土木デザイン


福井恒明・佐々木葉・丹羽信弘・星野裕司・末祐介・二井昭佳・山田裕貴・福島秀哉 著

内容紹介

住民によりそい地域の100年後も描く現場実践

公園、街路、水辺、高速道路から、都市再生、復興まちづくり、災害復旧まで。暮らしのインフラを支える土木の仕事が地域に与える影響は大きい。小さな納得と共感を通して住民によりそい、まちの100年後を描く土木デザインのあり方とは?23の問いから、現場の事業者、エンジニアやデザイナー、施工者たちの実践知を紐解く。

体 裁 A5・224頁・定価 本体2800円+税
ISBN 978-4-7615-2837-9
発行日 2022-12-25
装 丁 和田昭一 (Pass CO., LTD.)

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計35ページ公開中!(1部 Chapter 1 都市のメガインフラのデザイン戦略)

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「土木デザインが目指すもの インフラ整備でまちを再生するための23の問い」福井恒明×佐々木葉×丹羽信弘×星野裕司×末祐介×二井昭佳×山田裕貴×福島秀哉

はじめに

【1部 土木の造形――地域の物語をつむぐトータルデザイン】

【Chapter 1 都市のメガインフラのデザイン戦略  /佐々木葉】

case01 高速神奈川7号横浜北線――メガインフラからひとへの橋渡し
Q.01 高速道路は地域の景観にどれだけ貢献できる?
・首都高デザインにおけるチャレンジの伝統
・構造物デザインの定石―「小さく」「おさめる」「見えの形」
・だれの目線からか、を考える
Q.02 どうすれば巨大インフラは地域に受け入れられる?
・まずは組織内にアクションプログラムを
・身近な媒体や仮設物は絶好のインターフェース
・迷惑施設を一緒につくる
・調和の実現のためのデザイン
Q.03 長期プロジェクトにはどんなマネジメントが有効?
・強いコンセプトとトータルデザイン
・プロセスをマネジメントすることでデザインはマネジメントされる
・模型による見える化
・デザインがコストを下げる
・プロジェクトを真に成功させるためのデザイン戦略

【Chapter2 市民目線の歩道橋デザイン  /丹羽信弘】

case02 桜小橋――新しいスタンダードとしてのデザイン
case03 鶴牧西公園歩道橋――日常的な風景としての逸品
case04 はまみらいウォーク――都市に挿入されたチューブ
case05 川崎ミューザデッキ――再開発を牽引するディテール
Q.04 地域のポテンシャルを引き出す受発注とは?
・時代ごとに変わる受注形態
・競争入札からプロポーザルへ。そして設計競技(コンペ)へ
Q.05 プランナーやエンジニアはデザインとどう向き合っている?
・議論はフラットな関係で
・厳しい制約条件から解き明かす
・事業者・設計者・施工者が一体となって現地でトライ
Q.06 こだわるべきディテールは?
・心地よく、軽やかに:構造やディテールは自由
・もっともひとに近い高欄
・橋面空間を決定づけるシェルター
・橋梁景観を左右する排水設備
・見た目を整えることは大事
Q.07 “渡りたくなる”歩道橋をつくるには?
・生活者目線で考える
・「デザイン」に向き合う

【Chapter 3 身近で小さな土木のデザイン  /星野裕司】

case06 グランモール公園再整備――世界とつながるディテール
case07 ふらっとスクエア――コミュニティを育む隣人公園
case08 トコトコダンダン――積層する時間のデザイン
Q.08 小さな土木だからできることって?
・当たり前の日常になる
・場のメンテナンスで自分ごとにする
・平凡でさりげない「日常」のデザイン
Q.09 どうしたらひとに寄りそう土木構造物がつくれる?
・身体性は時間にも宿る
・行為に含まれる多様性を発掘する
・挑戦を通して他者に寄り添う
Q.10 土木によって表現できる“まちの履歴”とは?
・見えないネットワークを可視化する
・時間の蓄積やリズムを体験に変える
・土地の暮らしを物語として記録する
・小さな手がかりから豊かな物語へ

