PUBLIC DESIGN 新しい公共空間のつくりかた
内容紹介
パブリックスペースを変革する、地域経営、教育、プロジェクトデザイン、金融、シェア、政治の実践者6人に馬場正尊がインタビュー。マネジメント/オペレーション/プロモーション/コンセンサス/プランニング/マネタイズから見えた、新しい資本主義が向かう所有と共有の間、それを形にするパブリックデザインの方法論。
体 裁 四六・224頁・定価 本体1800円+税
ISBN 978-4-7615-1348-1
発行日 2015/04/15
装 丁 ASYL
新しいパブリックをデザインするために。 馬場正尊
この本の読み方
公共空間から考える新しい社会システム
パブリックスペースを動かす新しいアプリケーション
新しい資本主義のかたち
Chapter 01 行政に頼らず、まちを経営する 木下斉
従来の商店街から逸脱した早稲田商店会
企画立案者がプロジェクトを主導するのが常識だった
商店街ネットワークの猛烈な失敗から学んだこと
必要なものは自分でつくる社会
不動産オーナーが立ち上がり投資するまちの再生事業
まちづくりとはマネジメントである
完全民間型まちづくり会社、熊本城東マネジメント株式会社
日本に必要なまちづくり会社とは金融機能を持った事業会社
効率的な公共のあり方を民間が追求する
組織は小さく、決定はシンプルに
制度でなく、事業で解決する
実践から生まれる体系化
Chapter 02 子どももまちも豊かにする保育園 松本理寿輝
子どもの見方が変わった出会い
保育園の現状に頭でっかちな疑問を抱く
レッジョ・エミリアとの出会い
社会を知るための就職、経営を学ぶための起業
偶然か、必然か、出会いでプロジェクトが動きだす
いかに安心安全に保育園をまちに開くか
なぜ保育園に新規参入できないのか
少しずつ事例をつくって、状況を変えていきたい
境界を取り払い、コミットできるしくみをつくる
地域の人たちの日常とつながる仕掛け
新しい社会モデルを自然体でつくれる世代
Chapter 03 新しい関係性をつくるプロジェクトデザイン 古田秘馬
パブリックデザインとは、共通価値をつくること
共通の価値の生みだし方
身近な関係を変えることから革命は始まる
新しい関係性を生みだすOSになる
コミュニティという細分化されたパブリック
複合的な思考で組み立てる
「プロジェクトデザイナー」という仕事
Chapter 04 気持ちを投資する21世紀の資本主義 小松真実
音楽の世界から金融の世界へ
50万円で起業
音楽の目利き力をファンドづくりに活かす
インディペンデントなものづくりを支えたい
生産者と消費者の新しい関係をつくる
本気の人のファンドしかつくらない
半分寄付、半分投資という被災地支援
なぜ銀行にできない支援ができるのか
ファンドという新しい社会参画のしくみ
Chapter 05 自由に形を変えるクリエイティブファーム 田中陽明
クリエイターをサポートするしくみをつくりたい
co-labはどのように始まったのか
六本木のコミューン時代
フォーマット化された三番町時代
提携企業によって変わるコラボレーションの形
なぜ、企業はco-labと組むのか
ファシリテーションとディレクション
co-labというコミュニティ
パブリック化されたプラットフォームのつくり方
スイミーみたいに社会と並走したい
Chapter 06 行政は最大のサービス産業である 樋渡啓祐
多様な人々の中にいる快感
利用者にとって快適な空間をイメージする
居心地のよい空間とは
コミットできるチームづくり
結果が美しいものは、プロセスも美しい
スピードが大事
ゴールは広くとり、決して後戻りはしない
小さな部分の積み重ねで全体を変えていく
行政こそ最大のサービス産業
おわりに
新しいパブリックをデザインするために。
この本の読み方
この本は公共空間、そして公共という概念自体を改革する方法を探すために書かれている。すなわち、それは新しいパブリックをデザインすることだ。ここでいうデザインとは形のあるものばかりではない。新しいパブリックを構成していくためのマネジメントやシステムも含まれる。
パブリックデザインの具体的な方法論を探すため、6人の実践者たちにインタビューをし、パブリックスペースやプロジェクトを実際につくりあげていくプロセスを学ぼうとした。
さらにそれをできるだけ構造化しようと試みた。本文の所々に出てくるダイアグラムがそれを示している。またインタビューの中で特に重要だと思うフレーズを太字で強調した。その部分を追いかけるだけでも、メッセージのポイントをつかむことができるはずだ。
