米国の中心市街地再生


遠藤 新 著

内容紹介

空洞化を克服したエリアに見る再生の道筋

70年代には荒れ果てていた中心市街地が、いまや歴史地区、芸術地区、商業地区等の多様なテーマ地区として再生した。それは、行政主導の再開発公社やコミュニティベースの街づくり組織等が、長期的な計画のもと、ハード・ソフトの両面から柔軟に仕掛けたことが奏功した。米国の地方都市を丁寧にフィールド調査し、詳述する。

体 裁 B5変・128頁・定価 本体3000円+税
ISBN 978-4-7615-3179-9
発行日 2009-08-30
装 丁 KOTO DESIGN Inc.


目次著者紹介はじめにおわりに

はじめに

chapter1 個性的なエリアの形成によるダウンタウン再生

1・1 空洞化からの再生

1 ダウンタウン再開発とは何か

①ダウンタウン再開発の背景 ②ダウンタウン再開発の目的

2 荒廃したダウンタウンの空間特性

①中心業務地区 ②遷移的な領域

3 ダウンタウンの空間変化

①三つの現象 ②ダウンタウンの断片化

1・2 個性的なエリアとテーマ地区

1 「個性的なエリア」とは何か?
2 テーマ地区の類型と特徴

1・3 代表的なテーマ地区

1 中心業務型のテーマ地区

①超高層オフィス地区 ②ダウンタウンモール地区 ③中心商店地区

2 歴史的環境型のテーマ地区

①フェスティバル・マーケット・プレイス地区 ②劇場地区 ③歴史的観光地区 ④倉庫地区 ⑤芸術地区 ⑥歴史的住宅地区

3 新規開発型のテーマ地区

①コンベンション施設地区 ②スポーツ施設地区 ③文化地区 ④エンターテイメント地区 ⑤ウォーターフロント住宅地区

1・4 エリアを個性化する条件

1 街づくり組織による五つの取り組み
2 テーマ地区の形成を促す取り組み

①地区の再生計画 ②初動期の重点事業(リーディングプロジェクト) ③誘導のための地区指定

3 個性的なエリアの形成を促す取り組み

①エリアの全体構想 ②つなぎ空間の整備

1・5 エリアを個性化する街づくり組織

1 街づくり組織とは何か?
2 主な街づくり組織

①再開発公社 ②再開発会社 ③民間の公的デベロッパー ④BID組織 ⑤協議会型のコミュニティ組織
⑥デザイン審査等に関わるコミュニティ組織

chapter2 個性的なエリアの動向
米国スノーベルト地帯のダウンタウンから

2・1 米国スノーベルト地帯の都市

2・2 ミネソタ州セントポール市の場合

1 個性的なエリアの動向
2 ワバシャ通りおよびライス公園地区
3 ロウアータウン地区

2・3 ミネソタ州ミネアポリス市の場合

1 個性的なエリアの動向
2 ヘネピン通りエンターテイメント地区
3 ローリング公園地区
4 北ループ地区
5 ヒストリック・ミルズ地区

2・4 ウィスコンシン州ミルウォーキー市の場合

1 個性的なエリアの動向
2 ミルウォーキー川エンターテイメント地区
3 サードワード地区

2・5 ミズーリ州セントルイス市の場合

1 個性的なエリアの動向
2 旧郵便局周辺地区
3 ワシントン通りロフト地区
4 ラクリーズ・ランディング地区

2・6 オハイオ州クリーブランド市の場合

1 個性的なエリアの動向
2 ユークリッド・ゲートウェイ地区
3 歴史的倉庫地区

2・7 ニューヨーク州バッファロー市の場合

1 個性的なエリアの動向
2 バッファロー・プレイス地区
3 エンターテイメント地区

chapter3 セントポール
ロウアータウン再開発会社によるエリアの個性化

3・1 ロウアータウン再開発会社

1 LRCの基本的属性と役割
2 ロウアータウン再開発の背景
3 ロウアータウン再開発の計画
4 LRCの役割

3・2 個性的なエリアとテーマ地区の計画

1 アーバンビレッジ構想
2 テーマ地区の計画

3・3 テーマ地区の形成とLRC

1 芸術地区の形成とLRC

①芸術家向けロフト付き住宅の事業化支援 ②芸術家の活動に対する助成 ③芸術関連組織の誘致による拠点形成 ④LRCによる取り組みの要点

2 住宅地区の形成とLRC

