松尾雅彦 著/浅川芳裕 構成

内容紹介

 農業・農村こそ成長余地がある
15兆円穀物産業創造の提案
その鍵は余っている水田の畑地への思い切った転換です。そこで国内自給率が低い穀物や家畜を育てます。その穀物や畜肉を地域の既存の工場で加工し、新鮮なうちに届け、最高の味を提供します。一方、地の利を活かし流通・広告コストを抑え、「日常食品」で輸入原料による商品と対抗します。
地域の加工場やお店・消費者と手を結び、食と農を地域に取り戻すのです。
こうして曖昧な活用の水田100万haがよみがえれば、15兆円の新しい産業が生まれます。スマートテロワールはそのための30年ビジョンです。

体 裁 四六・256頁・定価 本体1800円+税
ISBN 978-4-7615-1344-3
発行日 2014/12/15
装 丁 上野かおる


目次著者紹介まえがきあとがき推薦書評イベント

はじめに

1章 成長余地があるのは農業・農村──食料自給率の逆説

1 日本農業の潜在需要と伸びしろ
2 農村・農業のお寒い実態
3 供給過剰時代の農業の四つのジレンマ
4 新たな自給圏「スマート・テロワール」構想
5 自給圏で加工場を持つ効果
6 スマート・テロワールは日本の難問を解決する

2章 「瑞穂の国」幻想を捨て、スマート・テロワールを構築する

1 「瑞穂の国」幻想を捨てる
2 人こそ農村の最大の資源
3 加工食品メーカーと競争する
4 供給者主導の市場経済から消費者主体の経済システムへ
5 イノベーション・トライアングルへの挑戦
6 スマート・テロワールへのビジョンを描く

3章 スマート・テロワールの思想

1 不足から過剰へ──時代の転換
2 トーマス・ライソン『シビック・アグリカルチャー』
3 重商主義と重農主義
4 カール・ポランニー『大転換』
5 日本とヨーロッパ、食料過剰時代への対応の違い

4章 スマート・テロワールと地元愛

1 ワールドカップ・フランス大会で「最も美しい村」に出会う
2 「フランスで最も美しい村」協会の歴史と心
3 「美しい村」に通じる「世界遺産」の心
4 日本の「最も美しい村」連合の使命
5 スマート・テロワールが再ローカル化の要

5章 スマート・テロワール構築の鍵──地域の身の丈に合った食品加工場で珠玉の製品を作る

1 スマート・テロワール実現の手順
2 コスト積み上げの発想を変え、コスト・ゼロを見つける
3 マーケティング戦略の出番
4 日本の製造業が開発したノウハウを農村に導入する

6章 スマート・テロワール構築のマニュアル

1 「スマート・テロワール構築準備会」の創設
2 「農村計画図」作成でビジョンを〝見える化〟
3 スマート・テロワール内における基礎的な事業展開
4 数値目標の設定
5 従来農地の転換

7章 スマート・テロワールを支える仕組み

1 地域の食産業システムの改革をリードする大学の使命
2 自給圏には、地域に応じたプラットフォームが必要

8章 農村の文明開化──ドイツとオーストリアに学ぶ

1 メルケンドルフ
2 レッテンバッハ
3 ギュッシング
4 未利用資源の徹底活用
5 日本の最大の未利用資源は「人材」

9章 アルカディアへの道

1 一九九〇年以降の日本の課題──デフレスパイラルからの脱却と一言で言われますが?
2 「八百万の神」の宿る里山資本主義を
3 アルカディアを夢から現実にするために

あとがき

スマート・テロワール文献紹介

末松玄六『中小企業成長論』(一九六一)
林周二『流通革命』(一九六四)
ジャン・ボードリヤール『消費社会の神話と構造』(一九七〇、今村仁司・塚原史訳、一九七九)
カール・ポラニー『大転換』(一九四四、野口建彦・栖原学訳、二〇〇七)
トーマス・ライソン『シビック・アグリカルチャー』(二〇〇四、北野収訳、二〇一二)
エリック川辺『草地の生態系に基づく放牧と酪農経営』(二〇一一)
宗田好史『なぜイタリアの村は美しく元気なのか』(二〇一二)
ナヤン・チャンダ『グローバリゼーション 人類5万年のドラマ』(友田錫・滝上広水訳、二〇〇九)
山本義隆『一六世紀文化革命』(二〇〇七)
福澤諭吉『文明論之概略』(一八七五)

