地域の産業・文化と観光まちづくり

古池嘉和 著

内容紹介

グローバリゼーションや情報化社会が進行する現代、外部との交流によって、ひらかれたコミュニティを再構築することが、地域の持続性にとって重要だ。地域文化や産業を創造性豊かに観光化することで、経済の活性化をはかる。商店街、アートツーリズム、地場産業、都市農村交流をテーマに事例を見ながら可能性を解き明かす。

体 裁 四六・192頁・定価 本体1800円+税
ISBN 978-4-7615-1279-8
発行日 2011/01/01
装 丁 KOTO DESIGN Inc.


目次著者紹介はじめにおわりに新着情報
序 章 観光化と空間

第1章 観光化する商店街──それはテーマパークか生活世界か

1 長浜―洗練されゆく下町商店街
2 彦根―城下の歴史が積み重なるまち
インタビュー:北風寫眞舘代表 杉原正樹

第2章 アートツーリズム──異種混交する生活世界

1 別府―アートで蘇る湯煙のまち
2 由布院―俗化とせめぎあう癒しの里
インタビュー:亀の井別荘代表取締役社長 中谷健太郎

第3章 地場産業の創造性──生活世界の中の小芸術

1 多治見―製造から創造へと深化する美濃焼の里
2 益子・常滑・ファエンツア―暮らしの文化を提案する小産地

第4章 都市農村交流──対立を越え、融和の舞台へ

1 足助―交流の輪を広げる山里の観光地
2 高山―連携の輪が織りなす交流の舞台

終 章 フローな時代の観光まちづくり

インタビュー:京都大学名誉教授 池上 惇

古池嘉和(こいけ・よしかず)

1959年名古屋市生まれ。筑波大学大学院環境科学研究科修了。福井県立大学経済・経営学研究科経済研究専攻博士後期課程単位取得満期退学。博士(経済学)。岐阜女子大学教授を経て、現在、名古屋学院大学経済学部教授、地域連携センター長。著書に『観光地の賞味期限―「暮らしと観光」の文化論』春風社、『観光学への扉』(共著)学芸出版社等。現在、愛知県産業労働計画策定委員会《産業部会》委員などを務める。

「マス・ツーリズムから個人旅行へ」など、観光客のニーズは、時代とともに変化する。やや難しく言えば、人々を取り巻く社会環境の変化が観光動向に影響しているのである。例えば、町内会や会社、学校など多様なコミュニティにおける人間関係が濃密な時代には、団体旅行は、意義あるものであった。これらの関係が薄れ、趣味や嗜好が多様化すれば、個々人のニーズに対応した旅行が好まれることになる。さらに、大きな変化は、人々のレジャーに対する期待感の転換である。レジャー白書からは、従来のようなギャンブル性の強い娯楽に変わって、ハイキングや登山、学習など自然に親しみ、文化を愛する傾向が高まっていることが伺える。こうした変化は、観光事業において求められるものも、享楽から自己実現へと向かうことを示している。

同様の変化は、受け入れる観光地側にも起きている。例えば、遊園地のような、予め観光客を受け入れるために設えた空間にとどまらず、暮らしの場においても、住民の生きがいにつながるまちづくり活動として、積極的に観光客を受け入れていくことがテーマとなってきた。そして、訪問客は、自らの生活の場では、すでに失われたものを、観光地において見出そうとする。すなわち、観光地の住民が再発見した地域固有の文化的価値とその活用に強い魅力を感じるようになり、観光が、自らの人生への反省と、自らが住む場への興味や関心を呼び起こすきっかけになってきた。

その背景には、地域の抱える定住人口の減少や高齢化問題、地域経済の疲弊などがあるが、観光によってそれらの課題を克服していくことが必要となる。そのため、例えば、農業などもその質を変え、農産物を固有の資源として評価し、それを活かす産業として発展させる必要がある。こうした地域固有の文化資源を再評価し、活路を見出す事例は、多く見られるようになってきた。その流れは、例えば、地元を案内することを通じて、地域への理解や愛着を高めるボランティア活動などと結びつき、暮らしの場は、いっそう開かれたコミュニティとして再構築されることとなるであろう。

