地域価値を上げる都市開発


山本 和彦 著

内容紹介

真の都市計画家が明かす事業の秘訣
伊藤 滋 氏 推薦!

アークヒルズ、六本木ヒルズ、表参道ヒルズ、虎ノ門ヒルズ、GINZA SIX…時代を画した事業の実務を担った著者が、飾らずに事実を積み重ねて率直に語る。計画・設計・地元や行政との協議、そして資金調達や完成後の運営。きらびやかな建物の裏に隠れた忍耐、苦労、工夫、危機が書かれている。不動産開発関係者必読書

体 裁 A5・256頁・定価 本体2700円+税
ISBN 978-4-7615-2754-9
発行日 2020/11/10
装 丁 赤井佑輔(paragram)


推薦文目次著者紹介はじめにおわりに追記プロジェクト地図&年表

都市開発事業に夢を抱く人に、
ぜひ読んでいただきたい一冊

山本和彦さんは、真の都市計画家であり、アーバンデザイナーであった。昭和から平成にかけて、森ビル創始者森泰吉郎氏・その後継者森稔氏と一体となって、アークヒルズ・六本木ヒルズ・虎ノ門ヒルズ等、世界的な大規模再開発を次々と実現させた。その力量には全く敬服する。
ところで、これら一連のプロジェクトに山本さんは、市民社会を質的に向上させる、思い切った“種子”を埋込んでいった。一つは、“都市文化”を育てる核としてサントリーホールをアークヒルズに誘致したこと、二つは、東京大震災に備えた“防災対策”として超大型熱電供給施設を六本木ヒルズに設置したこと、三つ目に、多くの市民が待望していた環状2号線の“地下道路”を虎ノ門ヒルズに併設したことである。

いずれも東京の将来を大きく変えてゆく画期的なプロジェクトであった。

山本さん、これらの困難な仕事を私達のために見事に解き明かす本を残してくれて、本当にありがとう。心から御礼を申し上げます

2020年8月31日
伊藤 滋

はじめに

第1章 森ビルの企業文化と超効率ナンバービルの開発

1 共通理念とイノベーション
2 私の最初の仕事
3 賃貸ビル会社として地位を築く

第2章 ナンバービルの改革 オイルショック後の安定成長に対応

1 ラフォーレ原宿 ファッションビルへの挑戦
2 ナンバービルの開発 安定成長時代に対応
3 1980年代初期の事務所ビルの連続竣工 会社の体力を付ける

第3章 アークヒルズ 民間初の大型複合再開発

1 19年に及んだ再開発
2 着工までの計画内容の変遷
3 着工後の計画変更
4 第三のビジネス都心に 高密度・高環境の追求
5 第1次・第2次オイルショックと不動産業界
6 アークヒルズの事業評価

第4章 ヒルズシリーズへの展開とバブル崩壊

1 御殿山ヒルズ 1種住専地区の高層複合開発
2 城山ヒルズ 幹線道路に面さない超高層複合開発
3 六本木ファーストビル バブルの頂点での入札物件
4 バブル期の不動産業界
5 バブル崩壊後の森ビル

第5章 バーティカル・ガーデンシティの都市像構築

1 バーティカル・ガーデンシティの構想
2 愛宕グリーンヒルズ プロトタイプとして
3 元麻布ヒルズ 高級住宅地での挑戦

第6章 六本木ヒルズⅠ 文化都心コンセプトの構築とコンセンサスづくり

1 プロジェクトの沿革と社会的意義
2 テレビ朝日との出会いと再開発課題の整理
3 地元活動を始める
4 準備組合活動と都市計画決定

第7章 六本木ヒルズⅡ 文化都心とバーティカル・ガーデンシティの実現

1 都市計画決定から着工まで
2 着工からオープンまで

第8章 ポスト六本木ヒルズのプロジェクト

1 同潤会を再開発した表参道ヒルズ
2 平河町森タワー シールドの地下鉄を跨いだ複合ビル
3 アークヒルズ仙石山森タワー アークヒルズを東側へ拡張
4 アークヒルズサウスタワー 二つの大規模再開発をつなぐ
5 虎ノ門ヒルズ 環状2号線を跨いだ官民協働の複合再開発
6 逆風下の中国進出