スマート・テロワール補論

シングルマザーの帰郷で「農村再生」
「テロワール」とは
農村の自立を阻んできた「瑞穂の国」幻想
農業基本法が変えた讃岐うどんの原料小麦の産地
日本農業のSWOT(強み・弱み・機会・脅威)分析から見えてくるもの
もはや「工業立国」ではない日本
契約栽培のススメ
カルビーの鮮度戦略の父、ミルトン・V・ブラウンさんのこと
既存システムを破壊することから始まったカルビーのポテトスナックビジネス
㈱小泉商店から学ぶ三つのイノベーション
福島県がスマート・テロワールの先頭に立つ
スマート・テロワールの住民の役割を考える
国産神話の罠
真善美
美味しいものは、どこで差がつくか?
もっとも精緻な農産加工品は「酒」
都市は「かせぎ」の場、農村は「つとめ」の場
軽井沢に見る都市の企業と農村

著者
松尾雅彦(まつお まさひこ)
1941年、広島市生まれ、1965年、慶應義塾大学法学部卒業、1967年、カルビー株式会社入社、1992年、同社社長就任、2006年、同社相談役。
NPO法人「日本で最も美しい村」連合副会長、新品種産業化研究会(JATAFF内)会長、スマート・テロワール協会会長。
構成
浅川芳裕(あさかわ よしひろ)
1974年、山口市生まれ。
『農業ビジネス』『ポテカル』編集長。山口大学農学部講師。著書『日本は世界5位の農業大国』(講談社)他多数。スマート・テロワール協会顧問。
問い合わせ先
本書を読まれ、スマート・テロワールの実践についてより詳しくお知りになりたい方は、スマート・テロワール協会(電話03-6821-7787、terroir@farm-biz.co.jp)にご連絡下さい。

