日本の交通バリアフリー


社団法人土木学会 土木計画学研究委員会 他編

内容紹介

多様な先進事例を図写真でわかりやすく紹介

バリアフリー新法の制定に伴い、円滑に移動できるために改善が必要となる施設等はますます広がっている。本書では、これまでのグッドプラクティスを、多数の図と写真によりビジュアルでわかりやすくまとめた。様々な課題をどう克服し整備を進めたか。基本構想から工事に至るまでを網羅。改善の現場で役立つ、実務者必携の書。

体 裁 B5・176頁・定価 本体3500円+税
ISBN 978-4-7615-3163-8
発行日 2008-03-10
装 丁 KOTO DESIGN Inc.


目次著者紹介はじめに結び

はじめに

第1章 交通バリアフリーの理解

1 基礎的な事項

交通バリアフリーの考え方
ユニバーサルデザインの思想
交通バリアフリーにおけるアプローチ

2 計画・設計にあたり理解しておくべき事項

交通バリアフリーの計画にあたって
交通バリアフリーの設計にあたって

3 評価の視点とグッドプラクティス

交通バリアフリーの価値
評価の視点と考え方
グッドプラクティスにおける評価の視点

第2章 鉄道駅の移動円滑化整備

1 移動円滑化の計画技術

地下ピットが設置できない箇所へのエレベーター設置
柱の多い地下空間へのエレベーター設置
階高不足の地下空間へのエレベーター設置
島式狭小ホームへのエレベーター設置

2 移動経路の連続性確保

駅と駅との乗り換え経路の確保
隣接ビルとの接続と第二のバリアフリールート
自由通路・広場整備と一体となった動線確保
自由通路での動線確保

3 プラットホームの安全対策

可動式ホーム柵を全駅設置
可動式ホーム柵による安全対策の工夫
センサーによる安全管理システム
ホームと車両を結ぶ可動式ステップ
ホームと車両の両面からの段差・隙間解消
ホームからの避難用スロープ設置
地下駅狭小ホームの躯体拡幅による抜本改善

4 駅のアメニティ向上

「人間基準」を貫いた、駅のトータルデザインシステム
エレベーターとトイレのアメニティ向上

第3章 道路の移動円滑化整備

1 歩行者空間の確保

空間の見直しによる歩行空間の確保
わずかな空間も有効に利用
余裕ある空間にもう一工夫

2 歩道構造の改善

歩車道境界部の段差を改善する
横断・縦断勾配を改善する

3 自転車対策

歩行者、自転車、自動車を物理的に分離する
サイン等により歩行者、自転車空間の分離を啓発する
歩行者、自転車の通行空間を充実し、
にぎわいのある道路空間を目指す
歩道上の自転車等の駐車スペースの整備

