神山進化論
人口減少を可能性に変えるまちづくり

神田誠司 著

内容紹介

徳島県神山町。人口5300人、志の高い移住者が集まる地方再生の先進地。町は今、基幹産業の活性化、移住者と地元住民の融合、行政と民間企業の連携、担い手の世代交代などの課題解決のため、農業、林業、建設業、教育の未来をつくるプロジェクトに取り組む。100人以上のプレイヤーたちに取材した現在進行形のドキュメント。

体 裁 四六・256頁・定価 本体2000円+税
ISBN 978-4-7615-2692-4
発行日 2018/10/30
装 丁 藤田康平(Barber)

目次著者紹介まえがきあとがき
 目次 はじめに ──なぜ、神山は進化し続けるのか?

1章 不思議な田舎ができるまで

ヨソ者にオープンな不思議な町
風変わりなNPO、グリーンバレー
日本離れした神山の原点はシリコンバレー
青い目の人形との出会いが始まりだった
小さな成功体験を積み重ねる重要さ
とびきりのヨソ者に慣れる
世界の芸術家村をつくろう
アーティスト・イン・レジデンスを始める
求める価値は、結果でなくプロセス
「ない」ことを前提に考える
アーティストという異物をのみ込む
アーティスト支援から、移住者支援へ
移住者を「逆指名」する逆転の発想
ハードルを上げて移住者は来るのか
民間だからできた移住者の「逆指名」
神山の空気が人を呼ぶサイト「イン神山」
「創造的過疎」―人口が減っても豊かな未来をつくる
四半世紀、続けてこられた理由

2章 IT企業が実験する創造的な働き方

働き方の革新をミッションに掲げるIT企業
シリコンバレーで見た働き方に衝撃
地域貢献なんて考えなくていい
より創造的に生産的に仕事をする
偶然を引き込む力
IT企業が地方に進出する理由
神山町を全国に知らしめた「奇跡のショット」
出入り自由、緩さにほれた
サテライトオフィスが地元雇用を生んだ
新しい働き方を体験する宿をつくろう
住民出資の会社をつくる
スタートアップのインキュベーター
いろんなプロフェッショナルが集まる町
ものづくりの楽しさを体験できるメイカースペース
山と川を守る、手づくりの器
神山が育てた建築家たち
設計料なし、でも若手に自由にやらせてくれる
人の誘致でコトを起こす「ヒトノミクス」

3章 なぜ移住者は神山をめざすのか

「生きる」と「働く」がつながった暮らし求めて
食材とホスピタリティへのこだわり
週休3日、やりたいことを追求する働き方
サラリーマン生活にサヨナラしたカフェ店主
若者を呼び込む神山塾という装置
「やったらええんちゃう! 」に背中を押されて
もっといたいと思わせるお試し移住
起業する塾生たち
塾生を迎える神山のお父さん、お母さん
塾生の4割が地域に残る理由
親切が循環する町
海外からも移住する人間交差点

4章 町の未来を自分事にする ──地方創生戦略づくり

プレイヤーが別々の方向を向いているという焦り
ステージを変えた、地方創生戦略づくり
絵に描いた餅はいらない
官民連携にうってつけの人
神山の抱える三つの課題
「異議なし」みたいな会議にしない
常識を破る「るつぼ」で議論
「ジ・エンド」の危機感を共有
議論できる頭をつくる
突きつけた「なりゆきの未来」
学校存続に必要な人口の適正規模
考えなくなっている自分の気づいた役場職員
「公社」という実働部隊
役場を辞めてみませんか?
自分事にする、町が変わる
可能性があるところに人は集まる
最大の成果は人々を本気にさせるプロセス

5章 官民連携の実動部隊 ──神山つなぐ公社

戦略を実現させるチーム編成
神山の建築士に届いた一通のメール
住民だけど町のことを知らない
いろんな人が何かを始めようとしている町
地方から日本が変わる現実を見たい
熱量の高い海士町で学んだ、これからの教育
留学してやりたかったことが目の前に現れた
神山に流れる可能性を感じさせる空気

