海外で建築を仕事にする
内容紹介
世界と渡り合う17人の建築家・デザイナーのエネルギッシュなエッセイ。A.シザ、H&deM、D.アジャイ他、大建築家達との面談、初の担当プロジェクト、ワーク&ライフスタイル、リストラ、独立、帰国…、建築という武器と情熱があれば言葉の壁は関係ない。一歩踏み出すことで限りなく拡がる世界を見た実践者から若者へのエール。
体 裁 四六・272頁・定価 本体2400円+税
ISBN 978-4-7615-2555-2
発行日 2013/08/01
装 丁 藤脇慎吾
西沢立衛氏推薦!
原稿を読んで、爽やかな感動をおぼえた。若い人が大海に出て行くということがこんなに瑞々しく、素晴らしいものなのだと、これを読むまで僕は感じていなかったかもしれない。執筆を担当した建築家達は皆、見知らぬ土地に出て行って奮闘するが、その姿勢は前向きかつひたむきで、読む者の共感を呼ぶ。これから外に出て行こうと考えている若い人は、なおさら引き込まれるのではないだろうか。
しかし同時にこれは決して、成功談ばかりを集めた本というわけではない。いろんな苦労があって、別れがあって、たとえ成功していても、文章全体になんとなく不安というか切実さというか、生々しさが漂っている。海外で働く魅力の上面だけでなく、彼らのリアリティみたいなものが、生な形で伝わってくる。たぶんこの体験談が、もう終わった過去の話でなく、今現在もまだ続く、現在進行形の物語だからであろうか。そのように、未来に向かって進んでいく人々の文章だ。
西沢立衛
ポルト|Porto
今はここにいる、ただそれだけのこと
伊藤廉/REN ITO ARQ.
ホーチミン|Ho Chi Minh
東南アジアの新しい建築をめざして
佐貫大輔・西澤俊理/S+Na. Sanuki + Nishizawa architects
北京|Beijing
サムライ・ジャパンよりローニン・ジャパン
松原弘典/Tokyo Matsubara and Architects
パリ|Paris
建築のチャンス、世界への挑戦
田根剛/DORELL.GHOTMEH.TANE/ARCHITECTS
バーゼル|Basel
普通でいつづけること、普通からはずれてみること
高濱史子/+ft+/Fumiko Takahama Architects
NY,台北|NY, Taipei
建築と非建築をシームレスにつなぐ
豊田啓介/noiz architects
ロンドン|London
あいまいさを許容するこの場所に拠点を置きながら
小沢慎吾/John Pawson Limited
東京|Tokyo
東京の街がエネルギーをくれる
エマニュエル・ムホー/emmanuelle moureaux architecture + design
パリ|Paris
ドアをノックしなければ、始まらなかった
前田茂樹/GEO-GRAPHIC DESIGN LAB.
ヴァドダラー|Vadodara
建築を通して、インドの行く先を見届けたい
後藤克史
ジェノバ,シドニー|Genova,Sydney
グローバルに、もっと自由に生きる
柏木由人/FACET STUDIO
オロット,バルセロナ|Olot, Barcelona
地域の風景の先にある世界
小塙芳秀/KOBFUJI architects
マーストリヒト|Maastricht
与えられた環境がすべてではない、自分で変えられる
梅原悟/UME architects
パリ|Paris
足もとを見て、振りかえってみると
吉田信夫/Ateliers Jean Nouvel
ヘルシンキ|Helsinki
何回失敗しても、負けじゃない
吉田智史/ARTEK
サンチアゴ|Santiago
最果てのリベルタドール
原田雄次/Smiljan Radic Arquitecto
世界中には、地域固有の気候があり、その気候に根差した文化があり、その文化を持つ人たちが暮らす都市や建築があり、その都市や建築を設計する事務所がある。そして、現在世界中の主要な設計事務所には、必ずといっていいほど日本人が、重要なポジションで働いている。また、中東やアジアで独立し、活躍する日本人建築家もいる。当時もきっと今も、海外の事務所で働いている日本人同士は、時折それぞれの事務所を訪問し、ビザの問題や働き方などを情報交換しあっている。
私は今思えば偶然が重なった結果、11年間パリのドミニク・ペローの設計事務所で、建築を仕事にした。海外で暮らすことは大変なことも多いが、建築という共通言語によって、言葉の壁を超えて仕事ができることは非常に魅力的だ。今の学生の話を聞くと、海外で働きたいという漠然とした希望は持っているが、その情報はWEBと人づてに得るくらいで、東京ではまだしも、地方ではさらに正確な情報が手に入り難い。
