京都の町家に学ぶ たしかな暮らし

京都の町家に学ぶ たしかな暮らし 改修のプロが伝える、木・土・紙・石の住宅論
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内容紹介

いま、私たちが取り戻したい暮らしとは何か

不便で時代遅れとされる町家であるが、一方で心地いいと感じることがある。それは都市にありながら、常に自然を感じられるからである。町家を再生し、その生活を見直すことは、行き過ぎた技術や贅沢さから、健全な生活空間を取り戻す手がかりとなるのだ。町家建築の改修のプロによる、いま、私たちが取り戻したい暮らしとは


松井 薫 著
著者紹介

体裁A5判・232頁(オールカラー)
定価本体2200円+税
発行日2023-11-15
装丁上野 昌人
ISBN9784761509279
GCODE10086
販売状況 在庫◎
関連コンテンツ レクチャー動画あり
ジャンル 木造建築・日本庭園
目次著者紹介はじめにあとがきレクチャー動画関連イベント関連ニュース

はじめに
今、なぜ町家なのか

その1・町家は長寿命住宅である
持続可能な住まいとは/町家はなぜ使い続けられたのか
その2・町家は柔軟性のある住宅である
災害に備える家/予防は工学ではなし得ない/住人を守る知恵/生活の変化に対応する
その3・町家は免疫力の上がる住宅である
環境由来微生物/家の中の生物多様性/庭があるということ

第1章 町家はどのようにして誕生したのか ~成り立ちと変遷~

町家のルーツは平安時代?!
船岡山と都/「まちや」の始まり/中世戦国期の町家の生活/秀吉の大改造
column 1 人間の感覚と「方丈の庵」の大きさ
江戸時代と地続きの家
町家スタイルの確立/江戸期の町家の生活/明治~昭和初期の設備の大変革
column 2 今につながる江戸時代の暮らし
町家は絶滅危惧種?
戦後の生活様式/エアコンが庭を追い出した
column 3 民家と町家・長屋

第2章 「木・土・紙・石」から作られた住まい ~先人の叡智と技術が結集した建築空間~

町家の構造
在来軸組工法/伝統木造構法/耐震機構
町家のパターンと空間
間取りから見たパターン/道路面のデザインパターン/特徴的な空間と意匠/
内部空間の機能を示す要素
column 1 打ち水の効果
町家に使われている素材
木/土/藁/和紙/竹/ベンガラ/柿渋
column 2 チェロの音色を奏でる家

第3章 その魅力は「中間領域」にあり ~日々の暮らしに与える影響~

町家暮らしにあるもの
現代での町家暮らし/祈りの場があるということ/意識が上に向かう家/「家の声」を聞く/清浄感の前提にあるもの
column 1 町家がつなぐご近所との関係
町家の中に流れている時間
社会的時間と自然の時間/一日の流れと体内時計の調節/一年の時の流れ/
一生の流れ-ハナレの意味-/人の一生に寄り添う家/「しつらえ」ということ
町家に備わる中間領域
内と外の間/庭側の内と外の間/道路側の内と外の間/山と里の間/人間は里山なのだ/家も里山がいい
column 2 家の境界線と中間領域

第4章 未来へつなぐために今できること ~町家を生かす再生方法~

町家再生の考え方
町家の特徴をどう生かすか/もとの姿を認識する/何を足していくか
町家と構造計算
安心と安全/町家と建築基準法/町家の改修構造設計/町家という大先輩
column 1 柱がまっすぐになった
変化してきた設備と現代生活への対応
井戸とおくどさんの復元/天窓の工夫/炭のチカラ/暑さ寒さをしのぐ知恵/天井を張らずに梁を見せる/風を通すことを意識する
column 2 バリアフリーと元気な高齢者
自然素材の新しい使い方
ストローベイル/和紙のスクリーン/ペレットストーブ/周りにある自然の力を利用する
column 3 「おおきに迎賓館」を手掛けて
◇対談・町家とゴリラ
山極壽一(総合地球環境学研究所所長・野生ゴリラ研究家)×松井 薫

第5章 町家的スローライフを考える ~たしかな暮らしを続けるために~

腹八分目で生きるということ
腹八分目とは/ある高校生の話/腹八分の住宅/プラグを抜いて手を動かす
column 1 町家的生活のヒント
利便性と環境の間で ~人間は何を選択するのか~
「ちょっと便利」は恐ろしい/都市を作ってはみたものの/サイクルの最初と最後/エネルギーから見た現代生活
人間も自然の一部である
五感を大切にする/家からエコを考える/やっぱり町家/生態系に適合した住宅/都会の村人を目指して
column 2 「個」と「孤」の間で

あとがき

※本書の中での「町家」という表現は、主に「京町家」を指しています

松井 薫(まつい・かおる)

