世界のコンパクトシティ

谷口 守 編著
片山健介・斉田英子・髙見淳史・松中亮治・氏原岳人・藤井さやか・堤 純 著

内容紹介

世界で最も住みやすい都市に選ばれ続けるアムステルダム、コペンハーゲン、ベルリン、ストラスブール、ポートランド、トロント、メルボルン。7都市が実践する広域連携、公共交通整備、用途混合、拠点集約等、都市をコンパクトにするしくみと、エリア価値を高め経済発展を促す効果を解説。日本へのヒント、現地資料も充実。

体 裁 四六・252頁・定価 本体2700円+税
ISBN 978-4-7615-2725-9
発行日 2019/12/25
装 丁 見増勇介


試し読み目次著者紹介はじめにおわりに
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はじめに

1章 日本におけるコンパクトシティの課題と解決策

谷口 守

1 コンパクトシティの概要と効果
2 コンパクトシティ政策の系譜
3 時間を要した日本の制度づくり
4 多様化する導入目的
5 残された本質的課題(解決に向けて)
6 今後の方向性を考える

2章 オランダ・アムステルダム
―持続可能な経済成長を支える都市政策

片山健介

1 アムステルダムの概要
2 オランダの空間計画制度
3 オランダの国土空間政策とコンパクトシティ
4 アムステルダムのコンパクトシティ政策
5 日本への示唆

3章 デンマーク・コペンハーゲン
―駅周辺に都市機能を集約する住宅・交通政策

斉田英子

1 コペンハーゲンの概要
2 デンマークの都市計画制度
3 コペンハーゲン都市圏におけるフィンガープラン
4 コペンハーゲン市のコンパクトシティ政策
5 日本への示唆

4章 ドイツ・ベルリン
―サービスやインフラへのアクセスを確保する拠点づくり

髙見淳史

1 ベルリン=ブランデンブルク首都圏の概要
2 地方行政の体系と空間計画のしくみ
3 コンパクト化が要請された背景
4 首都圏の中心地システムと都市整備
5 コットブス市の拠点の設定方法
6 日本への示唆

5章 フランス・ストラスブール
―都市交通政策を軸とした住みやすいまちづくり

松中亮治

1 ストラスブールの概要
2 フランスにおける都市内公共交通を支える制度
3 ストラスブールの都市交通政策
4 交通政策を中心とした都市政策の成果
5 日本への示唆

6章 アメリカ・ポートランド
―住民参加によるメリハリある土地利用と交通政策

氏原岳人

1 ポートランドの概要
2 ポートランドの都市政策
3 都市政策の成果
4 日本への示唆

7章 カナダ・トロント
―多様性とイノベーションを生むスマートシティ開発

藤井さやか

1 トロントの概要
2 コンパクトな都市構造を支える都市計画
3 未来型スマートシティの構想
4 日本への示唆

8章 オーストラリア・メルボルン
―急激な人口増加に対応する都市機能の集約

堤 純

1 メルボルンの概要
2 オーストラリアの行政機構
3 メルボルン大都市圏の交通政策の変遷
4 メルボルン2030:スプロール抑制と拠点の整備
5 メルボルンプラン2017-2050:メトロ整備と知識集約産業の集積
6 日本への示唆

おわりに

編著者

谷口 守(たにぐち・まもる)

筑波大学システム情報系社会工学域教授。1961年生まれ。京都大学工学部卒業。京都大学大学院工学研究科博士後期課程単位取得退学。カリフォルニア大学バークレイ校客員研究員、ノルウェー王立都市地域研究所文部省在外研究員、岡山大学環境理工学部教授などを経て、2009 年より現職。工学博士。専門は都市地域計画、交通計画、環境計画。著書に『入門 都市計画-都市の機能とまちづくりの考え方』(森北出版)など。

著者

片山健介(かたやま・けんすけ)

