卒業設計コンセプトメイキング

松本 裕 著

内容紹介

進め方の実際を「先生と学生の対話」で学ぶ

卒業設計は、それまでの設計演習とは違う。学生自らがテーマと敷地の選定を行い、論理的思考プロセスの積み重ねをもとに、オリジナリティのある提案をしなければならないのだ。本書は、先生と学生とのライブ感あふれる対話を軸に、進め方、設計上のコツなどを、実際の学生の作品をもとにしたケーススタディで学ぶものである。

体 裁 四六・224頁・定価 本体1800円+税
ISBN 978-4-7615-1239-2
発行日 2008-03-30
装 丁 上野 かおる

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はじめに 卒業設計とは何か?

1 卒業設計は「自分」さがしではない
2 卒業設計とは論理的思考プロセスの具体化である
3 本書の特長と使い方

第1章 「テーマ」から「問い」へ

1 卒業設計は自己満足のためにするのではない
2 「テーマ」とはたとえば「愛」だ! ──根源的だが答えのない大切なもの
3 「テーマ」から「主題」を見つけ出そう
4 「主題」から「問い」を切り出そう ──それがあなたの立ち位置となる
5 卒業設計の「問い」は「HOW?(どのような?)」だ!
6 「問い」にはまず「仮説」を「建て」よう

第2章 アイデアの模索と展開

1 「建築的・空間的アイデア」が勝負の決め手
2 「アイデア」と「オリジナリティー」
3 「建築的・空間的アイデア」は「空間の質」をねらおう
4 地道な作業が作品の質を保証する ──資料収集・データ収集・文献調査
5 先人に学ぼう ──既往作品・参照作品分析
6 敷地の声なき声を聞く ──敷地調査
7 物語性をもたそう ──クライマックスの演出

第3章 作品を練り上げる

1 「建築的・空間的アイデア」は魅力的な形になってはじめて生きる
2 スタディー
[スタディー模型][所要図面作成]
[モティーフ][スタディーの記録]
STUDY 1 A君の場合
STUDY 2 B君の場合
STUDY 3 E君の場合
STUDY 4 Fさんの場合
3 プレゼンテーション
[イメージパネルの作成][プレゼンテーションのスタディー]
[図面の仕上げ][勝負図面]
[模型の仕上げ][タイトル(メインタイトル、サブタイトル)]
[スケール・方位][レタリング]
[コンセプト(説明文と概念図式・シェマ図)][スケット・ヘルパー]

第4章 発 表 ──独白(モノローグ)にならないために

1 「中身」も「外見」もどちらも大切
2 「梗概」を完成させよう
3 「展示」はインスタレーション
4 「試問会/口頭発表」では原稿を読むな! 空間を読め!

あとがき

〈巻末〉「梗概フォーム」の作成方法・注意点

梗概1〈事例〉A君
梗概2〈事例〉B君
梗概3〈事例〉E君
梗概4〈事例〉Fさん
手紙文例(資料・情報提供依頼、施設見学申し込み、アドヴァイスのお願い)
卒業設計作業工程チャート

松本 裕(まつもと ゆたか)

大阪産業大学工学部建築・環境デザイン学科准教授
1966年生まれ。京都大学工学部建築学科卒業。京都大学大学院博士後期課程・単位取得退学。パリ建築大学ベルビル校・DEA学位。
共著に、シリーズ『都市・建築・歴史 第6巻―都市文化の成熟』(鈴木博之・石山修武、伊藤毅、山岸常人 編)東京大学出版会、『テキスト建築意匠』(平尾和洋、末包伸吾 編著)学芸出版社、LE SENTIER, BONNE NOUVELLE de l’architecture a la mode, Werner SZAMBIEN et Simona TALENTI (sous la direction de), Action Artistique de la Ville de Paris.、共訳『ル・コルビュジエ事典』(ジャック・リュカン 編、加藤邦男 監訳)中央公論美術出版、他。

