地方都市を公共空間から再生する
日常のにぎわいをうむデザインとマネジメント

柴田 久 著

内容紹介

公園の環境悪化、小学校の廃校跡地、中心市街地からの百貨店撤退、車中心の道路空間等、地方都市が直面する公共空間・施設再生の処方箋。多くの現場で自治体・市民と協働してきた著者は、日常的に住民が集い活動できる場の創出こそが経済的な好循環にもつながると唱え、その手法を実例で詳述。行政職員・コンサルタント必携

体 裁 A5・236頁・定価 本体2600円+税
ISBN 978-4-7615-2660-3
発行日 2017/11/25
装 丁 赤井祐輔


目次著者紹介まえがきあとがき書評
目次

第1章 今、地方都市に必要な“にぎわい”とは何か

1 地方都市活性化の本質
2 まちとの日常的関係をデザインする
3 市民との日常的関係をデザインする

第2章 まちとの結びつきを取り戻した、福岡市・警固公園再生プロジェクト

1 オープンスペースの可能性
2 利用者の行動を見据えたデザイン
3 再整備プロジェクトの評価──利用者行動の変化

第3章 地方都市の日常的課題に挑む、公共空間の利活用

1 生き残りをかけた活性化拠点としての公共空間再整備
2 過疎化問題と小学校の跡地利用──福岡県朝倉郡東峰村
3 大手百貨店撤退後の市街地再生──大分県佐伯市
4 歩行者中心の道路空間整備──大分県国道197号線「昭和通り」

第4章 地方都市のブランドを支える日常の美しさのつくり方

1 世界遺産登録が地方都市におよぼす功罪
2 日常の美しさをうむ公共空間の設計と施工
3 世界遺産登録につながる「普通」の道づくり──長崎県小値賀町
4 日常の風景を守る仕組みづくり──長崎県の取り組み
5 あるものを活かしたブランドづくり
6 活性化に向けた社会実験の心得──大分県津久見市

第5章 アメリカ地方都市の公共空間デザイン・マネジメント

1 アメリカの先進性と留意点
2 車中心から人のための道路整備へ──サンフランシスコ・オクテイヴィア並木通りの再整備
3 市民が使いこなすパブリックスペース

第6章 地方都市の日常を支える市民参加と合意形成

1 公共空間整備に不可欠な合意形成力
2 合意形成プロセスの要点
3 ワークショップの心得
4 ワークショップにまつわる二つの疑念
5 合意形成の極意
6 コミュニティ・デザインと空間デザイン

柴田 久(しばた ひさし)

1970年福岡県生まれ。福岡大学工学部社会デザイン工学科教授。博士(工学)。2001年東京工業大学大学院情報理工学研究科情報環境学専攻博士課程修了。専門は景観設計、公共空間のデザイン、まちづくり。カリフォルニア大学バークレイ校客員研究員等を務め、南米コロンビアの海外プロジェクトや九州を中心に四国、東北を含む約50の公共空間整備、地域活性化に向けた事業、計画、デザインの実践に従事。主な受賞に2014年度、2011年度グッドデザイン賞、土木学会デザイン賞2014最優秀賞、 2010年度、2008年度キッズデザイン賞、2014年度福岡市都市景観大賞など。著書に『環境と都市のデザイン-表層を超える試み・参加と景観の交点から』『土木と景観-風景のためのデザインとマネジメント』(ともに学芸出版社、共著)など。

著者からのメッセージ

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成功例も失敗例も紹介します。現場で悩めるみなさんに読んでいただきたい一冊です。

──柴田久

本書は、衰退する地方都市を公共空間から再生するための具体的な方法や考え方についてまとめたものである。特に地方都市が日常の「にぎわい」を取り戻すことの重要性を示すとともに、そうしたにぎわいをうみだす公共空間のデザインとマネジメントの要点を具体的な事例を交えて詳述している。また、実践的な知見をできるかぎり「分かりやすく」「深く」伝えることを念頭に、多くの写真や図表を用いて、筆者自らが経験した現場での成功例と失敗例を紹介している。