4 視覚障害者誘導用ブロック

商店街のバリアフリー化
狭い歩道の視覚障がい者誘導用ブロックの整備

5 バス停

バスの正着性を改善する(単路部)
バスの正着性を改善する(ロータリー部)
積雪地でのバスシェルター

第4章 情報・サインと案内の工夫

1 情報・サイン整備

鉄道駅の情報・サイン整備
歩行者案内標識の設置
地下街の情報・サイン整備

2 ユニバーサルな視点によるサイン

一歩進んだ音による誘導―音環境デザイン
カラーユニバーサルデザイン

3 案内の工夫

駅のインフォメーションとコンシェルジェ
まちづくりボランティアによる移動支援
駅ボランティア事業
ボランティアによるバリアフリーマップの作成

第5章 大規模交通結節点におけるトータルデザイン

1 交通結節点の計画

大規模鉄道駅の改良計画
副都心の鉄道ターミナルでの乗り換え利便性確保
LRTとバスのスムーズな乗り換え

2 まちづくりへの展開

路面電車を中心としたバリアフリー化計画
まちの動線と港湾ターミナルの動線融合

第6章 支えあう地域の取り組み

1 参加と継続改善

市民と行政の協働による継続的な取り組み
子どもと考える「心のバリアフリー」
バリアフリーチェックシステム
大規模プロジェクトの参加とチェックのしくみ

2 啓発と体験型学習

交通バリアフリー教室
バリアフリー体験コース

3 地域との連携と人材育成

市民企画によるバリアフリー事業
ユニバーサルデザイン実践リーダー養成講座
リノベーションまちづくりデザイナーの養成

(社)土木学会土木計画学研究委員会 福祉の交通・地域計画小委員会、
(財)災害科学研究所交通まちづくり学研究会 編

●編集担当者・主な執筆者

新田 保次〔にった やすつぐ〕

岡山県生まれ。1975年大阪大学大学院工学研究科土木工学専攻修士課程修了。工学博士。大阪大学大学院工学研究科教授。『参加型・福祉の交通まちづくり』(学芸出版社)、『まちづくりのための交通戦略―パッケージアプローチのすすめ』(学芸出版社)、『新しい自治体の設計3 持続可能な地域社会のデザイン』(有斐閣)

鈴木 義康〔すずき よしやす〕

愛知県生まれ。1991年岐阜大学大学院工学研究科建設工学専攻修士課程修了。技術士(総合技術監理部門、建設部門)。㈱日建設計総合研究所主任研究員。『風土工学への招待』(山海堂)、『参加型・福祉の交通まちづくり』(学芸出版社)

大島 明〔おおしま あきら〕

北海道生まれ。1978年日本大学理工学部交通工学科卒業。技術士(総合技術監理部門、建設部門)。国際航業㈱技術・営業推進本部から(財)日本情報処理開発協会データベース振興センターに出向中。『住民参加のみちづくり』(学芸出版社)、『参加型・福祉の交通まちづくり』(学芸出版社)

北川 博巳〔きたがわ ひろし〕

富山県生まれ。1993年神戸大学大学院工学研究科土木工学専攻修士課程修了。博士(工学)。兵庫県立福祉のまちづくり工学研究所主任研究員兼研究第一課長。『都市交通のユニバーサルデザイン』(学芸出版社)、『参加型・福祉の交通まちづくり』(学芸出版社)

九後 順子〔くご じゅんこ〕

奈良県生まれ。1989年京都大学工学部建築学第二教室卒業。一級建築士、技術士(建設部門)。㈱アーバン・エース都市土木部次長。『バリアフリーの視点から自転車マナーを考える本』((財)千里国際情報事業財団)

石塚 裕子〔いしづか ゆうこ〕

兵庫県生まれ。1993年関西大学土木工学科卒業。技術士(建設部門)。八千代エンジニヤリング㈱大阪支店社会計画部主幹。『参加型・福祉の交通まちづくり』(学芸出版社)

高橋 富美〔たかはし ふみ〕

鳥取県生まれ。1997年大阪府立大学大学院農学研究科農業工学専攻修士課程修了。技術士(建設部門)。㈱建設技術研究所主幹。「継続的な市民参加による交通バリアフリー事業計画の作成―大阪府吹田市」『土木計画学研究・講演集』Vol. 31

猪井 博登〔いのい ひろと〕

大阪府生まれ。2001年大阪大学大学院工学研究科土木工学専攻博士前期課程修了。博士(工学)。大阪大学大学院工学研究科助教。「Capability Approachを考慮したコミュニティバスの効果評価に関する研究」『土木計画学研究・論文集』Vol. 21

1 本書の背景

本書のタイトルは、『理解から実践へ―日本の交通バリアフリー』である。交通バリアフリーについては、詳しくは1章において述べているが、以下のように定義した。

「交通バリアフリーとは、日常生活や社会生活を営む上で必要とされる移動に対する障壁をなくすこと」

そして、設備・施設や制度・しくみ、そして心理・態度など、いわゆる「かたち、しくみ、こころ」の3要素に係る既存状態からの障壁の除去に加え、新たにつくられるものに対しての当初からの障壁の除去において、ユニバーサルデザインの考えでアプローチし、可能な限り実現化を図る必要性を説いた。このことが本書を作成するにあたって貫いた基本姿勢である。

しかし、交通バリアフリーに関する整備の歴史は日が浅く、2000年に施行された「高齢者、身体障害者等の公共交通機関を利用した移動の円滑化の促進に関する法律(いわゆる交通バリアフリー法)」において、一般に普及し始めた。

