アメリカの空き家対策とエリア再生

平 修久 著

内容紹介

アメリカは空き家対策の先進国だ。人口減少都市では大量に発生した空き家を、行政のシビアな措置、多様な民間組織の参画、資金源の確保等により、迅速に除却・再生し不動産市場に戻すしくみを構築している。空き家を負債にせず大胆に活用し、衰退エリアを再生するアメリカの戦略・手法を、日本への示唆を含めて具体的に解説。

体 裁 四六・288頁・定価 本体2500円+税
ISBN 978-4-7615-2737-2
発行日 2020/03/31
装 丁 加藤賢策(LABORATORIES)


目次著者紹介はじめにおわりに
はじめに

1章 アメリカにおける空き家の発生要因と問題

1 人口・住宅・空き家の推移
2 サブプライムローンの破綻
3 空き家が引き起こす問題
4 各自治体の住宅関連条例
〈コラム〉ヤングスタウン市の自発的転居プログラム

2章 空き家を発生させない住宅の維持管理

1 一般住宅の管理基準
2 空き家の管理基準
3 庭・庭木・芝の維持管理基準
4 条例違反に対する罰則
5 空き地の維持管理に関する代執行
6 空き家登録制度
7 シンシナティ市の空き家維持管理ライセンス制度

3章 問題住宅への対策―アメリカと日本の比較

1 問題住宅の定義
2 空き家の調査
3 命令のみの迅速なプロセス
4 条例違反の通告と掲示
5 改善命令
6 譲渡時の義務・制限
7 住宅の修繕と取り壊し
8 問題住宅からの退去とその後の安全確保
9 問題住宅への緊急対応
10 不服申立て
11 行政代執行と費用の回収
12 罰則
〈コラム〉1ドル住宅

4章 ランドバンクによる空き家再生

1 ランドバンクの機能
2 ランドバンクの変遷
3 ランドバンクの組織と運営
4 不動産の取得
5 不動産の処分
〈コラム〉住宅地安定化プログラム

5章 財産管理人制度による空き家再生

1 アメリカにおける財産管理人制度の適用
2 日本における財産管理人制度の適用
3 ボルティモア市の空き家財産管理人制度
4 フィラデルフィア市の空き家財産管理人制度
5 空き家財産管理人制度の利点

6章 都市再生に向けた空き地の活用

1 空き地を地域の資源と捉える
2 空き地対策としての緑の都市戦略
3 グリーブランド市のリイマジニング・プログラム
4 クリーブランド市の都市農業政策
5 クリーブランド市のシャトーヒュー・ワイナリー
6 フィラデルフィア市のランドケア・プログラム
7 ボルティモア市の緑化推進政策
〈コラム〉市民団体による緑化活動
〈コラム〉空き地の雨水排水・洪水対策への活用

7章 衰退エリアの再生

1 ボルティモア市パターソン公園地区―徹底的な修復による連続住宅地の再生
2 ボルティモア市ジェファソン通り―財産管理人の空き家競売が周辺の住宅修復を誘発
3 ピッツバーグ市イーストリバティ地区―コミュニティ開発法人による副都心再生の全体マネジメント
4 クリーブランド市スラビック・ビレッジ地区―民間企業と非営利法人の連携による戸建て住宅地の再生
5 シンシナティ市ウォールナットヒル地区―空きビル再利用による商業地区の再生
6 クリーブランド市フィッシャーハウス―ランドバンクによる土地集約
7 アクロン市カスケード公営住宅地―住宅公社による荒廃住宅地の公営住宅への転換
8 デイトン市ビジネス改善地区―BIDによる都市中心部復活への取り組み

8章 日本の空き家対策に向けて

1 空き家問題の発生防止・抑制
2 空き家問題の把握
3 問題改善などの命令
4 空き家・空き地問題への対応全般
5 行政代執行
6 不動産の取得と譲渡
7 空き家財産管理人制度
8 空き地の再生・再利用
9 日本の空き家対策に何が必要か

おわりに

平 修久(たいら・のぶひさ)

聖学院大学政治経済学部教授、副学長。1955年生まれ。東京大学工学部都市工学科卒業。米国コーネル大学大学院Ph.D(都市及び地域計画学)取得。富士総合研究所(現:みずほ総合研究所)勤務を経て、2000年より聖学院大学政治経済学部教授。2015年10月より副学長。

