実践から学ぶ地方創生と地域金融
内容紹介
地域金融が導く創造的な連携による経済循環
まちの持続可能な経済循環は、地域資源を活かした課題解決に取り組む事業者や行政と、受け身の体制を脱し創造的な支援や連携を目指す地域金融機関の協働から生まれる。本書では各地の意欲的なプロジェクト11事例を取り上げ、背景にあるキーパーソンやステークホルダーの関係性を紐解き、事業スキームのポイントを解説する。
体 裁 A5・240頁・定価 本体2400円+税
ISBN 978-4-7615-2748-8
発行日 2020/09/15
装 丁 中川未子(よろずでざいん)
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〈プロジェクト紹介編〉
Scene 1 地域資源を発掘・活用する
Case 1:田舎ベンチャービジネスクラブ
行き詰まる事業者の連携と6次産業化を主導
信用組合のリーダーシップ
―秋田県信用組合
Case 2:秋田風作戦
厄介な気候条件を資源に転換
地銀が主導した冒険的な発電事業
―北都銀行
Keyword 1|基金
Column 1-1|試行錯誤が続く地域ブランディング
Case 3:谷根千まちづくりファンド
地元金融機関による古民家再生への投融資
MINTO機構と連携して支える民間のまちづくり
―朝日信用金庫
Keyword 2|相続・遺贈寄付
Column 1-2|リノベーションとエリアマネジメント
Scene 2:地場産業の新展開に伴走する
Case 4:豊岡カバンストリート
融資からプロデュースへ
ネットワークを活かした地場産業ブランディング
―但馬信用金庫
Column 2-1|関係人口を意識したコンテンツ誘致型地域おこしの実践と課題
Case 5:庄内インキュベーションパーク
まちぐるみの出資を促進
知的産業を軸にした民間主導の地域振興
―山形銀行
Keyword 3|事業承継
Scene 3:次世代の担い手に投資する
Case 6:ぶり奨学プログラム
帰郷して就職・起業すれば返済不要
地域の思いを原資とした教育融資制度
―鹿児島相互信用金庫
Keyword 4|地方創生人材支援制度
Column 3-1|民間主導の奨学金事業がもつ可能性
Case7:家庭円満51
若年層の支えとなる金融商品を
地元事業者も巻き込んだ住宅ローンの開発
―塩沢信用組合
Keyword 5|ふるさと納税
Column 3-2|従来の枠組みを超えた学習・教育手法の出現
Scene4:域内の経済循環を促進する
Case8:さるぼぼコイン
つながりが地域経済のインフラに
まちと事業者を育てる電子通貨開発
―飛騨信用組合
Keyword 6|地域通貨
Column 4-1|ソーシャルビジネスを主導する組織体とそれを支える仕組み
Case9:リレーションシップキャピタル
コミュニティにアプローチする
原点回帰の事業支援
―第一勧業信用組合
Column 4-2|社会的インパクトを重視した事業評価の拡大
Scene5:持続的な観光基盤をつくる
Case10:WAKUWAKUやまのうち
創業リスクを負担し地域の面的活性化を担う
観光まちづくり会社の設立
―八十二銀行
Keyword 7|オーバーツーリズム
Column 5-1|観光の形を変えるインフラ・プラットフォーム
Case11:せとうちDMO
競合関係を超えた産官金協働による
広域連携DMOの設立と展開
―瀬戸内海7県の地域金融機関
Keyword 8|DMO
Column 5-2|過渡期にある観光政策のトレンド
〈金融トピックス解説編〉
Topic1:金融機関とプロジェクトファイナンス
Topic2:金融機関の経営
Topic3:金融機関による融資
Topic4:金融機関とフィンテック
Topic5:金融機関による事業者支援
本書は、地域金融機関が企業や行政と連携して取り組んだ地方創生の実践事例を紹介・解説するものである。読者として想定しているのは、地方創生のための事業を支援していこうと考える地域金融機関や、地域が抱える課題解決に向けた事業を新たに展開しようとしている企業、そしてそれを支える行政のそれぞれに携わる方々である。