【2部 都市の戦略――まちの未来を託すシンボル空間のデザイン】

【Chapter 4 生存戦略としての公共空間デザイン  /末祐介】

case09 女川駅前シンボル空間――復興と生活を調和させた公民連携デザイン
Q.11 選ばれるまちになるための公共整備とは?
・デザインを通じてまちの魅力を高める
・このまちで生きていく覚悟をもつ地域住民とつくる
・「自分がここをつくった」と皆が思えるプロセス
・市民・行政・事業者・専門家が一つのチームに
・最安ではなく、最大の効果を生むデザインを
Q.12 専門家チームに求められる三つの力とは?
・協働して可能性を模索する柔軟さ
・地域の想いや願いを形にする統合力
・前提条件を問い直すマススケールの調整力
・職能を超えたコラボレーションを諦めない
Q.13 ひととひとをつなぐ空間デザインって?
・デザインはコミュニケーションツール
・関係者一人ひとりがイメージを共有する
・自分ごとのプロセスがつくる生き生きとした場

【Chapter 5 水辺空間デザインによる都市再生  /二井昭佳】

case10 太田川基町護岸――水の都ひろしまの顔となるデザイン
case11 津和野川河川景観整備――回遊性を高める連句的デザイン
Q.14 まちづくりとして川づくりを考えるには?
・都市の原形を知る:水との関係こそ、まちの原点
・“縁” が都市の魅力を高める
・まちの空間を川に引き込む
・将来の滞留空間を埋め込む
・都市軸を受け止め、場をつくる
・堤内地と堤外地の境をぼかす
・川を取り込み、まちの骨格を編む
Q.15 水辺にまちの舞台をつくるには?
・水辺は日本における都市の広場
・先人たちの都市の使いこなしに学ぶ
・自然とひと、ひととひとを結ぶ“ 縁側” のデザイン
・未来への布石をデザインで打つ
Q.16 市民が川を使いこなすための仕掛けとは?
・所有感が場所への愛着を育む
・水辺のコモンズに向けた仕掛けづくり
Q.17 空間の発想力はどうやって磨きをかける?
・“ひと”を深く洞察してデザインを発想する
・優れた実践活動が未来を担う次世代を育てる
・境界を越えるデザインを目指す

【3部 自然との共存――川と暮らしをつなぐ時間のデザイン】

【Chapter 6 ひととの関係を回復する河川デザイン  /山田裕貴】

case12 和泉川/東山の水辺・関ヶ原の水辺――川とまちをつなぐアースデザイン
case13 伊賀川――川の働きでつくる生き生きとしたまちの余白
case14 糸貫川清流平和公園の水辺――川のポテンシャルを引き出すエンジニアリング
Q.18 定規断面で川は豊かになるのか?
・安全は当たり前、日常の豊かさを考える
・定規断面は一つの目安、多様な形の可能性を探る
・身体感覚で捉え、コンターラインで図面を描く
Q.19 治水だけじゃない、地域価値を高める川づくりとは?
・まちと川の境目をつくらない
・護岸を外して公園から川へと誘い出す
・現代技術に埋もれていない子どもは川で遊ぶ
・河川整備とまちづくりと環境保全を同じチームで考える

【Chapter 7 災害復旧とまちづくりを両立する実践手法  /福島秀哉】

Case15 川内川激甚災害対策特別緊急事業――激特事業における大胆かつ丁寧なプランニング
case16 津和野川・名賀川河川災害復旧助成事業名賀川工区――災害対策と地域景観創出の両立
case17 山国川床上浸水対策特別緊急事業――ルールづくりによる10kmのトータルデザイン
Q.20 災害復旧・復興事業でまちづくりは可能か?
・復旧・復興のスピードに合わせる
・最初の意思決定を支えるネットワーク
・ピンチをチャンスに変える体制づくり
Q.21 多自然川づくりアドバイザー制度を活かすには?
・ガイドラインとアドバイザー制度を理解する
・災害の現場で、良い川をつくる勇気をもつ
・アドバイザーを現場で育てる
Q.22 地域の将来を見据えて河川をデザインするには?
・河川の時間を知る
・構造令や基準の背景を理解する
・事業を超えて地域と関わりながら計画する
Q.23 災害復旧・復興事業の未来のかたちとは?
・地域のまちづくりと流域スケールをつなぐ
・次世代の災害復旧・復興のあり方を考える
〈コラム〉多自然川づくりアドバイザー制度の経緯

