多自然型川づくりを越えて


吉川勝秀 編著/妹尾優二・吉村伸一 著

内容紹介

自然と共生し、地域の軸となる河川空間とは

治水も環境も共に満たす川づくりとして、多自然型工法は90年代に急速に普及した。15年を経て、生態系への理解、現場の技術者の育成、河川用地の確保等、課題は山積している。そこで本書は、実践を踏まえた多自然型川づくりの基本をまとめ、さらに、自然と共生し、都市・地域の軸となる「空間としての川づくり」を提案する。

体 裁 A5・288頁・定価 本体3200円+税
ISBN 978-4-7615-3153-9
発行日 2007-04-30
装 丁 KOTO DESIGN Inc.


目次著者紹介はじめにおわりに書評

はじめに

第1章 多自然型川づくりをめぐる経過と展望

1)川づくり、河川整備の経過

(1)この100年の川をめぐる状況の推移
(2)この100年の川の変貌
(3) 20世紀後半の川の整備、河川管理の背景
(4)多自然型河川工法の導入前の先駆的取り組み
(5)河川法の改正

2)従来の川づくり、河川整備の基本事項

(1)河道の計画の視点(治水面からの視点)
(2)川の動態
(3)川づくり、河川整備の機会と河川管理

3)従来の多自然型川づくりの基本事項

(1)基本とされてきた事項
(2)実施段階での配慮、モニタリングと改善
(3)災害復旧・改良復旧工事での多自然型川づくり

4)多自然型川づくりの問題点と今後の展望

(1)多自然型川づくりの検証
(2)河川用地という本質的な課題
(3)多自然型川づくりを越えて

第2章 多自然型川づくりを越えて:自然河川工学からの展開

1)川の構造と河川生物の関係

(1)河川に生息する淡水魚類とその特徴
(2)河川形態と生息環境の分類
(3)河川内での魚類生息環境

2)多自然型川づくりの生態学的な問題点

(1)護岸
(2)魚類生息施設としての水制工
(3)正常流量と水深確保対策としての低々水路
(4)魚道の設置

3)自然河川工学論

4)自然河川工学の実践

(1)河道計画法線および断面形状の考え方
(2)護岸の考え方
(3)河川横断構造物(砂防施設、床止工、水制)の考え方
(4)魚道(自然河川に学ぶ魚道形式など)の考え方

5)自然河川工学の実践例

(1)河道法線と断面の工夫
(2)横断構造物と河川形態の創造
(3)砂防・治山施設の改良
(4)自然河川に学ぶ魚道計画

第3章 多自然型川づくりを越えて:空間デザインからの展開

1)いい川とは何か

2)河川の空間デザイン

3)川の自然回復と空間デザイン実践事例

(1)いたち川低水路整備
(2)いたち川ふるさとの川整備事業:稲荷森の水辺
(3)和泉川:東山の水辺・関ヶ原の水辺

第4章 多自然型川づくりを越えて:都市・地域、流域圏からの展開

1)自然的空間としての川の利用と活用

2)都市・地域の「空間としての川」の再生、利用

(1)都市軸としての河川空間
(2)親水空間としての再生
(3)都市再生の要としての川の再生
(4)今後の課題

3)渇水、洪水、水質対策

(1)激化する世界の水不足、洪水問題
(2)新たな洪水問題
(3)水資源問題

4)生物のすみ場としての河川

(1)エコロジカル・ネットワークの一員
(2)川の区画と生物のすみか
(3)水域と生態系のネットワークの保全
(4)流域でのネットワークの保全

5)自然と共生する流域圏・都市の再生

(1)水循環(系)と流域管理
(2)先進的な取り組みの事例
(3)自然と共生する流域圏・都市の再生シナリオ
(4)自然と共生する都市再生シナリオ
(5)国の取り組み

おわりに

編著者

吉川 勝秀〔よしかわ・かつひで〕

日本大学教授(理工学部社会交通工学科)。慶應義塾大学大学院教授。京都大学客員教授。工学博士、技術士。
建設省土木研究所研究員、同河川局治水課長補佐・河川計画課建設専門官・流域治水調整官、下館工事事務所長、大臣官房政策課長補佐・環境安全技術調整官、大臣官房政策企画官、国土交通省政策評価企画官、同国土技術政策総合研究所環境研究部長等を経て退職。慶應義塾大学大学院教授および、リバーフロント整備センター部長兼任を経て現職。中央大学大学院・東京工業大学理工学部の各講師。NPO川での福祉・医療・教育研究所代表(理事長)。
著書に『河川流域環境学』『人・川・大地と環境』『流域圏プランニングの時代』『川からの都市再生』(以上、技報堂出版)、『川で実践する福祉・医療・教育』(学芸出版社)、『水辺の元気づくり』『市民工学としてのユニバーサルデザイン』(以上、理工図書)、『自然と共生する流域圏・都市の再生』『川のユニバーサルデザイン』『生態学的な斜面・のり面工法』『建設工事の安全管理』(以上、山海堂)、『地域連携がまち・くにを変える』(小学館)、『東南・東アジアの水』(日本建築学会)、など。論文多数。