交通バリアフリー法は、法の名が示すとおり、高齢者・身体障がい者などが公共交通機関を利用して移動する際の利便性および安全性の向上を目的にし、2010年までに5,000人/日以上の旅客施設等のバリフリー化を達成することを基本方針に示している。具体的には以下の取り組みを主な柱とした。

①旅客施設(駅、バスターミナル、旅客船ターミナル、航空旅客ターミナル)や車両等(鉄道車両、バス、旅客船、航空機など)のバリアフリー化
②旅客施設を中心とした一定の地区における市町村が作成する基本構想に基づいた旅客施設、周辺道路、駅前広場、信号機などの一体的バリアフリー化
そして、この目的を達成するため、この法は次に示すしくみを持っていた。
イ.主務大臣(国土交通省、総務省、国家公安委員会)による基本方針の作成
ロ.交通事業者のバリアフリー基準適合義務
ハ.市町村主導によるバリアフリー施策の推進(概ね徒歩圏を対象とした重点整備地区における基本構想の作成、基本構想に基づく事業の実施)
ニ.情報の提供

このなかで従来の交通政策にはない取り組みの特徴として、上記ハに示す市町村が主体となり、ある一定規模の地区を対象に、総合的なバリアフリー化のための構想をつくるという点がある。つまり市町村が主体となった面的な取り組みに最大の特徴があった。

2006年3月末現在の交通バリアフリー法に基づく基本構想の作成状況は、1日あたりの平均的利用者数が5,000人以上の旅客施設を有する市町村においては、524市町村のうち202市町村と約38%であり、半数を下回っている。なお、既に作成に着手している市町村、2007年度中に着手予定の市町村及びその時期は未定だが、作成予定の182市町村を加えると、73%となる。そのなかで、対象市町村を10以上抱える都道府県別にみると、滋賀県、大阪府、岐阜県が7割を超え、精力的に取り組みを行っているといえる。

そして、交通バリアフリー法施行後6年たった2006年、この交通バリアフリー法と「高齢者、身体障害者等が円滑に利用できる特定建築物の建築の促進に関する法律(いわゆるハートビル法)」が統合した、新法「高齢者、障害者等の移動等の円滑化の促進に関する法律(いわゆるバリアフリー新法)」が公布・施行され、新しい時代を迎えた。

交通バリアフリー法と比べて、対象施設の拡大とともに、対象者が、身体障がい者から障がい者となり、障がい者全般に対象が明確化された点、「移動」から「移動等」となり、「利用」の観点が加わった点、基本構想制度に基づく重点整備地区の対象エリアについて旅客施設を含まないエリアまで拡充した点に大きな特色がある。

2 本書のねらい

現代において、交通バリアフリーに関する整備の必要性は対象領域の拡大とともに益々増大している。空間・資源の制約下においても多様な対象者の心身機能を反映した移動状態における種々の機能の達成が十分に図られるような技術の高度化が求められているといえる。

本書は、主に交通バリアフリー法施行後の2000年以降の整備事例を対象に、1章に述べる評価の視点において、「“優れている”と評価できる事例(グッドプラクティス)」を、(社)土木学会土木計画学研究委員会STサービス・交通バリアフリー計画研究小委員会(委員長:秋山哲男、首都大学東京)、および同委員会福祉の交通・地域計画研究小委員会(委員長:新田保次、大阪大学)のもとに構成された、出版ワーキングメンバーが中心となり、多数の行政、企業、道路管理者、交通事業者等からの情報をもとに分析し、抽出したものである。ただ、ボランティアを中心に、法施行前から実施されていたバリアフリーマップの作成などのいくつかの事例についても、グッドプラクティスとして取り上げた。

なお、本書で取り上げた事例は、時間的ならびに情報収集等のいくつかの制約のもとで抽出したものであり、他にもグッドプラクティスに相当する事例は多々存在するものと思われる。

各事例においては、事業の性格によって分類・整理し、2章から6章において、その事業内容を示している。そして各章に含まれる個々の事例においては、その事業が行われるに至った「背景」と「目的」、その事業の「概要」と特徴的な「整備内容」、および「成果と課題」を可能な限り記述するようにした。さらに、実務者が参考にできるような図表や写真などを多数掲載し、基本構想→事業計画→工事に至るまでの有用な資料として、今後の各地の取り組みに活かすことを目的としている。