まず導入編となる第1章で、地方都市の現状と地域活性化のための公共空間整備に求められる考え方を整理し、日常的なにぎわいをうむデザイン手法について論じている。最初の章ということもあり、ここでは活性化やまちづくりに関わる筆者の思想的な背景を述べるとともに、今後の地方都市活性化に求められる評価の方法についても提案した。

第2章から第4章は、公共空間整備の事例を中心とした実践編である。第2章では、第1章で述べた考え方やデザイン手法の実践例として、実際ににぎわいを取り戻した福岡市の警固公園再整備事業のプロセスをその成果とともに示している。第3章では、地方都市の抱える課題をより鮮明に述べたうえで、課題解決のための方策と具体的な手順を、公共空間の再整備計画(廃校の利活用、中心市街地活性化のための拠点づくり、目抜き通りの再生)の事例から具体的に解説する。第4章では、生き残りをかけた地方都市のブランドづくりをテーマに、そのための公共空間整備のあり方を、実務的な設計・施工上の工夫、近年注目を集める世界遺産登録、風景の保全に向けた仕組みと新技術に加え、活性化に向けた社会実験の実例を通じて詳述している。

第5章では、これまでの日本の公共空間の現状を相対的に見るため、アメリカ地方都市の公共空間のデザインとマネジメントを事例検証し、我が国への示唆と有益な知見を明らかにしている。最後の第6章では、地方都市を公共空間から再生するための市民参加と合意形成について、問題提起も交えながら考え方と具体的な方法論を、ワークショップやコミュニティ・デザインの手法をもとに解説している。

以上のように、本書は相互に関連性を持つ章構成となっている。同時に、各章の内容それぞれ完結しているので、読者の興味にあわせてどの章から読み進めて頂いても一向に構わない。また本書は、地方都市を公共空間から再生するうえで重要となる基本的考え方から、ややマニアックな技術の話まで、いわば一挙両得を目論む内容となっている。これは本書が主に地方都市や公共空間に興味を持つ学生や、地方都市の再生に奔走する現場の実務者、両方に読んで頂きたい気持ちの表れであり、何卒、ご笑覧頂きたい。
地方都市にとって何が問題視され、いかなる再生が求められるのか? そして公共空間にできることは何なのか? そのためにはどのようなデザインとマネジメントが求められ、留意すべき点はどこにあるのか? そうした問いかけに、本書が少しでもこたえられていることを切に願う次第である。

2017年10月 柴田 久

まずは本書に最後までお付き合い頂いた読者の皆さんに、心から感謝を申し上げたい。本書は筆者がここ十数年で取り組んできた、現場での経験や研究活動の成果を取りまとめたものである。

微力ながら筆者が景観やまちづくりの専門家として活動してきたことは既に読み取っておられると思う。筆者はもともと「景観と人との関係」に興味があり、少々青臭いことを言うようだが「美しく魅力的な景観には人が笑顔で居心地よく過ごしている様子が不可欠である」と考えていた。そのため、より多くの人々の笑顔を引き出し、豊かな活動を生み出せる場所として、公共空間の可能性に着目するようになった。公共空間が美しく、居心地よく、多くの利用がある状況をつくりだすことが、特に都市の景観形成にとっては重要なポイントであると考えている。

一方、筆者は多くの地方都市で景観やまちづくりの仕事に携わるようになり、地方都市が抱える様々な実情に直面することになる。人が減っていく、お金がないなど、暮らしている人たちの多くから、諦めの様子も見て取れた。また公共空間に幻想を抱く人も多く、「公共なのだから役所に任せておけば良い」「税金を使うのだから、言えば何でもやってくれる」などの言葉もよく聞いた。逆に「公共空間など何もできやしない」と失望している人にもたくさんお会いし、叱責を受けたこともある。