まずインタビューの中から浮かび上がってきた、これからの時代に必要なパブリックデザインの六つのキーワードを抽出してみる。
- マネジメント/経営
- オペレーション/運営
- コンセンサス/合意形成
- プランニング/企画設計
- マネタイズ/収益化
- プロモーション/情報発信
彼らがつくりあげた新しいパブリックスペースはこれらの要素を横断的に結びつけている。そして強固に繋ぎとめる求心力が明快なコンセプトだった。
次に示すキーワードのダイアグラムを頭の片隅に置きながら読み進めることで、パブリックデザインの全体像が見渡しやすくなるはずだ。
公共空間から考える新しい社会システム
この本を書こうと思った理由
2013年に『RePUBLIC 公共空間のリノベーション』という本を書いた。その本では規制緩和や社会実験など、さまざまな方法で再生された公共空間の事例や可能かもしれないアイデアを提示し、市民から離れていこうとする公共空間のあり方を問い直そうとした。
幸いなことに、多くの人が興味を持ってこの本を受け入れてくれた。特に当事者である行政の方々から、問題意識を共有しているという声を数多く聞いた。民間企業やNPOなどの組織の方々からも新しい公共空間への関わり方のヒントとして捉えてもらった。
具体的に公共空間に関わり、その変化にコミットしようとするとき、次々に新しい課題や壁とぶつかる。より具体的に公共空間についての新しい知識が欲しくなったことが、この本をつくるきっかけだ。
小さな行政と大きな市民力
僕は基本的に小さな政府、小さな行政に賛成である。現在の財政状況から考えて、今後行政の業務は民間に委ねていくしかない。それは予算面から見ても明らかだ。
端的な数字を紹介すると、たとえば、2014年の日本の歳入に占める税収は54兆円。それに対し国家予算は95兆円。実に41兆円を国債という借金に頼っているのだ。人口減少が進むなか、税収が画期的に増える見込みはない。一方、高齢者が増え、社会に求められる課題は多様化し、サービスの量も質も向上しなければならなくなる。この矛盾を解消するには行政の仕事をコンパクトにし、今まで公共が担っていた部分の一部を民間、企業やNPOなどの市民団体に委ねていくしかない。パブリックデザインとはそのプロセスのデザインでもある。
適度に儲かる公共空間
もしかすると、今までの公共空間を巡る最大の呪縛は、そこで営業利益をあげることに対し抵抗が大きいことだったのかもしれない。確かに公金で整備されているので、それを使って民間企業が過大な収益をあげるのは構造的に間違っている。しかし人口も税収も減少していく多くの自治体において、今後過去に整備した公共空間の維持管理は財政的にも人的にも大きな負担になってゆく。それはもう待ったなしの状況だ。
その公共空間の維持管理を民間企業や組織に委ね、そこからあがる収益の一部を維持に再投資する。運営する側にある程度の活用の自由を与えることで参入の機会を増やしていくべきだろう。
顕在化しない余った公共空間
しかし現在、日本中の自治体自らがどれぐらいの公共空間を所有し、ランニングコストにどれぐらいの負担が生じているか正確につかんでいるわけではない。一部の先進的な自治体で公共施設白書としてその調査が進んでいるが、それが全国に波及するにはまだ時間がかかるだろう。
さらに公共空間の民間への賃貸、売却、運営委託などにはかなり煩雑な手続きや住民への説明責任などが問われるため、よほどの覚悟がない限り、そこに踏み込む行政マンは少ない。さまざまな自治体の担当者と会話をするなかで、その状況が伝わってきた。そうした余った公共空間がよりシンプルに社会に流通し、民間の資本やアイデアや人材が向かうしくみをつくらなければいけない。
積み重なり硬直した制度を溶かす
当たり前ではあるが、法律や制度は性悪説で成り立っている。最低限のやってはならないことを規定することで自由と安全を担保するのが法律だ。人口が急激に増える社会の中で秩序を守るために日本はたくさんの制度をつくってきた。それは成熟した社会への一つの段階であったことは間違いない。しかしいつの間にかそれは堆積し、複雑で重たいものになってしまった。僕らは自らがつくってきた秩序に過剰に縛られている。
公共空間はそれが最も顕著に表われる場所だ。管理を司る行政機関は安全や秩序を保つために過剰な防衛をしなければならなくなった。社会は曖昧さを許容する冗長性を失い、市民も管理に厳格さを求めるようになってしまった。日本ではこれまで市民が公共空間の管理や運営にコミットしていなかったことに原因があるのかもしれない。