なお、本書に先立ち、前掲のSTサービス・交通バリアフリー計画研究小委員会が中心になり、交通バリアフリー整備に関する『参加型・福祉の交通まちづくり』(学芸出版社、2005)を出版している。この書は、交通バリアフリー法に規定されている基本構想づくりとその具体化に活用されることを焦点にし、構想、計画、事業実施段階における、当事者、市民、事業者等の参加による取り組みの深化と豊富化に必要な理念、知識、技術について示している。同書はいわば理論編にあたるものであり、本書は実践編ともいえるものである。よって、本書とあわせて、『参加型・福祉の交通まちづくり』を読むことにより、理念的な部分を中心に補足が行われると期待できる。

3 本書の構成

本書は、以下の構成となっている。
1章では、基礎的事項として、交通バリアフリーの考え方、ユニバーサルデザインの思想と交通バリアフリーへの適用について述べ、続いて、計画および設計にあたり理解しておくべき事項、さらに、交通バリアフリーを評価する一般的な視点、ならびに本書においてグッドプラクティスを抽出するにあたり、特に重視した評価視点を記述した。

続いて、事例編をまとめた。2章では、鉄道駅の移動円滑化整備を対象として、エレベーターなどを対象とした移動円滑化の計画技術、移動経路の連続性確保、プラットホームの安全対策、ホームと車両の隙間の改善、駅のアメニティ向上の5つの視点から、グッドプラクティスを取り上げた。

3章では、道路の移動円滑化整備を対象として、歩行空間の確保、歩道構造の改善、自転車対策、視覚障がい者誘導用ブロックの整備、バス停のバリアフリー化の6つの視点から取り上げた。

4章では、情報・サインと案内の工夫を対象として、情報・サイン整備、ユニバーサルな視点によるサイン、案内の工夫の3つの視点から取り上げた。

5章では、様々な移動形態と交通・都市施設などとの連携を考慮した、大規模なトータルデザインを対象に、交通結節点の計画、まちづくりへの展開の2つの視点から、グッドプラクティスを取り上げた。

6章においては、地域における多様な関係者が支えあう地域の取り組みを対象に、参加と継続改善の取り組み、啓発と体験学習、地域との連携と人材育成の3つの視点から取り上げた。

最後に、前章までの成果を受け、今後のバリアフリー新法に基づく交通バリアフリーに関する取り組みの普及と深化についての課題、ならびに本書で示したグッドプラクティスの活かし方をまとめて結びとした。

なお、2章から6章においては、随所に「基礎知識」や「コラム」をちりばめている。各章で取り上げた「事例」との性格の違いは、以下のとおりである。

基礎知識は、事例として詳しく記述することはできないが、本書を理解する上で参考になる、基礎的で有益な情報を提供するものである。

コラムは、背景、目的、事業概要、整備内容、成果と課題といった事項について、事例の説明文のようにはまとめて記述できないが、交通バリアフリーにおいて参考になる、新しい計画・設計・施工に関する技術や考え方・留意点など、執筆者の意見も入れて紹介したものである。

4 本書の対象者と活用方法

本書は、主に2000年の交通バリアフリー法施行後における、ハードとソフト両面からの交通バリアフリーに関する取り組みの実践例を、豊富に紹介した点に最大の特徴がある。よって、これからバリアフリーに関する構想づくりや事業化に取り組もうとしている人々、既に構想も策定し、事業を進行中であるが、事業の進行管理を行い、さらにより良いものにしようと考えている人々など、多くの人に有益な知見を提供するものと考える。以下、特徴的な対象者をあげ、活用法を示すことにする。

1)高齢者、障がい者等移動制約者、ボランティア、一般市民

交通バリアフリーの取り組みにおいて、移動制約を受けている利用当事者やボランティア、一般市民の参加・参画が盛んに行われている。バリアの発見や問題点の指摘、改善に向けての提案などを通じ、基本構想づくりや事業の進行が、利用者の立場に立って円滑に進むようになってきており、当事者・市民の参画の必要性が一層高まっている。さらに、バリアフリー新法においては、基本構想づくりにおける住民提案制度も盛り込まれ、当事者・住民が基本構想を作成する道も開かれた。以上のことは、自らの経験の範囲を超えた、交通バリアフリーに関する幅広い専門的知見を有することを市民に求めていることを意味している。本書は、この点において、一般市民の方にも内容を理解しやすいように文章を工夫し、幅広い分野における専門的知識を提供しているので、関心のある分野から始めて、徐々に広範な分野へと広げて読まれることを期待する。