地域金融機関は、長期的な収益減少の途上にある。関係者の多くが「このままでは、将来生き残れない」と心配している。この問題の本質は、多くの地域金融機関が「昔と同じことをそのまま続けている」ことであり、「新しい価値を提供できていない」ことにある。
本書が取り上げた事例の多くは、従来の金融サービスの枠を超えた地域金融機関の「挑戦」である。「挑戦」は、金融機関にとって不得意なことの1つだ。なぜなら、金融機関の経営において最も大切なのは信用であり、それは「安心・安全」がベースとなるからである。本書で取り上げた事例には、一定の成果がみてとれるものがある一方で、なお途上のものもある。あるいは、もしかしたら将来的には「失敗」するものもあるかもしれない。しかし、根本的な「安心・安全」を脅かさない範囲で、「失敗」を許容する新たな挑戦を試みない限り、地域金融機関に未来はない。
金融機関が関わる地域活性化の実践例を調べていくと、金融機関が活用している機能は、「資金」よりもむしろ「ネットワーク」だった。地域金融機関は、地域に根差す多くの主体を取引先に持っている。また、常日頃から事業者がどれくらいの事業能力を持っているかについて、見極めようとしている。金融機関であるならば、新たに地域事業を行う際、足りないリソースがあったとしても、それを埋めるための候補先を見つけ出すことができる。つまり地域金融機関は、地方創生事業のコーディネーターに適した能力を持っているのだ。
しかし最大の問題は、金融機関自身が、自分たちの持つその能力に、本当の意味で気づいていないことである。ほとんどの金融機関において、連携支援サービスを組織全体に展開する体制は整っていない。多くの金融機関においては、今なお「融資の依頼に対して審査して貸す」という従来型の金融サービスが主役であり、ネットワークを活用した新たなサービスは補助的な位置づけとなっている。このため、地域プロジェクトを支援する取り組みの多くは、課題解決の思いを持った一部の“熱い金融マン”の働きに負っているのが現状である。
企業や行政が新たな地域プロジェクトを推進しようとするとき、従来、金融機関に期待するものは資金“だけ”だった。しかし、本書を読んでもらえば、資金の相談のみではなく、金融機関が持っているネットワークこそ活用すべきことが理解できると思う。もちろん、金融機関の多くがまだそうした連携支援のサービスを組織的には展開できていなかったり、金融マンの多くが先例のない新たな取り組みに慎重であったりするなど、課題は少なくない。
しかし、日本には、100先以上の地域銀行、250先以上の信用金庫、150先近くの信用組合がある。これに加えて、公的金融機関が全国に展開している。地域で相談できる金融機関は、1つではない。さらに、本書に登場するような、従来の業務の枠を超え、地域経済の閉塞感を打ち破ろうとする金融マンも、少しずつ増えている。新たな事業に情熱を持った企業や行政の方々が、本書の事例を参考に、相談できる意欲的な金融機関や金融マンを探し続ければ、めぐり合うことはできるはずである。
今後は、脱・従来型の地域金融機関が企業や行政と連携することが、地域に持続可能な経済循環を生み出していくための標準モデルとなるだろう。将来、このモデルに関し、数多くのケーススタディ書が出版され、本書がそのうちの「最初の1冊」であったと振り返られる時代が来ることを期待している。
本書の構成は以下のようになっている。
前半の「プロジェクト紹介編」においては、金融機関が企業や行政と連携して行ってきた地方創生の先駆的事例(Case)11件を、5つの視点(Scene)に分類して紹介した。間に差し挟まれている「Keyword」は、登場する各事例に関連したキーワードについての概説であり、「Column」は事例から派生させた時事や話題について理解を深める読み物である。また、後半の「金融トピックス解説編」は、本書で取り上げた事例に関係する金融の専門知識を、5つの話題(Topics)に分けて初心者向けに解説したものである。