近年、日本において空き家の問題は深刻化の一途をたどっている。その問題解決に向けた取り組みが行われている現場では、どのようなことが起こっているのだろうか。空き家だと思って調査を始めたものの居住者がいることが判明すると、老朽化により隣接住宅に危険を及ぼすおそれがあるにもかかわらず、空き家問題の担当者は介入できない。長屋の真ん中の住宅が老朽した空き家のまま放置されているにもかかわらず、「空家等対策の推進に関する特別措置法(空家特措法)」では空き家とみなさないために行政措置ができない。また、空き家の登記がかなり古く、相続人が多数存在したり、相続人の半数が他自治体に居住していたりすると、自治体は所有者等を特定するために多大な負担を抱える。さらには、特定空家と認定され迅速に問題解決を図る必要があっても、指導・助言、勧告、命令というステップを踏まなければならず、時間がかかる。

これらは、日本の空き家問題の法制度の不備に起因する典型的な対応上の問題である。空き家問題の担当者はすぐにでも何とかしたいと思いつつも、法令・制度などの制約を受けて適切な対応が十分にできずに手をこまねき、空き家問題が悪化しないことを祈るしかない。
空き家問題に迅速に効率的に対応する方法はないのだろうか。

アメリカに目を向けてみると、空き家問題への対応は日本のかなり先を行っている。特に、アメリカの中西部および東部の諸都市は、住宅地の郊外化に加え、20世紀初頭から経済発展をけん引してきた製造業などの衰退により、中心部で人口が大幅に減少し、空き家が大量に発生した。その後、今世紀に入って、サブプライムローン利用者の返済が滞り、差押えによりさらに空き家が増加した。

空き家が増え住民が減ると、犯罪や放火といった安全面の問題が生じる。残った住民も住宅を維持管理するモチベーションが低下し、住宅地全体が衰退に向かい、不動産価値が低下する。

このような状況の中で、アメリカの自治体では、20世紀前半から関連条例を制定し、その遵守の推進を図るとともに、必要な行政措置を実施している。自治体だけで空き家問題に対応することには限界があり、ランドバンクや財産管理人制度の適用により住宅や住宅地の再生も図っている。
アメリカの対策は日本の法制度になじまないと、諦めているだけで良いのだろうか。アメリカの対策の中にも、当初は憲法違反ではないかと疑いを持たれ、理解を得るために時間を要したものもある。それらは丁寧な説明を繰り返し行うことにより、理解を得てきた。行政代執行により空き家を解体しすぎたのではないかという懸念から代執行を控え、再び戦略的に代執行で解体を進めている自治体もある。こうしてアメリカでは多くの努力や試行錯誤を経て、空き家問題に取り組んでいる。

このようなアメリカの空き家問題への対応の変遷は、今後、問題のある特定空家の増加が予想される日本にとって、少なからず参考になるものと思われる。

日本の空き家は、総務省統計局の「住宅・土地統計調査」によると、1958年の36万戸から一貫して増加を続け、2018年には846万戸となった。空き家率は、1998年に初めて10%を超えて11.5%となり、2018年には13.6%にまで上昇した。今後、世帯数の減少が新設住宅着工戸数のそれよりも加速することが見込まれ、住宅の除却や有効活用が進まなければ、空き家は2033年には約2150万戸まで増加し、空き家率は約30%に達するという予測結果がある。

空き家は、維持管理が不十分な場合には、安全問題(倒壊や火災など)、健康被害(雑草の繁茂によるアレルギー物質の拡散、病害虫の発生など)、景観悪化、不動産価値の低下につながり、周辺に多大な悪影響を及ぼす。これらの問題への対応のため、日本の多くの自治体では空き家条例が制定され、2015年には空家特措法が完全施行された。また、1051(62%)の市町村で空家等対策計画が策定され、735(43%)の市町村で法定協議会が設置(2019年3月31日現在)されているように、空き家は全国的な問題となっている。近年、空き家の再生利用の取り組みが見られるようになったが、取り壊しをはじめとして問題のある空き家への具体的な対応事例はまだまだ限られている。

本書の構成は、以下のとおりである。まず、1章で、アメリカにおける空き家の発生の要因と問題を整理する。次に、2章で空き家の発生を抑制するための住宅の維持管理、3章で問題が生じている空き家などに対する対策について、オハイオ州の自治体を中心に日本の制度と比較しながら見ていく。続いて、自治体以外の主体による問題住宅への対策として、4章ではランドバンク、5章では財産管理人制度について述べる。そして、6章で空き地の維持管理のしくみと有効活用方法、7章で衰退した地区を面的に再生している事例を、それぞれ紹介する。最後に、8章ではアメリカの空き家・空き地問題への対策のうち、日本でも導入や検討が望まれる事項について整理する。