【4部 土木デザインのすすめ】

1 触れられる土木で地域を再発見する
目に触れる、ということ/デザインという対話の契機/地域の物語を再発見する/自由度を高める仕組み
2 まちの顔となる、生き生きとした舞台をつくる
デザインでまちを救う/まちの履歴を読み解き、肝となる場所を探す/場所・ひと・ことを土木デザインでつなぎ、まちの顔をつくる/羅針盤となる、まちの将来像を描く
3 自然と暮らしの関係を結びなおす
二項対立を乗り越える思考/川とまちをつなぐ技術と制度/新しい風景を生むビジョンとプラットフォーム
4 土木デザインの一歩を踏み出すために
景観への配慮から土木デザインへ/小さな納得と共感から始める/土木デザインは土木の仕事そのもの

おわりに
土木学会デザイン賞受賞作品一覧

福井恒明(ふくい・つねあき)

1970 年生まれ。法政大学デザイン工学部都市環境デザイン学科教授。博士(工学)。清水建設、東京大学、国土交通省国土技術政策総合研究所、法政大学准教授などを経て現職。産学官で一貫して景観とデザインに関する研究・実践に従事。土木学会景観・デザイン委員会にてデザイン賞選考小委員会幹事(2001-08)、デザイン賞検討WG 主査(2012-)を務める。主な編著書に『景観デザイン規範事例集』(国土交通省、2008)、『ようこそドボク学科へ!』(学芸出版社、2015)、『景観用語事典 増補改訂第二版』(彰国社、2021)。最近は文化的景観の保存とインフラ整備を両立させるための実践や研究に取り組む。

佐々木葉(ささき・よう)

1961 年生まれ。早稲田大学創造理工学部社会環境工学科教授。NPO郡上八幡水の学校副理事長。博士(工学)。土木学会景観・デザイン委員会にて委員長(2021-)、デザイン賞選考委員会選考委員(2004-2005)、選考委員長(2016-2018)などを務める。デザイン賞受賞作品に世界文化遺産との調和―東海北陸自動車道、恵那市駅前広場・バスシェルター、天竜峡大橋。編著書に『ようこそドボク学科へ!』(学芸出版社、2015)、『ゼロから学ぶ土木の基本.景観とデザイン』(オーム社、2015)など。日常の豊かさを支える風景のデザインが永らくの関心事。

丹羽信弘(にわ・のぶひろ)

1963 年生まれ。中央復建コンサルタンツ株式会社構造系部門技師長。京都大学非常勤講師。技術士(建設部門・総合技術監理部門)。土木学会デザイン賞選考委員(2018-2020)などを務める。京都嵐山で渡月橋を見て育ち、橋の設計がやりたいと土木の道へ。これまで200 以上の橋や高架橋の計画・設計を行う。土木学会田中賞を東京ゲートブリッジ、小名浜マリンブリッジ、西船場ジャンクションの設計で受賞。共著書に『土木の仕事ガイドブック』(学芸出版社、2021)。自称:愛橋家(Bridge Lover)としても「橋を見上げよう!」と活動中。

星野裕司(ほしの・ゆうじ)

1971 年生まれ。熊本大学くまもと水循環・減災研究教育センター准教授。東京大学大学院工学系研究科修了。博士(工学)。専門は景観デザイン。株式会社アプル総合計画事務所、熊本大学工学部助手を経て現職。社会基盤施設のデザインを中心に様々な地域づくりの研究・実践活動を行う。専門は景観工学・土木デザイン。主な著書に『自然災害と土木- デザイン』(農文協、2022)、共著書に『まちを再生する公共デザイン』(学芸出版社、2019)、『ようこそドボク学科へ!』(学芸出版社、2015)など。主な受賞に、土木学会論文賞、グッドデザイン・ベスト100サステナブル・デザイン賞、土木学会デザイン賞優秀賞、都市景観大賞など。

末祐介(すえ・ゆうすけ)

1974 年生まれ。中央復建コンサルタンツ株式会社社会インフラマネジメントセンターチーフプランナー。京都大学大学院地域環境科学専攻修了。修士(農学)。1999 年中央復建コンサルタンツ株式会社に入社後、地域計画室、中華人民共和国無錫市駐在、常州市駐在を経て2011 年より東北支社にて宮城県女川町の復興まちづくりに携わる。2013 年度から2020 年度まで、女川町復興まちづくりコーディネーターとして事業調整や住民参加の仕組みづくり、デザインマネジメントに従事。2016 年に合同会社モノコトビトを設立、2019 年より女川みらい創造株式会社取締役を兼任し、コンサルタントとしての立場だけでなく、まちづくりの当事者として、地域の再生に取り組む。共著書に『まちを再生する公共デザイン』(学芸出版社、2019)。