6章 農業の未来をつくる ──フードハブ・プロジェクト

「地産地食」を進める会社
自分を幸せにするものさしを持つ
食の未来を共有する2人の出会い
農業の未来が見えない
この町に骨を埋める人じゃないと必要ない
少量生産と少量消費をつなぐフードハブ
集まってきたプロフェッショナルたち
フードハブならではの「産食率」
人と人をつなぐ食育
農業の将来が見えてきた

7章 林業・建設業の未来をつくる ──大埜地集合住宅プロジェクト

最優先課題は住まいづくり
子どもを育てるコミュニティの再生
鮎喰川コモンというサードプレイス
一緒につくる丁寧なプロセス
地元の木で、地元の人がつくる
町の木の認証制度をつくる
手刻みの技術、継承したい
林業─製材─大工のつながりを結び直す
100年もつ環境性能の高い家づくり
ふるさとの風景をつくる、どんぐりプロジェクト

8章 教育の未来をつくる ──地域のリーダーを育てる農業高校

地域から隔絶していた農業高校
評価されることで生徒は変わる
農業高校だからできる、地域と直結した授業
高校生が地域で学ぶ、神山創造学
高校と地域をつなぐ、孫の手プロジェクト
人生の大先輩から教わること
今の農業高校に魅力はあるか?
中山間地の農業をリードする高校に
地域への誇りを育む国際交流プロジェクト
「重要なのは人」という信念

9章 なぜ神山は前進するのか

町の血行をよくするバスツアー
移住者と住民が交わるきっかけ
神山のプロジェクトが前進する理由
130人が詰めかけた「つなプロ」発表会
めざしているのは本物の「協働」
ワクワクする未来をつくる

おわりに ──仮説をひっくり返される快感

 神田誠司(かんだ・せいじ)

1959年生まれ。愛媛県で育つ。1983年朝日新聞社入社。1990年から大阪本社社会部で地方行政を担当。1998年から東京本社政治部で首相官邸や自治省(当時)を担当。2005年から2018年3月まで大阪本社で地方分権・地方自治担当の編集委員を務めた後、地域報道部記者。関心分野は、まちづくり、地方再生、地方議会、地方移住、貧困と格差など。著書に『今、地方で何が起こっているのか』(共著、公人の友社)、『釜ケ崎有情』(講談社)。

はじめに ──なぜ、神山は進化し続けるのか?

「消滅可能性都市」という言葉がある。  少子化や人口流出にこのまま歯止めがかからなければ、消滅する可能性がある自治体のことを言う。民間の研究グループ・日本創成会議が2014年5月に発表した、全国の自治体の半数は消滅する可能性があるというレポートの中で使われて注目された。

たしかに人口減少と少子高齢化が急速に進む地方を取材に歩くたび、持続可能性を急速に失いつつある状況を目の当たりにする。若者や子どもの姿を見かけるのは稀で、小中学校の統廃合が進む。担い手のいない田畑は次々と耕作放棄地となり、美しい田園風景は失われつつある。地域の経済は衰退し、働き口を求めて都会へと向かう若年層の流出に歯止めがかからない。  八方塞がりに見える地方の現状にどうやって風穴を開ければいいのか。そんなことを考えているとき、四国の山奥に不思議な田舎町があることを知った。