長崎大学総合生産科学域(環境科学系)准教授。1976年生まれ。東京大学工学部卒業。東京大学大学院工学系研究科博士課程修了。東京大学大学院工学系研究科助手・助教・特任講師を経て、2014年より現職。博士(工学)。専門は国土・地域計画。著書に『広域計画と地域の持続可能性』(共著、学芸出版社)、『都市・地域・環境概論』(共著、朝倉書店)、『都市・地域の持続可能性アセスメント』(共著、学芸出版社)など。

斉田英子(さいた・えいこ)

中央大学法学部兼任講師。株式会社ヒンメル・コンサルティング顧問。1974年生まれ。奈良女子大学大学院博士課程修了。コペンハーゲン大学政治学研究科客員研究員、熊本県立大学環境共生学部准教授を経て、2019年より現職。学術博士。専門は都市居住政策。日本プロコーチ認定評議会アソシエートコーチ。国家資格キャリアコンサルタント。著書に『福祉国家デンマークのまちづくり-共同市民の生活空間』(共著、かもがわ出版)など。

髙見淳史(たかみ・きよし)

東京大学大学院工学系研究科都市工学専攻准教授。1972年生まれ。東京大学大学院工学系研究科都市工学専攻修士課程修了、博士課程中退。東京都立大学大学院工学研究科助手、東京大学大学院工学系研究科助教などを経て、2015 年より現職。博士(工学)。専門は都市交通計画、特に交通と土地利用の統合的計画。著書に『都市計画学-変化に対応するプランニング』(共著、学芸出版社)など。

松中亮治(まつなか・りょうじ)

京都大学大学院工学研究科准教授。京都大学大学院工学研究科修士課程修了。京都大学大学院工学研究科助手、岡山大学環境理工学部助教授などを経て、2008 年より現職。博士(工学)。専門は都市・地域計画、交通計画。著書に『都市アメニティの経済学』(共著、学芸出版社)、『図説 都市地域計画』(共著、丸善)、『TRANSPORT POLICY AND FUNDING』(共著、ELSEVIER)など。

氏原岳人(うじはら・たけひと)

岡山大学大学院環境生命科学研究科准教授。1981年生まれ。岡山大学大学院環境学研究科博士後期課程修了。日本学術振興会特別研究員(DC1)、ポートランド州立大学客員研究員などを経て、2016 年より現職。博士(環境学)。専門は都市・地域計画学。人口減少下の持続可能な都市構造やマネジメント手法について土地利用解析や交通行動分析を用いて研究している。

藤井さやか(ふじい・さやか)

筑波大学システム情報系社会工学域准教授。1974年生まれ。筑波大学第三学群社会工学類卒業。東京大学大学院工学系研究科都市工学専攻博士後期課程単位取得退学。日本学術振興会特別研究員(PD)、筑波大学大学院システム情報工学研究科講師、トロント大学スカボロ人文地理学科客員教員を経て、2012年より現職。博士(工学)。専門は都市計画、まちづくり、住環境整備。著書に『コミュニティ辞典』(共著、春風社)など。

堤 純(つつみ・じゅん)

筑波大学生命環境系地球環境科学専攻教授。1969年生まれ。筑波大学大学院博士課程地球科学研究科中退。メルボルン大学およびモナシュ大学客員研究員、北海道大学助手、愛媛大学准教授、筑波大学准教授を経て、2019 年より現職。博士(理学)。専門は地理学。著書に『変貌する現代オーストラリアの都市社会』(筑波大学出版会)、『Urban Geography of Post-Growth Society』(東北大学出版会)など。

都市の構造をコンパクトにすることにはさまざまなメリットがある。思いつくだけでも、生活利便性の確保、環境負荷の削減、社会基盤の有効活用、行政運営の効率化、地域活性化、健康まちづくりの促進、自然環境の保全、公共交通の経営基盤の改善、交通弱者への配慮といった項目を挙げることができ、一石八鳥とも九鳥とも言うことができる。特に、人口減少時代においては避けては通れない基本的なまちづくりのコンセプトとして期待されている。