はじめに

農村にこそ日本最後の成長余力がある──。
この仮説を論証し、読者と共有することが私の執筆動機です。
そして本書は、日本の農村地域に明るい未来があることを提示し、その実現のための「三〇年ビジョン」を明かしてまいります。
内容は次の三つです。
どこに未来があるのか、①その基本原理を説き、②農村が目指すゴールを描き、③その実現に向けた戦略と方法論を示します。どんな農村でも採用でき、応用できる普遍的なコンセプトで述べていきます。
普遍的といえるのは、筆者が日本、米国、欧州の農村を四〇年にわたり観察してきた結果、持続的に成長発展する農村構造に(衰退する農村にも)共通項があると発見したからです。
次に本書の狙いを説明します。主に農村の人々、とくにリーダーに向けて書いたものですが、政策立案者、さらには一般読者も想定しています。
わが町、わが村の未来を担うリーダーには、本書のコンセプトを理解したうえで、各町村の高いビジョン(未来像)をゴールとして描いていただきたい。一致団結して行動に移し、地域の未来を自らのものとするためです。そして、子孫に引き継がれる永続化できる、農村の持続可能な成長サイクルを示します。本書がその達成のための「伝道書」としての役割を果たせれば、幸いです。
農村のリーダーにとって、第一の関心事はかけがえのない地域のための未来戦略であるはずです。しかし、政府から示される地方の将来像は、人口減少と農業衰退を前提にした分析と政策ばかりです。専門書においても、農村の未来を描き、住民から理解を得、一致団結するためのプロセスはほとんど提案されてきませんでした。したがって、明るい未来を描こうにも、その指針がありませんでした。
現実問題として、若者は都市に出てゆき、残った住民は高齢化し、社会政策上の負担は増加、地域社会の経営コストは高騰しています。そんななか、地域のリーダーたちは目先の問題の「解」を見つけることに四苦八苦しています。これでは、霞が関の試算と助成金にもとづいて町村経営をするしかなく、自ら未来戦略を描くどころではないでしょう。
本書は、過去四〇年間、経営戦略と農村経済の双方にコミットし、さらにここ一〇年、町村経営のピンチをチャンスに変えるための実践活動をしてきた私にとって、各町村が共有できる実現可能な将来ビジョンを示すものです。そうした彼らのために、本書はこれまで見落としていた経営資源に気づき、それを活かすための「戦略書」として活用されることを望みます。
狙いのもう一つは日本全体のリーダー層〝政策立案者〟向けの「提言書」としての位置づけです。一つ目の狙いどおり、日本でもっとも問題を抱え、衰退必至と言われてきた農村部が、自ら未来像を描き、実際、自立することができれば、どうなるでしょうか。政策立案者が想定する日本が抱える大問題はほとんど霧消することになります。これまでのように、国が地域行政に細かく介入する必然性はなくなり、政府や政策立案者は、国本来の仕事に集中できるようになるでしょう。その結果、将来の公共政策の立案に少しでも寄与できることを願っています。
政策立案者に限らず、多くの国民が日本の将来に不安をもっています。それは当然です。日本は二つのピンチに直面しているからです。少子高齢化であり、双子の赤字です。人口が減り、増え続ける貿易赤字と財政赤字により、いつ破局が現実のものとなってもおかしくありません。貿易赤字の原因を原発停止にしておれる間は、その解決に集中して気が紛れるかもしれませんが、そんな国の将来像に、国民は暗い未来しか想像できないでしょう。
そこで、この本が提示する農村の未来を共有いただければと思います。
また、農村のリーダーでも政策立案者でもない読者にとっても、日本の将来に希望が湧いてくるものになれば幸いです。
三〇年後の日本──。
想像してみましょう。
都市でろくな仕事がなく、将来を感じられない若者やシングルマザーが目指すところはどこになっているでしょうか。
国民がいちばん憧れる職業、もっとも豊かな産業は何になっているでしょうか。
いちばん幸せな暮らしを育み、人として生きがいを感じる場所はどこになっているでしょうか。
そして、出生率が上がり、人口が増え、持続可能な社会が実現しているのはどこでしょうか。
私の答えはすべて農業・農村です。
理由はシンプルです。わが国に唯一残された成長余地は農村・農業にあるからです。
これは、日本の農村が直面する厳しい現実とまったく見えてこない未来像のギャップに何とかして橋を架けたいと長年、実践、思索してきたなかでの私の結論です。
とはいえ、みなさんの現状認識は、私のものとまったく違うでしょう。
日本の農業・農村といえば、衰退し、荒廃しているものの象徴と映っていることと思います。すでに崩壊していると認識し、復活は不可能と考えている方も多いでしょう。むしろ、日本の限られた資源は都市にこそ投下すべきで、「農村は見捨てよう」と言外にほのめかす識者や論者、報道人のほうが多数派といえるのが日本の言論状況です。
たしかに、農業・農村が現在直面している問題は難問ばかりであることは認めます。
問題の本質は日本の農村がなぜ衰退するのか、これまで誰も明確な根拠を説明できてこなかったことではないでしょうか。それさえも特定できずに、「未来がある」いや「未来がない」と論争しても建設的ではありません。
まずは、難問を解きほぐし、その根本要因をつきとめることが先決です。原因と解決法がわかれば、「農村をお荷物扱い」する必要すらなくなります。
追って本書でくわしく論証するとおり、農村は自立できる成長余力が充分にあります。
そうなれば、農村部、都市部、双方にとって、互いに責任を押し付けずそれぞれの未来を描くことが可能になります。日本の農村は都市や政府に頼らずとも、魅力的な存在となりえるのです。
そんなことが、はたして可能なのでしょうか。

