地方都市圏の交通とまちづくり
内容紹介
具体事例と実践で解説する総合的な交通政策
現在の過度なクルマ依存社会は、環境・社会・経済において様々な功罪をもたらしている。本書では、モビリティ・マネジメント、福祉交通、公共交通やバス再生の取り組み、総合的な交通まちづくり戦略の策定など、多様な事例と実践を紹介しながら、人と環境にやさしい持続可能な都市圏を目指した、総合的な交通政策を検証する。
体 裁 A5・240頁・定価 本体2500円+税
ISBN 978-4-7615-2457-9
発行日 2009-04-30
装 丁 KOTO DESIGN Inc.
1章 地方都市圏の交通システムの現状と課題
1・1 都市の拡散と私的自動車依存、公共交通衰退の同時進行
1・2 持続可能な発展と交通システム
2章 交通システムと都市圏の持続可能性(1)─環境面から
2・1 地球の気候変動
2・2 気候変動と交通システム
2・3 環境にやさしい交通システムづくりに向けて
3章 交通システムと都市圏の持続可能性(2)─社会面から
3・1 交通システムと生活の質
3・2 自動車依存型のまちづくりと安全性
3・3 自動車依存型のまちづくりとコミュニティの分断、景観の破壊
3・4 大気汚染物質の発生源としての自動車
3・5 自動車依存型まちづくりと健康
4章 交通システムと都市圏の持続可能性(3)─経済面から
4・1 わが国の道路投資額の推移
4・2 国と地方の長期債務残高と道路投資
4・3 わが国の道路整備水準
4・4 都市の拡散と財政コスト
4・5 自動車依存と中心市街地の衰退
4・6 自動車依存型都市圏と空間の浪費
4・7 資源高騰下のエネルギー効率と交通システム:国・地域の経済競争力の観点から
5章 都市構造の転換─拡散型都市からコンパクトシティへ
5・1 環境・社会・経済面の諸課題とコンパクトシティ化
5・2 コンパクトシティの特性
5・3 海外のコンパクトシティ政策
5・4 わが国のコンパクトシティ政策
5・5 コンパクトシティ化に向けて
6章 需要追随型交通システム整備からの脱却
6・1 都市道路ネットワーク構成の理想像:ブキャナンシステム
6・2 TDM(交通需要マネジメント)
6・3 道路を歩行者・住民の手に取り戻す:交通静穏化(Traffic Calming)
6・4 トラフィックゾーンシステム
6・5 ロードプライシング
6・6 カーシェアリング
7章 社会的価値を重視した交通システムの整備・運営
7・1 厳しさを増すわが国の公共交通経営
7・2 公共交通の社会的価値
7・3 公共交通の社会的価値と独立採算原則:日本と欧米の考え方の違い
7・4 社会的価値に応じた財源再配分の必要性
7・5 社会的費用便益分析の実施と地域住民参画型交通まちづくり
7・6 外部経済・不経済の内部化による交通システム整備・運営
7・7 公的資金投入の仕組みづくり
7・8 社会的価値を分かりやすくかつ徹底的に伝える努力
8章 一人ひとりの意識と行動の転換を促す─モビリティ・マネジメント
8・1 モビリティ・マネジメントとは
8・2 職場(事業所)を対象としたMM:和歌山都市圏の事例
8・3 地域住民対象のMM
8・4 学校におけるMM
9章 高齢社会の到来と福祉の交通まちづくり
9・1 福祉の交通まちづくりの必要性
9・2 ユニバーサルデザインの考え方を採り入れたバリアフリー
9・3 わが国の交通施設を中心としたバリアフリー化の現状
9・4 バリアフリー新法と福祉の交通まちづくり
9・5 和歌山市六十谷駅周辺バリアフリー基本構想
9・6 スペシャル・トランスポート・サービスと福祉の交通まちづくり
10章 地方都市圏の公共交通幹線と交通まちづくり
10・1 都市の多様な交通手段と適材適所的活用
10・2 鉄軌道の一般的な特性
10・3 持続可能な地方都市圏づくりと中量輸送システムの役割