二井昭佳(にい・あきよし)

1975 年生まれ。国士舘大学理工学部まちづくり学系教授。東京工業大学大学院社会工学専攻修士課程修了。博士(工学)。アジア航測株式会社で橋梁設計に関わった後、東京大学大学院社会基盤学専攻博士課程修了。専門は土木デザイン、景観防災論。主なプロジェクトに、太田川大橋(土木学会田中賞・土木学会デザイン賞最優秀賞)や西仲橋(土木学会デザイン賞優秀賞)、桜小橋(土木学会デザイン賞優秀賞)、大槌町吉里吉里地区復興まちづくり(岩手県大槌町)や道の駅「伊豆・月ヶ瀬」など。共著書に『まちを再生する公共デザイン』(学芸出版社、2019)、『鉄道高架橋デザイン(建設図書、2022)など。近年は防災と地域の魅力づくりの両立に関心をもち、研究と実践に取り組んでいる。

山田裕貴(やまだ・ゆうき)

1984 年生まれ。株式会社Tetor(テトー)代表取締役。株式会社風景工房共同代表(増山晃太と共同)。熊本大学大学院修士課程修了、東京大学大学院博士課程修了。博士(工学)。法政大学、国士舘大学、東京大学非常勤講師。専門は景観デザイン、土木デザイン。主な受賞に、土木学会デザイン賞、グッドデザイン賞など。主な作品として、ナギテラス(岡山県奈義町)、九段坂公園(東京都千代田区)、神楽坂の街路灯(東京都新宿区)などがある。共著書に『ようこそドボク学科へ!』(学芸出版社、2015)。

福島秀哉(ふくしま・ひでや)

1981 年生まれ。株式会社上條・福島都市設計事務所共同主宰。東京大学大学院新領域創成科学研究科国際協力学専攻客員連携研究員。博士(工学)。小野寺康都市設計事務所、(独)土木研究所寒地土木研究所、東京大学大学院工学系研究科助教などを経て現職。東日本大震災復興事業など地域再生に向けたインフラ・公共空間デザインに関する研究と実践に従事。専門は景観工学・土木デザイン。主な受賞に前田記念工学振興財団山田一宇賞、地域安全学会年間優秀論文賞、グッドデザイン賞、土木学会デザイン賞奨励賞、都市景観大賞特別賞など。主な編著書に『まちを再生する公共デザイン』(学芸出版社、2019)など。

土木デザインの展開:土木学会デザイン賞20 年の歩み

本書は、土木デザインをどう考えたらよいのか、その手がかりを伝える本である。
今でこそ、道路や河川などの公共土木事業を進める際に「デザイン」というキーワードを使うことが普通になった。本書のタイトルにある「土木デザイン」という言葉にも、違和感をもたれることは少なくなってきたように思う。しかしそもそも、「土木」と「デザイン」との関係には一筋縄ではいかない経緯がある。
戦後の公共土木事業において実質的な土木デザインが行われたのは、1960 年代に開通した名神高速道路や首都高速道路などの道路分野が始まりである。しかし、この動きとは直接接続せずに土木分野に「デザイン」の導入をめぐる動きが乱立したのが、好景気下で公共土木事業に潤沢な予算が投入された1980 年代のことである。現在の土木デザインにつながる橋や川のデザイン事例が生まれる一方、土木構造物に即物的な絵を描いたり、土木構造物の使用期間に比べて寿命の短い装飾材料が使用されたりした結果、批判や混乱も起こった。これに対して、1988 年に発行された土木学会誌別冊『シビックデザイン 身近な土木のかたち』では、デザインの考え方が分野別に説明され、国内外の事例が紹介されている。土木におけるデザインの概念が混乱するなかで、「土木におけるデザインとはどのようなものか」という共通認識をつくるために、海外の事例や伝統的な景観を引き合いに出しながら、土木が提供する空間や構造物、さらに言えば国土の質をどのように高めていくかが論じられている。
1997 年には土木学会に「景観・デザイン委員会」が設置され、大学の研究者、国や公団などの発注者、ゼネコンや建設コンサルタントで設計に携わる実務者、さらに建築や造園分野の関係者が集まり、土木におけるデザインについて議論する場となった。年1 回テーマを定めて「土木デザインワークショップ」というシンポジウムを開き、2001 年には土木におけるデザインを表彰する仕組みとして「土木学会デザイン賞」を創設し、毎年募集と表彰を行うようになった。
21 回目となる2021 年までにデザイン賞で表彰されたプロジェクトは198 件にのぼる。その対象は橋梁・街路・河川・海岸・港湾・駅・公園・建築・ランドスケープ・景観まちづくりなど、多岐にわたる。
賞の創設10 周年となる2010 年には、「風景をつくる土木デザイン」フォトコンテストを実施し、その時点までのデザイン賞受賞作品103 件を被写体とした写真作品を一般の方から広く募集した。土木デザインの成果を、その使い手である市民がどのように見ているのか、写真を通じて表現してもらおうという趣旨である。コンテストには数多くの素晴らしい写真の応募があり、158 作品を入賞として公開した。ただし、このフォトコンテストは土木デザインを大きく前に進める契機にはならなかった。実施時期に東日本大震災が発生し、インフラへの信頼が問われるなかで、土木デザインを語りにくかったという当時の事情もある。だが、土木デザインの価値を高めようとするつくり手の発信が、受け手の評価に頼ろうとしたこと自体に問題があった
ように思う。企画者である私自身の反省である。

