まち歩きが観光を変える


茶谷幸治 著

内容紹介

都市観光の新しい形、日本初まち歩き博覧会

10年間で1割以上落ち込んだ観光客数を底上げするために企画された市民主体の地域活性化イベント「長崎さるく博」。この日本初のまち歩き博覧会は、1000万人以上の参加者を集め、3万人近い市民が関わった。その構想から実施までを、イベントプロデューサーという役割でいかに実現し、市民力を高めるに至ったのかを克明に語る。

体 裁 四六・192頁・定価 本体1600円+税
ISBN 978-4-7615-1237-8
発行日 2008-02-10
装 丁 上野 かおる


目次著者紹介まえがき読者レビュー

はじめに

序章 「長崎さるく博」のあらまし

1 「まち歩き」に賭ける
2 何をやったか
3 結果はどうなったか

第1章 きっかけ

1 長崎市からの一通のメール
2 日本の都市観光と「まち歩き」
3 観光都市・長崎の当時の状況
4 「観光2006アクションプラン」で提案されたこと
5 構想書から計画書へ
6 基本計画の具体化

第2章 手始めに

1 長崎市の立ち上がり
2 第一次実施計画
3 「博」という枠組みの決定
4 市民に何をやってもらうのか
5 「さるくガイド」
6 プレイベント「長崎さるく博’04」
7 「まち歩き」が博覧会になるか

第3章 ここまできたが

1 本番準備
2 「まちを自分に取り返せ」
3 愛知万博から学んだこと
4 プレイベント「長崎さるく博’05」
5 広報は福岡に賭ける
6 直前のガイドと市民プロデューサー
7 前例がないという不安

第4章 本番

1 本番開始
2 市民プロデューサーのこと
3 なぜ四十二コースなのか、なぜ二百十二日なのか
4 梅雨にも炎暑にも耐えた
5 事務局のこと
6 こうして閉幕を迎えた
7 「わがまち意識」から「まち自慢」へ
8 「まち歩き」と「まちづくり」
9 「まち歩き」と「観光」と

第5章 再び、はじまり

1 田上富久課長が新市長に
2 二〇〇七年「長崎さるく」
3 「さるくガイド」のゆくえ
4 他の都市でも「まち歩き観光」は可能か

注釈

おわりに

茶谷幸治〔ちゃたに こうじ〕

1946年大阪生まれ。69年早稲田大学第一政治経済学部政治学科卒業。同年、㈱電通入社、大阪支社クリエーティブ局CMプランナーを経て、81年同社退社、㈱経営企画センター設立。「アーバンリゾートフェア神戸’93」チーフプロデューサー、「ジャパンエキスポ世界リゾート博」催事プロデューサー、「しまなみ海道’99」広島・愛媛両県総合プロデューサー、「ジャパンエキスポ南紀熊野体験博」総合プロデューサーを歴任。2002~03年(社)日本観光協会都市観光活性化会議委員、2003年(社)ひょうごツーリズム協会ツーリズムプロデューサー、2004~06年「長崎さるく博’06」コーディネートプロデューサーを務める。現在、プロデューサー(イベント/ツーリズム/マーケティング)、関西学院大学社会学部非常勤講師、(財)兵庫県園芸公園協会理事。

本書は、日本で初めてのまち歩き博覧会「長崎さるく博’06」の経過を追いながら、博覧会のコーディネート・プロデューサーとして関わった私の考えたことを、事後に振り返って書きとどめたものである。

「長崎さるく博」は、長崎市民が自分たちの手でやりとげた地方の大型イベントとして、開催中から高い評価を受け、終了後にはその評価が日本中に独り歩きして、当時の長崎市長が凶弾に倒れて後、新市長が博覧会関係者から生まれたという衝撃的な事件もあいまって、今「観光」や「まちづくり」に関係する行政マンや学者、民間の実務家の間で大きな注目を浴びている。そこで、私の記憶が薄れないうちに、この事業の核心部分を、事実に即して素直に書いてみようと考えた。

