知的障害者施設 計画と改修の手引き

砂山憲一 著

内容紹介

建物の老朽化や支援方法の変化、入居者の高齢化などを背景に、知的障害者施設には従来とは異なる住まい方への対応が求められている。本書では、利用者の多様な障害特性を見据えた柔軟な計画のあり方や、将来的な環境変化に対応するための可変的なディテール設計のポイントについて、増改築や改修の実例に沿って解説する。

体 裁 B5・160頁・定価 本体3500円+税
ISBN 978-4-7615-3236-9
発行日 2017/10/30
装 丁 KOTO DESIGN Inc. 山本剛史


目次著者紹介まえがきあとがき

序章:支援と建築

1:建築も支援の一つ

2:建築計画と利用者の特性

3:竣工後の対応

4:地域との関係

第1章:部門別/特性別・計画のポイント

1:住まいの種類

2:部門別・計画のポイント

共同生活援助 グループホーム
施設入所支援
生活介護・デイサービス
障害児入所支援
障害児通所支援

3:特性別・計画のポイント

高齢知的障害者の住まい
重症心身障害の住まい

第2章:改修・増改築のポイント

1:経年施設の課題

2:改修・増改築のポイント

3:住みながらの改修

第3章:住まいのディテール

1:内部建具

2:外部建具

3:床

4:壁

5:天井

6:失便処理装置

7:トイレ

8:浴室

9:洗面・手洗い

10:役に立つ工夫

11:屋外

第4章:計画実現のためのポイント

1:防犯・防災への建築対応

2:コスト・補助金

第5章:自宅で暮らすための改修ポイント

1:個性に合わせてつくる個人の住まい

2:自宅で暮らすときの課題

3:暮らしやすくするための建築からの提案

砂山憲一

株式会社ゆう建築設計事務所所長。
1949年生まれ。1971年京都大学工学部建築学科卒業。1971年京都大学工学研究科修士課程入学。1972-73年Institut Superieur d’Architecture Saint-Luc de Tournai(ベルギー)留学。1974年京都大学工学研究科修士課程修了。1975-76年国立明石工業高等専門学校助手。1977-79年設計事務所勤務。1981年株式会社ゆう建築設計事務所設立。主な著作に『高齢者の住まい事業 企画の手引き』(学芸出版社)、『高齢者住宅・施設の建築デザイン戦略』(日本医療企画)がある。

10年前、知的障害者の入所施設から、トイレを改修してほしいという依頼を受けました。知的障害者の生活実態がわからず、論文を調べたところ、知的障害者の生活について書かれたものはありますが、その生活と建築の関係について論じられたものはまったく見つけることはできませんでした。そこでとりあえず始めたのは、実際に施設に泊り込んで、入居者の方々と一緒に過ごしてみることでした。

このトイレ改修案件をきっかけに、知的障害者の住まいの設計依頼が増えてきました。同時にこの10年で、幾人かの建築家が、障害者の暮らしを真剣に考えた提案を行い、内容・デザインともに素晴らしい建築を実現してきていることを知りました。一方で、知的障害者の建築においては、使う人それぞれの特性が異なり、また支援方法も支援者によって変わってくるため、一つの建築が全ての教科書にはならない世界だということも痛感してきました。

これまで多くの知的障害者の支援員の方とお話をしてきましたが、建築の持つ力や役割はほとんど理解されていないことがありました。一緒に建築を計画した事業者の方でも、最初から建築に興味を持っている方、それほどでもない方などさまざまでした。しかし打ち合わせを重ねる中で、知的障害者の生活と建築の関係について互いに理解を深めてゆき、いつか「建築も支援の一つだ」という共通の認識を持つようになりました。

以前、自宅に暮らす知的障害者が、支援を受けながら、コンビニエンスストアに1人で買い物に行けるようになるまでの様子を記録したビデオを見ました。支援方法を伝える目的の資料ですが、そこに映っている住まいは雑然としたものでした。整理整頓して住むことが難しい人もいるとはいえ、そのような状態が普通になってしまっているのは、知的障害者の支援員の方たちに住まいへの関心がなく、また建築に携わる者からの働きかけもほとんどないことにも大きな原因があると思いました。

知的障害者の方も、気持ちよい住まいに住みたいはずで、そのためにもっとできることがあるはずです。そこで、自分で設計した建物が竣工し、1年ほど住まわれてその結果がわかった段階で日本の知的障害者の支援に携わる方へ、知的障害者の住まいにおける建築の役割を伝えなければいけないと考えました。2016年秋に東京と大阪で「建築と支援」というテーマでセミナーを開催したところ、障害福祉サービスに関わる方に多数ご参加いただき、多くの方から「建築でここまでできるのだ」「建築の工夫で支援がやりやすくなる」などの感想を頂戴しました。