人は難問に直面したとき、過去から解決策をもってこようとするのが普通です。しかし、今、日本の農村、ひいては日本全体があえいでいる諸難問はその方法では解ききれません。時代の大転換点だからです。
本書はその問いにたいして、これまで誰も考えてみなかった、理論と実践の方法を提示するものです。

1章では、農業・農村問題はなぜ難問化したのか、その根底に迫ります。その背景には農業政策の四つのジレンマがあります。解明した難問をどうすればチャンスに変えられるのか。私の提言とビジョンの骨幹として、「スマート・テロワール」(自給圏)という新しい概念を提唱します。換言すれば、日本を三つの地域──都市部、農村部、中間部に層別し、農村部・中間部に一〇〇あまりの自給圏をつくろうという構想です。この構想によって、農業・農村問題を超えて、日本の社会問題の原因究明に新たな診断法を提供します。

2章ではスマート・テロワール実現の鍵は「瑞穂の国」幻想を捨て、余っている水田や休耕田を畑地に転換し、同時に域内の工場で加工することにあることを示します。そのとき、加工場と農家で互酬関係を実現する方法としてカルビーが取り組んできた契約栽培を取り上げています。

3章でスマート・テロワールの背景となる思想を紹介し、農村における経済システム転換の仮説を示します。続く4章は農村問題の事始めです。その心は「美しい村」にあります。

5章はスマート・テロワール構築の鍵となる地域内の食品加工工場を成功させるためのポイントを示します。6章ではスマート・テロワール構築の道筋を山形県置賜地方を例に具体的に示します。さらに7章では先進欧州の実例から学んでいきます。そして、スマート・テロワールを支える仕組みについて8章で語ります。

最終章では、「アルカディアへの道」と題して、私見から先般の日本の世相を斬り、スマート・テロワール以外にその道はないことを述べていきます。

以上の論述は、私の二つの実体験に支えられています。カルビー時代のジャガイモ(バレイショ)という作物との格闘、そしてリタイア後のNPO法人「日本で最も美しい村」連合での活動です。

それをもって、農村問題、日本の難題を語る資格があるかと問われれば答えに窮しますが、一つだけ確かなことがあります。

「偉大な第一歩は〝失敗から始まる〟」(江崎玲於奈博士)ことを肝に銘じて、踏み出すことです。その意味で、私は一番多くの失敗の経験者でもあります。失敗して集中すれば、一条の光明が見えてきます。

私の提言はあまたある農村の活路の開き方の一案にすぎません。ほかのアプローチもいくつもあるでしょう。しかし、壊さなければならないものは共通しています。破壊のない創造もありません。考え方で負け犬になり、妥協しては活路も見えません。規模の拡張ばかりを唱える大都市の勢力に気おされて、農村の人々は自らのチャンスが見えなくなっています。

農村が活路を拓かなければ、日本の明日は暗くなるばかりです。
迎える前の漆黒の夜にいますが、朝の来ない夜はありません。

二〇一四年十月  松尾雅彦

二〇一四年二月二〇日、私の七三歳の誕生日ですが、この日に畏友、野口建彦君が不慮の事故で亡くなりました。彼は日本大学経済学部教授で、経済史を専攻しカール・ポランニーの研究家でした。二〇世紀の名著に数えられる『大転換』の邦訳に参加されました。ポランニーの研究家では、『パンツをはいたサル』で颯爽と登場し経済人類学を世に問うた栗本慎一郎君(元明治大学教授)とも同期でした。

二人のポランニー研究者を陰で支援し、私の退任後カルビー社長を引き継いだ中田康雄君を含めて三人は慶應義塾大学の学生自治会で活躍したメンバーです。栗本君は、私の後の全塾自治会委員長になりました。野口君は、経済学部自治会「理財学会」の委員長でした。中田君は教養部のあった日吉校で副委員長でした。一九六五年の卒業ですが、その直前に大学始まって以来の全学ストライキを敢行し、見事失敗し散りました。社会に出る道を捨てて学究に戻った栗本君と野口君は、私の中小企業の経営に、ポランニーの市場経済批判と非市場経済の有効性を指導してくれました。経営の実践では中田君が全身で支援してくれました。彼ら三人の支援でカルビーはそこそこの企業になりました。