現場における知の共有:トークセッションズ「土木発・デザイン実践の現場から」

20 周年を目前に控えた2019 年の秋、景観・デザイン委員会に「土木デザイン論ワーキンググループ」が設置された。デザイン賞の選考を行うデザイン賞選考小委員会委員長の佐々木葉(早稲田大学、2016-18 委員長)・中井祐(東京大学、2019-21委員長)両氏の発案によるものであった。「デザイン賞20 年の蓄積を踏まえつつ、次の20 年の成熟に向けて土木デザインとはなにか、その価値を社会に開いていくために必要なことはなにか、現時点での知を結集して議論し世に問う」という趣旨の呼びかけに、デザイン賞選考委員や運営幹事の経験者が集まり、何度も議論を重ね、「トークセッションズ『土木発・デザイン実践の現場から』」を開催することになった。
土木デザインを進める現場で鍵となる視点を毎回テーマに定め、テーマに沿った受賞作品を選定し、作品に関わった実務者や学識経験者を招いて、その理念や特徴、事業プロセスなどを議論する。1 年目(シーズン1)は2020 年10 月~ 2021 年2 月の期間で全8 回のトークセッションを実施し、その後のシーズン2 は全7 回(2021年11 月~ 2022 年3 月)、シーズン3 は2022 年11 月から開催され、現在進行形の継続的なイベントとなっている。このうち本書が対象とするのは、始まりとなったシーズン1 における8 回分の議論である。どの回の登壇者も、プロジェクトに携わった当事者として、生きた言葉を発してくれた。デザインと技術を一体的に検討し、住民との議論を重ねて計画・設計を進め、地域に思いが共有されていく、そのプロセスを目の当たりにした。
シーズン1 が行われていた2021 年は、新型コロナウイルス感染症の拡大により、多人数が会場に集まるイベントは企画すらされず、会議やイベントのオンライン化が一気に進んだ時期である。オンラインイベントは、それまでのリアルイベントにあった、同じ空間を共有している一体感は得られにくくなったが、一方で開催地から遠い場所にお住まいの方や、仕事や家庭の事情で会場に来られない方が参加できるようになった。
このことはトークセッションズにとって追い風となった。トークセッションズ(シーズン1)は、それまで土木学会景観・デザイン委員会が実施してきた行事のなかで、もっとも多くの参加者を集めた(8 回で1971 名)。そして何より嬉しかったのは、これまで土木デザインに関するイベントなどに参加した経験がないと思われる技術者や実務者の方が参加者の多数を占めたことである。「デザインに興味はあるが、会場に行くのはハードルが高い」という方たちとの新たな接点が生まれた。
参加者からは様々な感想をいただいた。特に、日常的な業務でデザインを意識する機会が少ない土木技術者の皆さんから、デザインの意義や成果についての共感が多く寄せられた。「普段の業務ではあまり関わらないデザインだが、地域住民とのコミュニケーションツールとしての有用性を感じた」「市民目線で考える要求性能、デザイナーとエンジニアの協働効果など、共感する話が多くあった」「地域住民と関係者をつなぐコーディネーターの重要性を再認識できた。多くの自治体職員にもぜひ知ってほしい」「スピードが求められる災害復旧でも、工夫次第で良い空間をつくれることがわかり勇気づけられた」と予想以上の反応に喜んだ。もちろんその一方で、まだまだ課題がある、との意見もあった。いずれにせよ、こんなにも多様な反応をいただけるとは思ってもみなかった。事実を正確に伝えるための情報ではなく、当事者の思いと共に語られた実践知であったからこそ、大きな共感や意見を引き出せたのだろう。大げさな言い方かもしれないが、景観・デザイン委員会設立25 年、デザイン賞創設20 年を経て、ようやく伝えたいことを伝えるべきひとに届けることができたと感じている。

