ポートランド・メイカーズ クリエイティブコミュニティのつくり方
内容紹介
好評『ポートランド 世界で一番住みたい街をつくる』の続編出版!
ポートランドの魅力を構成する、クリエイション、スポーツ、オーガニックフード、クラフト、コーヒー、スタートアップの分野で、街にインパクトを与えているプレイヤーに山崎満広がインタビュー。インディペンデント、イノベーティブ、サステイナブル、オープンなカルチャーから生まれる、街をクリエイティブにする方法論。
体 裁 四六・208頁・定価 本体2000円+税
ISBN 978-4-7615-2642-9
発行日 2017/05/01
装 丁 藤田康平(Barber)
クリエイティブなコミュニティのつくり方
山崎満広
街は人とその文化、コミュニティによってつくられる
ポートランドをクリエイティブにする6人に会いに行く
街のクリエイティビティを生みだすマインドとコミュニティ
chapter01 インディペンデントな街に宿るクリエイティビティ
ジョン・ジェイ
仕事の原点
最高のクリエイティブワークをつくりだせる場所に行け
ナイキとのクリエイティブワーク
広告業界の常識を破る
クライアントと顧客の関係を挑発する
ポートランドから東京へ
四半世紀の街の変化
インディペンデントな精神がつくる街
チャイナタウンの再開発計画
居心地のよい場所にとどまるな
リミックスから生まれるカルチャー
クリエイティビティの本質
chapter02 Fail Forwardから生まれるイノベーション
南トーマス哲也
大阪のサッカー少年、アメリカへ
ナイキで働く
ロナウジーニョのスパイクをデザインする
ものづくりの限界をなくす、イノベーションキッチン
インスピレーションを得るために
スポーツを身近にする仕掛け
Fail Forwardという哲学
chapter03 Farm to Tableでつくる本物の味
田村なを子
オーガニックな食との出会い
惚れ込む食材に巡りあうまで
Chef Naokoをオープンして
オリジナルの日本食にこだわって
Farm to Tableを支えるしくみ
より多くの人に本物の味を届けるために
ポートランドという街
chapter04 オープンなものづくり、オーガニックなネットワーク
冨田ケン
26歳で起業
ある日突然売れだしたiPhoneケース
フレキシブルな組織づくり
クオリティと効率のバランス
最先端の生産管理システム
ユーザーの欲しいものと、自分たちのつくりたいもの
西海岸のオープンなものづくりのカルチャー
消費者と直接つながるオーガニックなマーケティング
ポートランドでものづくりを続けるために
chapter05 フェアでサステイナブルなコーヒービジネス
マーク・ステル
ブラジルで見つけた自分のミッション
コーヒー豆の焙煎で起業
ダイレクトトレードにこだわる理由
コーヒー農園の労働環境を改善する
卸売から小売へ、ビジネスモデルの転換
四半世紀を経たコーヒー産業の進化
人々が才能を持ち寄るシンクタンクのような街
chapter06 スタートアップのエコシステム
リック・タロジー
スタートアップ黎明期
クリエイティブとテクノロジーをつなぐ実験
コワーキング・インキュベーターからアクセラレーターへ
プラットフォームの運営方法
スタートアップにとって成功とは?