目的は三つあって、一つは「長崎さるく博」なるものの成り立ちを記録にとどめておくことである。何しろ、人口四十万人を越える地方都市でほとんどすべての市民を巻き込んで市民主体や市民参加という「理念」に真正面から取り組み、数字的にも成功しためずらしいイベントであったし、それが今も受け継がれて進行中という、これもまためずらしい結果を伴っているのであるから、どうしてそんなことがあっさりできてしまったのか、興味を持たれる方も多いのではないかと考えた。

もう一つの目的はきわめて実務的なもので、地方の大規模イベント、特に地域活性化イベントといわれるようなイベントを企画し、プロデュースしていくのに伴う実際の作業を、「さるく博」を一つの例として手順を追って示しておきたかったことがある。特に、構想されてから具体的な計画が作成されるまでのイベント・プロデュースの最も重要な部分の経過を、長崎市の当事者と私とのやりとりを通じて丁寧に書いてみた。地域の人々が、自分たちで大掛りなイベントを立ち上げようとする場合に、これが格好の見本になるような気がしたからだ。イルミネーションを点灯させたり、大通りをパレードするだけの形式で成立しているイベントではなく、みんなで手分けして仕事を引き受けながら「まち」をよくしていこうと企画された大型イベントの具体的な参考例は、意外と少ない。そこで、「長崎さるく博」のこの記録がそのような「まちおこし」を模索している市民や行政に役立つのではないかと考えた。

もう一つは、総合プロデューサーという役割の人間が何を考え、何にすがって仕事をするのかを、この機会に書いてみようとした。「長崎さるく博」は「博」と称しているが、観光振興キャンペーンでもあり、地域活性化のイベントでもあり、市民を巻き込んだまちづくり活動でもあったから、幸いにも私はさまざまなことに配慮しながらプロデュースしなければならなかった。市民の自主的なモチベーションも引き出したいし、行政との協働も実現したい。観光の質的な高度化をも目指したいし、観光客の増加という具体的な数字も確保したい。結果としての市民の高い満足度を得たいし、行政の政策課題も達成したい。しかも、最少の費用で最大の効果という手作りイベントに対する勲章も得たい。つまり、イベント・プロデューサーとしてこの仕事を今までの集大成と考えて、贅沢なことをやってみようとしたのである。だから、プロデュースの各局面でさまざまなことを考えた。それを、問題提起というと大げさだが、聞いてもらいたかったのである。

このような目的で書いた本であるから、イベントのやり方や組織を動かすコツといったノウハウは何も書かれていないので、それを期待する向きは読んでも面白くないかもしれない。実際、「長崎さるく博」の話を聞いて、マップのつくり方やガイドの管理手法ばかりが気になる人はいるものだ。しかし、「長崎さるく博」という、「まち歩き」だけにこだわった博覧会がなぜうまくいったのかに関心のある人には、きっと面白く読んでもらえると思っている。

そして、この本を読んだら、すぐに長崎へ行って、ここに書かれていることが本当かどうかを自分の目で確かめてほしい。「まち歩き」は今でも継続されていて、そのままを体験することができるし、「長崎さるく博」に関わった多くの市民に会って直接話を聞くことができるから。

文中に登場する人物はすべて実名で、私が直接話を聞いたり、文章で回答してもらったことをそのまま書いているから、私の恣意的な脚色はない。また、長崎市の職位名は当時のままにし、職員の個人名に敬称は省略した。ガイド、サポーターの呼称には、普段は「ガイドさん」と呼んでいたが、煩雑を避けるため文中では「さん」を送らなかった。ご了承願いたい。

茶谷幸治

本書は2006年に長崎市を舞台に「まち歩き」をテーマにして開催された「長崎さるく博」の総合プロデューサーがその構想から終了までの3年間をまとめたものである。構想段階での長崎市企画主幹とのメールでのやり取り、市民プロデューサーとの立ち上げでの模索、ボランティア・ガイドと観光客の感動の交流、そして随所に述べられる著者の都市観光論、地域イベント論、市民まちづくり論が克明に記されている。