筆者は、そうした幻想や失望の意識を少しでも変えたかった。そして、そのためには暮らしている人々が日常的に目にする公共空間のデザインとマネジメントを、意識変化の機会として作用させることが重要だと考えるようになった。だからこそ、地方都市の再生にはまず、まちの現状と課題を暮らしている人々とともに冷静に話し合うところから始めるべきだと考えている。さらにまちを楽しくしたいと一念発起する人たちを全力で支援し、成果を着実かつ戦略的に積み上げることで、まち全体への波及効果を目指す努力が求められる。地域らしさとともに洗練された本物の公共空間が整備されていくことで、そこにしかない地方都市のブランド化と市民の愛着、誇りを取り戻し、幻想や失望からの意識変化にも貢献できるのではないか。引いてはそれが魅力的な地方都市の景観形成にもつながると考える。本書にはそのような思いを込めたつもりだが、本書をきっかけに、地方都市を公共空間から再生する仕事や活動、取り組む仲間が少しでも増えてくれることを心から願っている。

言うまでもなく筆者が本書を執筆できたのは、書中に記せなかった事例を含め、多くの現場や研究活動でご協力、ご指導いただいた方々のおかげである。また本書で紹介した事例の多くは福岡大学景観まちづくり研究室のメンバー(卒業生を含む)とともに携わったものであり、掲載した図などは、彼、彼女らの協力によって作成されている。なお本書の執筆期間における写真の整理や図版等の作成には、景観まちづくり研究室アシスタントの原田麻里氏、大学院生の遠藤侑輝君、吉田奈緒子君にご協力を頂いた。ここに記して謝意を表したい。

また本書の編集を担当して頂いた学芸出版社の井口夏実氏には常に的確なご意見とサポートを頂き本当にお世話になった。古野咲月氏には、煩雑な編集作業を丁寧かつ円滑に遂行して頂いた。心から感謝を申し上げたい。

最後に本書の執筆時間を確保するために、家族には大変迷惑をかけた。感謝の気持ちと共に、子どもたちの暮らす地方都市の未来が少しでも明るくなってくれることを願いつつ、本書を閉じたい。

2017年10月 柴田 久

評 : 藤村 龍至(建築家・東京藝術大学准教授)

専門家の「孤独」
──その役割は誰がどのように果たすべきか

「地方都市を公共空間から再生する」とは

景観デザインの研究者でありデザイナーである柴田久氏の経験が詰まった一冊。読んでいると、公共空間のデザインに際しては日常性・波及性・継続性が必要であると説く「N・H・K」などの柴田氏らしいユーモアに微笑みつつ、現場で孤軍奮闘する氏の姿が目に浮かぶ。

ここでいう「地方都市を公共空間から再生する」とはどういうことか。柴田氏が関わった福岡市の天神駅前にある警固公園の改修プロジェクトは例として分かりやすい。福岡を代表するターミナル駅である天神駅のすぐ脇にあり、大名エリアへの入口にある重要な公園でありながら死角が多く、犯罪の温床であった同公園は、改修によって見事に蘇った。
治安の悪化していた中心市街地を公共空間の改修によって再生する手法は、NYのブライアント・パークやLAのパーシング・スクエアなど、1980年代から90年代のアメリカの中心市街地で成功したものである。日本でも中心市街地の空洞化により、かつてのアメリカで見られていたような手法がリアリティを持って導入されるようになってきた。天神では目に見えて周辺の人の流れが変わり、日常風景が変わり、周辺の商業施設へ波及し、生き生きとした雰囲気が継続するようになった。まさに「N・H・K」プロジェクトである。

ただ、ここ数年、公共空間の「N・H・K」をめぐる考え方にも幅が出てきた。同じ福岡市でも柴田氏が審査に関わった福岡市水上公園の改修は、行政が積極的に民間投資を呼びこむために敷地内の大きな部分を飲食店が占め、従来型の税金による整備を基本とした警固公園の改修とは根本的に考え方が異なる、経済部局主導のプロジェクトである。従来型の建設部局主導のプロジェクトの違いが現れているとすれば、リスクを取って投資する民間企業の論理が尊重されて公園の整備が行われるため、例えば屋上の広場が新たに提案されたとしても費用面でエレベーターの着床が実現しない等の課題がある。他方で警固公園の事例では商業エリアの中心に立地する公共空間であるため周辺地域の商業効果は語られるが、公園そのものの整備や維持管理の費用についての議論は別問題となっている。