イラスト/野村 彰

1 卒業設計は「自分」さがしではない

卒業設計は何のためにするのでしょうか?もちろん卒業するためです。しかし、単に必要な図面や模型をそろえて合格点をとるだけなら、それはあまりにもむなしい作業です。

卒業設計は、設計演習とは異なります。自ら課題設定と敷地選定を行い、オリジナリティーのある提案をしなければなりません。そこに、卒業設計をすることの最も重要な意義があります。それゆえ、卒業設計では、予算的な制約や法的な規制、構造的な厳密さなどは、実務設計に比べて格段にゆるく、二義的な問題として、ある程度は不問に付されるのです。とはいえ、卒業設計を簡易に済ますことができる訳ではありません。むしろ前提となる条件が少ない分、手がかりがつかめず、かえって難しく感じることがあるでしょう。また、自由な設定ができるからといって、好き勝手が許されるわけではないのです。こうした点をはき違える卒計生(卒業設計にたずさわる学生を本書ではこう呼びます)が実に多いことを、大学で卒業設計を指導する立場になって思い知りました。そんな卒計生は、大きく分けると、次のような二通りのタイプになります。

①進め方がわからず行き詰まるタイプ
②勘違いして独りよがりになるタイプ

まず、①のタイプ。自分で諸条件を設定できず、途方に暮れる人です。また、なかなか具体的な設計のアイデアが出てこない人です。そのくせ、自分は設計に不向きだとか、天賦の才能がないからだとか、泣き言や自己保身のための逃げ口上は次々に出てきます。しかし、早合点してあきらめないでください。これまでは、与えられた条件に従って演習をこなすのみで、自分で問題を発見し、独自に解決していくための技法を学んでこなかっただけかもしれません。ぜひとも本書の内容に沿って丁寧に一つずつ作業を進めてください。必ず道は開けるはずです。設計の道に進むのを断念して方向転換するのは卒業設計が終わってからにしましょう。

次に②のタイプ。建築の設計を志すぐらいだから、基本的には自意識過剰で格好つけでプライドが高くてナルシスト、のはず。ひょっとしたら、「日本一」になってやろうなんて野心をたぎらせているかも知れません。卒業設計に挑むときはそれぐらいギラギラしている方が望ましいとも言えましょう。しかし、エネルギー夥多はよしとして、閉口するのは、このタイプがややもすれば「感性」とか「センス」とか「個性」とかを安易に言いたがることです。そんな「自分らしさ」を無邪気に唱える学生に限って、そうした資質をめぐって自問自答したことがあまりなく、確かなものとしてどこかにあるに違いないと信じています。だから意に添わない指摘を受けると、むきになって「本当のわたし」を主張したがります。「では、『本当のわたし』って何ですか?」と質問すると、たいていの答えには、どこかで見たり聞いたりしたような、往々にしていま流行のイメージが無自覚に共有されています。たとえば、有名建築家のスタイル、はやりのプレゼンテーション、小手先のデザインなどが無批判に模倣されているのです。当然それはタイプ②が純粋に想い描いているような「本当のわたし」の表現などではありえません。

では、「本当のわたし」とは何かと逆に問われれば、「そんなものはない」というのが筆者の立場です。もし、「わたし」や「自分」が認識されるとしたら、それは「他者」(ヒトとは限らない。モノやコトなども含意します)との多様な関係性(本書では、それを「空間」として捉えています[2章3節、50頁参照])を通じて、かすかな、しかし「かけがえのない差異」としての「わたし」がその都度、かろうじて自覚されるのだと思います。そんな「わたし」を通じて、モノ・コトや出来事が生起してくるのです。「わたし」とは、そうした開けを可能にするような、一つの「場所」だと言えましょう。

「わたし」は、「本当のわたし」をめざしてあたかもピラミッドの頂上を極めるように自己実現されるのではありません。さまざまな「他者」との「ダイアローグ(対話)」の結果、たまたま「わたし」になるのだと考えます。だからこそ「わたし」は様々に変わっていくことができるのであり、それには「わたし」も「他者」もどちらも大切だと気付くのです。卒業設計は、そのことを実感する絶好の機会です。

ここに書いた「わたし」と「他者」をめぐる話は、いまはまだ唐突に聞こえるかも知れません。しかし、その基本的な姿勢と卒業設計のすすめ方との密接な関わり合いは、本書の各章で示す具体的な事例を通じて理解していただけるものと信じています。

タイプ①にしろ、タイプ②にしろ、勢いの違いこそあれ、どちらも「他者」の概念が希薄であるという点では共通しています。センチメンタルな「自分さがし」をして癒されている間はよくても、そういう「私小説」的なそこはかとない姿勢で卒業設計に相対すると、それは時に身勝手であり「モノローグ(独白)」でしかないと思うのです。