二〇一〇年、私がカルビーをリタイアして五年目、原料のジャガイモの栽培が思わしくないと聞き、根本原因の探索を始めました。その結果、ポランニーの経済システムの提案が粗末に扱われていることに辿(たど)りつきました。二人の経済人類学者の主張を取り入れて成果をあげていた私は、その実践を社会に広めることをライフワークにすべきと決めて、依頼された講演で紹介しています。日本の経済がますます市場経済に傾斜していくので、本の出版を急いだのですが、筆が迷っているあいだに野口君の訃報に接しました。

三人との出会いは、中田君は現役のバリバリで、栗本君と野口君は一浪して、私は一浪一留で時を同じくして同じ大学にいたことが縁です。

遠い昔の話になりますが、私の寄り道の原因は高校三年の秋、クラス担任だった堀芳夫先生の気まぐれに始まりました。私は高校時代、もっぱらクラシック音楽に熱中し、音楽班の班長などをやっていました。その関係で、堀先生が国語の教科書に「第九交響曲」が出てきたとき、みんなで全曲を聴こうと提案されて、その準備係に私を指名されました。
大学受験で空気が淀みがちのところを吹き飛ばす狙いと読んで、早速自慢のコーナー型の大型スピーカーとアンプを教室に持ち込みました。「第九」を聴いて楽興に耽る者は少なかったのですが、持ち込まれたハイファイ機器に加えて、コーヒー用のパーコレーターを持ち込んだ友人がいて、翌日から昼食時は音楽喫茶になりました。器用な級友は教室の後部の板壁の釘を抜いてコーヒーカップの隠し棚にしました。壁板を元に戻せばカップは隠れてしまいます。コーヒーは、その頃、広島一と言われていた「衆望」から挽き立てを買ってきました。

間もなく文化祭を迎え、クラスの演し物が〝音楽のある喫茶店〟になりました。ホームルームの壁には高校三年間の楽しい思い出の写真を、大きく引き伸ばし、ベニヤ板に貼り付けて飾りました。クラスの写真好きが持っているフィルムを全部集め一週間、暗室に籠りっきりで引き伸ばしました。文化祭に初めて登場した喫茶店(コーヒー一杯二〇円)が成功したことはいうまでもありません。中高共学でしたから華の女学生たちもみんな楽しんでくれました。

文化祭が終わるとサッカーの高校全国大会県予選が始まります。戦後に全国制覇の実績のある高校でしたのでサッカー部だけが誇りですが、しばらく準決勝戦どまりで低迷していました。この年、県代表の呼び声が高く、試合のたびに全校で応援に出かけました。県代表になって、正月の全国大会では、京都の山城高校に一敗地にまみれて準優勝に終わりました。私は早生まれであることを納得材料にして浪人を覚悟し、高校三年間の最後の秋を自由気ままにすごすことを選びました。

一浪の末、大学には転がり込んだのですが、いわゆる六〇年安保の年です。樺美智子さんが亡くなられた六月一五日の夜、機動隊の警棒が襲い掛かる下で、逃げまどいながらすごしました。

一九四五年八月六日、私は母と、疎開荷物を積んだ馬車の荷物の上で原子爆弾の炸裂に遭いました。爆心地からわずか一・五キロの至近距離でした。道の両側の家屋が爆風で一瞬に倒壊しましたが、それにさえぎられて助かりました。母は四歳半の私を小脇に抱えて倒壊している家屋のもやの間をくぐったりしながら家業の雑穀の加工場に戻り、火の始末をして、近くの川に避難しました。