10・4 LRTと地方都市圏のまちづくり
10・5 LRTを軸とした地方都市圏の交通まちづくり:ストラスブールの事例
10・6 わが国の地方都市圏の交通まちづくりとLRT
10・7 BRTと地方都市圏の交通まちづくり
11章 地方都市圏におけるバスの再生と交通まちづくり
11・1 バスシステムの特性と利用状況
11・2 バスの需給調整撤廃と補助制度の変容
11・3 都市のバスシステムの再生方策
12章 地方都市圏における総合的な交通まちづくり戦略の策定
12・1 これまでの議論を振り返って
12・2 総合的な交通まちづくり戦略策定の必要性
12・3 総合的な交通まちづくり戦略策定の具体例:英国の地域交通計画
12・4 わが国の地方都市圏における総合的な交通まちづくり戦略の策定
12・5 総合的な交通まちづくり戦略策定への期待
読者の多くは、日本の地方都市圏に住むか、訪れたことがあるだろう。札幌・仙台・広島・福岡(総称して札仙広福)を中心とする地方中枢都市圏をはじめ、青森、富山、和歌山など人口数十万人規模の都市を中心とする都市圏や、三重県の伊賀や名張、和歌山県の田辺といった小都市を中心とする都市圏など、わが国には独自の歴史や文化を有する地方都市圏が天の川のごとくきらめいている。
そんなわが国の地方都市圏の多くが今、共通の「生活習慣病」を抱えている。私たち人間が、偏った食生活や運動不足の積み重ねによって重篤な生活習慣病に至るのと同じように、都市圏もまた、自動車への過度な依存に起因する「やまい」を患っている。「二酸化炭素の大量排出と地球温暖化」「交通事故の多発」「生活公共交通手段の空白化」「中心市街地の衰退」等は具体的症状の一例である。
本書の狙いは、自動車依存シンドロームとでも言うべき「やまい」に冒された地方都市圏を、健全な、すなわち持続可能な都市圏へと転換するための処方箋を、交通政策や交通計画の面から提示することにある。本書の題目を「地方都市圏の交通とまちづくり―持続可能な社会をめざして」としたのは、この狙いを示すためである。本書では、人口十数万~百万人規模の地方都市圏における交通まちづくりについて、理論・実務の両面から論じてゆく。
まず第1章から4章をしっかり読んで頂きたい。地方都市圏では自動車利用を前提としたまちづくりが既にかなりの程度まで進められてきており、そこからの転換は決して容易なことではない。また、少子高齢化や厳しい財政状況の中でもある。このような困難な状況にあるからこそ、まず地方都市圏の交通システムの現状と課題、そして交通システムと環境・社会・経済との関係について、しっかりと理解して頂きたいのである。
第5章から8章では、地方都市圏の交通とまちづくりの発想転換について述べる。第5章では、拡散型のまちづくりからコンパクトなまちづくりへの転換について、そのメリットとデメリットを富山市やドイツのフライブルグの事例等を紹介しながら考えてゆく。第6章では、需要追随型交通システム整備からの脱却を扱う。渋滞への対応策イコール道路整備という時代や、自動車の通行を第一に考えた道路整備の時代は終わった。今後は選択的な交通システム整備に需要管理を組み合わせて実施すべきであり、また人と自動車がおりあう道づくりへの転換も重要である。これらのことについて、欧州やわが国の各地で撮影した写真をふんだんに織り交ぜながら論じてゆく。第7章では、筆者が深く関わってきた貴志川線の再生事例等をもとに、社会的価値を重視した交通システムの整備・運営の重要性や、市民自らが行動を起こすことの大事さについて論ずる。そして第8章では、一人ひとりの意識と行動転換の重要性と、意識転換や行動変容を促す方策としてのモビリティ・マネジメントについて説明する。世界の学校、職場、コミュニティなど様々な場において、この方策が成果を挙げている。「どこに行くにも取りあえずクルマ」というライフスタイルはもう古いし、少々格好が悪い。「環境や健康等のことを考えて、かしこく交通手段を選ぶ」という新しいライフスタイルへと一人ひとりが転換しようではないか。
