桂離宮・修学院離宮・仙洞御所

川瀨昇作 著/仲 隆裕 監修

内容紹介

日本庭園の四季折々の表情は、多くの人々に賞賛されてきた。その美しさはどのような技術によって形成され、保たれているのか。40年にわたり宮廷庭園(桂離宮、修学院離宮、仙洞御所)の造園技官を務めた著者が、脈々と受け継がれる技術を明らかにしながら、心を揺さぶる写真とともに、自然の美を表現した庭園の魅力に迫る。

体 裁 A5・160頁・定価 本体2500円+税
ISBN 978-4-7615-2586-6
発行日 2014/12/20
装 丁 佐藤大介(sato design.)


目次著者紹介まえがきあとがき書評関連イベント
まえがき
宮廷庭園に学ぶ─監修の言葉

1部 宮廷庭園の美

1 庭園へのいざない

桂の月
いざなう仕掛け

2 巡る季節

庭園の四季
秋―季節の始まり
冬―命を育む
春―芽生え
夏―生命の力
営みを慈しむ―水と陽と田圃の姿

3 自然に習う

自然の理にかなう造形美
地形をよむ
流れをよむ
石を据える
護岸を整える
額縁の美

4 次世代につなぐ

千貫の松が枯れた
実生のマツ、新しい生命へ

2部 技を継ぐ

1 季節に応じた樹木の手入れ

御所透かし
根締め
広葉樹
高木(松)

2 宮廷庭園の作庭に学ぶ

御馬車道
大刈込みの手入れ
霰零し
州浜

3 日々の手入れ


流れ
園路
おもてなしの心
宮廷庭園の解説(桂離宮/修学院離宮/仙洞御所)

揺らぎの言葉─あとがきに代えて

著者

川瀨昇作(かわせ しょうさく)

元宮内庁林園課専門職、宮廷庭園研究所主宰
1953年生まれ。1972年大阪府立園芸学校造園課卒。同年、技術雇員として宮内庁入庁。御所、修学院の現場で13年、設計・積算部門で6年、樹林係と して仁徳天皇陵他で4年、桂・御所・修学院での庭園係長を経て、林園課専門職を務める。

監修

仲 隆裕(なか たかひろ)

京都造形芸術大学歴史遺産学科教授
1963年京都府生まれ。千葉大学大学院園芸学研究科修了。農学博士(京都大学)。
京都市文化財保護課文化財保護技師(名勝担当)、山中造園、千葉大学園芸学部助手などをへて現職。名勝平等院庭園洲浜整備設計・施工指導、名勝玄宮楽々園植栽整備など文化財庭園の保存整備に取り組む。文化庁文化審議会文化財分科会第三専門調査会委員、日本庭園学会関西支部長。

構成

藤津 紫(ふじつ ゆかり)

ElysianGarden主宰。立命館大学文学部修士課程英米文学専攻修了。英国ナショナル・トラストが運営管理するストウ庭園のボランティア を経験後、京都造形芸術大学通信教育部ランドスケープデザインコースを卒業。

中川郷子(なかがわ さとこ)

㈱環境事業計画研究所主任研究員。京都造形芸術大学通信教育部在学中に日本庭園の魅力に触れ、現在は京都の造園コンサルタントで文化財庭園の保存修理や計画策定などに携わっている。

私は四十年間にわたり宮廷庭園(桂離宮、修学院離宮、京都御所大宮仙洞御所)で仕事をしてまいりました。振り返ると長い年月でしたが、素晴らしい庭から、また素晴らしい先輩たちから学びを受け、充実した仕事ができたと思います。

四十年間の仕事は人生と同じです。幼年期・青年期・中年期・実年期があります。

幼年期は先輩たちから仕事を学び、また礼儀も学びました。仕事は教えてもらうことではなく真似をすることです。右も左もわからない者が、樹木の手入れを真似ることから始まります。この時によく、「恥は掻き捨て、今聞かなければ一生損をする」と園丁(清掃役の女性)に言われました。まさしくその通りです。

青年期を迎えると、仕事のやり方もわかり、一人前として扱われるようになります。この時よく言われたのは「怒られてなんぼや」ということです。怒られることは本当に身になり、ありがたいことなのだとわかりました。

中年期はまさに働き盛りです。今までは指示を受けていればよかったのですが、これからは自分で考え今まで探究してきたこと、また、庭から教えられてきたことを活かして、お庭の管理を総括し、工事の施工にも携わります。このときは、先人からもらった知恵や本当の庭の姿を考え、必死になって庭に対してお返しするのです。四十歳を過ぎる頃、桂離宮で霰零しの改修工事をしました。一生の仕事の中で二度とできない工事でしたし、失敗は許されません。いろんな先輩から霰零しの石の使い方について「平に使うな、できるだけ長く差し込み、石の面は凹凸があっても丸くてもよい」「目地はそろわずともよい、石と石とがかみ合うように差し込むことが大切」だと聞かされました。そのことを知ることができたのは工事の指導監督に最も役立ちました。

実年期を迎えたとき、仕事人生の総括がありました。今度は現場管理だけではなく、設計当初から関わり、工事を成し遂げることが義務となったのです。仙洞御所の護岸改修工事では、その姿の復元のために、各地の自然の海岸まで洲浜を見に行き観察したり、昔の写真を見るため、たくさんの書物を集めました。何本かのトレンチを入れ、昔の地盤を確認して、本来の自然の姿の洲浜を復元することができたのです。

