シェアをデザインする
内容紹介
場所・もの・情報の「共有」で何が変わり、生まれるのか。最前線の起業家やクリエイターが、シェアオフィス、ファブ・ラボ、SNS 活用等、実践を語る。新しいビジネスやイノベーションの条件は、自由な個人がつながり、変化を拒まず、予測できない状況を許容すること。ポスト大量生産&消費時代の柔軟な社会が見えてくる。
体 裁 四六・248頁・定価 本体2200円+税
ISBN 978-4-7615-2564-4
発行日 2013/12/15
装 丁 UMA/design farm
プロローグ なぜ、今シェアか?──成瀬友梨、猪熊純
1章 コミュニケーションのシェア
1 どのように働き、暮らしたいのか──萩原修
2 「私」が社会にシェアされる──安藤美冬
3 シェアハウスが問いかけていること──島原万丈
ディスカッション1 誰と、何を、何のためにシェアするのか──コメンテータ 馬場正尊
〔コラム〕ロンドンのコワーキングスペース
2章 シェアのビジネス
1 持続可能な不動産活用──関口正人
2 場の発明、場のファシリテーション──中村真広
3 集合体が生む新しい価値──田中陽明
ディスカッション2 余白と隙間を活かす、シェアのビジネス──コメンテータ 三浦展
〔コラム〕マレーシアのコーヒーショップ
3章 クリエイティビティのシェア
1 自由文化(フリーカルチャー)が創造的な社会をつくる──ドミニク・チェン
2 作品をシェアすることで生まれるもの──布山陽介
3 インターネット革命〝後〟をデザインする──林千晶
ディスカッション3 コミュニティの拡張と信頼の形成──コメンテータ 小林弘人
〔コラム〕クリエイティビティのシェア?
4章 社会のバージョンアップ
ディスカッション 馬場正尊×三浦展×ドミニク・チェン×成瀬友梨×猪熊純×門脇耕三
エピローグ シェアが描く未来──門脇耕三
シェアハウス、カーシェアリング、ウィキペディア等、場所・もの・情報をシェアするという考え方には、大量生産・大量消費時代の私有や消費とは明らかに異なる価値観が見て取れる。これらの行為のモチベーションが、コストを抑えることだけにある、と断言することはできない。都心のシェアハウスのなかには、周辺のワンルームと同程度かそれ以上の家賃が設定されているものもある。あるいはカーシェアリング。車を所有するというわずらわしさから解放され、使いたい時だけ使うという合理的な考え方だ。ウィキペディアはどうだろう。自分の情報を差し出すことが、結局は自分にもメリットになる、それを皆がわかっているからこそ、世界中で日々膨大なデータが無償で更新され続けるのではないか。これらの行為の背景には、より合理的に、軽やかに、楽しく、より良い未来を、そんな思いが見え隠れする。
私たちは「シェア」を実現するために、さまざまな分野のプロが、しくみやプラットフォームを精緻に設計=デザインしているところに着目した。ただなんとなくうまくいっているのではない、時に試行錯誤を繰り返しながらも、計算し尽くされた一手が、多くの人に、負担なく、というより積極的に、シェアが生み出すメリットを享受することを実現しているのだ。「シェアをデザインする」ことによって生まれつつある新しい時代の片鱗を、この本を通して皆さんに紹介したいと思う。
私は建築の設計の現場でシェアハウスに出会ってから、「シェア」に、住まいを超えた可能性を感じ、二〇一一年春、東京大学、首都大学東京、明治大学の建築を専門とする若手研究者・学生で「シェア研究会」を立ち上げた。場所の共有の実例収集や現地調査を続けながら、二〇一二年に連続シンポジウム「シェアの未来」を企画した。この本はその成果を近況を加えてまとめたものである。
企画したメンバーは建築分野出身だが、これは建築の専門書ではない。新しい住まい方、働き方、ビジネス、クリエイション、地域づくり等、この一〇年程で変わってきたさまざまな状況を広く捉えることを目指している。だから、これからの社会を構想し、実践していく同世代はもちろん一〇代、二〇代の読者にも是非手に取ってもらいたい。最先端の実践例を知ることで、今何をしていようとも、これからどんな分野に進もうとも、きっと多くのヒントが得られるだろう。あるいは、行政や大きな組織で働く皆さんに読んでいただけたら、と思っている。本書の中にも登場するが、領域を超えた新しい試みには、往々にしてさまざまな規制や慣習が邪魔をする。この本が、その壁を越える助けになることができれば嬉しく思う。この新しい状況をできるだけたくさんの方に知ってもらうことも、この本の大きなミッションのひとつだと考えている。新しい時代を一緒につくり、盛り上げてくれるメンバーを一人でも増やしたい。編集しながら、そんな思いを強くした。
私たちが感じた時代の空気を詰め込んだこの本から、シェアがつくる新しい社会、その未来を、皆さんに見つけてもらえたら幸いである。
二〇一三年一一月 成瀬友梨
「君はシェアハウスに住んだことがあるの?」と質問されることがある。実は、シェアハウスどころか、コワーキングスペースに入居したこともない。家族をもち、事務所がそれなりのサイズになったこともあるが、もし今一人だったとしても、私はシェアハウスに住んだかどうかはわからない。どちらかと言うと、シェアがつくり出すしくみとしての面白さを掘り下げ、社会の本質を考えることに関心があった。
でも、この少し距離を置く感覚は大切だと思う。積極的に新しい状況に踏み込むことも素晴らしいが、必ずしも実践者ではない多くの普通の人がそれに共感できることも、社会が幸せに持続するためには大切だ。だからこそ私たちは、誰もが自然に楽しく関わって行けるシェアを「デザインする」ことを考え続けている。
