開放系の建築環境デザイン


末光弘和+末光陽子 / SUEP.+九州大学大学院末光研究室 著

内容紹介

環境技術と建築デザインを結びつける事例集

自然と共生する建築を目指すSUEP.が、環境技術と建築デザインを結びつける32事例を紹介。建物を閉じて性能や数字だけを満たすのではなく、外部とうまく接続する「開放系」の建築環境は実現できないか?風・熱・光から生態系、資源循環まで、環境シミュレーションや詳細図も豊富に掲載した、現代の設計者必見の書。

体 裁 B5変・156頁・定価 本体3200円+税
ISBN 978-4-7615-3280-2
発行日 2022-06-15
装 丁 泉美菜子(PINHOLE)


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はじめに

この本の冒頭に、まず「開放系」とは何かを定義しておきたい。一般的に、開放系とは、外界とエネルギーや物質の交換をする系のことを指す。私たち生物の身体自体がまさにその例であるが、外界からエネルギーを得ながら生きているわけであり、その系を閉じると生きていくことができない、つまり自分自身だけでは成り立たないものである。建築自体、外界をシャットアウトして成り立つものではないため、すべての建築は開放系であるわけである。しかし、その建築を内界と外界を隔てるインターフェイスとして捉えたとき、大きな方向性として外界からのエネルギーを受け入れる媒体として建築を捉えるのか、外界からのエネルギーをシャットアウトする媒体として建築を捉えるのかで、開放系の度合いが変わってくる。

現在の多くの建築環境は、高気密・高断熱と機械制御による空間が主流となっており、これは、建物を外界から遮断することで、室内環境を整え、発電所でつくられたエネルギーをいかに使わずに暮らすのかという思想に基づいている。これを仮に閉鎖系モデルと名付けてみる。地球温暖化防止のため、高い環境性能が求められる時代において、寒冷地を中心にこの閉鎖系モデルの有効性を疑う余地はないが、生活や住文化を重要視してきた建築家として、性能の追求が数値ゲームとなっていることに対する懸念や、何かが欠落している違和感を持っている人は少なくないだろう。そして、世界は広く、画一的な考え方でものを見ることに対して疑問も浮かんでくる。一方で、現在のアジアの国々の人口は、地球上の人口の半分近くになり、経済規模も人口も増大している。このアジアの地域は、蒸暑地域と呼ばれる高温多湿な気候であり、日本も南半分はこの気候に近い。このまま気候変動が続くと50年後には、日本の9割近くはこの温暖地域になると言われている。

ここで問題提起したいのは、果たしてこの閉鎖系モデルだけで本当に地球環境の問題は解決できるのだろうか、ということである。この問題に対して示唆的なのが、南日本や東南アジアの国々で古くから存在する通風や日射遮蔽を重視した建築である。それらは外部に開き、自然エネルギーを受け入れることでいかに豊かに暮らすかという思想に基づいている。これを開放系モデルと名付けてみる。

ここでは、この開放系モデルの建築環境の可能性について考える。断っておくが、開放系モデルとは、非断熱空間を指すのではなく、断熱されていない開放空間が良いという主張をしたいわけではない。断熱/非断熱についてではなく、外部(自然)とつながりながらつくる建築環境のあり方について、考えるものである。地球環境の問題は、多様な気候を持つ地球全体で解決しなければならないため、閉鎖系モデル、開放系モデル両輪を駆使して考えるべきであり、片落ちになっている現状に対して一石を投じたいと思う。ただ、この開放系モデルは、閉鎖系の手法に比べ、パラメータが増え、一気に複雑になる。人が制御できない自然を相手に、不確定要素を前提に受け入れるので、複雑になるのは当然であるが、これらを1つずつテーマに沿って紐解きながら可能性を探っていくことで、少しでも未来の建築のあり方に貢献できればと思っている。

本書では、私たちがSUEP.でこれまで取り組んできた実例の設計手法ごとの紹介に加え、様々な建築家たちによる先進事例の紹介、九州大学末光研究室の学生と行った「プロトタイプリサーチ」、アジアで活躍する建築家へのインタビューから構成されている。紹介する事例全てが、完璧な正解であると言い切れるものではないが、ある部分においてその可能性を追求している建築を選んでいる。この本の中から、自然に開かれた開放系の建築環境デザインについて何かヒントを得ていただければと思う。