これらを前提として、本書の果たすべき役割を整理しておこう。視点は、常に、地域側にある。そこで蓄積された産業や文化を活用し、観光事業と結びつけながら自己実現を図っていくまちづくりの事例を紹介していくこととする。そこで活動する人々の苦悩や喜び、地域への想いなどを通じて、読者の方々の地域づくりへの一助となることを目指したい。

その際、地域のおかれている今日の状況を、客観的に捉える視点も大切である。そのため、本書では、地域の観光空間の変化を、分析的に捉えていくことも試みた。今日、地域では、急速なグローバリゼーションや情報化など、外部環境の大きな波に否応なしに巻き込まれている。地域の知恵と汗によって、そのような荒波に対応したまちづくりを実践していくことが必要となろう。そのためには、豊かなコミュニケーションを取り戻さなければならないのである。

繰り返しになるが、常に、時代と向き合いながら、人々を迎え入れるまちづくりを実践していくことが、地域に暮らす人々にとって、大きな喜びを見出す活動であること、そして、そのような場での交流が来訪者との間での共感を生み、豊かな人間関係を構築することにつながっていくことを、本書から読み取っていただければ幸いである。

いわゆるリーマンショックから、はや2年が経過する。その事実が、21世紀の社会に与える影響は、計り知れないものがあろう。グローバリゼーションや金融システム、情報化などがもたらした現実は、ひっそりとした暮らしの隅々までをも覆いつくし、地域を不安定化させていく。こうした流れの中にあるグローバルな観光化も、複雑な外部環境の変数として地域社会に影響を与えていく。一方、対象となる社会や時代がいかに変わろうとも、不変的な真理とも言える思想や理論がある。こうしたグランドセオリーは、時代や地域を超えて脈々と受け継がれるものである。本書で示したマーシャルの「知恵の森」は、フローの空間の支配が強くなればなるほど、重要になってくる。それは、金融資本が支配する経済システムとは異なる、個々人の自律性と結びついたコミュニティの文化や経済の仕組みを再構築する可能性を示すものでもある。

本書は、こうした理論を手がかりとして、現代社会における観光現象を捉えたものである。その視線は地域にあり、人々がそこでどのような幸福感を得ることが可能かを問い続けた。そこで見えてきたことは、その土地で人々が育んできた文化と、暮らしを支える生業が持続的に創造されていくことであった。観光は、その意味で、大変有益であり、地域における創造性の成果に対する深い理解と共感の念を持った人々との交流は、必要不可欠な要素となる。一過性で過剰な来訪や目先の利益のみを追求したつながりではなく、背負っている文化の多様性を前提としながら、質の高い交流を実現することができれば、観光の可能性は限りなく広がるだろう。

さて、本書をまとめるに際しては、実に、多くの先生方や実践者の方からご指導やご示唆をいただいた。特に、マーシャルのグランドセオリーを徹底的に叩き込んでいただいた博士論文の指導教官である京都大学名誉教授の池上惇先生、地域文化の視点での観光学理論の構築に学ぶべき点の多い同志社大学政策学部教授の井口貢先生には、多大なご指導をいただいた。また、各地の事例調査においても、多くの人々に支えられた。中でも、北風寫眞舘の杉原氏には、夜の袋町にまで聞取り調査をセットしてもらった。大変、感謝を申し上げたい。さらに、2008年発刊の『観光学への扉』(井口貢編著、学芸出版社)において、他の学問分野の先生方との議論から触発されたことはもちろん、場を取り仕切った編集者の前田裕資氏からの鋭い指摘を問題意識として、本書の構想がまとまった。「観光は、文化と産業をつなぎ、地域を豊かにするのか?」その問いかけに多少なりとも答えが出せたとすれば、少しは恩返しができたと思う。そして、作業が進まず、くじけそうになった筆者の背中を押してくれた学芸出版社の中木保代さんにも衷心より感謝申し上げます。ありがとうございました。

2010年11月  晩秋の湖北にて

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