その用語自体はようやく広まりつつあるが、日本では制度的な対応が遅れたこともあり、その動きは始まったばかりである。このため、残念ながら、まだ誤解や見当違いの批判も多い。また、1章で後述するように、自治体の担当職員にはその実施が容易ではないと感じている人も多く、その割合は制度化が進んでも変化していない。2014年にしくみ上は立地適正化計画が策定できるようにはなったが、まだどの市町村も恐る恐る計画をたてているのが実際のところといえよう。

最近では、新聞やネット上で都市のコンパクト化が実態としてそれほど進んでいない、といった批判記事を目にする機会も少なくない。ただ、それらの多くは都市のコンパクト化政策をカンフル剤と勘違いしているケースがほとんどである。これは近年の都市政策が規制緩和・活性化を旗印にカンフルを打ち続けることを是としてきたことによる思考停止の結果でもある。特に人口減少が進む日本では、都市のコンパクト化はそのようなカンフル剤ではなく、体質改善策であることをまず理解しなければならない。制度の採用から2~3年で目覚ましい成果を期待することがそもそも筋違いであり、次の選挙までに成果を並べたい政治家にとっては材料にならない政策の代表例ともいえよう。

都市構造を拡散するままに放置しておけば、中長期的にさまざまな問題が悪化する。それはあたかも肥満化した人間が生活習慣病に徐々に罹患していく姿に重なる。都市構造に由来する深刻な問題は生活習慣病と同様にすぐに障害を発症するわけではなく、じわじわとやってくるだけに手が悪い。たとえば、周囲に多少空き家が増えたぐらいでは日常生活に何の影響もないが、それが積み重なると、ある時突然、路線バスや店舗、病院といった都市サービス機能が撤退することになる。地震に伴う津波は瞬時に被害がわかるためにハード・ソフトともに対策がたてられやすいが、都市拡散に伴う「ゆっくり来る津波」にもその影響の大きさからそれ以上の対策とその実行が求められるのである。

ちなみに、なぜ都市のコンパクト化が求められるのかということをたとえれば、肥満化した成人病患者に医者がダイエットを勧めるのと理屈は同じである。その方が都市も人間も健康になるからにほかならない。また、ダイエットの効果を上げるのが容易でないのと同様に、都市のコンパクト化も効果が見えるまで実施することは簡単ではない。共通に求められることは「節制」を継続することである。ダイエットを完遂できる意志の強い人間は少ない。都市も同じである。

なお、自分がダイエットに失敗したからといって、スマートで健康的な体型自体を批判する人はいない。同様にコンパクト化政策に飛びついてはみたものの、思うようにいかないからといってコンパクトシティ自体を間違ったもののように批判するケースが散見されるが、それは筋違いである。なかには「うちのまちはコンパクト化には向かない」ということを平気で宣言する都市もあるが、それは「もう私は糖尿病なんだから、いくら甘いものを食べてもいいでしょう」と言っているのと同じことである。

コンパクト化政策を支える立地適正化制度が導入されて数年が経過したが、そのしくみ自体もまだ十分とは言えず、適宜見直していく必要がある。当初見られたような、「強制的に移住させられる」といった見当違いの誤解はさすがに減ってはきており、市民の理解も向上している。ただ、1章で解説するようないくつかの本質的課題はまだまったく解決しておらず、今後の取り組みが求められる。

以上のような問題意識をもとに、本書ではコンパクトシティに関連するさまざまな観点から海外の先進諸都市を紹介する。国内外を問わず、都市にはそれぞれの都市の個性があり、したがって都市構造に対する政策の打ち方もそれぞれに異なる。コンパクト化政策という名称は共通でも、都市によっては冒頭に示した一石八鳥や九鳥の目的のうち、どれを主眼としているかによってもその対応の仕方は異なってくる。他都市のコンパクト化政策をそのままコピーしてもうまくはいかないが、広く支持される多様な都市の実態を学んでおくことの意義は大きい。本書での都市の紹介においては、その対応方策の幅広さがうまく伝わるよう、対象と内容を厳選している。