それが徳島県の神山町だった。

徳島市中心部から南西に、川沿いの曲がりくねった国道438号を車で走り、最後に長いトンネルを抜けると、45分ほどで神山町に辿り着く。周囲を標高1000メートル級の山々に囲まれ、総面積の83%を山林が占める。吉野川の支流で一級河川の清流・鮎喰(あくい)川が町を流れている。四国霊場十二番札所の焼山寺と神山温泉があるが、ほかにこれといった観光地はない。産業も特産のスダチの生産量こそ日本一だが、かつて町を支えた林業は見る影もない。  そんな神山町は1955年に阿野村、下しも分ぶん上山村、神領(じんりょう)村、鬼籠野(おろの)村、上分(かみぶん)上山村の5村の合併によって誕生した。合併時に2万人を超えていた人口は、2015年の国勢調査で約5300人、ほぼ4分の1に減った。高齢化率は48%に達し、人口減少と高齢化が際立つ典型的な過疎の町だ。日本創成会議のレポートでも、全国で20番目に「消滅可能性が極めて高い」と宣告されている。

ところが、神山町には都会から若者が次々と移り住んでくる。2008年からの8年間だけでも少なく見積もって91世帯、161人にのぼる。それもウェブデザイナー、コンピュータグラフィックスのエンジニア、アーティスト、料理人やオーダーメイドの靴職人などクリエイティブな職業の若者が多い。

さらに不思議なのは、IT(情報技術)ベンチャーが次々と進出してくることだ。東京や大阪からやってきて、サテライトオフィスを構えたり、町に本社をおく新会社を立ち上げたりした会社は2011年以降、16社にのぼる。

そんな町には、地方再生のヒントを得ようと、全国から視察が相次いでいる。この3年間だけでも約1000団体、約6500人。大企業の社長や国会議員、中央省庁の官僚、各地の自治体の関係者が足を運ぶ。

しかし、実は神山町のすごさはここから先にある。2015年の地方創生戦略づくりをきっかけに、今、町ではさまざまなプロジェクトが同時並行で進んでいる。

その一つ、「フードハブ・プロジェクト」は、「地産地食」を進め、農業の担い手を育成し、「食」を通じて地域をつなぎ直そうとしている。日本の農業を再生させるかもしれない壮大な挑戦だ。

神山の木を使って、神山の大工が建てる集合住宅づくりも音を立てて進んでいる。衰退した林業を振興させ、建設業の担い手を育てるだけでなく、多面的な狙いがあり、住まいをつくるプロジェクトがそのまま「まちづくり」になっている。 さらに、町で唯一の高校でありながら、地域との関わりが薄く、浮いた存在だった農業高校を、地域の未来を担うリーダーを育てる拠点として再生する教育プロジェクトも進んでいる。しかも、そうしたプロジェクトは、行政と民間、元からの住民と移り住んだ住民たちが連携し、一体となって進めている。エンジンの役割を果たす「神山つなぐ公社」という実動部隊には多士済々の若いスタッフたちが集まっている。

神山を「IT企業が進出して移住者が多い町」としか認識していないとすれば、大きな間違いだ。この町は、進化を続けている。

なんの変哲もなさそうに思える過疎の町は、なぜ進化し続けるのか? その謎に迫ることができれば、多くの地域の参考になるかもしれない。

そこで、2016年春から神山町の取材を始めた。100人を超す人たちを取材するなかで多くの気づきがあり、驚きがあった。

さあ、不思議な田舎町の話を始めたい。

おわりに ──仮説をひっくり返される快感

やはり取材は面白い。神山町の取材を通して、あらためてかみしめた。

取材とは、前もって資料に目を通し、なんらかの仮説を立て、それを現場でぶつける作業の繰り返しだ。仮説がその通りのこともあるが、ほとんどの場合、違っている。違った方が面白い。仮説がそのままなら、現場に行く意味もない。違っているとわかってから本当の取材が始まる。

神山町の取材では、立てていた仮説がことごとくひっくり返された。何が違っていたのか。順に書いてみる。

〈仮説その1〉NPO代表の強烈なリーダーシップで今の神山がある

人口5300人ほどの過疎の町に、なぜたくさんの移住者やIT企業が集まってくるのか。地域再生のヒントを求めて神山町に入る前、NPO法人グリーンバレーが移住者受け入れやIT企業誘致を担っていて、その中心人物が大南信也さんだということは知っていた。よくありがちな、強烈なリーダーシップで組織やまちづくりを引っ張るイメージを想定していた。