本書は、世界16都市で活躍する17名の建築家、デザイナーに、海外就職や独立について、各国の情報を網羅しつつ、作品紹介ではなく、リアルな体験談を執筆いただいた。ヨーロッパ各地や南米チリ、中国、ベトナム、インドなどから集まった原稿は、執筆者自身の個人的な経験、その都市のローカルな状況を描いていながら、「海外で建築を仕事にする」ことの普遍的な状況を炙り出す文章になっている。そしていずれもエッセイとして面白い。海外で働くということには、様々な葛藤があるにもかかわらず、なぜいまだに皆そちらに向かって進もうとしているのかを、執筆者自身で丁寧に描いており、それが建築家の決意として読み取れるものだからだろうか。また、17名の体験談が持つ同時代性と差異は、そのままこの時代の世界の都市における均質性と多様性を反映している。2013年の世界を、都市や建築を設計する事務所という一断面で切りとり、1冊の書籍にアーカイブすることは現代的な試みだ。
「世界はチャンスで満たされている」とは執筆者の1人である田根氏の文章の一節だ。一歩踏み出すことで限りなく広がる世界がある。海外を志す方、または国内で建築を志す方にとってもなにかのヒントとなり、建築に関わり続けることの魅力、そしてこの時代を感じていただければうれしい。
私と執筆者の田根氏、吉田信夫氏は、2006年にパリの近郊で行われた展覧会、Archilab Japonに別々に訪れ、パリに帰る電車で偶然一緒になり、それ以来、折に触れて会うようになった。たいてい夜から集まり翌日の昼過ぎまで、それぞれの事務所の働き方、お互いが見た展覧会や映画、旅行、コンテンポラリーダンスなどについて話し、それが建築の話に繋がり、また別の話題に移り、そしてまた建築に繋がるような話をした。ペロー事務所の同僚やペロー本人も、日常に何を見て、どう感じるかを、建築や都市の一部を設計する仕事へと常にフィードバックしていたように思う。
本書は、執筆者の日常の描写が差し込まれている。そのためか、字面を追うと穏やかな印象を受けるが、その行間には自らの人生をクリエイトしてきた、執筆者の想いが満ちている。
海外へ行けば、滞在ですらお膳立てされる保証はない。海外の設計事務所と契約を結び働く、あるいは事務所を主宰し、滞在許可証やビザを更新して生活する。あらためて本書を読みなおすと、個人が自分の人生をクリエイトすることそのものが、創作であると思う。そして、人生をクリエイトするということは、さまざまな局面において選択のリスクを負うことといえる。しかし、自分が建築家としてどのように生きたいのかを見出し、その想いがリスクへの不安や危惧を越えた時、本当の意味での自由を得るのではないだろうか。
ワーク/ライフのバランスをとりながら、日常、仕事すべてが建築に没頭できる時期を若いうちに持つことは、とても貴重な経験である。もちろん、そのような経験を積める環境は海外にだけあるものではない。だが、誰もが自ら動くことで、文化や民族を越えて、環境自体をクリエイトする自由を持っている。言語は、現地に住み、ここで建築を仕事にして生きていくのだと思えば、否応無しに覚えていく。
読者それぞれが感動と信念によって、道を切り拓いていけることを、期待し応援している。
学芸出版社の井口夏実氏、岩切江津子氏には、このような書籍に編者として関わる機会をいただけたこと、企画段階から編集方針を共有し、一貫した姿勢で編集をしていただいたことに、心よりの感謝の気持ちを捧げたいと思う。
この本には、自分の直感を信じ、自分の足で日本を飛び出して、自分の手で仕事をしてきた(いる)17人の建築家の物語が詰まっている。タイトルにもあるように、ひとことで「海外」といっても、北はフィンランド、南はチリと世界中に日本人は出向いているようだ。17人の著者たちが建築と共に送っているそれぞれの特別な人生の輝かしい時間が、行間も含めて、本書からにじみ出ている。読み進めていくと、全員に共通する構造が見え隠れする。
それは、あらゆる局面において責任をもって自らの選択をしていることと、楽観的な想いを胸に惜しみない努力を重ねることで、人生を心底楽しんでいる(エンジョイ・ライフ)ように見えることである。勇気をもって選択された道というのは、いつも大きな不安と隣り合わせなものであるが、そうした不安や立ちはだかる壁が高ければ高いほど、乗り越えた時の達成感は、ひとしおだ。これは、自分ひとりでできることではなく、自分のおかれた環境によるところが大きい。「海外」であるからこそ、人は言葉や文化の違いをエネルギーにして、他者と対話する能力を身につける。広い意味での「コミュニケーション能力」は、建築家にとって最も大切な武器のひとつである。