公共空間の管理はシステム化され、行政やそこから委託を受けた企業が行うものだと、僕らは思い込んではいなかっただろうか。実際、そこは「パブリック」なものなのだから、市民が管理に参加しなければならないはずなのだ。
行政や管理者も、完全に自分たちの管轄下に置かなければならないという強迫観念にとらわれてきたのではないか。
こうして管理体制が整いすぎてしまったために、日本中の公共空間で行政も市民もお互いに介入することが難しい構造になっている。僕らがやらなければいけないことは、その硬直した関係性を柔軟にし、秩序のある自由を獲得することだ。
社会を動かす新しいOS
公共空間の硬直は、今の社会の硬直を象徴しているのではないだろうか。閉鎖的な状況下にある公共空間のOSを開放する時期にきている。パブリックスペースについて考えることは、社会を動かす新しいOSについて考えることにつながっている。まだその姿ははっきりしないけれど、あたかもアップルのiOSが公開されたことによって、一個人から企業までが競うように、自由闊達にアプリケーションを投稿し、社会の共有資産になっていった状況に近い。現在、さまざまな場所でその試行錯誤は始まっている。
この本をつくるなかで探し求めたのは、まさにそのアプリケーションではなかっただろうか。
パブリックスペースを動かす新しいアプリケーション
6人の実践者たち
今回、この本でインタビューを行うことにした6人は、空間の主体者であり運営者である。必ずしもリアルな空間ばかりではない。それはプロジェクトであったり、物事を動かすためのシステムである場合もある。共通しているのは、新しいパブリックの概念を具体的な形で提示し、それがしっかり稼働しているというところだ。リアリティを特に重視した。
ここで、6人のプロフィールを簡単に述べておく。
木下斉は、経営とマネジメントの手法を用いて民間の力によるまちの再生方法を提示する。
松本理寿輝は、ゼロから新しい保育園をつくった。まちの保育園と名づけられたその場所は、保育園とまちの間にパン屋&カフェが挟まったユニークな空間だ。
古田秘馬は、丸の内朝大学、六本木農園など今まではおよそ結びつかなかったモノやコトを出会わせることにより、新しい価値や時間、コミュニケーションを生みだす「プロジェクトデザイン」という職能を切りひらいた。
小松真実は、小さなロットから音楽CDをリリースできるしくみをつくり、それが地域の再生、被災地の復興などに拡張している。個人が投資という形でプロジェクトにコミットする金融システムをつくった。
田中陽明は、co-labというクリエイターたちのコラボレーションの実験場をつくり、現在東京の6カ所に展開され、企業とのものづくりやまちづくりに関わるプラットフォームに育っている。
樋渡啓祐は、武雄市図書館の運営を指定管理者制度によってCCC(カルチュア・コンビニエンス・クラブ株式会社)に委ねた。TSUTAYAやスターバックス・コーヒーが地方都市の図書館に出現し、大人気となっている。
甘い夢を見ないリアリストによる行動
彼らに共通しているのは、決して夢想家ではないこと。徹底的な現実主義者/リアリストであるということだ。無責任な夢は見ない。現実に立脚した発想を起点に、決して派手ではなく地道に人々を巻き込みながらプロジェクトを前に進める。ゴールのイメージを大らかに持ってそれに向かって多彩な手段を繰り出す。壁にぶち当たっても迂回しながら新しい道を発見する。したたかで粘り強い。それらが彼らに共通した態度だ。
自分が欲するものから率直に始める
さらに彼らに共通しているのは、まず小さく確実で、自分の手の届く範囲から始めているということだ。その後大きくなるプロジェクトだったとしても、最初は個人の小さな発想と行動から始まり、だからこそ、そこには強い世界観が宿る。
次に、個人の願望やニーズを素直に叶えることから始まっているということだ。田中陽明は自分が欲しかったクリエイターの集まる場を自らつくることからスタートし、ミュージシャンだった小松真実はインディペンデントのCDをリリースするための方法論としてファンド運営会社を始めている。市長として図書館を改革した樋渡啓祐でさえ、自分が使いたいと考える図書館をイメージすることから始めている。画期的な空間やシステムは決して抽象的なものではなく、ありそうでなかったものを素直につくることから始まっている。僕らは自分が欲している空間やサービスに対して、いったん既成の常識を離れ、率直になることから始めるべきなのかもしれない。