2 卒業設計とは論理的思考プロセスの具体化である

卒業設計とは「わたし」と「他者」との「ダイアローグ(対話)」の結晶作用である。これが本書の基本的な立場です。その具体的なプロセスは、次の四行程(A~D)からなります。この行程は、料理をつくって人をもてなす過程と大変よく似ています。

[卒業設計の四行程]
A(第1章)「テーマ」から「問い」へ……主題と問いの抽出、仮説の設定 = 食材選び・仕込み
B(第2章)アイデアの模索と展開…………着眼点と方法、仮説の検証   = 下ごしらえ
C(第3章)作品を練り上げる………………問いに対する回答、結論    = 調理
D(第4章)発表………………………………梗概作成、展示会、試問会   = おもてなし

これらの詳細については、各章で、卒計生が実際に辿ったプロセスや作品事例を交えながら説明をしていきます。それに先立ち、ここで、卒業設計を今一度定義しておくと次のようになります。すなわち、卒業設計とは、
「人間にとって根源的なテーマにつながる主題を抽出し、適切な問いをたて、それに答えるべく独自のアイデアを出し、仮説の検証を繰り返しながら、論理的に導き出された作品という回答を、他者と対話ができるように公表すること」
なのです。

3 本書の特長と使い方

本書は、建築系の卒業設計にたずさわる方々──卒計生のみならず指導教員も含めて──に活用していただきたいと願っています。その一人一人が途方に暮れることなく、有意義な一年間を過ごすための羅針盤の役割を果たし、実用的な手引きとなることをめざしています。具体的には、次にあげるような五つのタイプの方々を読者として意識しています。

[卒計生]
①進め方がわからず行き詰まるタイプ
②勘違いして独りよがりになるタイプ
③本書を読む必要のないハイレベルなタイプ

[卒業設計指導教員]
④放任主義問題無タイプ
⑤懇切丁寧不可避タイプ

まず、卒計生の三タイプです。タイプ①とタイプ②に関しては既に述べた通りです。タイプ③は、タイプ①にもタイプ②にも陥ることなく、進歩的でレベルの高い卒業設計を遂行できる一部の優秀な学生です。こうした本の助けを借りなくても済むタイプといえます。逆に言えば、ここに書かれているような内容は軽々とクリアしているはずです。そのチェックシートとして本書を活用する価値は十分にあるでしょう。

なお、卒計生ではなく、設計演習に勤しんでいる方にも本書は有効です。先述のように、設計演習では、卒業設計の四行程のうち、A(第1章)で取り上げる、テーマ、問い、敷地、設計条件などは課題として既に与えられています。ですから、B(第2章)~D(第4章)が、設計演習での行程に相当します。

次に、卒業設計を指導する教員の二タイプです。まず、④「放任主義問題無タイプ」とは、学生の自主性の名の下に卒業研究に指導教員はそれほどコミットしなくても特に問題もなく許され、それでいて高い成果が期待できるタイプです。残念ながら、ごく一握りの大変に恵まれた立場の教員に限られます。このタイプの指導教員は、この本をゼミ生に手渡していただくだけでOKです。あとはタイプ③のプレミアムなゼミ生達が自主的に作業を進めてくれることでしょう。古き良き放任主義に一層磨きをかけることができます。

ちなみに、わたしが卒計生として卒業設計に取り組んでいた時代には、「ほったらかし」が指導標準だったように思います。大変おおらかな雰囲気で、それはそれで十分に意義のあることでした。しかし、時代が変わりました。少子化全入時代を背景に、買い手市場の教育サービス産業としての役割が求められる大学において、これからの主流は⑤「懇切丁寧不可避タイプ」です。放任主義では許されなくなったのです。もちろん教育に十分な時間を費やすことは、大学の本来的な姿の一つとして当然であり歓迎すべきです。しかしながら、他方では、教員人数の縮小化と反比例して、雑務や会議などは激増する傾向にあります。時に、むやみに差別化が図られたあげくの過剰なサービスが、かえって学生にも教員にも余計なエネルギーの消耗を余儀なくします。結果、時間がいくらあっても足りなくなります。本書は、そういう悩みを抱えた指導教員の方々の強い味方になれると思っています。この本を書こうと思った動機の一つはそこにあり、わたし自身を救済するためでもあります。