刺激を受けたのは企画者自身

トークセッションズで最も刺激を受けたのは、ほかでもない企画者自身であった。トークセッションズ・シーズン1 の第8 回はそれまでの7 回の内容を筆者らがどのように捉えたかを議論し、土木デザインの方向性を議論した。これにはワーキンググループメンバーである髙森真紀子さんが作成してくださった各回の概要メモが重要な基礎資料となった。これをもとにキーワードを整理し、規模や条件が異なるプロジェクトを取り上げて議論する枠組みを整えた。「ひと・まち・じかん」「造形・空間・自然」といった土木デザインには不可欠の複眼的なアプローチや、「仕組み・対話・信頼・戦略・ビジョン」などプロジェクトの進め方に関するキーワードがあがった。複数のプロジェクトから全体像を導き出し「土木デザインとは何か」を構造化することは、筆者らが普段プロジェクトの現場で意識していることを言語化して整理する貴重な機会となった。また何よりも、トークセッションズの開催を通じて、普段の業務で土木デザインを意識することの少ない技術者の皆さんが、土木デザインに興味をもち、その必要性を感じてくれているという手応えを得た。そこでこの成果自体を共有し、あとから参照できるようにしておきたいというのが本書刊行の動機のひとつである。

土木デザインをどう考えたらよいのか

土木デザインをどう考えたらよいのか、という本書の問いには、二つの意味がある。まず、土木デザインとはどのようなものか。そして、土木デザインをどう進めたらよいのか。本書では二つの問いを分けずに一体として論じる構成をとっている。その理由は本書を読み通していただければ自ずと明らかになるだろう。
トークセッションズで、当事者である技術者やデザイナーが発した言葉のなかには、土木デザインを進めるうえでの数多くの貴重なヒントがちりばめられていた。それぞれのプロジェクトの実践から生まれた知見を将来の土木デザインで活かすにはどうしたらよいか。それには、その知見を未来に役立つ形へと翻訳する必要があると考えた。その翻訳は各回のコーディネーターが担った。コーディネーターは当日の映像や記録メモを何度も確認し、内容を解体して再構成している。トークセッションズを聴講していた他の企画者との意見交換を行い、構成を検討する作業にかなり多くの時間を割いてきた。試行錯誤の末、全体で23 の問いを立て、トークセッションズ登壇者の発言を引きながら答えを導き出す、というスタイルを選んだ。したがって、本書はトークセッションズそのものの記録ではない。
構成は以下のとおりである。第1 部は「土木の造形─地域の物語をつむぐトータルデザイン」として大規模な高架橋から身近な公園までを対象に、土木の造形と地域の人々とのつながりを取り扱った。第2 部は「都市の戦略─まちの未来を託すシンボル空間のデザイン」としてまちの骨格となる街路や河川のデザインにどのような観点で取り組むかを扱った。第3 部は「自然との共存─川と暮らしをつなぐ時間のデザイン」として、災害復旧を含むかわづくりにおいて、長い時間をかけて自然とつき合いながら地域の価値を高めていく方法を扱った。
最後に第4 部「土木デザインのすすめ」として、本書の全体を俯瞰し、土木デザイン、あるいは土木の仕事そのものをどのように考えるかを論じた。
土木デザインをどう考えたらよいのか。これに対する簡単な答えはない。土木デザインの最前線に様々な立場で携わる土木デザイン論ワーキンググループのメンバーが、議論を繰り返して見えてきた風景を、読者の皆さんと共有できれば幸いである。

