横内敏人 著

内容紹介

庭と建築を一体につくる“庭屋一如”の思想を体現してきた建築家の最新26作品。現代的な和の空間、洗練された木造住宅建築に定評ある著者は、自ら植栽図を描き、樹種を選定し、施工に立ち会う。邸宅や別荘をはじめ、街中のコートハウス、郊外住宅、増改築、公共的施設まで、設計思想とプロセスを詳細な図面資料と写真で綴る

体 裁 A4横・416頁・定価 本体15000円+税
ISBN 978-4-7615-4095-1
発行日 2020/09/07
装 丁 UMA/design farm 原田祐馬・岸木麻理子


紙面見本目次著者紹介まえがきリーフレット関連イベント

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(エッセイ)
家と庭

I 庭園住宅 Niwa House

桜並木の家 2016
表庭の家 2017
五十鈴川の家 2014
博多の家 2018
萌蘖 2019

(エッセイ)
住宅という建築/樹の下とほら穴

II セミコートハウス Semi-Court House

八王子の家 2019
武蔵野の家 2017
熊谷の家 2014
東灘の家 2016
聖護院の家 2016

(エッセイ)
縄文について

III 自然の中の家 Houses in Woods

蓼科の森の家 2015
八ヶ岳の家 2018
森のサンルーム 2017
大山の森の別荘 2016

(エッセイ)
家のプランを考えはじめる時/部分と納まり

IV 郊外住宅 Suburban House

焼津の家 2017
猿投の家 2014
尾張一宮の家 2014
細庭の家 2013
若草町の家 2014

V 増改築 Renovation

丹 2016
川 2017
白川沿いの家 2018
娘の家 2018
呉羽の家 2016
看送る家

VI みんなの家 Common House

和合クラブハウス 2016
宗教法人 神慈秀明会千葉支部 2016

付録 建築と私
収録作品データ

横内敏人

1954年12月23日山梨県甲府市生まれ。1978年東京藝術大学美術学部建築科卒業。1978年~80年マサチューセッツ工科大学建築学科大学院にて環境心理学を専攻。1980年9月同校修士課程修了(建築学修士Master of Architecture in Advanced Study)。1981年~82年アーキテクチュアル・リソーシズ・ケンブリッジ勤務。1983年~87年前川國男建築設計事務所勤務。1991年8月横内敏人建築設計事務所(一級建築士事務所)設立。著書に『WA HOUSE』『NOTES』『BLUE PRINTS』(風土社刊)

家と庭

私は庭が好きだ。家には必ず庭がなければならないと信じている。だから家の設計をする時には庭も基本設計の段階からイメージし、一緒に設計してしまう。私にとって庭は室内空間の延長上にある屋外の部屋のようなもので、常緑樹は壁、落葉樹は柱と屋根、低木や草花は家具やインテリア小物のように考えている。

圃場に植木を見に行くのは楽しくて仕方がない。時にはイメージに合う木を探して1日中歩き回ることもあるが、何の苦にもならない。むしろさまざまな樹種や違った枝ぶりの樹々に出会うのはいつも大きな喜びだ。そして庭の施工がはじまるとどれほど遠くの現場でも必ず立ち会い、樹木の位置や枝の向きや下草の植え込みに至るまで庭師と相談しながらこまごまと指示をする。建築は図面をしっかり描けばその通りにつくれるが、庭は現場で決めることが多く、仕上がりがそれに左右されるのでおろそかにできないのだ。そして庭の施工はほんの数日でそれまで無機的だった空間がみるみる姿を変え、建物が地についた感じとなり、家として生き生きとした生命感を帯びる。何よりもこの完成直前の劇的な変化を見届けるのが楽しみで、毎回現場に足を運んでしまう。

建築と庭は対照的だ。だからこそ私は、両者が一つになることに大きな魅力を感じている。建築はきわめて即物的で理性的なのに対して庭は有機的で情緒的だ。建築は直線的かつ幾何学的で硬いが、庭には直線がなく柔らかい。建築は風雪に耐え変わらぬことに意味があるが、庭は風でゆらめき季節で姿を変え成長する。何より建築は人工物であるのに対し、庭は命であふれている。

植物が育つ環境は人にとっても豊かである。そして豊かな環境を身近に感じると人はやすらぎをおぼえ生きる力を得ることができる。人は日々複雑な社会のなかで忙しく生きているが、植物は1 年というゆったりしたリズムのなかで飄々と生きているので、それと接することで現実社会のストレスから解放され、生物として生きる本来のリズムを取り戻すことができるのである。

