連載|建具デザインの手がかり|vol.3 真鶴出版2号店

 建築設計事務所を主宰しながら、建具専門のメーカー「戸戸」を運営する建築家の藤田雄介さんが、さまざまな建築家による工夫された建具を独自の視点で紹介し、建具、そして境界の可能性を考える連載です。 

vol.3 真鶴出版2号店(冨永美保・伊藤孝仁/tomito architecture)
建築と場所を縫い合わせる建具

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クリックすると大きな画像が開きます(写真はいずれも筆者撮影)

神奈川県の太平洋沿いにある港町・真鶴にあるこの建築は、「泊まれる出版社」をコンセプトに掲げている「真鶴出版」の宿であり出版社であり店舗である。ここを営む川口瞬・來住友美の夫婦は、設計を頼む上で「真鶴に調和するようなリノベーション」を一緒に考えてくれそうな建築家を探したという。設計を行ったのは若手建築家ユニット・トミトアーキテクチャの冨永美保と伊藤孝仁(現在、AMP/PAM主宰)である。
この建築はパッと見ただけでは捉えどころがなく、リノベーションとして何が行われたのか見えにくい。それは新しい要素が、既存に対して浮かないように慎重に加えられているからだろう。そのため、よく目を凝らしていくと、隅々まで考えられた情報量の多い建築であることが徐々に分かってくる。設計段階から川口・來住と冨永・伊藤の間で幾度も対話が繰り返されてきたという。その対話は現場に入ってからも、職人を巻き込んで続いた。ときには、現場での職人の一言がデザインを変えることも往々にして起こった。そういう意味で「真鶴出版2号店」は、メンバーシップによる対話が生み出した建築といえる。
中でも興味深いのは、再利用された建具たちである。これは当初案の見積りが大幅にオーバーしたことから、様々な減額案を検討する中で導きだされた方法であるが、結果として建具が持つ媒介性により、この建築と真鶴という場所を縫い合わせる重要な要素となっている。その一つは、エントランス横とその並びのゲストリビングに取り付けられたアルミサッシである。これは、近所の郵便局の建て替えにあたり、無償でもらえることになったものである。エントランスは、真鶴の家々の間を縫うように通っている「背戸道」と呼ばれる路地に面している。ひっそりとした道なので、そこに面して大きく開くことは基本的にない。しかし、トミトの2人は郵便局から引き継いだ大きめのアルミサッシを、背戸道に面して設置することこそが、この建築と背戸道の関係性を変える上で重要であると主張した。サッシとしてはごくありふれたものだが、サッシ越しに見える背戸道の風景と、道から感じられる建築の視覚的・感覚的に開かれた印象が、アルミサッシを用いた効果を確かなものにしている。
もう一つは、川口と來住が初めて真鶴を訪れた時に行ったカフェ「蛸の机」が残念ながら閉店することになり、廃材として出た4枚の木製ガラス引戸である。これらはエントランスの逆側の出入口、そして共用スペースに面した一階客室とトイレの扉として再利用された。元々、客室とトイレの扉は開き戸と考えていたが、現場に居合わせた左官屋さんの「引き戸にしたらいいんじゃない?」の一言で、使い方が宙に浮いていた引戸たちの行き先が決まった。これもまた、現場での対話から生まれたものの一つである。
真鶴出版2号店の印象的な要素は、その多くが広い意味で「真鶴という場所」から発見されている。エントランス扉のハンドルは真鶴在住の彫刻家である橘智哉さんによるものだが、これは橘さんのアイデアで真鶴の港に落ちている錨を加工したものである。このように真鶴で発見されたモノが、境界の一部として再利用されていることは、この建築が真鶴と心理的にも身体的にも繋がっているという感覚に深く関係しているように思う。建具が持つ媒介性が、この建築と真鶴という場所を縫い合わせている。

・参考文献:川口瞬、来住友美 編著『小さな泊まれる出版社』真鶴出版、2019

事例詳細

真鶴出版2号店
神奈川県真鶴町、2018
主な用途:出版社+ゲストハウス+キヨスク
構造:木造2階建
設計:tomito architecture


本連載の一部は、2023年発行予定の書籍に掲載いたします。書籍では、より多くの写真やディテール図面を加え、充実した内容となるよう鋭意制作中です!


著者プロフィール

藤田雄介

1981年兵庫県生まれ。2005年日本大学生産工学部建築工学科卒業。07年東京都市大学大学院工学研究科修了。手塚建築研究所勤務を経て、10年Camp Design inc.設立。おもな作品に「花畑団地27号棟プロジェクト」「柱の間の家」「AKO HAT」などがある。現在、東京都市大学、工学院大学、東京電機大学非常勤講師。明治大学大学院理工学研究科博士後期課程在籍。

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