2)行政担当者、事業者、コンサルタントなどの専門家

交通バリアフリーに関する基本構想づくりや関連事業の計画・実施に係る当事者としての行政担当者、事業者、ならびに技術的・財源的・調整的支援などを行う行政担当者やコンサルタントなどの専門家は、日頃から交通バリアフリーに関する最新の情報を吸収しておく必要がある。本書は、技術的な最新の実践的かつ優秀な事例をまとめたものであり、直面する課題に関連する焦点を絞った知識の吸収に役立つとともに、対象地域における総合的な取り組みにおける各種施策の洗い出しと抽出・組み合わせにおいても力を発揮する、いわば即戦力を養う書といえる。

3)教育・研究者、学生

大学などの高等教育機関におけるバリアフリーに関する教育・研究に携わっている人にとって、本書を活用することにより、交通バリアフリーに関する専門的知識や考え方を、学生に実践例を通じてわかりやすく教育できるものと期待できる。また、学生も教材として本書を活用することにより、自ら、より深く学ぶことができる。研究者にとっては、本書より、新たな課題が発見でき、新しい研究分野の開拓につながるであろう。

5 執筆体制

本書は、2005年秋、(社)土木学会土木計画学研究委員会STサービス・交通バリアフリー計画研究小委員会に設置された出版ワーキンググループにおいて企画・執筆等の作業が開始され、2007年春には、前述小委員会の改組により誕生した、福祉の交通・地域計画研究小委員会に出版に向けた作業が引き継がれた。同時に、(財)災害科学研究所交通まちづくり学研究会からの支援を受けるとともに、国土交通省総合政策局安心生活政策課には適切なご助言をいただき、足かけ2年余にわたる精力的な作業の中で本書を取りまとめることができた。

本書で紹介した、交通バリアフリーのグッドプラクティスの事例は60以上にのぼり、60名を超える方々に、執筆・資料提供等のご協力をいただいた。㈱学芸出版社には出版の機会の提供とともに、校正等において的確なアドバイスをいただいた。このように非常に多数の方々からの協力・支援のもと、本書は完成したものである。

□出版ワーキンググループ委員

主査 新田保次(大阪大学)
顧問 三星昭宏(近畿大学)
新美喜久雄(㈱キクテック)
副査 藤村安則(㈱修成建設コンサルタント)
秋山哲男(首都大学東京)
飯田克弘(大阪大学)
池田典弘(㈱キクテック)
石塚裕子(八千代エンジニヤリング㈱)
磯部友彦(中部大学)
猪井博登(大阪大学)
大島 明(国際航業㈱)
大森宣暁(東京大学)
北川博巳(兵庫県立福祉のまちづくり工学研究所)
九後順子(㈱アーバン・エース)
児玉 健(㈱日建設計総合研究所)
鈴木義康(㈱日建設計総合研究所)
高橋富美(㈱建設技術研究所)
谷内久美子(大阪大学)
中平明憲(㈱建設技術研究所)
藤村万里子((財)国土技術研究センター)
竹島恵子(交通エコロジー・モビリティ財団)
松場圭一(国土交通省)
山田 稔(茨城大学)

結び──そして次の5年に向けて

2000年に交通バリアフリー法(旧法)が施行されて7年以上がたった。その間に、多くの市町村で移動円滑化基本構想が策定されている。旧法でいう1日あたりの平均的な利用者数が5,000人以上の駅(特定旅客施設)を持つ524市町村に対して、基本構想が策定された市町村は約200を超えた。基本構想の策定率が高いか低いかの意見は分かれるであろうが、少なくとも7年間で約200の市町村が交通バリアフリー法に基づく基本構想の作成に取り組んだのは紛れもない事実である。そして、現実の交通バリアフリー整備も進みつつある。その結果、交通バリアフリーに対する社会の認知は大いに進んだといえるだろう。また、エレベーターなどの工業製品もニーズに応じて工夫された製品ができてきている。