揺れ動く専門家の役割

このように都市の「公共空間」はその整備や維持管理、運営のあり方をめぐって今大きく揺れ動いている現場であり、本書を通読すると専門家としての柴田氏の役割もまた、大きく揺れ動いていることがわかる。柴田氏のベースは景観のデザイン理論であるが、周囲から期待される役割は一方で学識研究者として行政や地元コミュニティの協議に参加し、他方で景観デザインの理論に基いてコンサルの図面に赤入れをしながらデザインを望ましいものに導いていく、デザインコーディネーターの役割なのであろう。従来型の公共プロジェクトでは公園を管理する行政および技術者としてのコンサル業者と地元関係者が参加する委員会が組織され、調整役として学識経験者が参加するのが一般的であったが、研究者であり実践者でもある柴田氏が加わることで生き生きとした公共空間デザインのコーディネートが行われることは想像に難くない。

デザイナーとコーディネーターの役割は同じアートというジャンルでありながら分かれてしまうことが多いビジュアルアートとパフォーミングアートの関係に似て、よく似ているが分かれてしまうことの多い職能である。警固公園は柴田氏のようなハイブリッド人材が参画したからこそ可能になったプロジェクトであり、他のプロジェクトでも柴田氏のハイブリッド性が発揮されたことで他の分野との協働も滑らかなものとなったのだろう(ex. 東峰村でのプロジェクト)。同じくデザイナーとコーディネーターの両方のキャリアを持つ山崎亮氏は自らを「コミュニティデザイナー」と定義することによってデザイナーとコーディネーターの役割を建前上分けることで職能をわかりやすくプレゼンテーションすることに成功した(ex. 延岡プロジェクト)。それは民主党政権以後の「コンクリートから人へ」の流れに呼応したものであったが、「つくらない」を強調することで空間の生産(ルフェーブル)と社会システムの再生産の呼応関係は見えづらくなる。それを避けようとする柴田氏はデザイナーとコーディネーターのあいだに立ち、あえて「つくる」を強調する。

社会全体で専門家を支えるには

以上のように考えてくると今日の地方都市の再生という社会の課題に対して、柴田氏のような役を、誰がどのように務めるべきかという問題が浮上する。公共発注のプロジェクトの場合、中立性を保った専門家としての学識経験者の役割が期待されやすく、さらに地方都市にはコミュニティのまとまりが良くも悪くも生きており、学識関係者には大都市とは異なる期待される役割があるのかも知れないが、デザイナーとコーディネーターの両方をこなす柴田氏のようなハイブリッド人材は希少であるが故に、本来はもっと社会全体で共有すべき責任ある役割が柴田氏に過剰に集中しているようにも見える。柴田氏がたまたま出身地の九州で大学の教授になってしまったから背負ってしまう部分も多いのかも知れない。他に役を共有できる専門家が限られているから、生まれ故郷である九州で専門家として活動することには誇りと重圧が伴うことと思う。

では柴田氏の「孤独」をどのように救えばいいのか。ひとつは専門家の社会参加を進め、責任をシェアしていくことが考えられるだろう。例えば、コーディネーターとして設計者選定の委員などを務めた実績をデザイナーとして他のプロポへ応募する際に積極的に評価するなどのやり方である。 そのように考えていくと、本書のタイトルは『地方都市を公共空間から再生する』であるが、内容をより正確にトレースするならば本書は「都市を公共空間から再生する専門職の再構築」について書かれた本なのかも知れない。景観デザイン関係者のみならず、柴田氏のような専門家に地方都市の再生を相談したい行政や地元コミュニティの関係者には広く読まれたいところであるが、同時に専門家に頼るのみならず、社会全体で専門家を支える仕組みについても、同時に想像を巡らせていきたいところである。

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