しかし、違っていた。

確かに大南さんは発想が豊かで弁が立ち、人が自然に周りに集まってくる人物だ。だが、グリーンバレーは、決して大南さんとその他大勢の組織ではない。世話好きな岩丸潔さん、縁の下の力持ちの佐藤英雄さん、森昌槻さんたちがいて、それぞれが持ち味を活かして活動する、自由でフラットな組織だった。

もし強烈なリーダーシップで引っ張る組織なら、今の神山はない。サテライトオフィスを構えたプラットイーズ取締役会長の隅田徹さんは、神山を選んだ決め手は「緩さ」だと言った。「ヨソ者をオープンに受け入れ、多様性を認める。自分の考えを押しつけない。その緩さ加減が最高だと思う」と。

ヨソ者も自由に意見が言えるし、それを受け入れる柔軟さもある。グリーンバレーが醸しだす自由でフラットな雰囲気にひかれて移住者や企業が集まり、その多様さがまた人を集めているのだ。

〈仮説その2〉緻密な計算があったから成功した

移住者呼び込みやIT企業誘致も、緻ち 密みつな計画があってのことだろうと思ったが、これも違っていた。

移住者が来るようになったのは、「アーティスト・イン・レジデンス」で招いた国内外の芸術家が神山を気に入って、住みつくようになったのがきっかけだ。関係者の誰もそんなことは想定していなかった。

手に職を持つ人に来てもらう「ワーク・イン・レジデンス」が始まったのも、たまたまウェブサイトづくりを依頼した西村佳哲さんの「町に仕事がないなら手に職がある人に来てもらって起業してもらえばいい」というアドバイスがあったからだ。

さらにIT企業誘致は、もっと偶然だ。第一号のサテライトオフィスを構えたSansan社長の寺田親弘さんが神山にやって来たとき、大南さんは「サテライトオフィス」という言葉すら知らなかった。その後は確かに「神山バレー・サテライトオフィス・コンプレックス」をつくるなどして誘致に力を入れたが、始まりは鴨がネギをしょってきた、という感じだったのだ。

では、なぜ神山に移住者やIT企業の進出が相次ぐのか。大南さんは「結果として」という言葉をよく使う。「いろいろな人との出会いがあって、結果としてこうなったとしか言いようがない」と。だから大南さんは「まちづくり」という言葉にも違和感があると言う。

「まちづくりというと、はじめに計画があって、それに基づいて進めてきたイメージやけど、今、神山で起きているさまざまな動きは、土壌をつくったら『生えてきた』という感じやな」と言うのだ。

それでは、偶然の幸運が重なっただけなのか、といえば、「それは違う」とSansanの寺田さんは言った。「僕が行かなくても早晩、神山にはほかの企業が入ったと思います。それは確信があります。偶然だけど必然なんです」。

絶妙のタイミングで必要とされる人が現れる偶然を引き込む力。それは、隅田さんの言う「緩さ」だったり、それを育む「土壌」だったり、人が集まったことで生まれた「多様性」だったりするのだろう。

〈仮説その3〉神山のまちづくりも旬を過ぎつつある

移住者が増え、IT企業のサテライトオフィスが相次いで進出した神山町は、地方創生のモデルとして知られている。マスコミにもよく登場する。しかし、グリーンバレーの主要メンバーも60代に入っている。旬は過ぎつつあるのではないか、と私は取材に入る前に思っていた。

しかし、まったく違っていた。ここ数年でグリーンバレー頼りだった神山のまちづくりは様相を一変させ、世代交代も進んでいたのだ。

その動きを加速させたのが、2015年の地方創生の総合戦略づくりだった。「役場と民間、もとからの住民と移住者が入り混じり、熱を持つ『るつぼ』をつくる」ことを狙った戦略づくりの議論の場で、さまざまな地域再生のプロジェクトが生まれていた。