その日は終日、火災を避けて三篠橋のたもとの川のなかですごしました。火災のなかで繰り広げられている凄惨な生き地獄は記憶にありません。火の粉が飛んできて私の胸に小さな火傷を残しただけです。大惨禍のなかにいながら、つらい記憶がないのは、子どもの頃は「仔馬のマコちゃん」と呼ばれていて、いつも母のそばにいて育ち、被爆の日もずっと一緒でしたから、何の不安もなかったのでしょう。最近、幼児に対する虐待が報道されます。なぜ、そうなるのか胸が痛みます。母の愛を受けられないことは悲しいことです。どんな動物の世界でもありません。
父は福岡県の部隊にいましたが、除隊して広島に帰ると、すぐさま代用食の製造を再開しました。戦後のひもじい時代です。その年の一二月には、宇品にあった陸軍糧秣廠の払下げを受けて事業を拡大しました。彼の食品事業に懸ける夢は、戦前に青年団活動で東京から招いた栄養学の大家から聞いた「未利用資源の活用」でした。このコンセプトは、昭和の初めの米相場の暴落で家業が破産し、進学をあきらめて醸造所から排出される米糠の活用を事業にしていた父の生き甲斐になりました。父は、瀬戸内海の資源で小エビが粗末にされていることに注目して、「かっぱえびせん」を創作しスナック食品の時代の先駆けになりました。六二歳でジャガイモが未利用資源に留まっていることに着目してポテトチップ事業に取り組んでいましたが、その最中でも、米麦の搗(とう)精(せい)で生じる「糠」の活用に執念を燃やしていました。父の座右銘は「一生一研究」でした。

本書では、日本でいかに未利用資源が活用されないで放置されているかを、いろいろな角度から紹介しています。未利用資源を活用して自立の道を拓くには、それまでに成功した人々がつくっているルールを壊さなければならないと主張しています。日本の最大の未利用資源は人です。そして過剰になった水田です。資源を有効活用しないで、海外から資源を買ってくることに狂奔している人々が尊敬されています。しっかりと現実を見なければ、いくら情報化時代といって浴びるように情報を食べても、薬と同じで血肉になることはありません。

農業と農村問題に頭を突っ込みますと、日本と似た風土の東アジア諸国のことが気にかかります。農業がうまくいっていないことが様々な紛争の源になっているのではないかと愚考します。文明開化で産業が興り、急速な人口増加にともない、近隣諸国にご迷惑をかけたことが原因の一つと思うからです。

頭を垂れて詫び続けることを良しとしない勢力がありますが、世界の常識ではそのほうが尊敬されるのではありませんか。スウェーデンは、近隣諸国を侵略する常習犯でした。その歴史を反省して、中立国になりました。スイスが永世中立国になっている事情は少し違います。ヨーロッパ各国に兵隊を輸出していたからです。ドイツは永久に反省する決意と引きかえにEUの盟主の一角を占めています。

瑞穂の国の日本には、「実るほど頭が下がる稲穂かな」という格言があります。日本に限らず、胸を張って居丈高にしている国が尊敬を集めるということはあまり聞きません。アジアの人々に頭を垂れて良いもう一つの事情があります。西洋の列強が喜望峰を回ってアジアを陥れて、アヘン戦争で中国を食い物にしていました。北からロシアがウラル山脈を越えて、清国からシベリアを買収して南下していました。スペインに略奪されていたフィリピンやグアムは、米国がカリブ海でスペインと戦い、太平洋の彼方から奪い取りました。最果ての国日本は、アジア人の困難を知って脱亜入欧を決心し、西洋文明を取り込む決意をしました。アジアの国々で繰り広げられていた列強の政治的、経済的な暴力への抵抗のおかげです。

東アジアの工業化には充分貢献しました。貧しさで競争することは要りません。米国が仕掛けているその先の競争はどのようなものでしょうか。TPPの仕掛けを見誤ると酷いことになります。

大学が市民のために多様なチャレンジに臨む機会を作ることについては、四年前にコーネル大学で一週間学習したことで目を開かれました。ニューヨーク州イサカから一時間ほどの地、ジュネバ校の食品の製品開発施設や、ニューヨークワインの成功の秘策の学習ではアクリー教授にワイナリーツアーまでしていただきました。