この本を出版する目的は、事業者や支援員の方に「建築は支援の一つ」だということを知っていただくこと、そしてこれから設計にあたる建築家の方に知的障害者の建築に取り組む私たちの姿勢を理解し参考にしていただき、それぞれ独自の取り組みを始めていただくことにあります。障害者の建築に教科書はありません。本書に書かれていることは、私たちが実際に設計し経験したことのみであり、知的障害者のための全ての建築について網羅的な解説がなされているわけではありません。しかし、私たちが検討し開発した多くの技術や考え方を公開しています。そうすることが日本の知的障害者の住まいのレベルを全体として向上することになると思っています。

どうぞ事業者の方や支援員の方、建築に携わる方が、ご自分の携わる施設の建築において、事業理念や支援方法、そして利用者の思いが実現するようにこの本を活用していただければと思います。日本中至る所で、障害者の住まいや施設に真剣に向き合う建築家が増え、「建築と支援」について理解される事業者や支援員の方が増えてゆくことが、障害者の皆さんの住まいを変えていくことになります。

2017年9月 砂山 憲一

原稿を書いているこの半年の間にも、知的障害者施設から多くの相談が寄せられました。既存施設の居室を水洗い可能にできるか、というものから、施設全体の将来計画についてなど、内容は多岐にわたっています。

このように多様な相談を受ける中で、知的障害者の住まいや働く場について、建築設計という立場からさらに提案を行わければならないという思いが強くなっています。
私がこれから取り組みたいことです。

●強度行動障害の方の住まいへの提案

個人の特性に合わせて住まいをつくるためには個人用の住まいとなり、複数で住むこととは相容れなくなります。しかし多くの方は支援を受けながら複数の人と共に住む生活を送ります。グループホームにしても入所施設にしても、建築からのさらなる提案が求められています。

●就労の場への建築からの提案

知的障害者の方の働く場所への関わりが増えてきています。障害のある方が関わるとしても、仕事そのものに競争力がなければ継続することができません。競争に打ち勝つ商品をつくることができる就労支援における建築の役割を考えています。

●地域生活支援拠点への提案

地域で暮らすことを可能にする仕組みができつつあります。相談や体験と共に、地域の方に理解を深めてもらう拠点づくりが必要です。

●住まいや働く場と地域への関わりへの提案

グループホームは地域の中での生活を実現します。仕事をした結果としての成果物は、地域の方に買ってもらったり、使ってもらったりします。また建物は災害時の避難所にもなります。地域生活拠点、ショップ、自立支援入所施設などが一体となって、地域の中で存在感を発揮するような提案を行っていきます。

●既存施設の支援方法やすまい方の変化に対応した建築からの提案

施設がオープンして年月の経つものは、支援方法や住まい方の変化に対応できなくっています。固定された建物の中でどのように生活を変えていけるか、専門家の提案が求められています。この分野はこれからさまざまな検討を行い、それぞれの施設にあった提案をしていきます。

これらのことを、実際に支援に当たっている方、事業を経営推進している方たちと議論し、実現化していくことを早急に行い、そしてそのノウハウを多くの方に伝えていきたいと思っています。

本書では、私たちが設計に携わった三つの入所施設・グループホームの建物を取り上げ、説明を行いました。建物を設計する機会を頂戴したこと、そして「本書で私たちの取り組みを紹介することにより、日本の知的障害の方の住まいや働く場の向上に寄与できる」という私たちの考えにご賛同いただいたことについて、以下の3施設の理事長・施設長をはじめ、支援員・職員の皆様に深くお礼を申し上げます。

社会福祉法人 福知山学園
社会福祉法人 よさのうみ福祉会
社会福祉法人 丹後大宮福祉会

出版に当たっては企画、執筆は砂山が行いましたが、ゆう建築設計事務所・知的障害施設チームのメンバーが、下記部分の執筆や資料作成を担当しました。

岩﨑直子  第1章 Case 1 グループホーム響・奏〉
Case 6 むとべ翠光園(デイサービス)
Case 7 むとべ翠光園(障害児入所施設)
Case 8 スキップ むとべ翠光園 児童発達支援センター
河井美希  第1章 Case 2 菜の花ホーム
清水大輔  第1章 Case 4 あゆみが丘学園
竹之内啓孝 第3章 資料作成
山本晋輔  第5章 自宅で暮らすための改修ポイント

最後に、知的障害者の住まいや働く場について、私が建築設計の立場から取り組むことにご理解をいただいた社会福祉法人福知山学園の松本修理事長には心から御礼申し上げます。松本理事長と長い時間をかけて議論を行い、施設運営者の立場からさまざまなご意見を頂戴したことは、私にとって知的障害者の住まいを設計する活動の礎となっております。

2017年9月砂山 憲一

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