生物多様性をめざすまちづくり

林 まゆみ 著

内容紹介

太平洋に浮かぶ島ニュージーランドは、地球の箱庭とよばれる大自然と貴重な原生生物の宝庫である。しかし入植者が持ち込んだ生物が島の生態系を破壊したため、活発な自然保護活動が展開されてきた。家庭のガーデニングから国立公園の管理まで、多様な生物と共生することで地域のアイデンティティを育む、環境づくりの最前線。

体 裁 四六・192頁・定価 本体2000円+税
ISBN 978-4-7615-2488-3
発行日 2010/07/30
装 丁 上野 かおる


目次著者紹介はじめに書評

PART 1 生きもののあふれる街

CHAPTER 1 40年かけた河川の再生

美しい自然と街並み/成熟社会への価値観の転換/クライストチャーチ市の40年計画/
河川修景プロジェクト/水環境の持つ価値/プロジェクトの進行/コミュニティの参加/
根気のいるデザインプロセス/プロジェクトの主役は/自生種にこだわって

CHAPTER 2 コミュニティのエコロジー

ビオトープとは/住民が参加する大学の有機農園/近隣住区も自生種の緑化で/
水鳥を保全する広大な公園/さまざまなスタイルのコミュニティガーデン/
コンサルタントのワークスタイル/バンダリズムに負けない/
有機農業を行うコミュニティガーデン/自生種緑化を推進するグループ/
コミュニティガーデンの活動グループ/湿地を保全するグループ

CHAPTER 3 ガーデンシティの美しい庭

クライストチャーチ美化協会/自生種を活用した個人の庭/オープンガーデンを巡る/
ガーデニングブームのその先へ

CHAPTER 4 自生植物を活用するトップデザイナー

自生種ガーデンの新潮流/ジェレミー・ヘッドのデザイン/
地理とアートに基づくデザイン哲学/メーガン・ライトのデザイン/
土地の潜在的ポテンシャルにこだわって

CHAPTER 5 生物多様性を育む戦略

保全省の役割/資源管理センターの活動/NPOや市民との連携による自生種の保全/
モデルガーデンでは/家庭の庭からできること/外来植物の脅威/
コミュニティで活動していくために

CHAPTER 6 自然と歴史を守るガイドライン

地域のアイデンティティを語れますか?/自生種緑化のガイドライン/
生態系による地図づくり/柔軟なガイドラインづくり/
土地の伝説を紐解くガイドライン/歴史や文化を継承するガイドライン/
景観を守るデザイン基準

PART 2 サステイナブルな公園

CHAPTER 7 公園緑地のマネジメントプラン

緑の持つ効果/公園の価値/NZの緑地政策/公園とは“リザーブ”された公共地/
日本の公園制度と比較して/公園行政に影響を及ぼした法律/リザーブ法と保全法/
パークマネジメントプランの位置づけ、目的/パークマネジメントプランの策定状況/
パークマネジメントプランの策定プロセス

CHAPTER 8 アオラキ・マウントクック国立公園のマネジメント

ミルフォードトラックを歩く/公園のマネジメントプランは市民との契約/
アオラキ・マウントクック国立公園/公園の背景/公園マネジメントにおける課題/
公園マネジメントの目的/公園マネジメントの方針/
レクリエーション活動に関するマネジメント/アオラキ・マウントクック村の管理運営/
村のマネジメントに関わる目標/厳しい建物のデザイン規制/インタープリテーション

CHAPTER 9 クライストチャーチ市立ハグレー公園のマネジメント

市民の公園ボランティア/市民の憩いの場/ハグレー公園の歴史/外来種による植栽/
ハグレー公園のPMP/公園の資源/公園の自然環境/盛んなレクリエーション活動/
構造物のメンテナンス/公園マネジメントの方針/自生種緑化

PART 3 環境立国をめざして

CHAPTER 10 環境裁判所

環境裁判の仕組み/訴訟事例1:住宅開発に関して/訴訟事例2:風力発電に関して/
調停/資源管理法

CHAPTER 11 環境立国の基盤

マオリとパケハの共生/行革の嵐を乗り越えて/生物多様性とは/
生物多様性保全に向けた国際的な取り組み/NZの生物多様性基本方針から/
コミュニティの参加について/日本での取り組みは/日本が学べること