執筆者

妹尾 優二〔せお・ゆうじ〕

流域生態研究所所長、㈱エコテック代表取締役。
1951年北海道余市郡赤井川村生まれ。 1970年現㈱ドーコンに入社、1991年に㈱エコテックを設立、また1993年に流域生態研究所を設立し、現職。
NPO法人水環境北海道副理事長。NPO法人田園生態系保全機構理事。NPO法人全国水環境交流会理事。北海道工業大学 非常勤講師。
主な著書に、『北海道に棲む魚たちの話』(㈱エコテック)、『川を覗く』(流域生態研究所)など。主な研究に、自然河川工学論(水の力を利用した河川工学)、カワヤツメの河川内における生態行動、イトウ・シシャモにおける生態行動と河川環境。また、希少野生動物指定候補種検討委員会委員、知床世界自然遺産候補地科学委員会特別委員、北海道政策評価委員会委員など、各委員を務める。

吉村 伸一〔よしむら・しんいち〕

㈱吉村伸一流域計画室代表取締役。技術士。
1948年生まれ。室蘭工業大学土木工学科卒業。横浜市役所を経て98年「吉村伸一流域計画室」を設立。代表取締役。近自然河川工法の情報が日本に伝わる前から独自に横浜市内河川の自然回復を実践する。横浜市の「和泉川東山の水辺・関ヶ原の水辺」の計画・設計で土木学会デザイン賞最優秀賞受賞。最近の設計では400年前の水システムを復元する「石井樋地区歴史的水辺整備事業」(佐賀県・嘉瀬川)がある。主な著書(共著)に「自然環境復元の技術」(朝倉書店、1992)、「川・人・街-川を活かしたまちづくり」(山海堂、2001)など。よこはまかわを考える会会員、NPO法人全国水環境交流会アドバイザー、土木学会土木史研究編集小委員会委員。

本書は、これからの川づくりについて述べたものである。

昨今の川づくりは、治水単独の目標で進められてきた人工的な川づくりから、河川整備についての反省と環境意識が高揚した時代の要請に対応した見直しが行われるようになり、20世紀後半からはいわゆる多自然型川づくり(近自然河川工法)が進められるようになった。その多自然型川づくりは、現場での実践において多くの問題や課題があり、その質を向上させるために、全国の担当者会議での議論や研修、学術的な研究等もなされ、多くの努力が払われてきている。そのような課題や問題も内包しつつ、多自然型川づくり(あるいは多自然川づくり)は、それが川づくりの常識とされるべき時代となっている。

そして、少子高齢社会を迎えたわが国では、今後の川づくり・河川整備の機会は、財政的な制約等があり、さらに限られてくることが予測されている。

これからの時代の川づくりは、多自然型川づくりが当初めざしたように、治水も環境・生態系も共に満たす川づくりといった視点から、自然の生態系への対応を深めるとともに、さらに幅広く、都市や地域の「空間としての川」や川の利用、さらには自然と共生する流域圏・都市再生などの視点も加えて、その川の位置するところの社会的背景、文化、歴史なども考慮して進められることが望ましい。計画的に、あるいは実際に被った災害後の復旧・改良復旧事業などの限られた機会をとらえ、川づくりは広い視野から思いを込めて進められるべきものであると考えられる。

そこで、本書は、これまでの経過をふりかえりつつこれからの時代を展望し、川づくり、河川整備について、これまで多自然型川づくりが多数行われてきた地方部の川のみでなく、国民の多くが暮らす都市部の中小河川も対象に加えて、長い実務の経験も踏まえて述べたものである。

第1章では、「多自然型川づくりをめぐる経過と展望」として、川づくりの経過や河川整備の基本事項、多自然型川づくりの問題点について述べるとともに、第2~4章で述べる従来の多自然型川づくりを越えた今後の川づくりの展望について述べた。

第2章では、生態系、そして川の動態を現場での豊富な調査等から掘り下げて深く考察し、「多自然型川づくりを越えて:自然河川工学からの展開」としての川づくりの方向を述べた。

第3章では、川を軸とした空間構造全体をとらえ、河道と周辺の地形との係わり、空間全体のデザインの視点から、「多自然型川づくりを越えて:空間デザインからの展開」としての川づくりの方向を述べた。

第4章では、川づくりの視点を河川空間内のみから、さらに都市・地域、そして、川が形成する流域圏にまで広げ、水や物質の循環、生態系、広域生態複合(広い意味でのランドスケープ)、さらには、都市や流域圏の土地利用や社会活動にまで視野を広げて、「多自然型川づくりを越えて:都市・地域、流域圏からの展開」としての川づくりの方向について述べた。