第9章から11章では、福祉交通、都市圏の公共交通幹線、バスのそれぞれについて、まちづくりとの関連のもとで論ずる。これらの章ではフランスのストラスブール、ドイツのカールスルーエ等の事例や、筆者が関わってきたバリアフリー基本構想の事例、福祉有償運送の事例等を取り上げ、現地で撮影した数多くの写真や図表を使っている。第12章では、本書全体を振り返ったあと、英国ダービーの地域交通計画(LTP)や、和歌山都市圏交通まちづくり基本計画(素案)の事例等を取り上げながら、地方都市圏における総合的な交通まちづくり戦略策定の重要性について述べる。
最後に強調しておきたいのは、本書では「自動車を使うな」とは決して言っていないということである。人間の生活習慣病が、酒の飲み過ぎや、栄養バランスの偏りといったことから生ずるように、自動車に起因する都市圏の「やまい」は使い過ぎ、あるいは重点の置き過ぎから生ずる。つまり、本書のスタンスは「自動車を使わないまちづくり」ではなく、「自動車を適度に使うまちづくり」であることを明確にしておきたい。自動車に過度に依存した地方都市圏から、徒歩・自転車・公共交通と自動車を適切に活用する「かしこい地方都市圏」への転換が大事なのである。この点に留意しながら読み進めて頂きたい。
なお、本書の刊行にあたっては、和歌山大学経済学部から出版助成を受けた。また、英国の地域交通計画に関する部分は、2008年度に財団法人大阪ガスグループ福祉財団より頂いた助成の成果の一端である。記して厚く御礼申し上げる。
筆者のもともとの研究分野は航空・空港に関連する政策分野であるが、和歌山大学に赴任して3年目の2003年秋に、その後の研究生活を左右し、本書執筆へとつながる大きな出来事があった。貴志川線存廃問題の発生である。同僚の河音琢朗先生を通じて貴志川線問題に関するシンポジウムへの登壇を打診され、これも勉強のうちだとお受けしたのが始まりであった。その後、沿線自治体主催のシンポジウムのコーディネートや、社会的費用便益分析の企画・実施といった活動に明け暮れるうちに、研究分野は交通政策全般へと拡がった。
広島大学での学生時代から今日まで、戸田常一先生をはじめとする先生方にはご指導・ご鞭撻を頂戴し、改めて感謝を申し上げたい。ここ数年は、日本交通学会での活動に加えて、土木学会の「土木計画のための態度・行動変容研究小委員会」(藤井聡小委員長)、「生活交通サービス研究小委員会」(喜多秀行小委員長)および「交通まちづくり研究小委員会」(原田昇小委員長)の末席にも加えて頂き、これらの活動で得た知見を「和歌山都市圏交通まちづくり基本計画(素案)」策定プロジェクトや、近鉄伊賀線の再生に関する活動等に活かすことができた。伊賀線は伊賀鉄道として存続し、「伊賀鉄道地域公共交通総合連携計画」のもとで数々の活性化策が展開される予定である。地域公共交通総合連携計画は、「地域公共交通の活性化及び再生に関する法律」に基づくものであり、今後全国での活用が期待されている。
和歌山、伊賀、橋本、田辺など各地で活躍されている市民、交通政策担当者、交通事業者の皆さんにも随分とお世話になった。厚く御礼申し上げる。
本書の出版にあたっては、学芸出版社の前田裕資さんにお世話頂き、章の構成から内容全般に至るまで適切な助言を頂戴した。また、編集は同社の中木保代さんに担当して頂いた。本書は筆者にとって初の単著書であり、前田さんと中木さんには色々とお手数をお掛けした。研究室の西山明美さんには資料整理や図表の清書等で随分お世話になっている。記して深く感謝申し上げる。
最後に、妻、母、テクニシャン、大学院生の4足もの草鞋を履きながら支えてくれた妻和子に改めて感謝する。
2009年3月 辻本 勝久