第9章 GINZA SIX 開発能力を提供した新ビジネスモデル

1 プロジェクトの沿革
2 コンサルタント契約の締結 プロジェクト前史
3 銀座ルールと高さ プロジェクト第1幕
4 建築計画案の策定とリーマン・ショック プロジェクト第2幕
5 事業体制の組み直しから着工まで プロジェクト第3幕

第10章 東京は世界一のオフィス都市になりうるか

1 戦後のオフィスブーム
2 オフィスビルづくりにとって天国のような環境
3 今後の懸念
4 昭和は工場、平成はオフィスの時代
5 日本企業の本社は水膨れ
6 ピンチをチャンスに変える
7 これからの不動産業に向けて

おわりに/追記

山本 和彦

元森ビル株式会社副社長。不動産協会都市政策委員長、再開発コーディネーター協会副会長、ULI(アーバンランドインスティテュート)日本委員会会長、筑波大学客員教授、東京都市大学客員教授を歴任。

2020年、東京ではオリンピック・パラリンピックを迎えることとなっていた。しかしながら、新型コロナウィルスの世界的な感染拡大により延期された。世界中で人と生活が大きく変わろうとしている。それでも、東京都心部では大規模再開発が花盛りである。

1990年代のバブル崩壊後の日本経済をどのように考えたらよいのであろうか。アベノミクスに基づいた超金融緩和が続いたにもかかわらず、企業の設備投資に大きな伸びはなかったようだ。ところが、大都市都心部に限っては大量の投資が行われている。アベノミクス成長戦略の数少ない成果だと言えよう。しかも、大規模オフィスビルが続々と建てられているにもかかわらず、入居者は多く、空室率はゼロに近づいている。東京一極集中が続き、働き方改革の成果か、人手不足への対応もあり、入居者は快適なオフィスで効率の高い仕事ができるようになっている。複合の商業施設や文化施設等も様々な工夫を凝らし、魅力的なものが増えている。インバウンドの観光客の流入にも大いに貢献していることであろう。

バブル崩壊後、不動産開発が停滞しているなか、このような大規模開発を最初に進めたのは2002年に竣工した三菱地所の「丸ビル」の再開発であり、2003年に竣工した「六本木ヒルズ」の再開発であろう。まさに「失われた20年」のど真ん中にオープンし、大きな話題となり成功した事業と思われる。このような大規模開発が民間の力で進んだことが行政を動かし、政府は国土政策を大転換することになった。それまでの政府の方針は、戦後一貫して「国土の均衡ある発展」を旗印に地方への投資を優先していたが、バブル崩壊を克服するための成長戦略として「都市再生」を位置づけ、都市部への投資に切り替えたのである。それを実現するための方策として、2002年に「都市再生特別措置法」が制定され、政府は積極的に規制緩和を進めた。5年の時限立法であったが、次々に延長され、その後も現在に至るまで規制緩和が進んでいる。加えて、超金融緩和も続き、このようなブームになったと思われる。

その成功モデルが六本木ヒルズと言ってもよいだろう。不動産業界として何をすればよいのか、先のわからない暗闇の時代に、森ビルは無謀な巨大プロジェクトだと言われた六本木ヒルズを実現させた。その森ビルの軌跡を描くことは、都市開発事業がブーム化しているこの時代背景を考えると、意味あることのように思われる。

私は第1次オイルショック直後の1974年に森ビルに入社した。たまたま運よく森泰吉郎氏(当時:社長)、森稔氏(当時:専務)の傍らで、直かに教育、指導、指示を受けながら国内の森ビルの主なプロジェクトに関わることができた。そして、プロジェクトという限られた面ではあるが、直接関わった当事者として、このユニークな会社が取り組んだ数々のプロジェクトの軌跡を綴ることは、私の役目なのではないかと考えるようになった。ちょうど大病を患ったこともあり、この機会に筆を執った次第である。