2022年11月

福井恒明

「葉さん、来年でデザイン賞が20 年になるんだけど」。そう中井祐さんから声がかかった。当時中井さんは土木学会デザイン賞選考委員会の委員長、私は前委員長だった。すぐに思い浮かんだ、受賞作を一覧できるちゃんとした作品集をつくる、という案は皆が望むところではあったが、すでに出版事情が厳しい時勢にあり実現性は低かった。あれこれ思案するなかから、作品に関わったひとたちの話を気楽に聞いてもらう場をもつ、という企画に至る。研究発表会の懇親会で一人ずつ「こういうことをやりたいから一緒にやってくれる?」と唐突に声をかけ、ワーキングのメンバーを決めていった。そこから本書の執筆チームが生まれた。もちろんその時点ではこのような形に結びつくとは思ってもみなかったのだが。トークセッションズの経緯と本書までの道のりは福井さんが記してくれたとおりである。
デザイン賞受賞作品を通して、土木デザインを考えたのが本書である。この賞を受けていなければ優れた土木デザインではない、ということは全くない。ぜひ応募して、と思う作品には各地で出会う。例えば石川県山中温泉の鶴仙渓遊歩道は素晴らしく、その事業の関係者を探してみたのだが、たどり着けなかった。小さな自治体の名もなき技術者や地元の施工者が愛情を注ぎ丁寧に行った仕事は、素晴らしい土木デザインとなっている。むしろこうした無名性の作品に、土木デザインの一つの、そして確かな手本がある。
そのことを頭の中にしっかり刻み込んだうえで、デザイン賞を審査するという仕事を振り返ってみたい。デザイン賞立ち上げの準備のため、議論を重ねたのが2000年。その時は作品ではなく、ひとを表彰することにこだわった。翌年から始まった賞の募集、審査、表彰は、やがて四半世紀になろうという時のなかで、変化し、深化している。存続の危機もあった。本書著者チームのほとんどは、その過程を支えてくれたメンバーである。頼もしい幹事団が整えたテーブルの上で、延べ百人を超える審査員が、数百の応募の中から200 を超える作品を選定してきた。土木学会デザイン賞をどのように捉え、評価するのか。実見を踏まえた各人各様の価値判断をぶつける議論は、究極には「土木デザインとは何か」という問いであり、その都度選考委員会として責任を負った答えを出してきた。トークセッションズでは、評価にフォーカスした議論も行われつつある。批評という創造的な行為の成長なくして、批評対象となる作品の進化はない。デザイン賞の継続とそれをめぐる議論を育てていきたい。
さて、本書のコンテンツにまつわる動きがスタートしてからの約4 年間をすこし別の視点で振り返ると、社会全般においてもいくつかのキーワードの台頭があるように思う。一つは「デザイン思考」に集約されるデザインという概念の拡大である。経済産業省は経営戦略やイノベーションにデザイン思考は必須と位置づけている。土木の仕事においても参照されるべき視点であり、本書のテキストの向こうにこのキーワードを読み取ることができる。
いま一つのキーワードは、ダイバーシティではないだろうか。たまたま私自身が土木学会のD & I(ダイバーシティ・アンド・インクルージョン推進)委員会委員長を務めていることもあるが、ここ数年土木に限らず、ジェンダーやLGBTQ といったワードと共に世の中で言及されることが格段に増えた。このキーワードは二つの面で土木デザインに大変示唆的だ。まずは、土木デザインを実践する主体のダイバーシティである。キーワードこそ表面化していないが、本書で語られた協働やチームは多様性が前提となっている。次いで認識しておきたいのは、ダイバーシティあるいはD& I という言葉への理解の格差である。デザインは色形の話、余裕があるときに考えること、と捉えるひとがいまだにいるように、D & I は女性を入れること、と実に表層的に捉えているひともいるのである。ここではあえて結論的に言ってしまおう。デザインもD & I も、一人ひとりのなりたい姿とそれをとりまく環境のことなのだと捉え、それに深く向き合い、その都度固有の答えを模索する。換言すれば、自律的で創造的な生き方の問題なのである。本書に並んだ17 の作品の多様性を俯瞰しながら、土木デザインの議論は一人ひとりの生き方を問うものでもあると感じた。
末尾となるが、本書の出版の提案から一言一句へのアドバイスまで、終始多大なエネルギーを注いでくださった学芸出版社の岩切江津子さんには心から感謝申しあげる。異なる視点をもつ他者との対話こそが、自らの思考を深化させる。彼女を含めたチームの仕事が読者の心に新しい風を吹き込んでくれることを期待している。

2022 年11 月

佐々木葉

開催が決まり次第、お知らせします。

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