました。本格的なデスティネーション・マーケティング(観光地マーケティング)を推進し、数値目標を達成することで地域の観光関連事業者との信頼関係を築き、行政の観光政策への提言を行うことができるなど、今でいう観光地経営を担える組織が必要だということです。

そんな時に、発展している海外に目を向けるきっかけとなったレポートを目にしたのです。UNWTOでは、この他に“A Practical Guide to Tourism Destination Management”(観光地経営の実践ガイド)や“Handbook on Tourism Destination Branding”(観光地域ブランド構築に向けてのハンドブック)なども発行しており、この目で海外のDMOなるものを見てみたい、と思うようになりました。

2013年に、文部科学省・日本学術振興会の科学研究費で欧米のDMOにヒアリングをする機会を得て、同様にDMOへの関心をお持ちであった神戸市産業振興局(当時)の皆さん方と一緒に訪問させていただきました。そして、各所での刺激に満ちたお話から、日本の観光振興組織や観光地域づくりプラットフォームと比較するとあまりに大きな違いがあることを知り、大きな驚きとともに果たして日本に移入できるものだろうか、とも感じたのです。

ヒアリングの内容を整理し、その年の暮れの日本観光研究学会の全国大会や翌年2月の日本観光振興協会のシンポジウム「地域振興のための観光マーケティングとマネジメント」で発表をしましたが、聴衆の皆さんからは質問というよりも驚きの感想が漏れ聞こえました。その内容は、「すごい」という賞賛と「果たして日本でそんな組織はできるのか」というある種の拒否反応に分かれたのです。賛否のはっきりした意見が出たものの、欧米DMOの機能やマネジメントのあり方そのものを否定されることはなく、そこにはやりたくてもできないジレンマのようなものが存在するのではないかと、私には思えたのです。そしてそれは、DMOが日本の観光地域の発展につながるのだという確信ともなっていきました。

この本は、その後、日本の観光行政関係者や観光振興組織へのアンケートやインタビュー、研究者などとの議論、2016年の広島県観光課、せとうちDMO、関西国際観光推進本部(現:関西観光本部)の方々とのアメリカのDMOなどへの調査をへて取りまとめたものです。そこで私は以下のようなDMOと観光地経営の定義にいたりました。

DMOの定義

地方自治体と民間事業者による観光ビジネスの共同体で、観光地経営を担うための機能と高い専門性を有し、観光行政との役割分担による権限と責任を明確にしたプロフェッショナルな組織

観光地経営の定義

観光地域において設定される目的・目標を達成するために、持続的・計画的に意思決定をして実行に移し、観光地域のさまざまな主体と調整をしながら観光事業を管理・遂行すること

序章から順に読み進めていただくと、私が以上のDMOや観光地経営の定義にいたったのはなぜか、が分かるようになっています。行政や観光振興組織でDMOの設立やその経営・運営に関わっている方々、観光でまちづくりを志す方々、出身地域の観光振興に携わりたいと考えている社会人や学生の方々、旅行会社や宿泊施設、交通関連企業など観光関連事業にお勤めの方々に、特に読んでいただきたいと思っています。皆さん方との議論を通じ、日本版DMOがさらに進化していくことを願っております。

2017年4月 高橋一夫

本書は「DMO」というタイトルに「観光地経営のイノベーション」というサブテーマをつけて書き進めてきました。「イノベーション」は当初、「技術革新」と訳されて紹介されたこともあり「新しい技術の発明」という意味で解釈されていることが多いと思います。しかし、ハーバード大学ビジネススクールのクリステンセン教授は著書の『イノベーションのジレンマ』において、「偉大な企業は正しく行動するが故に、やがて市場のリーダーシップを奪われ失敗する」と意外な主張を展開しています。企業が新しいイノベーションに対応できるか否かは、技術の中身の次元の問題ではなく、技術をマネジメントする組織のあり方の問題としてとらえているのです。優良企業は、自らを業界のリーダーに押し上げた経営慣行そのものによってイノベーションを起こせなくなり、市場を奪われる原因となるのだというのです。