森泰吉郎氏・稔氏親子は、自分たちが耕してきた独特な企業文化の土壌のもと、当初から開発敷地だけでなく周辺の地域価値の向上を意識していた。そのために他者との共同建築を厭わず、時代を担う企業のための事務所ビルを最大限の効率化を図りつつ建て続けた。社員には徹底した理念教育を行い、創意工夫に努め、時代の変化にも的確に対応した。度重なる経済危機に対しても、建築家、行政、事業者等と積極的なコラボレーションを行い、何らかのイノベーションを実現することで乗り越えてきた。そのうえでビジネスとしての成長を続けることができたと言える。その開発プロジェクトの姿、プロセスを時系列的に並べてみた。

高度成長時代に開発した超効率的な事務所ビルであるナンバービル 、そしてオイルショック後の安定成長に対応したナンバービルの改革。さらには、日本初の民間大規模再開発アークヒルズへの挑戦。こうして、森ビルは本格的に街づくりに取り組むことになった。それが事業的に大成功し、ヒルズシリーズの開発に邁進するが、バブル崩壊に遭遇する。他社がバブルの後始末をしているなか、粛々と事業を進め、「失われた20年」のど真ん中に愛宕グリーンヒルズ、元麻布ヒルズ、六本木ヒルズを完成させた。その後、表参道ヒルズ、虎ノ門ヒルズ、GINZA SIX等の開発を、リーマン・ショックを挟みながらも展開してきた。激しい時代の変化に対応してきた森ビルのユニークな開発の考え方、その取り組み方、事業のプロセス、そこから学んだことを書き連ねていきたい。

自宅療養中で資料の少ないなか、私の記憶に残っている事柄をベースに書いたので、事実と異なること、不適切な表現も多々あるかと思う。研究者でない当事者が自ら書いていることでお許し願えればありがたい。また、私の師であり、敬愛するボスであった森稔氏の著書『ヒルズ 挑戦する都市』(2009年・朝日新聞出版)をぜひ併読していただきたい。彼の街づくりに対する熱い気持ち、強い意志、豊かな構想力がなければ、これらのプロジェクトの多くは企画もされず成就することもなかったことは明らかである。彼に仕えた人間としての個人的な思いはできるだけ排除して、淡々と書きたいと思う。そこから、森稔氏の強い意志のもとで森ビルが様々な不動産開発のイノベーションを果たしてきたことが読み取られることを願っている。

最後の第10章は、現在の大規模開発ブームをどう考えたらよいのか、東京都心の開発を引退してから7年、少しは客観的に見られる立場になったと思い、極めて個人的ではあるが、私の考えを述べたものである。順調に大規模開発プロジェクトが進めば、東京は間違いなく外観上は「世界一のオフィス都市」と言われるようになるであろう。しかしながら、中身もそうなるかについて私は不安を感じている。今回、執筆をしながら痛切に感じたことは、次のことである。昭和は工場の時代であった。国中に工場が建てられ、そこから世界を動かすような企業が数多く生まれてきた。それに対して、平成は事務所の時代であった。何度か厳しいときもあったが、森ビルのビジネスが成功した一つの要因でもあろう。その後、東京には、汐留をはじめとして質の高いオフィスビルが大量に建てられた。しかし、残念ながらそこから世界を動かすような企業が生まれていないのではないか。内実とも世界一のオフィス都市に、ビジネス都市になれるのか、現時点での私の考えたことを整理してみたものである。参考にしてもらいたいし、ご意見、ご批判をお願いしたい。

だらだらと長い文章を読んでいただきありがとう。読みながら感じた方も多いと思うが、私も何となく方法論が見えてきた。不動産開発は一に立地、二に経済状況のタイミングであるのは変わらない事実だと考える。どちらも、自力解決が難しい課題である。残念ながら、計画づくり、施設の運営方法は三番目と四番目になる。立地とタイミングさえ合えば、どんな計画でも開発事業は成立してしまう。長期にわたる大規模開発では、タイミングを合わせることは難しく、運によることも多い。ただ、長期を前提にしている事業であれば、そして良い計画であれば、時を待てば成功に導くことは可能である。そんな計画づくりを心がけてきたので、計画の方法論は好きではなかった。