ここでは、本書の結びとして、交通バリアフリー化の課題と紹介したグッドプラクティスから学ぶべきこと、今後の展望についてまとめた。

1 法整備から7年たって見えた課題

交通バリアフリー法施行後、交通バリアフリー化が進んできている一方で、見えてきた問題点も多数ある。その主要なものを列挙しよう。

1)都市の空間が現在のままでは、抜本的解決が難しい状況が見えてきた

高密度な土地利用が進み、かつ、自動車交通が欠かせない都市活動において、安全で確実な歩行空間が確保できないまちも散見される。しっかりした都市基盤が整備されていない都市では、安全・確実に移動できる経路が確保できず非常に苦しい展開となっている。

2)事業の着手が遅れている

交通バリアフリー法、バリアフリー新法ともその基本方針で2010年までの整備を目標としている。今となってはもう目前である。基本構想の策定主体である市町村をはじめ、公共事業の予算、交通事業者の予算にも限りがあり、その進捗は思うようにはかどっていない。極端な例では、基本構想は作ったものの、特定事業に着手もできないケースがある。また、行政担当者の意識も、国の基本方針に沿って2010年までに整備しなくてはならないと必ずしも考えていないふしがある。基本構想や計画を作ったことで役割が果たせたと考えてはいないだろうか。

3)個々の施設を整備しても利用者の満足度が高まらない

各々の施設整備がなされても、経路トータルとして移動円滑化が図られないと利用者にとって効果は低くなる。まちのバリアフリーは、集中的かつ総合的な投資から効果を実感できるが、散発的に整備され、その効果が発揮されていないケースも見られた。

4)施設間の境界部分の問題がクローズアップされた

交通バリアフリー整備についての基準やガイドラインは、ある程度整備されてきた。そのために個々の施設の構造については、研究や実証実験も進み、一般解としてのバリアフリー化の方策が見えてきている。しかし、旅客施設と建物、道路、沿道施設などの施設間の接続部分に課題が見られる。施工時期の不一致、事業主体間の連携不足、事業への温度差など、連続性の欠如が移動円滑化を阻むケースも見られた。

このような問題点は、実際に行ってみてはじめて顕在化したものである。このように課題が見えてきたことが交通バリアフリー法の成果だったともいえ、失敗に学ぶことも必要なのかもしれない。そのようななかで、様々な困難を乗り越えて、本書にまとめたようなグッドプラクティスが輩出してきたことがもっと大きな成果であろう。

2 バリアフリー新法への期待

ご承知のとおり、バリアフリー新法はハートビル法と交通バリアフリー法の単なる組み合わせではない。バリアフリー新法では対象者の拡大、エリアの拡大、対象施設の拡大など様々な対象の拡大があった。つまり、だれでも、いつでも、どこでもバリアフリーを享受することができる社会を目指している。すなわち、よりユニバーサルデザインに近い考え方になっているといえる。新法においても、後述するとおり本書で着目した「連続性」「利用者の視点」「継続性」がまさに重要なテーマとなるであろう。

バリアフリー新法は、より生活実感に近い空間のバリアフリー化を促進するものと期待できる。毎日の買い物、隣人との集まりなど、様々な生活の場面が見える整備がなされるであろう。「行かねばならないところに行く」から「行ってみたいところに行く」に変わり、多くの移動困難者の生活の質が向上することを願っている。
その反面、より多くの人のニーズを聞くことにより、計画者が行うべきことは格段に増えるだろう。個々の事業にどこまで重点投資ができるかという課題もあるが、その分、多くの人の知恵と努力が組み合わさった新たなグッドプラクティスが現れてくることを、大いに期待している。

3 グッドプラクティスのキーワード

本書は、主にこの流れのなかで整備された交通バリアフリーのグッドプラクティスを62例収録した事例集である。事例を集めてみると、グッドプラクティスにはいくつかの特徴があることが改めてわかった。2章の「鉄道駅の移動円滑化整備」から6章の「支えあう地域の取り組み」まで、各章の序文にその特徴を取りまとめてある。今一度、その特徴をみてみよう。そして、全体を俯瞰してグッドプラクティスにつながるキーワードを絞り込んでみよう。