2022年5月 末光弘和

01 半屋外をデザインする

事例① 淡路島の住宅
事例② 二重屋根の家
〈先進事例紹介〉アンドラ・マティン自邸(andramatin)
プロトタイプリサーチ01

インタビュー① 西澤俊理×末光弘和:ベトナムの気候と向き合う建築

02 太陽エネルギーを取り込む

事例① 清里のグラスハウス
事例② 山元町立山下第二小学校
事例③ 向日居
〈先進事例紹介〉ARI(micelle ltd. 片田友樹)
プロトタイプリサーチ02

03 地中のエネルギーを利用する

事例 Kokage
〈先進事例紹介〉A-ring(山下保博/アトリエ・天工人+金沢工業大学宮下研究室)
プロトタイプリサーチ03

04 風を受け入れる

事例① 風光舎
事例② 松山の住宅
〈先進事例紹介〉CapitaGreen(伊東豊雄建築設計事務所)
プロトタイプリサーチ04

05 自然光を取り込む

事例① 木籠のオフィス
事例② 光壺の家
〈先進事例紹介〉ROKI Global Innovation Center(小堀哲夫建築設計事務所)
プロトタイプリサーチ05

インタビュー② 小堀哲夫×末光弘和:エンジニアとの協働から生まれる建築デザイン

06 半地下をデザインする

事例① 地中の棲処
事例② Kubomi
〈先進事例紹介〉クローバーハウス(宮本佳明建築設計事務所)
プロトタイプリサーチ06

07 樹木と共存する

事例① 九州芸文館アネックス1 Hammock Gallery
事例② 百佑オフィス
〈先進事例紹介〉Dancing trees, Singing birds(中村拓志&NAP建築設計事務所)
プロトタイプリサーチ07

08 生態系をネットワークする

事例 ミドリノオカテラス
〈先進事例紹介〉Oasia Hotel Downtown(WOHA)
プロトタイプリサーチ08

インタビュー③ WOHA×末光弘和:シンガポールのグリーンシティ政策と環境建築

09 都市を冷やす

事例① レソラ今泉テラス
事例② 葉陰の段床
〈先進事例紹介〉NBF大崎ビル(日建設計)
プロトタイプリサーチ09

10 水の循環と接続する

事例 嬉野市立塩田中学校
〈先進事例紹介〉FACTORY IN THE EARTH(芦澤竜一建築設計事務所)
プロトタイプリサーチ10

11 森林資源循環をデザインする

事例 ソロー茨城
〈先進事例紹介〉飛騨古川 雪またじの屋根(澤秀俊設計環境)
プロトタイプリサーチ11

12 エネルギーをつくる

事例 Looop Resort NASU
〈先進事例紹介〉星のや軽井沢(東 環境・建築研究所+オンサイト計画設計事務所)
プロトタイプリサーチ12

環境シミュレーションツールを使う(清野新)

末光弘和+末光陽子 / SUEP.

東京と福岡を拠点に国内外で活動する建築家ユニット。地球環境をテーマに掲げ、風や熱などのシミュレーション技術を用いて、資源やエネルギー循環に至る自然と建築が共生する新しい時代の環境建築デザインを手がけている。主な受賞に第27回吉岡賞(2011年)、第29回芦原義信賞(2019年)、2018年度グッドデザイン賞金賞など。主な作品に「淡路島の住宅」(2018年、兵庫県)、「九州芸文館アネックス1」(2013年、福岡県)、「ミドリノオカテラス」(2020年、東京都)、「百佑オフィス」(2022年竣工予定、台湾)、「SOLSO FARM OFFICE」(2022年竣工予定、神奈川県)など。

末光 弘和

1976年愛媛県生まれ。1999年東京大学卒業。2001年東京大学大学院修士課程修了。2001~2006年伊東豊雄建築設計事務所。2007年よりSUEP.主宰。2009~2011年横浜国立大学Y-GSA設計助手。2020年より九州大学大学院人間環境学研究院准教授。

末光 陽子

1974年福岡県生まれ。1997年広島大学卒業。1997~2003年佐藤総合計画。2003年にSUEP.を設立。2018~2022年昭和女子大学非常勤講師。現在、SUEP.主宰。

共著:九州大学大学院末光研究室