①多様な住宅の供給 ②住宅地区としての快適な住環境をつくる ③ノースクオドラントの再開発 ④LRCによる取り組みの要点

3 IT地区の形成とLRC

①サイバービレッジとは何か? ②IT関連企業の誘致 ③地区のプロモーション ④LRCによる取り組みの要点

3・4 LRCによるデザイン審査

1 デザインを方向づける歴史地区の指定
2 LRCによるデザイン審査の動向
3 ケース(1):1978年計画に位置づけられた事業のデザイン審査
4 ケース(2):建物所有者から事業化支援全体を相談された場合のデザイン審査
5 ケース(3):事業者の融資依頼からデザインに発展する場合のデザイン審査
6 ケース(4):LRCから事業者に自主提案する場合のデザイン審査
7 LRCによるデザイン審査のポイント

3・5 再開発プロジェクトを推進するLRC

1 第一段階:基本方針のとりまとめ
2 第二段階:デベロッパー誘致と開発密度の確定
3 第三段階:デザインを決める
4 スカイウェイのデザイン調整
5 LRCによる取り組みの要点

3・6 プロジェクトの連鎖的関係をつくるLRC

1 整備事業の連鎖的関係

①問題解決による連鎖 ②融資・マーケティングによる連鎖 ③成功モデル適用による連鎖

2 テーマ地区の連鎖的な形成

chapter4 ミルウォーキー
三つの街づくり組織によるエリアの個性化

4・1 コミュニティベースの街づくり組織

1 三つの街づくり組織(HTWA, BID, ARB)

2 ヒストリック・サードワード協会(HTWA)

①地域に根ざした組織 ②計画策定とマーケティング活動

3 BID組織(BID#2)

①地域の事業主体 ②安定した自主財源の確保

4 建築審査会(ARB)

①地域らしさを育てる組織 ②審査プロセスの合理化

5 三つの組織の相互関係

4・2 個性的なエリアとテーマ地区の計画

1 エリアの全体構想と実現方策
2 テーマ地区としての倉庫地区の計画

4・3 テーマ地区の形成と街づくり組織

1 テーマ地区の動向
2 HTWAによる地区のマーケティング

①継続的な情報発信 ②住民に対するきめ細かい対応 ③サードワード芸術地区

3 BID#2による公共空間整備
4 ARBによるデザイン審査と事業促進

4・4 整備事業の連鎖的関係と街づくり組織

1 整備事業の実績
2 整備事業の連鎖的関係
3 協調型の連鎖と街づくり組織の関係

①リバーウォーク整備事業の資金計画における調整 ②建物外構のデザイン調整

4 波及型の連鎖と街づくり組織の関係

①HTWAによる活性化イベントの実施 ②ARBによるデザイン審査

5 玉突き型の連鎖と街づくり組織の関係

①売却・購買の連鎖による倉庫改修 ②倉庫修復と立体駐車場整備の関係

6 複製型の連鎖と街づくり組織の関係
7 街づくり組織による事業連鎖の促進手法

4・5 リバーウォーク整備を進める街づくり組織

1 プロジェクトを主導したBID#2
2 通路の一体的整備と活用に関する地権者合意
3 三段階のデザイン

①デザインガイドラインの作成 ②全体コンセプトデザインの作成 ③詳細デザインの調整

4 資金計画
5 街づくり組織による関与の要点

chapter5 クリーブランド
行政と街づくり組織によるエリアの個性化

5・1 行政と地元の協働による街づくり

1 クリーブランド市都市計画委員会(CCPC)
2 ヒストリック・ゲートウェイ近隣会社(HGNC)

①地元に根ざした組織 ②地元の事業化を支える組織

3 CCPCとHGNCの周囲

5・2 CCPCによる個性的なエリアの計画

1 ゲートウェイ再開発におけるCCPCの役割
2 エリアの全体構想

①ダウンタウン計画とダウンタウン再開発戦略 ②地区の再生計画

3 デザイン調整と審査
4 CCPCによる計画の実践
5 二つの地区の重層化

5・3 HGNCによる個性的なエリアづくり

1 地区内の空間整備とHGNCによるアプローチ
2 建物所有者等に対するデザイン支援
3 行政によるデザイン審査の支援
4 減税プログラムの運用による資金調達の支援
5 地役権保全プログラムHCPEとHGNC
6 個別整備に対するHGNCの関わり