本書が、日本の今後の空き家対策のあり方と具体策を考える上でお役に立つことができれば幸いである。

本書は、2009年に開始したアメリカの空き家対策の調査研究をまとめたものである。1~5章は『自治研究』(第一法規)に寄稿した論文「アメリカにおける空き家対策(一)~(三)―先進的な取組みに学ぶ」(第94巻、第4・6・8号)を大幅に改稿し、6~8章は本書のために新たに調査を実施して書き下ろしたものである。

この間、7回訪米し、12都市をめぐり、39回のインタビューを行った。それ以前はアメリカの成長管理政策について調査していたので、扱うテーマはまさに180度転換した。

調査を始めてまもなく、アメリカの空き家の量とその状況に驚いた。分厚い板で玄関や窓が塞がれた空き家、火災にあった空き家、玄関に貼られた「居住不可」という市の宣告、空き家解体後の跡地が広がる街区にポツンと残された住宅など、印象に深く残る光景を数多く目の当たりにした。このような状況の中で、問題を抱える空き家をどのように除去しているのかに関心を持った。そして、自治体のみによる対応の限界に気づき、調査対象はランドバンクへと移っていった。その過程で、「receiver(財産管理人)」という言葉を耳にして、空き家問題解決のための財産管理人制度の存在を知った。これらの対策の効果を確認するため、衰退地区を再生した、もしくは、再生している取り組みへと調査対象はさらに広がっていった。

不動産の所有権、不動産登記制度、財産管理人制度などに関しては、日米の専門家に基本的なことから教えを乞うた。その中で改めて気づいたことが、不動産に関する意識や制度が日米で異なることを踏まえなければアメリカの空き家対策の理解は進まないということだった。

取材の一環として、日本の自治体の空き家問題担当職員にもインタビューを行った。その中で、「なぜ、そのようなことがアメリカではできるのか」と訊かれ、すぐに答えられないこともあった。一方、アメリカの合理的な考え方に触れ、「なぜ、日本ではできないのか」と反問したこともあった。アメリカの政策が効果的であれば、日本でも採用することが望ましい。しかし、不動産の所有権を尊重する日本において、アメリカの政策を採用するにはまだハードルが高いことは確かである。それでも、空き家問題の深刻さが増せば増すほど、そのハードルを乗り越えざるをえなくなる。

アメリカは連邦制のため、州によって政策や法令が異なる。そこで、まずはオハイオ州を中心に調査するところからスタートした。調査対象として好ましい10万~100万人の都市が同州に6市存在していることが、その理由であった(コロンバス市、クリーブランド市、シンシナティ市、トリード市、アクロン市、デイトン市)。各市の施策は少しずつ違い、条例の構成も異なる。また、郡レベルのランドバンクについても組織や事業量などに違いが見られる。オハイオ州以外の都市の中でアメリカの専門家に調査を勧められたのが、ボルティモア市、フィラデルフィア市、ピッツバーグ市であった。これらの3市は、いずれも人口減少と大量の空き家・空き地の問題に直面しているが、市の重要課題としてこれらに大胆に取り組んでいる。

なかでも特に印象的であった施策は、クリーブランド市を包含する郡レベルのランドバンクとボルティモア市の空き家財産管理人制度である。加えて、フィラデルフィア市の空き地の維持管理施策「ランドケア」からは、造園協会と市役所の強い想いを感じとることができた。また、ボルティモア市パターソン公園地区、ピッツバーグ市イーストリバティ地区、クリーブランド市スラビック・ビレッジ地区で実施されていた非営利法人による地区再生には、感動的なストーリーもあった。心残りの一つは、パターソン公園地区のCDCの創設者であるエド・ルトコウスキー氏にインタビューを快諾いただいたものの、残念ながら急逝されてしまい、話をうかがうことが叶わなかったことである。氏のご冥福をお祈りしたい。

最後に、調査に際して快くインタビューに応じ、貴重な情報を提供してくださった行政・非営利法人のスタッフならびに専門家の方々に、この場を借りて御礼を申し上げたい。また、調査研究の機会を与えてくださった明星大学の西浦定継先生と事業創造大学院大学国際公共政策研究所長の吉川富夫先生に、そして、本書を企画してくださった学芸出版社の宮本裕美さんと森國洋行さんに深く感謝いたします。

なお、本書は、文部科学省科学研究費補助金(基盤研究B20404081、基盤研究C26420626、基盤研究C18K04489)を受けて実施した調査結果の一部をもとに執筆していることをここに記しておく。

2020年2月
平 修久

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