林まゆみ Mayumi Hayashi

兵庫県立大学緑環境景観マネジメント研究科准教授。淡路景観園芸学校主任景観園芸専門員。農学博士。
1953年生まれ。京都大学農学部農学研究科博士課程満期退学。女性設計集団㈱アルプラン参画。丹波の森研究所、林まゆみ環境研究所設立を経て現職。2002年本造園学会賞(研究論文部門)受賞。
共著書に『みどりのコミュニティデザイン』(学芸出版社、2002)、『環境デザイン学』(朝倉書店、2007)、『成熟型ランドスケープの創出』(ソフトサイエンス社、2009)など。

新たなまちづくりの枠組み

本書は「生物多様性」と「まちづくり」という、一見関係の薄い二つの言葉をタイトルに掲げている。私は元々、ニュージーランド(以降、NZとする)の美しい景観や楽しいまちづくりの話を書きたいと構想をあたためてきた。しかし、今、環境の危機を見つめたとき、私たちの生活をどのように方向転換していけばよいかは、さし迫った課題だ。そういった問題意識の中で、もう一度NZの景観やまちづくりを見直してみると、そこでは、今ある危機を深くえぐりだすかのように、自然を見つめ直し、自然と共に生きていこうという強い意志が、国の制度や普段の生活に浸透していることに驚きを感じないわけにはいかなかった。

暮らしのいろいろなシーンで、あるいはまちづくりの制度の中で、そして環境問題に対して、決然とそれまでの哲学を転換して、新たな生活やまちづくりの枠組みを構築していこうとする姿勢が随所に見られるのだ。

本書は、ぜひそれらの数々の事例を、わが国のまちづくりに関わっている専門家や、これからの生活を見直しながら、楽しく緑や生きものと関わっていこうとしている市民に伝えたいと願ったものである。

生態系の危機

現在、環境問題という言葉に代表される自然や生活における危機は、地球温暖化や環境汚染、あるいは絶滅危惧種といわれる一定の生物の存続の危機など、多岐にわたっている。なかでも、多くの種類の生物がその存続を危うくされているなか、生物多様性を目的とした地域環境の保全は大きな課題である。私たちの生活が、衣食住、そのいずれをとっても、膨大な数の動物や植物の恩恵に浴していることは、誰の目にも明らかである。そのような生態系の、大きく分厚い網によって、私たちの生活が支えられている仕組みのようなものを、生態系サービスという言い方をする。それは、国土の中で、森林や平地、海岸沿いなど、さまざまな場所で生息する、小さな昆虫から鳥、魚などの生きものたち、そしてもちろん植物などがつくりあげている生態系が、私たちの生活を支える根幹となっていることを意味する。それにもかかわらず、誰も気にもしないかのように、多くの生きものが姿を消していったり、それまでそこで育まれてきた生きものとは違う種類のものに変わったりしているのだ。しかし、環境を守るために、人間の行為を規制や抑制ばかりしていても、現実には困難が伴う。もっと生活を楽しみながら、生きた生態系に触れられる活動ができないものだろうか。

哲学の転換

NZは、自然豊かな景観やクライストチャーチなどの美しいガーデンシティなどを有し、観光立国、環境立国として有名である。日本の4分の3ほどの国土に、人口は430万人余と少なく、豊かな自然やガーデニングを楽しむライフスタイルに惹かれて、日本人が好んで出かける国の一つである。19世紀にイギリスから移住してきた人々が伝えてきた庭園文化や自然観が根強く残っている。

しかし今、まちづくりの中で、新たな独自のアイデンティティが模索されつつある。それは、環境や自然の保全と合わせて考えられているもので、生きものに対しては生物多様性を目指した考え方への転換が、至る所に示されている。「哲学の転換」という言葉が公の文章の中で謳われ、新たなまちづくりへの挑戦として語られることも多い。NZでは、1980年代から経済危機や行政改革を乗り越えながら、現在の政治の仕組みや市民参加の手法をつくってきた。経済の停滞や行政改革への期待など、わが国が今抱える課題をすでに何年も前から経験してきた国でもある。それらの経験の中で、いくつもの発想の転換がなされてきた。