具体的には、まず1章でコンパクトシティ政策の現在までの道のりと、今後見直しを進めていくうえでの本質的な課題を整理する。その上で2章以降は、アムステルダム(オランダ)、コペンハーゲン(デンマーク)、ベルリン(ドイツ)、ストラスブール(フランス)、ポートランド(アメリカ)、トロント(カナダ)、メルボルン(オーストラリア)を取り上げ、それぞれ特徴的なコンパクトシティ政策を解説する。

これらの諸都市の中には日本がコンパクトシティ政策に向き合う以前から時間をかけて取り組んできたところが少なくない。本書では、トロントにおけるスマートシティとの連動など最新の情報収集を心がけたが、その一方でコペンハーゲンのフィンガープランやベルリンの拠点集約といった時代が経っても色あせない、むしろ古典としての輝きを増している取り組みも積極的に紹介している。これら諸都市の情報が今後の持続可能な都市づくりに少しでも貢献できることを期待したい。

谷口守

コンパクトシティの実現は難しいという話をよく耳にする。しかし、それは当たり前のことだ。そもそも何事においても、拡張型対応よりは撤退型対応の方がはるかに難しいのは世の常であろう。いわく、結婚よりは離婚をする方が何かと大変である。戦国時代では戦端を開く「さきがけ」よりは、退きながら最後尾で戦う「しんがり」の方がはるかに危険で、高度な戦闘能力が求められた。さらに歴史を遡ると、神様としてあがめられるようになったのは、遣隋使をはじめた小野妹子ではなく、遣唐使を取りやめた菅原道真である。そもそも我々は高度なことを要求されているのだ。

しかし、よくよく考えれば、コンパクトシティ政策は先人たちが後世のことを考えず、野放図に行動した結果の尻ぬぐいを我々世代に押しつけているだけのことではないか、という意見もある。後世にこれ以上のツケを渡さないようにすることが我々に与えられた使命なのだろう。

なお、編者個人としてはまったく別の感想も持っている。振り返ってみれば、30年前に自分の博士論文で都市機能集積地区なるエリアの設定方法などを提案していた。当時は誰1人として反応する人はいなかったが、現在ようやく制度となった都市機能誘導区域はそれとほぼ同じ内容である。今やコンパクトシティは学生の卒業論文の人気テーマであり、はからずもこのような書籍まで上梓する機会をいただくことになった。世の中の変化には驚くばかりで、まさに隔世の感がある。時代は急速にコンパクトなまちづくりを欲するようになっている。

また、コンパクトシティに関わる取り組みは実は奥深くて面白い。都市拡張政策よりもそれぞれの都市の特徴をよく理解して取り組まないとうまくいきそうにない。都市は百都市百様であり、各都市でコンパクトシティ政策を進めるには、その都市に関する素養を持ち、まちづくりの経験が豊富な専門家の存在が不可欠となる。つまり、実はなかなかの通好みのトピックなのだ。

そもそも日本の都市はもともとコンパクトな構造を有する素質のある都市が多く、その元の形をいかに崩さずに将来につなげられるかということが一つの焦点である。また、落ち着いて考えてみれば、計画不在と言われてきた日本において、コンパクトシティ政策は過去に行うべきであった計画を、ようやくこれから本気で実行しようとしているだけという解釈も可能である。それはすなわち、書類上で文言をコンパクトシティに差し替えるだけでは今までと同じ結果しか得られないということでもある。新たなまちづくりの常識として、コンパクトなまちづくりが広く浸透していくことを期待して筆をおきたい。

なお、最後になったが、緻密な編集作業を通じ、個性と才能にあふれる執筆者陣の素質を的確に引き出していただいた学芸出版社の宮本裕美氏に重ねて感謝申し上げたい。

2019年12月
谷口 守