①アーケード(The Arcade)の修復活用 ②東四番街の整備

7 HGNCによる取り組みの要点

chapter6 ダウンタウンにおける個性的なエリアづくりの展望

6・1 エリアを個性化する計画

1 個性的なエリアをつくる意義
2 緩やかな目標像としての個性的なエリアの計画
3 エリアの個性化を後押しするダウンタウン計画
4 歩行者のためのダウンタウン計画
5 多様な主体の参画に向けて

6・2 エリアを個性化する街づくり組織の課題

1 エリア全体にレバレッジ効果のある事業

①再生モデルの事業化 ②連鎖的な事業展開 ③一つのデベロッパーによる追加事業

2 エリア特性を踏まえたデザインのマネジメント

①事前協議(第一段階) ②枠組み協議(第二段階) ③詳細協議(第三段階)

3 パワー・ストラクチャーのマネジメント

①地元に根ざした体制 ②政治力から地元力へ ③長い目で見て地元との信頼関係を築く

4 長期間の計画を推進できる持続的な組織

6・3 日本の中心市街地におけるエリアの個性化に向けて

1 「断片化」への対応
2 中心市街地の長期戦略+エリアの全体構想+実効性と即効性のある事業
3 街づくり組織によるテーマ地区の形成

①地に足の着いたテーマ設定 ②地域のデザインセンターをつくる

4 街づくり組織の重層化

脚注

遠藤 新(えんどう・あらた)

工学院大学工学部建築都市デザイン学科准教授。博士(工学)。
1973年愛知県碧南市生まれ。東京大学工学部都市工学科卒業、東京大学大学院修士課程修了。同博士課程中退。1997年より東京大学都市デザイン研究室助手、2005年より金沢工業大学建築都市デザイン学科講師、2009年より現職。
専門は、都市計画・都市デザイン。共著に『都市のデザインマネジメント』『中心市街地活性化:三法改正とまちづくり』『地域と大学の共創まちづくり』『住民主体の都市計画』(以上、学芸出版社)『成熟都市のクリエイティブなまちづくり』(宣伝会議)など。

日本の地方都市が魅力的な中心市街地を取り戻すために、何を目指してどのような方法で市街地の姿を変えていけばよいのか。米国の地方都市ではわが国よりも早くに郊外化が始まり、半世紀以上前から中心市街地、すなわちダウンタウン衰退の問題に取り組んできた。確かに米国のダウンタウンがその全域において魅力を取り戻し再生しているとは言い難い。しかし、ダウンタウンの内部には人やビジネスが集まり活気や生活感を取り戻した「個性的なエリア」が次々に誕生している。これらエリアが集まって現在の米国ダウンタウンは元気を取り戻しているのである。本書はこうした個性的なエリアがどのようにして形成されたのかを論じたものである。
個性的なエリアと言えば、例えばニューヨークのソーホー地区(第1章、写真1・1)が思い浮かぶ。かつては老朽化して使われない倉庫が集積しただけのエリアが、芸術家のコミュニティ形成がきっかけとなって、ギャラリーや店舗が集積する全米で最もファッショナブルな地区の一つとして再生した。同様に老朽化した倉庫街が個性的なエリアへと再生した事例は全米各地のダウンタウンに生まれている(表0・1)。各々はエリアの歴史や場所性を反映させて個性的な空間を形成している。個性的なエリアには観光集客の場だけではなく、古くから存在する住宅地がその環境を保全的に整備して質の高い住宅街に再生したエリアや大規模工場跡地を集合住宅地として再生したエリアなど、居住者のつくるエリアもある。

本書の前半では、このような個性的なエリアの動向を実証的に明らかにしている。本書の後半では三つのエリアについて、面的に荒廃した領域が個性的なエリアへと再生していくプロセスと、その再生に取り組んだ自治体や地元組織などの取り組みを詳細に論じている。どのようにしてエリアの個性化へとアプローチしたのか、全体像を明らかにすることが、ここでの主題である。

本書では、複数都市の現地調査に基づいて個性的なエリアの実態を明らかにしている。分析対象都市には米国の「スノーベルト地帯の都市群(Snowbelt Cities)」を取り上げている(図0・1)。地域的に限定することによって、都市盛衰の経緯や歴史地理的特性が比較的類似する都市の比較分析を試みる。米国の都市は東海岸から内陸部、西部へと開拓していった歴史がある。スノーベルト地帯は米国の都市化の中でも最も古い歴史を有する地域と特徴づけられる。20世紀前半の郊外化以前にすでに拠点都市として大きく成長していた都市が密集する。自動車の発生以前に成立していた古い都市であるがゆえに、郊外化が都心にもたらした影響は深刻なものであった。そこからの奇跡的な再生を遂げた経験は大変興味深く、学ぶべきところがある。こうした理由からスノーベルト地帯の都市を取り上げる。