地域価値を上げるという目標・基本方針は維持しながらも、時代・状況の変化にフットワークで対応し、試行錯誤しながら目的に達する努力をしてきたように思う。ただ、今回時系列にプロジェクトの軌跡を並べてみると、何となく地域価値を上げる共通の方法論が見えてきたような気がしたのである。

まずは、理念が重要である。何のために会社があるのか、何のために都市開発事業を行うのか、変わらぬ考えが欠かせない。次に、コンセプトが大事になる。まず地域の立地条件、そのポテンシャルの可能性を十分に検討したうえで、どのような開発をするのか、どのような地域に変えたいのか、関係者の共通の目標を設定する必要がある、どうしたら良いか行き詰まったとき、選択に迷ったときに立ち返る言葉である。

コンセプトを考えるのは、1人ではなかなかできないことが多い。コラボレーションが欠かせない。関係者が集まってああだこうだ議論することから生まれてくることが多い。関係者を上下関係なく巻き込み、皆が当事者意識を持つことが重要と考える。まずは仮説としてコンセプトを設定し、その可能性を様々な角度から検証する。だめなら前に戻ってやり直せば良い。その繰り返しから、これはというものが生まれてくるはずである。ただし、皆が賛成だからとして決めるとユニークなコンセプトにならないことは頭に入れておくべきであろう。

次に、イノベーションを生み出すことである。コンセプトを実現するイノベーションは今までにないものやサービスを生み出し、それが消費者のニーズに応えられないといけない。加えて、街づくりの分野では、地域のニーズにも応え、地域価値を向上することが期待されている。それゆえ、特筆されるイノベーションが求められる。
能力なり技術の優秀な人材を集め、しかも彼ら同士が考え方、趣向、技術は異なっているがお互いにリスペクトされる存在でないと良い結果は出ないような気がする。地域価値を本当に向上させるためには、卓越したイノベーションが必要なことだけは間違いない。経済学者のヨーゼフ・シュンペータは、新結合がイノベーションを生むと言っている。今までの通念や常識を取り払えば、様々な新結合が考えられるはずだ。それぞれの立場で、まずぶつけ合うことから始めるべきであろう。それをうまく結合できれば、何かが生まれるはずである。このイノベーションの案を実行計画に落とすときには、障害が次々と出てくる。今までとは違う案だからこそ、地域価値を上げる可能性がある。当然、今までのやり方、慣習、法規を逸脱することも多い。守るべき法規、乗り越えられる慣習、やり方を峻別して実行計画を立てることになる。乗り越える手段が当初からわかることは少ない。多くは実行しながら乗り越えていくことになる。その判断が難しい。

最後にビジネス化計画を立てることになる。その時期は立地によって大きく異なる。化け物のような巨大都市東京の都心部では、イノベーションのほうが重要であり、ビジネス化計画は後でよい。優れたイノベーション案が出来れば、需要は後からついてくるとも言える。それに対して、地方都市の場合には、絶対需要が少ないので当初からビジネス化計画をイメージすべきであろう。ただし、一時流行った「身の丈再開発」という言葉を最初から使うのは好ましくないと思う。「身の丈再開発」の考え方では、地域価値の向上やイノベーション案を考えなくなり、現状依存の完全な補助金頼りになりがちである。もちろん、事業である限り、結果としては身の丈でなければ成り立たなくなる。極端に言えば、六本木ヒルズも「身の丈再開発」である。

さらに欠かせないのが、完成後の運営計画である。運営がビジネスになりうるかが事業の持続性に関わることになる。この面も十分に検討して答えを見出さないと始められない。ここでもイノベーションが必要になると言える。もちろん、運営については、動きだしてから消費者の趣向に合わせないとビジネスにならないことが多い。消費者目線で考えることが大切である。ただイノベーションとは、消費者の需要や趣向を変えること、気がつかなかった消費者のニーズを掘り起こすことでもある。ライフスタイルやワークスタイルが変わりそうな今日、地方でも消費者のニーズが大きく変わる可能性があることを頭に入れておくべきであろう。

理念を除いてこれらの六つの項目が順番通りに進むことは少ない。実際には行ったり来たり、紆余曲折しながら螺旋状に前進せざるを得ない。結局はフットワークで対応せざるを得ないと思う。様々なプロジェクトのジョブトレーニングから少しずつ学ばざるを得ない代物かもしれない。