豊かな四季の移り変わりや先住民のマオリが持つ自然観など、私たちにも馴染みやすい背景を持つ国で取り組まれてきた大胆な発想の転換や法律の改正などは、参考にすべき点が多い。たとえば、資源管理法とよばれる、60余の環境に関わる法律を統合した新しい法律は、NZの行政や民間が関わる数多くの事業の方向性を変えてきた。単一的な開発=発展という選択肢から、話しあいによって環境とどのように折りあいをつけるかという複層的な選択肢への移行もその一つである。
地方自治法や公園に関わるリザーブ法は、公有財産のマネジメントプランを策定すべきと規定している。自然豊かな国の中で、公園緑地をはじめとする広大な公有財産をどのようにマネジメントして境の保全や市民の福利厚生を図っていくかが共有すべき課題として位置づけられている。

私はここ数年、継続的にNZに出かけ、造園、環境、まちづくりの関係者に話を聞き、NZの新しいムーブメントの現場を見て歩いた。本書ではそこで知り得たさまざまな事例を通じて、人々が新たな発想を持ってどのように自然と共生する取り組みを行っているかを紹介したい。生命を慈しみ、より良い環境を守り育てる暮らしを楽しむことが、人生の喜びに通じることをNZの人々は教えてくれる。
第1部では、生物多様性を目指した身近なまちづくりを、また第2部では、公園のマネジメントという領域の中で、豊かな自然とそれを活用する仕組みづくりや実践を紹介し、そして第3部では、コミュニティに息づく共生の精神に環境立国成立の要因を探る。いくつかのテーマに分けて記述しているので、読者の興味のあるところから読み進めていかれるとよいと思う。

あら? これは飛べない鳥、プケコかな。美しい口絵の写真をパラパラめくると、クライストチャーチ市のトラビス湿地公園に遊ぶ鳥たちが目についた。キーウィとならんでニュージーランドの個性を示す鳥のいる風景である。

そういえば日本も昔は、百万都市、江戸には多様な生き物がいて、外国人を驚かせたっけ。今の日本からみれば、どこもかしこも自然豊かな美しい国、都市もガーデンシティとして、古くから緑豊かな町づくりのお手本であったニュージーランドである。しかし、林まゆみさんによると、その「デザインの哲学」が最近、変わったのだという。

それは、地球環境の危機、生物多様性の視点からくるものだ。単なる緑豊かな町づくりから、もともとの自然と動植物、先住民の文化を尊重したありかたが模索されているという。とにかく、ニュージーランドの都市から自然公園まで、たくさんの事例、具体的な人間との折合いのつけかたへの模索と成果がこの本に紹介されている。生物多様性条約COP10のおかげで、少しは生き物のことも考えようかという市民も日本で増えつつある今、では、何をすればいいのかで考え込んでいる人も多いはずだ。そうした人には格好の、夢と希望を与えてくれるものと思う。

筆者の人柄を反映したやさしい語り口調で書かれたこの本は、しかしながら町づくりや自然環境保全、ランドスケープに携わるプロや学生向けの本でもある。資料もしっかりしているし、たくさんの矛盾とその論点も紹介されている。たとえば、風力発電は環境にやさしいのか、負荷をかけるのか。「環境裁判所」の問題の紹介は、数年前に私自身が、国立国定公園地域における風力発電に関する検討会で、わずかな発電量と引き換えにかけがえのない美しい風景と自然を失うべきでないという論陣を張ったのを思い出した。

人口密度は桁が違うものの、土地と自然の利用の矛盾に「賢い折合いのつけかた」を模索する人には、格好の資料集ともなるだろう。

(京都大学大学院地球環境学堂/森本幸裕)

担当編集者より

ニュージーランドは、その大自然を体験できるエコツーリーズムで日本人にも人気の高い観光地だ。日本でもエコツーリーズムに取り組む地域が増えているが、観光促進と環境保全の両立は常に悩まされる問題だ。

ニュージーランドでは、自然や生物の保護が国の法制度できちんと定められ、市町村の施策や市民の暮らしにまでその「哲学」が浸透していることが、本書を読めばよくわかる。人間を多様な生物の一員として捉え、入植者も原住民の区別もなく、皆が共生できる環境を目指して取り組まれてきた活動が、環境立国、観光立国に結びつき、この国の魅力を高めている。

ニュージーランドに移住したイギリス人と同様、自然豊かな環境で多様な生き物と暮らし、自然を愛でる文化を育んできた日本人。その日本人が置き去りにしてきたもの、そしてそれを現代に取り戻すことの大切さを教えてくれる一冊。

(MH)

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