出版に先立ち、快く登壇を引き受け、毎回立ち見の出るほどの熱気溢れるシンポジウムを共につくり上げて下さったゲストの皆さんに、改めてお礼申し上げたい。調査や研究に協力してくれた研究会メンバー、この本をとりまとめていただいた学芸出版社の井口夏実さんにも、記して感謝したい。
先日、国土交通省がシェアハウスに対する法的な位置づけを明確化する通知を出した。劣悪なものを取り締まるためではあろうが、一方で良識ある設計・運営をしているものに対しては、実状に合っていないという指摘も出始めている。シェアを取り巻く状況は刻一刻と変化している。こうした黎明期に、皆が主体的に関わりつづけることが、きっと自分たちの幸せな未来をつくるのだと信じている。
二〇一三年一一月 猪熊純
評:兼松佳宏(greenz.jp編集長)
よく考えたら“share”とは不思議な単語だ。辞書によれば、「〈…を〉分ける,分配する」と「〈ものを〉共有する; 〈意見・苦楽などを〉共にする」、微妙にニュアンスが違う(ように僕は感じる)二つの意味を持つ。
前者では、正当な分け前はあくまで“わたしのもの”であるが、後者では、“みんなのもの”であるという。ここでは「“所有”(私有とか共有)とは何か?」「わたし(たち)は何を持っているのか?」というセンシティブな問いが隠されていて、だからこそこれだけ多くの人が、“share”という言葉に引っかかるのかもしれない。
起業家やデザイナー、アーティストから社会学者まで12名ものレクチャーとトークセッションをひとまとめした『シェアをデザインする』には、そんな多様な“share観”を垣間見ることができる。
「チャレンジをしながら生活や身を守るための方法がシェアなのではないか」(p.63 馬場正尊さん)
「目的なくシェアしていく世界を考えています」(p.73 島原万丈さん)
「シェアには、経済的な合理性ばかりではなく、何か自分がよいことができている感覚、共感消費を呼び起こす部分があるのではないか」(p.88 関口正人さん)
「地域ごとの最適解を考えていくための仕組みを、どのようにつくっていくのか。そのためのひとつの仕組みであり、やり方が、シェアなのかなと」(p.137 三浦展さん)
「『想像しきれないことまでは書き切らないけれど、この目的のためにお互いを信じ合いましょう』というのが合意書です。そうでなければシェアもできない。」(p.181 林千晶さん)
「富を誰かが独占せず、皆でバランス良くシェアしようとする発想は、公共性と近いものがあるような気がしています。」(p.229 馬場正尊さん)
全体的に、縮小に向かうマクロな社会背景とインターネット的な“コモンズ”の文化、市民が主体となって公共的なサービスをつくる“ソーシャルデザイン”といった近ごろの話題と重なるところも多く、私有と共有、オープンとクローズの境界線を自問したり、対話したりするための格好の材料になると思う。
ただ、共感する内容も多かった反面、違和感や物足りない感があったのも正直なところだ。そのモヤモヤこそ読書の贈り物(機会に感謝!)だとすれば、ここでは敢えてそのことについて少し触れてみたいと思う。それは“share”のもうひとつの大切な意味、「(一人の人が持つ)役割;参加、貢献」という文脈だ。
ペイ・フォワードの仕組みで運営されているレストラン「カルマキッチン」などの具体的なプロジェクトを通じて、優しさの表現としての贈り物が循環する「ギフト経済」を提唱するニップン・メータさんは、いまの社会に必要な4つの“あり方”のシフトをこう定義している。
- 消費から貢献へ
- 取引から信頼へ
- 不足から充足へ
- 孤立からコミュニティへ
詳細はgreenz.jpでの対談記事に譲るが、これらの言葉を聞いた時、シェアも含めた現在進行形のラディカルな変化を的確に捉えているように感じた。
“信頼”というキーワードは本書の後半、「クリエイティビティのシェア」にテーマが移って初めて登場したが、林千晶さんのいう「契約書から合意書へ」という新しい関係の結び方=社会の“あり方”のアップデートこそ、今の時代の気分なのだと思う。
それは結果的に“縁”や“ソーシャルキャピタル”というような、「わたし(たち)が既に持っている」ものを見直す契機となるだろう。
そう考えると、「縮小する社会で、どう“生き抜く”のか?」という類の問いを掲げた時点で、暗に今までどおりの“不足”を前提としてしまっていないだろうか。そうではなく「わたし(たち)は、既に優しさを受け取っている」、つまり“充足”を前提とする社会への根本的なシフトこそ、シェアの広がりから紐解くべき議論の入り口なのではないだろうか。
その変化は決して大それたものではなく、「自分自身が世界を眺める眼差しを変えてみることで誰にでも訪れる」とニップンさんは言う。彼の活動がユニークなのは、個人の性格に関係なく誰でも優しさの循環に参加できるよう状況を整えているところだ。つまり、ギフト経済はデザインできる。
だからこそ「シェアをデザインする」というのなら、ハードやソフトだけでなく、もっと奥深い“シェアするあり方”についても解像度を高めてゆきたい。消費から貢献へ。不足から充足へ。その軸足を移すための橋渡しが、“シェア的なもの”の本質なのだと思うのです。
担当編集者より
こんなに掴みどころのないアイデアって無いなと、悩む場面が多く、編集の難しい本だった。タイトルも装丁も、編者の皆さん、デザイナーの原田さんにやたらとぎりぎりまで相談してようやく出来上がった本だ。
一方で、ロフトワークの林千晶さんに言われた「何が起こるかわからない場所をつくりたい」という言葉にワクワクしたし、実際に訪れたfabcafeは本当にそういう場所で驚いた。
アイデアと信頼を共有してとにかく前に進む、そういう推進力がシェアする姿勢にはありそうだ。私自身もその体現者でありたいなと思う。
(井口)