その例として、写真フィルムのリーダー企業であるイーストマン・コダック社を挙げることができます。コダック社は1975年に、他社に先んじてデジタルカメラを開発したものの、同社は写真フィルム技術の改善に力を注ぎ、顧客の求める性能以上のフィルムをつくろうと「正しく行動した」がゆえに、デジタルへの取組に遅れが生じました。デジタルカメラと、それに続くカメラにもなるスマートフォンの開発は、コダック社の従来の写真フィルムとカメラ生産事業に大きな打撃を与え、同社は2012年1月19日に連邦破産法第11条の適用による事業再編を、ニューヨーク州の連邦破産裁判所に申請しなければならない事態に陥りました。

現在を生きる私たちは、当時の意思決定をしたコダック社のボードメンバーを批判することはたやすいのですが、1975年の頃は写真フィルムのシェアをもっと拡大し、利益率を向上させようとした判断は正しい判断でもあったのです。いまだ無消費の状態にあるデジタルカメラにヒト・モノ・カネを投入するか、さらに消費者の声に応える写真フィルムの改善にそれらを投入するか、きっと彼らは呻吟(しんぎん)したのだと思います。現在から過去を振り返ると、成功はあたかも一筋の道のように見えますが、現在から将来を読み取ろうとしている人たちは、毎日がさまざまな判断の連続で、成功への道は右にも左にもそして幾重にも枝分かれしているようにしか見えません。

流通科学大学前学長の石井淳蔵先生は、著書の『寄り添う力』(2014年)の中でこうした状況を「事前の見え」と「事後の見え」と表現し、以下のように述べておられます。「原因から、必然の道筋の中で生まれてきた結果(現実)が科学的理解の立場だが、それだけが社会についての理解の仕方ではない」。すなわち、「世の中に当たり前の道はなく、結果を出すためにいろいろな当事者の判断や思惑、あるいは様々な偶然が重なる中で生まれてきた現実はチャレンジなくして生まれることはない」。

ある意味「やってみなはれ」の精神が組織に生きていなければイノベーションは生まれないということではないでしょうか。

2020年に東京五輪を控え、訪日外国人客4000万人を目標とする今こそ、地域の観光事業は、パラダイムチェンジの時だという認識が必要です。インバウンド、ICT、シェアリングエコノミーと押し寄せる波は、従来当たり前と思っていた常識や価値観に非連続的・劇的な変化を求めています。DMOも地域観光の変化の1つです。変化を活かしチャンスを自らの手に引き寄せることで、成長戦略は生きたものになると考えるべきでしょう。従来の価値体系を変えていくことを恐れず、さまざまな壁や抵抗を乗り越えて、前例のない新しい価値を創ろうとするイノベーターたちが地域にいてこそ、DMOは観光地経営の担い手たりえるのだと思います。

この本のきっかけは、「はじめに」でも書きましたが、UNWTOのレポートを読んだ時から始まります。神戸市産業振興局(当時)の方々ともヨーロッパのDMOへのヒアリングに行き、同行の皆さんとの議論に触発されました。まずもってお礼を申し上げます。

また、アメリカのDMOの視察の折に議論を深めることができた広島県、せとうちDMO、関西国際観光推進本部(現:関西観光本部)の皆さん、「DMOのあり方研究会」を開催するにあたり、ご協力をいただいた近畿運輸局、近畿経済産業局の皆さん、関西・九州を中心に観光事業のありようについてアンケート、ヒアリングをさせていただいた行政関係者、観光協会等の皆さん、お一人お一人の名前をここで挙げることはできませんが、この場を借りて厚くお礼を申し上げます。

最後に、2012年からDMOの議論をずっと続けてきた広島銀行の井坂晋さん、出版の企画の時からサポートをいただいた学芸出版社社長の前田裕資さん、編集の労を取っていただいた同社の神谷彬大さんに、感謝の意を表したいと思います。

2017年4月 高橋一夫