最後に、執筆者と執筆分担について触れておきたい。
本書は、地域と金融の新しいあり方に関心を持つ2名による共著である。筆者(山口)は、日本銀行において金融機関の機能向上の支援に従事したのち独立し、金融機関向けのコンサルティングを手掛けている。もう1人の著者である江口晋太朗氏は、東京に拠点を置きつつ全国の地域活性化プロジェクトを多数取材・執筆し、時にコンサルタントや地域プロデューサーとして参画している人物である。本書は、金融とまちづくり、それぞれ異なる入口から穴を掘っていた2人が、金融が媒介する地域連携モデルの探求という点において一致し、担当編集者である学芸出版社の松本優真氏を交えて議論・取材を重ね、そのケーススタディを共同の成果としてまとめあげたものになっている。
なお、ネットワークの活用による金融機関の新たなビジネスモデルづくりに関心を抱く山口と、地域住民と企業・行政等が連携した事業における金融機関の役割に注目する江口では、金融・企業・行政の連携を捉える視点に違いがあることも事実である。したがって、各事例を紹介する際の視座や語り口には、それぞれの個性の違いが表れている。山口が執筆した事例では、金融機関を主体とした視点が強く出ているし、江口が執筆した事例では、行政や企業の視点を含めてバランスを取った書き方となっている。こうした個性は、文章の熱量と関係する部分でもあるので、最終的には、そのまま活かすことにした。
なお、それぞれの主な執筆担当部分は以下に示す通りである。
山口:Case 1・2・4・7・9・10・11、Topics全編
江口:Case 3・5・6・8、Keyword全編、Column全編
2020年8月吉日
山口省蔵
私たちが生活している現代社会、とりわけ、私たちの生活の足場である地域社会において、人口減少や高齢化をはじめとする社会課題が併存する中で、様々な制度やシステムが転換期を迎えようとしている。
「地域」と一言で言っても、文化や風土、あるいはそれまでの歴史的背景や政治的バランスなどを踏まえれば、1つとして同じ場所は存在していない。地域固有の問題に対して、その地域に関わる人たち自身がいかに主体的に活動していくかが問われている。
本書では、主に地域金融機関が地域の主体の1つとなりながら、社会的・経済的問題に対して展開している独自の解決策と、そのスキームを紹介してきた。行政や民間企業だけでなく、金融機関こそ、地域に根ざした課題に寄り添い、あらゆる立場の人たちを巻き込みながら、持続可能なまちの経済圏をそれぞれにつくりだそうとする重要なプレイヤーの一翼を担っていることが理解できるはずだ。
ここで言う「経済」、英語で“economy”は、古代ギリシャ語で“オイコノミア(οικονομία)”がその語源であり、「共同体」という意味を持つ。つまり、共同体で暮らす人たちが豊かに暮らすための仕組みを表す言葉である。同じように、金融という仕組みもまた、ただ「お金を預けたり、借りたりする場所」ではなく、組織や共同体を維持するための重要な役割あるいは機能として生まれ、発展してきた。その原型とされるものには古今東西様々なものがあるが、例えば日本では今なお全国各地に残る「無尽(講)」(他にも「頼母子(講)」や沖縄では「模合」など、地域によって類似した仕組みの呼び名がある)にその歴史の一端を見ることができる。
無尽(講)は鎌倉時代にその端緒があるとされており、冠婚葬祭や火事などの事故で急にまとまったお金が必要な時に備えた、相互扶助の仕組みである。「講」と呼ばれる組織に加盟している構成員が、月に1度集まり、金を出し合って宴会をしつつ、別に集めた金を積み立てて、構成員で順番に使ったり全体の目的のために支出したりする風習のことである。江戸時代以降になると、伊勢神宮へのお伊勢参りを目的とした「伊勢講」や富士山への登頂を目的とした「富士講」なども結成されるようになったとされる。