ただ、ここで整理したことは、プロジェクトを遂行するうえで何らかの役に立つと期待している。プロジェクトに夢中に取り組んでいると、今何をしているのか見えなくなるときが来る。そんなときに振り返り、参考になればと願っている。私は現役を引退したので実際には使えないが、現役でチャンスがある人はぜひ試してみてほしい。そして、感想、批判を寄せてほしい。私もまだまだ勉強したいのでお願いしたい。

私がこの本の原稿を書き終えたのは、2020年の1月末頃であった。第10章に景気後退の心配について書いたが、その後、想像を絶する経済以外の分野からの危機が起きてしまった。コロナウィルスという感染症のパンデミックである。世界的に蔓延し、世界の人とモノの動きが止まってしまうという未曽有の事態が起こり、対処方法・治療方法が確立されておらず、いつ終息するかわからないのが現況である。もちろん、この本が出版される頃には終息の目途が立っていることを期待したいが、どちらにしてもオリンピックの延期に代表されるように、6カ月以上にわたり世界の人とモノの動きが止まってしまうことは、経済に相当の大打撃を与えることは間違いない。

とても第10章で書いた対応では克服できないだろう。不動産、貸しビルの概念を変えるくらいのイノベーションが必要になるであろう。森親子を超えるイノベーターが現れるのを待たないといけないかもしれない。そういう人材にとってこの本が刺激になればと願っている。日本はオイルショック、極端な円高、バブル崩壊という危機のときに様々な改革を行い、それらを克服してきた。今回も克服できないとは信じがたい。

最後に、この本の出版に協力いただいた方々にお礼を言いたい。
まずは学芸出版社の社長、前田裕資様。社長自ら何も知らない私に適切なアドバイスをくださった。そして、私の原稿のリライトをまとめてくれた「まちライブラリー」の提唱者、礒井純充さん、実際にリライトをしてくれたライターの安木由美子さん、図版を書いてくれた建築家の榊法明さん。この方々のコラボレーションがこの本をつくり上げてくれた。さらには、慣れない私のタイピングを補ってくれた森ビル都市企画の秘書、山本聖子さん。私の元原稿を読んでくれて、これを社内向けにしておくのはもったいない、出版すべきだとアドバイスしてくれた旧友の元東京大学教授で景観工学の権威、篠原修先生。この話を出版社につなげてくれた元龍谷大学教授の矢作弘先生。この本への登場を許してくださった建築家の谷口吉生先生、安藤忠雄先生。特に安藤先生は私の病気のことを心配し、たびたび励ましてくださった。感謝、感激である。

加えて、忘れてはならないのが森佳子森美術館理事長である。美術館の勉強とネットワークづくりのため、海外・国内視察のほとんどに同行させていただいた。気が利かない私を嫌がらず同行させてくださり、本当に感謝している。その後、現代美術の勉強をされ、20年以上にわたり、森美術館の理事長を務め、アジアで欠くことができない現代美術の擁護者になっている。そのような多忙ななかで私の長い原稿を読んで、孫や社員の勉強になると励ましてくれた。森洋子先生は、森敬先生の妻で、ブリューゲルの大研究家であるが、森ビルの歴史を知りたくて私の背中を押してくれた。その娘さんの森飛鳥さんは、森ビルの住宅事業部の仕事が忙しいのにもかかわらず、事実関係の誤りや表現の適正化などについてご指摘いただいた。

もちろん、私にこのような貴重な経験の機会を与えてくれた故森泰吉郎社長、故森稔会長にも感謝したい。私1人でこのように多くのプロジェクトができたわけでない。協力して一緒につくりあげた森ビルの社員の方々、また年上でありながら私を友人として扱い、相談相手になってくれた小林善勝さんにもお礼を申し上げる。特に私の家内の献身的サポートにはどう感謝してよいかわからないほどであった。改めて、多くの方々にお礼を言いたい。
2020年4月吉日
隠居部屋として最近新築した「離れ」の書斎にて 山本 和彦

年表

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