そして共通感覚や共通価値を得られやすいイメージを描くことで、そこに多くの人間たちがコミットしたくなる。それによって開放系のプロジェクトが立ち上がり、パブリックスペースが形になる。その場の主役はコミットする利用者であり、立ち上げた彼らはサポートする役回りだ。
現状の枠組みの上に小さな変革を起こす
インタビューをした6人の誰一人として現代の社会システムを完全に否定している者はいなかった。培われた枠組みの中で自分たちのフィールドを模索し、その硬直した状況に現実的な行動と発想を注入し、新しい変化を起こそうとしている。僕はそのスタンスに共感する。
樋渡啓祐は「人は自分の想像外のことには拒否反応を起こす」と言っていたが、新しい社会システムは実際の空間や風景で見せることで初めて理解されるのかもしれない。まず小さなピースによってそれを現前化し、イメージとして共有することで次の現実を引き寄せ、参加者を導く。
新しい資本主義のかたち
この本に登場する6人がつくった空間や方法論を見ていると、そこに新しい資本主義の姿をうっすらと感じることができる。今の社会システムを否定するわけではなく、それに乗っかりながらしたたかに、ポジティブに、プラグマティックに理想を実現していく。
そして彼らは、その方法論が社会全体で共有されればいいと思っている。他者との差別化やオリジナリティよりも、一般性、汎用性を重視している。マーケットシェア重視の1人勝ちの利益よりも、自分のやるべき領域を明確にし、そのクオリティを高めることに重心を置く。結果だけではなく、プロセスや他者との関わり、プロジェクトが成り立つ物語にこだわっている。それは今までの資本主義の概念を踏襲しつつも、競争原理とは違う何かが働く資本主義だ。
新しい資本主義がつくる所有と共有の間。そこに僕らのつくるべき世界がある。
馬場正尊
おそらく僕たちは大きな社会システムが変換する、その入口に立っていると、この本をつくりながら考えた。
今までの常識とは少し違う方法で、しかし着実に新しいタイプのパブリックスペースをつくり、運営し、継続しているケーススタディを探した。結果、浮かび上がってきたのがこの6人だった。その名前とプロフィールを並べてみてあることに気がついた。全員が僕より年下だったのだ。取材当時、最年少の木下斉が32歳、最年長の樋渡啓祐でも45歳だった。なんとなく自分が旧体制の人間で、彼らがそれを変えてゆく改革者のような気がして、正直少し戸惑った。話を聞きながら、僕は彼らの活動を方法論として捉え直す翻訳者の役割を負っているような気がした。
6人を年齢の若い順に並べてみると、興味深いことに気がつく。若いほど社会システムやマネジメントに対しての感受性が強く、40代はまだリアルな空間に拠って立っている。それはただの偶然かもしれない。でもそこに何らかのメッセージを感じた。だからそれをそのまま収録の順番とした。
僕は彼らの方法論に新しい資本主義の姿をうっすらと感じることができた。ぼんやりとしたイメージでまだはっきりとした姿が見えているわけではないけれど、彼らから新しい社会を動かすしくみを感じることもできた。
最後に、多忙ななかインタビューに快く応じてくれた6人の実践者の皆さん。どの取材もとても印象的で、忘れることのできない時間でした。インパクトのあるグラフィックデザインをしてくれたのは今回もASYLの佐藤直樹さんと中澤耕平さん。的確なアドバイスをくれながらとりまとめてくれた学芸出版社の編集者、宮本裕美さん。設計などの本業の合間を縫って取材から構成まで一貫して支えてくれたOpen Aの塩津友理さん。皆さんの協力なくしてこの本は存在しませんでした。とても感謝しています。ありがとうございます。
2015年2月 馬場正尊
「東北のまちづくりと、新しい公共空間のつくりかた」(終了しました)
馬場正尊×西田司/2015.4.18@仙台
「新しいパブリックをどうつくるか」(終了しました)
馬場正尊×藤村龍至/2015.4.21@東京
「新しい資本主義とパブリックスペース」(終了しました)
馬場正尊×小野裕之/2015.5.12@大阪
「福岡の新しいパブリックスペースをつくるラウンドトーク」(終了しました)
馬場正尊×後藤太一×本田雄一/2015.5.29@福岡
馬場正尊×藤村龍至
「パブリックをどう動かすか」
馬場正尊×小野裕之
「資本主義の先には、どんな未来があるんだろう? Open A代表・馬場正尊さんが、グリーンズ・小野裕之と考える、次の社会のつくりかた