私は、人生において実年期がいちばん大切な時期ではないかと思います。これまで私が庭から教えられたことを、次の方々に伝え残すのが、私の生きてきた証です。読者の皆様に、心から尊敬してきた庭からのメッセージを伝えられることを本当に嬉しく思います。

川瀨昇作

揺らぎの言葉―あとがきに代えて

以前、私たちは学んでいた大学の桂離宮庭園実習で、技官の川瀨さんに出会いました。実習の合間、川瀨さんはとつとつとした口調で木への思いやりを語って印象深い方でした。その後、全国造園女性技術者の会の主催による川瀨さんのセミナーに参加し、仲先生にお声掛けいただいて本書の企画に携わらせていただきました。

川瀨さんの話は、自然の恵みに対する深い感謝がにじみ出ています。しかし川瀨さんの言葉は、文章の枠に入れようとするとはらはらとほどけてしまい、肝心の答えが霧散してしまうことがありました。長年の知識と経験は渾然一体となり、庭という生きものを相手にする精妙さゆえに、理論だけでは意味をなさないのでしょう。今回、私たちはここぞとばかりに真意を引き出そうとしました。川瀨さんはこちらの無知にあきれることもなく、つねに熱心に解説してくれました。

おそらく造園現場ではこれほど優しくはないでしょう。「技術とは盗むもの、教えられるものではない」とご自身も口にされるように、この仕事は植物のふるまいや先輩の所作を真剣に観察し自身で考え進むもの。「一発透かしの川瀨」という称号のように、川瀨さんの厳しさは本にもしばしば顔を出しています。それは、植物を思うゆえの迷いのなさ、不真面目に対する憤り、無駄遣いを正す苛烈さからです。そして自分にも厳しく、枝を透かす時には、どの角度から見ても不自然にならぬよう、周囲の視点場を全て確認して決めていたそうです。その努力の甲斐あって、枝を透かした時どう見えるかは、三六〇度、勾配の高低も合わせて、立体的に想像できるようになったと話してくれました。

やがてわかったのは、川瀨さんは細部から伝わるさざ波のようなものに惹かれるということでした。庭の美について語る時、川瀨さんは「揺らぎ」という言葉を時折使います。ポジフィルムとデジタル合わせておそらく何千枚という川瀨さんが撮影された写真についても、光、水、風、石、命の一瞬を切り取りながら、それぞれが愛おしく取捨選択が難しい様子でした。

本書を通じて、川瀨さんと私たちは、桂離宮、修学院離宮、仙洞御所のさやけき揺らぎの世界をなるべく素直に差し出そうと努めて参りました。これら宮廷庭園の美を末永く後世に伝え護ることが叶いますように、本書がその一端を担うことができれば、私たちにとってまたとない喜びです。

最後になりましたが、この本が完成したのは、編集の中木保代さんの忍耐強い励ましと導きのお陰にほかなりません。また、関係者のみなさまには、多方面よりご支援いただきました。ここに深く御礼を申し上げたいと思います。

藤津 紫、中川郷子

評:岸田洋弥
(京都大学大学院農学研究科)

日本庭園の良さを語る際、あるいは、日本人ならではの感性を語るときに、「わびさび」という言葉が広く使われます。実際、こうした感性は私たちの心に根付いており、ふとしたときに「わびさび」的な美しさに感動する経験は誰もがもつことだろうと思います。しかし、「わびさび」とはなんだろうか、私たちはなぜ感動したのだろうか、と考えると、答えるのは難しいです。

「桂の月」から導入されるこの本は、三つの宮廷庭園について、その美しさと技術を、40年自らの手で庭を管理してこられた川瀬さんが、自身で撮影された写真とともに語られたものです。どこをとっても、丁寧な言葉ばかりで印象深いのですが、その中でも繰り返し述べられているのが、自然の営みや、命を大切にすることです。

例えば、「巡る季節」では、四季とともにある庭園の美しさについて、季節ごとに綴られています。始まりの季節として最初に紹介されているのは、木々が次の一年を生きるための力を蓄え始める季節である、秋です。そして、紅葉を見るときに大切なのは、「次の年もしっかりと生きていくため、植物が一つの生命を燃やしている、その瞬間の姿であるということを感じ取ること」と述べています。自然の中の命の目線にたち、庭園の美しさを捉えるこの感性こそが、本来の日本人的感性なのだと思います。

現代に生きる私たちは、この本に綴られているような自然への思い、姿勢をもっているでしょうか。かつての日本人は自らの手を動かし、自然へ関わっていました。今では、私たちが自然に自らの手を下す機会は少なくなっています。今もつこの「わびさび」的感性は、かつての日本人の目線を引き継いできただけもので、自ら自然に関わらなくなってそれは徐々に失われているのではないかと感じます。

この本には、自らの手で自然と関わりながら庭園を守ってきた人の目線が綴られています。その目線を通じて、自分の自然との関わり方を改めて考えることができると思います。

担当編集者より

本書ができあがるまでに、3年ほどの月日を費やしました。
宮内庁の専門職として庭園に関わってこられた川瀬先生は、ほんとうに美しい庭や樹木の姿を知っているがゆえに、現状を危惧されており、受け継がれてきた技術を伝えたい、という想いを強くもっています。
それらを少しずつ紐解き、ご自身が長年にわたって撮影された、庭園の四季折々の表情を捉えた写真とともにまとめました。
日本庭園を見る眼が少し変わるかもしれません。

(中木)

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