本書の構成は次の通りである。まず第1章では個性的なエリアの形成とダウンタウン再生のための各種取り組みの関係について明らかにする。続く第2章では六つの拠点都市のダウンタウンを対象に個性的なエリアの形成動向とその背景に迫る。
本書の後半では、個性的なエリアの形成に長期間取り組んできた三つの街づくり組織の活動を検証する。第3章では、ミネソタ州セントポール市ロウアータウン地区を題材に、見捨てられた倉庫街を個性的なエリア(アーバンビレッジ)に再生した街づくり会社の取り組みの要点を考察する。第4章では、ウィスコンシン州ミルウォーキー市サードワード地区を題材に、地元主導色の強い取り組みが個性的なエリアの形成にどのように寄与したのかを考察する。第5章では、オハイオ州クリーブランド市ユークリッド・ゲートウェイ地区を題材に、市の長期戦略と地元街づくり組織の事業化支援の方法を検証し、エリアを個性化する要点を考察する。以上を踏まえて終章では、個性的なエリアをつくる計画と街づくり組織の抱える課題を整理し、わが国の中心市街地に対して提言を試みる。

日本の地方都市における中心市街地は、本来その都市のアイデンティティを体現する場所であったはずが、米国同様に空洞化が進み、今ではその多くが個性を失い、魅力の見えない場所となってしまった。本書では、個性的なエリアの分析を通じて、個性的で魅力的なエリアを育てることが、魅力的な中心市街地の再生につながるのではないかという点を改めて問題提起してみたい。

テーマ地区とは、ある地域に広がる空間資源と人々を結びつける「場」のようなものである。街づくり組織は、その資源を掘り起こして活用し、足りない要素があれば追加して、地区全体の一体感や世界観をつくる。これを人々に提供し、その場を体験した人に「再び訪れたい」「この地に暮らしたい」という気持ちを起こさせる。こうして集まった人や活動やビジネスが地域に再び活力をもたらす。地域の資源は多様であり、中心市街地には人を引きつける多様な「場」が生まれる可能性が眠っている。だからこそ、テーマ地区を重層化させ個性的なエリアとして育てていくことが、中心市街地再生の目標になるのだ。

個性的なエリアは計画的に作ることができる。そのことを私に実感させてくれたのは本書第3章で紹介したロウアータウン再開発会社のウェイミング・ルー氏であった。約10年前のある国際会議にゲストスピーカーとして招聘されていたルー氏は、空洞化していた倉庫地区が、いかにして住宅やスモールオフィス、賑やかな店舗の集まる地区へと転換したか、そのダイナミックな変化をLRCがいかに導いてきたか力強く語っていた。LRCの取り組みは果たして日本でも可能なのだろうか。そうした問題意識が本研究の原点にある。文科省在外研究員としてのセントポール滞在中、氏からは本当に多くのことを学ばせていただいた。

本書は1999年から2008年までの10年間に米国都市再生の現場から学んだ知見をまとめたものである。この間に21都市を調査する機会を得た。そこで出会った地元組織の人たちは皆ダウンタウンを愛している。彼/彼女らがいて草の根レベルの活力があり、新しいアイデアを取り入れていく先見性と試行錯誤の末に方向修正する柔軟さが米国社会にある限り、米国のダウンタウンは強い。
本書の原型となったのは2004年に東京大学に提出した博士論文である。恩師である西村幸夫先生、北沢猛先生にはこの場を借りて心からお礼を申し上げたい。また、本書をまとめる機会を与えていただき、脱稿まで4年超もの長い間根気よく具体的にアドバイスをいただいた学芸出版社の前田裕資さん、同氏とともに編集をご担当いただいた知念靖広さんにも心から感謝している。

この本が、日本各地で中心市街地や地域の再生に取り組む人達に何らかのヒントを提供できれば幸いである。加えて、本書を踏み台に次なる新たな米国ダウンタウン研究が生まれてくることを願っている。

2009年7月17日

遠藤 新

建築・都市・まちづくりの今がわかる
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