本書は、卒業設計のすすめ方全般に関する一種のマニュアル本です。しかし、CGやCADなどのプレゼンテーション技法そのものはあえて主題化していません。その理由は、この手の技術の進歩は日進月歩であり、書き留められた技法はすぐに陳腐化してしまうと懸念するからです。また、第4章で述べるように、プレゼンテーションは、最新技術を駆使したテクニックそのものではなく、論理的な思考のプロセスの最適な表現スキルに他ならないと考えているからです。

従って、本書の主題は、卒業設計における企画・立案の手順、建築的・空間的アイデアの出し方、その表現の仕方、それら全てに通底する「コンセプトメイキング」の技法の確立にあります。それは、ある有効な思考の型を提示することでもあります。決してパターン化することではありません。

卒業設計は何よりもクリエイティヴな活動です。それは、卒計生と指導教員との個別で深い「ダイアローグ(対話)」によってはじめて可能になるのです。そのもっとも貴重なアイデアの模索と展開、そしてスタディーに、限られた時間をできるだけ有効に使っていただきたいという願いをこめています。そのためには、作業の効率化が不可欠です。たとえば、本書の巻末に収めた「卒業設計作業工程チャート」、一覧表形式の「梗概フォーム」、資料・情報提供依頼や施設見学の申し込み、アドヴァイスのお願いのための手紙文例などは、ずいぶんと重宝するツールとなることでしょう。

「はじめに」のおわりに一言。

卒業設計も最終段階にさしかかると、心身ともに疲れがピークを迎えます。そんなとき、もう一歩ふみ出せる人(指摘を受けて案をもう一度練り直そうとする人)とそうでない人(指摘を迷惑に感じ屁理屈を言って逃げる人)があります。この気力の差はどこに起因するかというと、卒業設計の初期段階から、真剣に取り組み、日々の努力を積み重ねてきたか否かによります。いままでこれだけやってきたのだからここであきらめずに最後まで頑張ろうというふうに気力が絞り出されるのです。

ある建築家が言いました。

「才能とはやり通す意志である」

このことばを胸に、いよいよ卒業設計をはじめましょう!

「HOTTARAKASHI」は通用しない。大学教員の職に就いてすぐ、そう悟りました。十数年も昔のことです。それから、ゼミでは、丁寧な話し合いを心がけました。しかし、何度も同じ話を繰り返す割には効果が出ません。思うに3つの理由がありました。①具体的な卒計の進め方への理解不足、②コンセプト・メイキングのスキル不足、そして③それらを文書化したものが無いことでした。そこで私は、ゼミで実践していた指導要領を卒業設計の手引き「『卒業設計』と『わたし』」(大阪産業大学学会報2001年度[34]号)として発表し教科書に用いるようになりました。それから数年後、別件(『テキスト建築意匠』(2006)分担執筆)でお世話になっていた学芸出版社の知念靖広氏に薦めて頂き本書の形で新しく世に出ることとなったのです。その際、①分かりやすく実際に参照して使えること、②完成作品のみならず、そこに至るスタディー過程を実例に則して示すことが本書の目指すところとなりました。そこで試みたのが「対話」形式の導入です。それはまさに、学生と指導教員の有意義な「対話」の実践という本書の主旨そのものでもありました。

そうした対話編の登場人物の一人、Cさんは、卒計後「とても満足です」と言ってくれました。それは、彼女自身全く想いもよらなかった作品に出会うという、まさに創造的な活動の醍醐味を実感してのことでした。本書を手にした読者の多くが、卒業設計を通じてそうした感動に出会ってくだされば、筆者として何よりの幸せです。

本書に登場する人物、作品、スタディーなどは全て実在します。しかし、対話中でのキャラクター設定は、私の方で都合よく脚色してあります。ご本人達の名誉のために申し添えておきます。登場者以外にも、様々な苦労と貴重な示唆をゼミ生は与えてくれました。特に、ゼミの卒業生、佐藤浩さんには今回も大変お世話になりました。深く感謝申し上げます。また、一向に作業が進まない私を巧みに鼓舞し、時には休日返上で執筆作業におつきあいくださった、知念氏に厚く御礼申し上げます。最後に、家族の理解と忍耐と励ましに対し、心から感謝の気持ちを捧げます。

2008年3月 今朝もまた夜明けの音をききながら

松本 裕

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