本書が、これからの川づくりに取り組むコンサルティング・エンジニア、学識者、市民団体・市民、そして川について学ぶ学生や研究者などに活用されると幸いである。

平成18年5月6日
吉川勝秀

本書は川の整備や河川管理、あるいは河川の調査・計画に長い年月にわたり関わってきた実務者により執筆したものである。したがって、ある特定の狭い範囲の深い学識の範囲で書いた本ではない。社会の背景や河川整備をめぐる経過や現実を認識するとともに、川の現場を念頭におきつつ、実践を意識してこれからの川づくりについて、多自然型川づくり(多自然川づくり)を越えてという視点から述べた。

そして、この本は、いわゆる環境面に重きをおいた多自然型川づくりではなく、治水面はもとより、川の利用、都市や地域の「空間としての川」、さらには自然と共生する流域圏・都市再生といった、より幅広い視点からの川づくりを述べたものである。しかし、視野を広めただけではなく、より深く生態系あるいは川の自然を考慮した川づくりや、幅広い河川用地を確保しての川の空間デザイン、さらには自然と共生する流域圏・都市再生といった視点から、川づくりに深みを持たすことを具体的な実践事例も踏まえつつ述べたものである。

第1章と第4章は吉川勝秀が執筆した。第2章は妹尾優二が、第3章は吉村伸一が執筆した。それぞれが対象とした川は、全国の川、既成市街地の川、北海道の川、横浜市郊外部の川など、そのスケールや地域性は異なっているが、全体を通じてこれからの川づくり、河川整備への視点を実践事例とともに示すことができたと思う。
この本が、行政やコンサルタント・エンジニアなどの実務者のみならず、この面での研究に取り組む研究者や学生、市民団体・市民等に活用されることを期待したい。

この本の位置づけにも関係することを一つ付け加えておきたい。本文中でも述べたように、少子高齢化、人口減少のこれからの時代は、川の整備についての状況が大きく変化する。すなわち、財政面での制約などから、戦後、特に1960年代以降20世紀後半から続いてきた治水面を中心として川を整備し、国土基盤を形成する時代から、川を維持管理していく時代となることが予測される。川の整備は、これまで以上に、計画的・定常的な整備から、洪水災害を受けた後の災害復旧・改良復旧事業としての整備にシフトしていくと考えられる。世界的にはこれが普通のことである。日本でも20世紀後半がむしろ普通ではない時代であったといえる。これからの時代はこれまでのように“川づくり”ではなく、積極的な川の管理が必要とされる時代となる。

また、地方部の河川や大河川での取り組みに比較して、多くの国民が暮らす都市の川については、土地の制約等からその再生についての取り組みが十分ではないと思われる。今後は「空間としての川」という視点からの都市河川の再生、さらにはそれを核とした都市の再生が、国内的にも国際的にも重要なテーマとなる。

このような時代背景から、治水とともに、河川敷への樹木の侵入と繁茂の管理なども含む幅の広い視点で生態系の保全と再生、日常的な川の利用、都市や地域の空間としての「川」の再生や形成を含めた広い意味での「川の管理」についての本も出版したいと考えている。

最後に、本書を出版するにあたり、学芸出版社の前田裕資さんをはじめ、越智和子さん、小丸和恵さんに大変お世話になった。ここに記して感謝申し上げたい。

平成19年3月6日
吉川勝秀

『PORTAL』((財)河川情報センター)No.064

多自然型川づくりが始まった背景と経過から、従来の「治水優先」の河川整備との違い、その問題点と課題、今後の展望を整理し、これからの川づくりを提案する。編著者の吉川・日本大学教授は、これからは「多自然型川づくりが当初めざしたように、治水も環境・生態系も共に満たす川づくりといった視点から、自然の生態系への対応を深めるとともに、さらに幅広く、都市や地域の『空間としての川』や川の利用、さらには自然と共生する流域圏・都市再生などの視点も加えて、その川の位置するところの社会的背景、文化、歴史なども考慮して進められることが望ましい」という。

『環境緑化新聞』 2007.6.1

治水も環境もともに満たす川づくりとして、多自然型工法は90年代に急速に普及した。15年の歳月を経て生態系への理解、現場の技術者の育成、河川用地の確保等、課題は山積している。

近年の逼迫する公共工事予算は、定着しはじめた多自然型河川整備にブレーキを掛けかねない状況を生みだしている。各事業所がもつ河川予算は災害の復旧・改良費のみという例も少なくないと聞く。広い視野を持っていれば、こうした機会を捉え、多自然型河川づくりへ踏み出していくことができるはずである。

本書は実践を踏まえた多自然型川づくりの基本をまとめ、さらに自然と共生し、都市・地域の軸となる「空間としての川づくり」を提案している。

第1章で、多自然型川づくりをめぐる経緯と展望を分析し、第2章では生態系や川の動態を考察し、自然河川工学から、第3章では空間デザインの視点から、第4章では視点をさらに都市・地域や流域圏まで押し広げて、川づくりが論じられている。川づくりに携わる人に新しい視点を与える一冊である。