ポルトガルの巨匠の下で働くことや、ベトナムで日本人が独立すること、インドで働くことなど、建築の世界は、じつに多様な可能性を秘めている。私もドイツ・ベルリンの設計事務所で4年間働いた者として、本書の執筆と編集を担当している前田茂樹さんの言葉に、強く共感する。
「ドアをノックしなければ、始まらなかった」。きっと、きっかけなんか、どうでもいいのだろう。ただただ目の前にあるチャンスに対して素直に反応し、ひとつひとつのことに全力投球することで、自分でも想像できなかった明るい未来を切り開くことができる。そんなことをこの本は、ストレートに伝えてくれる。
読み終わった頃には、頼りがいのある17人の友達ができたような清涼感を覚えた。そして、日本人としてこれから建築の世界でいかに活躍していくのかがすごく楽しみになり、勇気づけられた。海外に残って仕事を続けるにせよ、日本に帰国して独立するにせよ、彼ら彼女らのこれから先の長い人生において、それぞれのかけがえのない生身の実体験がいかに魅力的な建築へと結晶化されていくのかが本当に楽しみでならない。同じ建築家である私にとっては、先ほど「友達ができた」ようだと記したが、「良きライバル」を得たのかもしれない。
光嶋裕介
「海外で建築を仕事にする」とは、なんと門戸の狭い本をつくったものか。「建築を仕事にする」だけでも十分狭いと思うのだが、さらに「海外で」と付いている。いったいどんな人が手に取ることを想定したのだろうか。売れる本をつくりたがる出版社なら決して渡らない危険な橋を渡って僕たちの手元に届いた本、というのが第一印象だ。
ところがそう思って読んでいたらとても楽しく、どんどん読み進んでしまった。
読んでみて興味深かったのは以下の3点だ。一つ目は言語を介さないコミュニケーションについて。登場する17人の建築家は、外国語が理解できなくても海外で建築の仕事ができている。図面や模型が世界共通語であることに救われているわけだ。改めて建築設計のツールとは偉大なものだと感じる。二つ目は独立当初の苦労について。これは国内で独立する人にも参考になる。当然のことながら、事務所を立ち上げた当初はほとんど仕事が無いのだが、その状況をどう乗り越えたのかという工夫はとても参考になる。三つ目は海外の設計事務所におけるマネジメントについて。スタッフの数、年商、労働時間(残業がほとんどないこと)、昼休みや夏休みの過ごし方、週末のパーティーなど、事務所のマネジメントについて参考になる点が多い。
僕は大学時代にメルボルン工科大学に留学し、建築・ランドスケープ設計事務所に就職し、その後に独立してstudio-Lというコミュニティデザイン事務所を設立した。したがって、本書に登場する海外でのコミュニケーションや独立時の苦労などを懐かしく読むとともに、海外の事務所におけるマネジメントから自分の事務所の経営に関するヒントを得ることができた。
そう考えると、本書はきわめて門戸の狭い書籍のように見えて、実はさまざまなヒントを読み取ることができる内容なのだということがわかる。しかしこれは読んでみた結果わかることである。ぜひとも「海外」「建築」「仕事」という言葉に惑わされずに本書を手に取り、そこから多くのヒントを絞り出してもらいたいものだ。
studio-L 山崎亮
担当編集者より
各国から届く原稿はどれも一気読みしてしまいました。自由に、覚悟して生きている人の文章はそれぞれにスタイルがあって面白い。執筆者の正直で、感情的で、誇り高い孤軍奮闘ぶりは、建築に対して志高い人にも、あるいは多いに迷っている人にも、それぞれに味わい深く伝わるのではないかと思います。 前田茂樹さんが言うように、“人生をクリエイトする自由は誰もが持っている”。日本に居ても、それを実感しながら生きて行きたいです!
(井口)
制作期間中は毎日頭の中は世界中を旅していました。頁をめくる度に、入れ替わり立ち替わりあらわれる様々な風土、そこでの暮らしと共にある建築の面白さを追体験できます。またこの本は、一歩を踏み出すことができた人の迷いのない言葉で溢れていますが、たくさんの葛藤や苦悩が垣間見えるからこそ、一歩踏み出せないでいる人にとっては、どきっとさせられる言葉の連続です。でも読んだ後はきっと知らないうちに元気になって、自分なりの一歩を踏み出したくてたまらない気持ちになることうけあいです。
(岩切)