この学習旅行を企画したのは、コーネル大学終身評議員の松延洋平さんと、『ポテカル』編集長をお願いしている、農業問題の鬼才、浅川芳裕さんです。浅川さんには本書へのアドバイスと構成もお願いしました。
本書執筆に当たり触発された書籍『シビック・アグリカルチャー』の訳者である北野収・獨協大学教授にもお世話になりました。雑誌の対談でお会いし、「再ローカル化」の議論を深めることができました。

本書の出版を勧めていただいたのは、京都府立大学教授の宗田好史さんです。乱雑になりかける私の貧しい日本語に鞭を入れていただいたのは、学芸出版社の編集者、前田裕資さんです。厳しい鞭にもかかわらず、意味不明瞭は私の責任です。

夜遅くまでパソコンに向かいながら眠りこけている私を起こしてくれて睡眠時間の欠乏を心配してくれたのは家内の三枝子です。各位に御礼を申し上げながら、今は亡き、経済人類学者野口建彦君、食品会社の事情を教えていただいたこもだたかこさん、私の片腕になってカルビーで奔走してくれた懸川壽久さん、和田彦雄さん、そして最近亡くなられた川瀬博之さんは私同様被爆者でした。彼らに本書を捧げます。

二〇一四年十月松尾雅彦

推薦:川勝平太 静岡県知事

「スマート・テロワール」-それは「美しく強靭な農村自給圏」のことだ。

すでに各地で動きが始まり、静岡県では著者のアドバイスを得て「ふじのくに美しく品格のある邑づくり」を興し、84の農村地域が登録され、その中で伊豆の松崎町は「日本で最も美しい村」連合に加えられ、「世界でいちばん富士山がきれいに見える町」宣言もした。自信を取り戻している。本書の理論の実践の成果である。

欧米をモデルとする大都会中心の「東京時代」は終幕期に入った。新しい時代の檜舞台は北海道から沖縄にいたる日本の大地である。そこで実践するべき理論と成功事例が本書に懇切に説かれている。

松尾氏はカルビーを率いて、「契約栽培」を始め、食品を美味にし、農業を元気にし、農村を美しくしてきた。「フランスで最も美しい村」運動に触発された「日本で最も美しい村」連合のリーダーでもある。

日本の農産物の品質は色・形・味いずれも芸術的である。食品加工には匠の技が生きており、総じて農業芸術品、つづめて「農芸品」である。「和食」がユネスコの世界遺産になり、日本の食料・農業・農村に関心が集まっている。本書は、日本の食料・農業・農村を「世界に誇るべき宝」に磨きあげるための最良の指南書である。

本書を手に「農村ルネサンス」に乗り出そうではないか。農村は「アルカディア(桃源郷)」に、田舎は「日本の理想郷」になりうる。

評 : 宗田好史 (京都府立大学教授)

農業と農村を語る本の多くは、現状を肯定した上で、その再生への道筋を描こうとしているように見えます。しかしこの本は違います。売れる農産物を作り、過疎化する農村に若者を呼んで従来のやり方か多少改善した農業に従事してもらうというような、対症療法ではなく、瑞穂の国の水田の半分を大胆に畑作に転換することからという根本的な治療、つまり現代の日本農業の大転換を説いているのです。

7千ヘクタールの畑でポテトチップスのカルビーが契約栽培する畑を見れば、有効活用されていない100万ヘクタールの水田の1割でも同様の転換は起こるかもしれません。長年の供給過剰を顧みず、稲作にこだわる農業には無理があります。現代の国民が求める食料需要に応え、農業者の自由な発想と創意工夫で食の可能性を追求する農業が不可欠です。この本は、この転換の道筋を示しています。

そんなことは不可能だと思い込んでいる関係者を啓蒙することの難しさは容易に想像できます。でもこの本の分りやすい内容に触れた皆さんが、ごく当たり前に思えるこの道筋に共感し、共鳴することで、頑なな意識が変わっていくのだと思います。

今や我々の食生活に溶け込んだカルビーの経験が教えてくれる食と農の新しい未来が日本の農業と農村を変える可能性に大いに期待しています。

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公開され次第、お伝えします。