第一に「連続性」というキーワードが出てくる。移動可能性をシームレスに確保することが、やはり重要なテーマであった。そのためには、関係する事業者の連携、連続性を追い求める技術的工夫や新技術の導入などが重要な要素となっている。

第二に「利用者の視点」があげられる。できることだけをやっていたのでは、使いやすい整備にはならない。そこに利用者がいることを想起しながら、その立場に立って、移動に対する欲求を貪欲に追求する姿勢が重要である。現行の基準や仕組みで本当に良いのかを問いかけ、納得がいくまでこだわることが、良い結果につながっている。

第三に「継続性」が挙げられる。1番目の連続性が空間的継続であるのに対し、こちらは時間的継続である。作りっぱなしにしないこと、変化していくニーズを新しい視点から見続けることなど、努力の継続が良い結果につながっている。

そして、これらのキーワードを支えているのが「参加」であり「ユニバーサルデザイン」ではないかと思う。交通バリアフリー整備に関わる多くの人々が、より良い整備についての共通の認識をもつことが最も重要であり、そのためには多様な人材の参加が不可欠であるといえよう。そして、その視点のなかに「どこでも」「だれでも」「自由に」「わかりやすく」というユニバーサルデザイン的やさしさを持つことが望まれているように感じる。

4 グッドプラクティスをどう活かすか

さて、ここに収集したグッドプラクティスから上記のようにいくつかの知見を得ることができた。先人の知恵を学んで、交通バリアフリーに関係する皆さんがこれをどう活かすかが重要である。

計画・設計に携わる技術者の皆さんには、基準やマニュアルにとらわれず、どのような形がその現場に即しているかを真剣に考えていただきたい。このグッドプラクティス集では、形をまねることを望んではおらず、その現場でどのような創意工夫があったかを読み取っていただきたい。そのためには、参加の場面に立会い、本当のニーズをつかむことが重要であり、技術的研鑽によりいくつもの解決策を自分の引き出しに持っていることが必要になる。

行政担当者や事業者の皆さんには、これまでとは異なる高齢社会の社会資本を、今、創ることが重要であり、また、誰もが外出しやすいまち、活気ある地域であり続けることが住民にとっても地域経済にとっても幸せなことと考え、事業を着実に進めていただきたい。さらに、事業者相互の連携により、効果的かつ効率的な整備がなされることは重要なポイントであり、多様な主体の参加により、より良いまちとしていくための調整力が行政担当者に最も期待されている。

高齢者、障がい者、ボランティアや一般市民の皆さんには、継続的にまちに関わるための体制を維持していただきたい。そこで生活するなかでニーズは常に変化するであろうし、整備されたものの経年劣化も起きるであろう。基本構想づくりや事業計画策定の場面に参加いただいているのは、一過性のことではない。参加の中で学ばれた思想や知識をもとに、利用者として評価の目を持ち、必要な改善への当事者として関与し続けていただきたい。バリアフリー新法には、「住民提案」の制度が盛り込まれた。その担い手は、やはり地域で生活する皆さんである。

5 次の5年間に向けて

交通バリアフリー法の施行から7年だが、整備された社会資本がわれわれの目前に現れだしたのは、計画ができ、工事が完了した、つい最近のことである。これからは、焦点の2010年を迎え、バリアフリー新法対応を含めて、より多くの交通バリアフリー整備事例ができてくるに違いない。そう考えると、次の5年が非常に重要な時期を迎えることになる。

著者らは、次の5年間での整備に、引き続き注視していこうと考えている。そして、できれば本書の第2弾を取りまとめて皆さんにご紹介したい。時代の変化とともに新たな視点のグッドプラクティスが誕生しているに違いない。

2008年版─あえて2008年版といわせていただく─の本書では、多くの視点は施設に着目したものであるが、次回は、まちや生活の観点からのグッドプラクティスをご紹介するというのはいかがであろうか。われわれが考える、福祉の交通まちづくり全体のアプローチを実現させ、交通バリアを意識しないですむ生活空間や多くの人が外出して活気づいたまちなどの紹介ができれば、望外の喜びである。

2008年2月
編者を代表して  新田保次

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