仮説をひっくり返される快感を一番感じたのが「その3」だ。

まちづくりで知られたほかの地域と神山の一番の違いは、ここにある。戦略づくりや、それから生まれたプロジェクトを取材するのがとにかく面白く、気づきや学ぶことが多かった。原稿を読み返してみると、いささか感情過多になっているきらいがあると思う。しかし、地方を再生させるヒントが詰まっていると思う。

私が神山町の取材を始めたのは2016年春だった。それから2年半の歳月が過ぎた。この間には多くの変化もあった。神山つなぐ公社スタッフの友川綾子さんは2017年5月末に公社を辞め、フリーのライター・編集者に戻り、首都圏で活躍している。

つなぐ公社の理事の顔ぶれも変わった。一番は大南さんが理事を外れたことだろう。大南さんは設立以来務めていたグリーンバレーの理事長も降り、理事になった。後任の理事長には、粟カフェの中山竜二さんが就いた。  神山メイカースペースの一員だった寺田天志さんは結婚を機に愛媛県に転居した。

神山町に興味を持つ人の理由はさまざまだろう。地方に移住したいと漠然と思っている人。IT企業の新しい働き方に興味がある人。地方の再生やまちづくりのヒントを探している人……。神山町の過去から2018年の現在までの軌跡を辿ることで、それぞれのニーズに応える一冊になっていると思う。

取材では本当にたくさんの人にお世話になった。最も取材回数が多かったのは大南さんだ。全国を飛び回る講演や仕事で多忙ななか、嫌な顔ひとつせず、丁寧に取材に応じてくれた。

後半部分では西村佳哲さんに随分とお世話になった。もとより地域に関わるというのは、非常に繊細な営みだ。移り住んできた人であれ、もとから暮らしてきた人であれ、ことさら自分にスポットをあててほしくない、と言う人は多かったが、西村さんもその1人だった。それでも神山の実際のところを書いてほしいと何度も取材に時間を割いていただいた。城西高校神山分校の阿部隆教頭にもいろいろとアドバイスをいただいた。阿部さんも2018年春に異動した。

挙げだせばきりがないが、みなさんに感謝を申し上げたい。この本の写真提供でも協力いただいた。そして申し訳なく思っているのは、取材させていただきながら書くことが叶わなかった人たちがたくさんいることだ。お世話になりながら申し訳ありません。また、神山に行った際に、個別に申し上げます。

この本は、2016年10月3日から12月16日まで、朝日新聞大阪本社発行の夕刊に掲載された52回の連載「神山町の挑戦」を下地に、追加取材して全文をあらためて書き下ろした。学芸出版社の宮本裕美さんから「出版しませんか」と電話をいただいたのは連載が始まってすぐだった。

新聞連載が終わっても、本の原稿が進まない私を励ましつづけ、出版までこぎつけさせてくれた。出版のきっかけを与えていただいたことと合わせ、お礼を申し上げます。  深夜や休日、部屋にこもっての執筆を支え、いつも原稿の最初の読者として助言してくれた妻・れい子にも感謝したい。

本の出版はこれで3冊目になる。『今、地方で何が起こっているのか』(共著、公人の友社)では、財政破綻したばかりの北海道夕張市や、「限界集落」の言葉が生まれた高知県の過疎集落などをルポした。『釜ケ崎有情』(講談社)では、日本最大の日雇い労働者の街、大阪・釜ケ崎で生きる人たちの話を書いた。いずれも厳しい状況のなか、希望を求め続ける人たちの姿を追った。  神山町も同じだ。  四国の山奥にある「消滅可能性都市」のレッテルを貼られた町で 、自分たちの町の未来を変え始めた人たちの思いが、あなたに届きますように。そう思ってやまない。

2018年夏 神田 誠司

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