一級建築士、一級建築施工管理技士。1950年京都市に生まれる。大阪工業大学建築学科を卒業後、総合建設会社の現場監督、大手不動産系リフォーム会社を経て、平成10年(1998)一級建築士事務所「住まいの工房」を設立。京都を中心とした住宅の設計をはじめ、京町家の個人宅、割烹、カフェなどの改修、また京都、東京、愛知など各所で茶室の設計も手掛ける。近年では、京都市の町家改修に特化した条例を利用して大型町家の改修に取り組み、「龍谷大学 深草町家キャンパス」、「おおきに迎賓館 黒門中立賣邸」の設計を担う。その他、京町家の保全再生活動、季刊リトルプレス『自然体でいこう』発行、『町家えほん』(山口珠瑛著・2014年・PHP研究所)の監修など、町家に関連するイベントや活動に幅広く携わる。京町家情報センター代表。

町家に生まれて、町家で育った。
社会に出てから何度か引っ越しをしたが、今は生まれ育った町家に戻って生活をしている。
自分の住んでいるところが町家だとも思わずに過ごしていた頃、
よく聴いていたレコードの中に、レナード・バーンスタインの『WHAT IS JAZZ』がある。

始まりはこうだ。
デューク・エリントンの『A列車で行こう』が流れて、
バーンスタインのナレーションがオーバーラップする。
「今、この音楽を聴かれた方は、洋の東西を問わず、地球上の文明人だったら、
誰でも『それはジャズだ』とすぐにいうでしょう。ではそのジャズに分け入ってみましょう。
ただし、今までのようにニューオーリンズから始まる歴史的なアプローチではなく、
ジャズそのものを掘り下げてみましょう」

ジャズを聴いていて楽しい。
それさえあれば、歴史がどうかとか、音楽理論ではどうかなんて二の次でいい。
このイントロダクションがいい。この姿勢が、いい。

レコードはこのあと、ブルースから始まって、
デキシーランド、スイング、ブギウギ、バップ、マンボとさまざまなジャズを聴かせながら、
その底に流れている悲しみやユーモアに言及し、こう結論する。
「クラシックを含むすべての音楽は、地方の民謡から出発している」

町家もこれと同じような方法で考えてみたい。
町家に住んでいて楽しい。それさえあれば、歴史がどうかとか
建築工学の理論ではどうかというアプローチにこだわらず、
日々の暮らしの中の悲しみや楽しみ、しみじみとした味わいが
どのように感じられ、生活の中で生きているのかを
探っていってもいいのではないだろうか。

冬の凍える寒さの中にも感じる、縁側(えんがわ)の陽だまりの暖かさ。
春になり、庭の木々の吹き出すような新芽を目にするうれしさ。
真夏、外から帰ってきた時の、ほの暗い家の中のほっと涼しい空気。
やっと暑さがおさまって冬へと向かう季節の、逆光に映える紅葉の美しさ。
それらが何気ない日常に色合いを添え、
また巡り来た季節に過去の自分を重ねる……。

町家の生活の中で感じられるさまざまな事柄が、町家という建物とどう関係しているのか、
それを解き明かしていきたい。

レナード・バーンスタインの名盤『WHAT IS JAZZ』では、さまざまなジャズの演奏を聴かせて解説しているだけでなく、時には、バーンスタイン自らピアノを弾き、ジャズ特有のクオータートーン(半音の半分の高さの音)を歌ってみせてジャズの特性を示している。同様にこの本では、町家のいろいろな側面を取り上げ、その本質を探ろうとした。また、私自身が町家に生まれ育ち、生活し続けている中で改めて気づいた町家の特性にも触れてきた。

『WHAT IS JAZZ』の最後をバーンスタインは、このように締めくくっている。

「我々が今聴いているのは、現時点でのジャズです。それは確固とした過去と、わく
わくする未来を持った、新鮮で生命力に富んだ芸術です」

ジャズが時代の中でどのように変遷していっても、ジャズであり続け、生き生きとした未来を示すように、町家もまた長い歴史の延長線上にあり、今も生き続け、エキサイティングな未来を示す存在である。それはジャズがその歴史の示す本質を損なわない限り、形が変われどもジャズであるように、町家もその本質を損なわなければ町家の持つ多くの要素や美意識は、今までにない古くて新しい価値観の創造につながり、町家は未来を切り拓く住まいとして、大きな役割を果たすものであり続ける。

今の地点とある一点を直線で結び、それを180度反転して、その直線を先に延ばす時、できるだけ遠くの一点と今の地点を直線で結んで、反転してすぐ近くの点を延長線上にとると、誤差は非常に少なくなり、正確に延長線が描ける。これが逆に短い距離の一点から反転して遠くの一点を定めようとすると、誤差が大きくなってしまう。過去を見るというのは、その歴史から近い未来をぶれずに予測するのに役立つ。その時、できるだけ遠くの過去から今を結び、反転して、未来を展望することが誤差の少ないやり方になる。決して短い過去から長い未来を予測してはいけない。たった今出てきたテクノロジーをもって未来を予測することは、大変危険なことだ。長い歴史のあるものには、そうあるべき必然性が含まれている。それをしっかりとつかまえて未来へと延長線を引くことが大切だ。

住まいの過去を振り返る時、町家の持つ歴史の長さは未来を予測する上で価値あるも
のとなる。その歴史に含まれているさまざまな知恵が、きっと現代の諸問題を解決する
糸口になるだろうし、新しい時代に新しい町家として生き続けていく。

令和5年秋 松井 薫

松井薫「京都の町家に学ぶ たしかな暮らし」