第1章では後に長崎市長となる田上主幹(当時)とのメールの往復に「まち歩き」を半年間のイベントにするという前代未聞の企画への挑戦に確信ととまどいの交錯する様子がよく表われている。私はこの部分を読みながら、市民はもともと昔から「祭」がそうであるように市民プロデューサーを中心にイベントをやってきたことに気づかされた。私事だが長崎くんちの始まる1週間前の夕暮れ後、市内の神社の境内でくんちの練習をやっている場面に出くわし、鯨の山車を繰り返しやりまわす人たちの熱心な姿に見入った経験がある。伝統的な祭では本来、市民プロデューサーが活躍してきたのだ。そのような発見が、まさにメール交信に原初体験としていくつも現われ、息をもつかせないやり取りとなっている。

本番の2年前の「第1次実施計画公式発表」に至るまでの短期間ではあるが極めて緊迫した日々の中での市長、事務局、総合プロデューサーの著者、市民プロデューサー、そして市の実業界や市会議員たちとの合意形成への過程には強烈なドラマを感じずにはおれない。「市民主体」の「まち歩き」の「博覧会」という不退転の大方針がこの時点で決定する。「長崎さるく」が「長崎さるく博」となる伊藤市長(当時)決定も印象的だ。

総合プロデューサーの仕事は綿密な全体事業設計を作成するとともに、現場監督でもある。「長崎さるく」の主役となる400人余の「さるくガイド」への指導はまち歩きボランティアガイドにとっての基本が含まれており、実際に役に立つページだ。「さるくガイド」自身の語る言葉もふんだんに取り入れられ、興味深い。
さらに、本番が始まってからは総合プロデューサーには集客という重圧がのしかかる。販売面でのインターネットの効果や旅行会社の役割などにも触れ、実用的な指針にもなる。
閉塞感ただよう現代日本社会において、「長崎さるく博2006」を大成功に導いた市民の顔はいかに輝いていることであろうか。「長崎さるく博」は新しい時代に生まれた市民イベントであり、観光イベントであり、まちづくりイベントである。まち歩きは観光を変えただけでなく、イベントを変え、市民を変えた。そのような意味で、本書は観光・イベント・市民の革命の書である。

(大阪観光大学観光学部教授/尾家建生)

担当編集者より

昨年、都市環境デザイン会議関西ブロックのフォーラムで、都市観光を取り上げる事になった。基調講演をどなたに頼むかで、春から夏にかけて皆で大いに悩んだのだが、ある日、長崎さるく博の茶谷さんの話が面白いとの紹介がメンバーからあり、それは良いということで一気に決まった。長崎さるく博の評判は聞いていたが、その中心人物が関西にいるとは知らなかったのだ。

すぐに講演依頼を進めると同時に、ブログを読ませていただいて感心した私は別途ご執筆をお願いした。都市計画や建築系のまちづくりの人達が、観光との距離を測りかねているときに、とても軽快で、しかも本質をズバッと指摘する茶谷さんの文章は、刺激的で、かつ元気を分けてくれる。

特に目から鱗だったのが「観光の内需と外需」の話。長崎市民が長崎市内で消費する、例えば市民が「まち歩き」をして、飲食をし、バスや電車に乗り、買い物をすれば、大きな内需が発生する。一方、東京の人が長崎に来てくれて歩いてくれるのは嬉しいけれど、交通機関の切符を手配し、ホテルを予約し、旅行準備の衣服を買うのは、居住地=東京で行う消費行動で、長崎観光に関わるお金の大きな部分が東京で消費される。

やっぱり、地域内経済循環というのか、地域に地域の人がお金をおとし、地域のお店や人を育てることが大事なのではないだろうか。

(Ma)