日本には庭屋一如という言葉があるように古くから家と庭は一体のものとして発展してきた。平安時代の貴族の館である寝殿造りにはすでに庭は欠かせないものであり、室町時代に武士の家として確立された書院造りでは両者の関係はいっそう強いものになる。江戸時代になると町民の家にも庭がつくられるようになり、大名たちは競い合うように壮大な大名庭園を各地に造営した。その伝統は明治、大正、昭和になっても有力な政治家や財界の名士たちによって受け継がれ、立派な庭園をもつ屋敷を建てることは社会的な成功の証となり、戦後は市民もそれを見習って郊外に庭付きの一戸建てを建てるのを人生の目標とした。庭が市民のあこがれだった時代がその後もしばらくの間続いたのである。

また庭屋一如は家との関係にとどまらず、古くから仏教寺院の庭園は宗教的な理想世界の表現として重要な役割をはたし、神道では日本の豊かな自然そのものが崇拝の対象だった。庭が長く市民のあこがれだったのは、日本人の意識の根底にある独自の宗教観や身近な自然に美しさを見出す美意識とも無関係ではないと思う。いずれにせよ日本は世界でも希有な素晴らしい庭園文化の国だった。

では庭があまり語られなくなったのはいつ頃からだろうか。おそらく70年代以後の経済成長の翳りと、同時期の急速な都市化と生活スタイルの欧米化に同調しているように思う。そして日本が敗戦からの復興を果たし、世界でも有数の経済大国になり、物質的に豊かになった頃から庭の大切さがあまり語られなくなったような気がしている。

確かに文明は発達し生活は便利になった。夏はエアコンで涼しく過ごし、冬は高性能なサッシと暖房設備で快適に過ごすことができる。新しい素材や工法が開発され、住宅の耐震性や耐久性も向上した。スーパーでは季節を問わずいつでも同じ食材を手に入れることができ、スマートフォン一つで必要とあらば世界中から情報と物品を取り寄せることができるようになった。

しかしこうした物質的豊かさだけで人は満足して生きられるだろうか。むしろ物質的に豊かになるほど、その豊かさとバランスを取るために自然を取り戻すことが重要ではないだろうか。いくら文明が発達しても人の身体が元来自然の一部であることは言うまでもなく、自然の食料や水を口にし、自然のきれいな空気を吸って生きるのがもっとも体によいことは太古の昔となんら変わることがない。物質的豊かさに見合う環境の豊かさとは、時代が変わっても変わることがない生物としての人の遺伝子に直接働きかけるものでなければならない。それは科学技術によってだけでは手に入らず、理屈や数値で理解できるものでもなく、無意識に五感で感じるもののなかにこそある。庭や気持ちのよい住宅によってもたらされる豊かさとはそのようなものなのである。

これほど文明が発展したにもかかわらず、今でも日本の国土の約三分の二が深い森で覆われているのは幸いだ。森は有害な二酸化炭素を吸収し、すべての生き物が必要とする酸素を供給してくれる。森は地表の温度を下げ、土壌を肥やし、雨水を蓄え、水害から人の生活を守ってくれる。また森の自然が豊かで、少し山に入ればどこでも清らかな水が手に入ることが日本人の繊細な美意識や精神性と深く結びついていると思えてならない。文明が発達すると、ついこの自然の恩恵を忘れてしまいがちだが、この自然の豊かさと美しさこそが日本がもっとも誇るべきものではないだろうか。

日本は太古の昔から美しい森の国である。今でも、そして将来も美しい森の国であるべきだ。そのことを忘れない謙虚さと日本で生きることの自覚と誇りを取り戻すためにも、家は庭をもつべきだと考える。

したがってその庭は日本の森を象徴するようにおおらかで美しくなければならない。人に自慢するための高価な景石や灯篭などは必要ない。恣意的で人為的な意匠も避けなければならない。その土地に合った植物や地元の石を用いて、町の中や住宅地であっても森とともに生きているような世界をさりげなくつくることが私の理想であり、今日の庭のあるべき姿だと考えている。

豊かな時代であればこそ、家も庭も人々の生活も美しくならなければならない。そしてその背景には自然と人間が調和してともに生きるというこれからの時代の哲学がなければならない。その美学と哲学の両方を手にした時、私たちはふたたび素晴らしい庭屋一如の文化の継承者となり得るのではないだろうか。それを遠い目標として、建築設計という仕事をまっとうしていきたい。

横内敏人