このように、もともとは金銭の融通そのものよりも、相互扶助による構成員同士の縁を大切にする活動が金融という仕組みの存在意義において大きな一角を占めていたと考えられる。こうした組織による活動が基盤にあることで、人付き合いが保たれ、互いの状況を確認し合うことができ、ひいては共同体の安定や不測の事態に対応するセーフティネットとして機能していたのだ。
翻って現在の地域金融機関は、このような相互扶助の精神という金融の1つの原点に改めて立ち戻りながら、持続可能な共同体を再生していく仕組みを、現代的な文脈のもとで組み直していく時にあるといえるだろう。もちろん、資金の重要性も忘れてはいけない。金融機関が持つ資金やネットワーク、その基盤にある相互扶助とそれらを支える金融システムを組み合わせながら、時代に沿ったこれからの金融機関のあり方を見出していく必要がある。
様々な課題が顕在化する中で、政治や行政が主導するだけでは、もはや地域社会は立ちゆかなくなってきている。筆者(江口)は以前、共著者として執筆した『日本のシビックエコノミー』(フィルムアート社、2016年)において、地域課題への対応策として、主に市民主導で新たな経済圏を生み出そうとする地域事業の取り組みについてまとめた。これに対して本書はいわば、同様に持続可能な経済圏を地域で実現しようとする様々な事業について、特にリソース(資源)の調達と課題解決のスキームやフレームワークに着目して捉え直そうとしたものである。ここでいう「リソース」とは、単に経済的な意味にはとどまらない。社会関係資本のように、目に見えない人々同士のつながりをも内包したものである。
金融機関のレゾンデートル(存在理由)である「信用」は、その信用を糧に必要とされる適切な「リソース」を地域に投入し、事業者や行政、時には域外の人材を適材適所でつなぎ、課題解決を推進してゆくための核になるものである。地域金融機関が主体的に行動することで生まれる経済的・社会関係的な資本の再構築は、持続可能な地域づくりに向けて欠かせない要素だ。
2017年に筆者が発足させた「シビックエコノミーと信用組合の新しい関係に関する研究会」は、こうした考えのもとで企画したものである。この研究会を通じて、課題意識を強く持った信用組合の理事長の方々とともに、地域コミュニティと金融機関の新たなあり方について議論することができた。この経験は、市民や民間企業による主体的な活動だけでなく、金融や行政も含めた地域のステークホルダー同士がより深く連携することによって、地域のより良い未来を構築する術が見出せるはずだという確信につながった。
そうした確信のもと、共著者である山口氏とともにまさに二人三脚で取り組んだ本書の取材・執筆を通して、地域づくりの未来を考える上での様々なスキームや各ステークホルダーに求められる役割への認識はさらに明確となった。
もちろん、本書で上げている取り組みはごく一部でしかない。今後、時代の変化とともに内実が変わることもあるだろう。折しも、本書を仕上げるタイミングで新型コロナウイルス感染症(COVID-19)が蔓延し、私たちの日常生活は激変した。各地域の事業にも大きく影響を与えており、特に観光業や飲食業は大きな変化を余儀なくされている。読者の皆さまにおかれては、本書を単なる成功事例集として捉えるのではなく、紹介されている地域プロジェクトの事業体制や遂行スキームの背景にある考えや構造、行政の政策や地域ビジョン、そしてそこに関わるステークホルダーの役割や関わり方をじっくりと理解した上で、自らが関わる地域において、その地に固有の資源を利活用しながら、独自の活動を生み出してゆくための構想の源泉として活用してもらいたい。
あなたの地元にも、熱い思いを持って地域に関わろうとしている金融機関や職員は必ずいる。ぜひこの本を片手にまちを練り歩き、地域の未来を語り合う場を設けてほしい。そして、共同体の基盤である相互扶助の精神に基づいて、行政も民間企業も金融機関も互いの壁を越え、どのような挑戦が地域でできるか知恵を出し合い、地域の持続可能な経済循環づくりという共通の目標に向かって、新たな一歩を踏み出してほしい。本書がその一助となれば幸いである。
2020年8月吉日
江口晋太朗
開催が決まり次第、お知らせします。