コラボレーションのカルチャー
スタートアップのプラットホームへ
人々がコミュニティのパトロンになる
街の未来にとって賢明な決断
クリエイティブなコミュニティのつくり方
街は人とその文化、コミュニティによってつくられる
2016年の春、『ポートランド 世界で一番住みたい街をつくる』という本を書いた。その本ではポートランドという街がどのような変化を遂げ、世界中から注目される街になったか、その全体像を描いた。そのプロセスを紐解くため、1800年代の街の設立から歴史をたどり、1970年代の大変革期から今日にかけて、現在僕が働くポートランド市開発局(PDC)の活動を中心に行政、企業、市民らの街への関わりについて詳しくレポートした。だが、膨大な資料と向きあいながら、そのエッセンスを限られた紙数の中にまとめるのはとても大変で、編集の途中で削った内容も多かった。そして、もしいつかもう1冊本を出せる機会が巡ってきたら、ポートランドがなぜクリエイティブなのか、なぜクリエイティブな企業や人々が集まる街になったのか、それをテーマに書いてみたいと漠然と思っていた。
街の魅力は、そこに住んでいる人々や働いている人々、彼らがつくりだす文化やコミュニティの特徴が醸しだすものだと、僕は思っている。要するに、街は人ありきなのである。
丹下健三(建築家、都市計画家)は「人は情報の媒体である」と言ったそうだが、その考えは今の時代にすごく的を得ていると思う。そして、都市はその情報の媒体が集まり、混じりあい、新たな価値をつくりだす実験室のようなものだ。今、世界の大都市には大量の情報が集まってきている。ただ丹下氏が活躍していた時代と大きく違うのは、インターネットの進歩により多くの情報がネットワーク化され、世界中どこにいてもスマートフォンさえあれば情報を入手できるようになったことだ。
しかし反面、情報の海に飲まれる危険に晒されるようにもなった。何か新しいものをつくろうとする時、新しいことに挑戦しようとする時、ネットで見た情報に流されていては成功しない。自分の哲学を大事にし、最初から自分のやり方でやってみること、今まで誰もやったことのないことを、勇気を出してやってみることが大切だと思う。新しいものを世に生みだすには、リスクが付き物だ。エジソンは電球を完成させるまでに2万回も失敗したというではないか。
ポートランドをクリエイティブにする6人に会いにいく
2016年の秋、僕の予想を裏切り、著書は増刷を重ね、僕は2冊目の本を執筆する機会に恵まれた。そこで、多種多様な分野で新たな価値をつくりあげることを生業としているクリエイティブなポートランダーを6名厳選し、彼らにインタビューをさせてもらった。日本では一般的に知られていない人たちが多いが、彼らはポートランドのクリエィティブコミュニティを象徴する人物であり、それぞれの分野で世界に通用するプロフェッショナルたちである。
ここで今回インタビューした6人を簡単に紹介する。
ジョン・ジェイは広告やアート業界では世界的に著名である。ニューヨークの高級デパート、ブルーミングデールズやポートランドの広告エージェンシーWieden+Kennedyのクリエイティブディレクターを経て、2015年からファーストリテイリングのグローバルクリエイティブ統括を務めている。
ジョンは今、ポートランド、ロンドン、ニューヨーク、東京などを飛び回っている。その超多忙なスケジュールの合間を縫って、ポートランドのチャイナタウンにある彼のスタジオなどでロングインタビューをさせてもらった。彼が見てきた過去25年間のポートランドの変貌や、なぜ彼が今なおポートランドにこだわり拠点を設けているのか。ジョンが語るポートランドのクリエイティビティの本質は実に興味深い。
南トーマス哲也はポートランド近郊にあるナイキ本社のイノベーションキッチンで次世代のプロダクト開発を手がけている。
以前は、あの元ブラジル代表のロナウジーニョ選手のスパイクをデザインした世界トップクラスのシューズデザイナーであった。彼には、「Fail Forward(失敗は後退ではなく、そこから学んで次に進もう)」という揺るぎない哲学と使い手への細心の気配りが詰まったナイキのものづくりの裏側をじっくり聞いた。また、スポーツを愛する市民が多い街ならではのライフスタイルやスポーツブランドの街への取り組みについても話を聞いた。
ポートランドでは都市成長境界線によって守られている近郊の農地で採れた新鮮な食材を扱うレストランやマーケットが繁盛し、全米からシェフがこの地で開業するために集まってくる。そんなレストラン業界で、一際注目を集めているのが、オーガニックレストラン「Shizuku」を経営する田村なを子。
彼女は、美しく黒光りした漆塗りの重箱に、とびきり新鮮な季節の食材を使ったお弁当で、全米一のグルメタウンの料理評論家たちを魅了し続けてきた。僕はアメリカに20年住んでいるが、こんなに地元の素材にこだわりながら本格的な日本食を食べられるレストランは他にはない。まさに僕にとってのポートランドの郷土料理だ。その美味しさの秘密は、彼女が実践する生産者と消費者をつなぐ「Farm to Table」のしくみ、そして本物の味を追求する探究心にあった。
また、ポートランドでは「Made in PDX(=Portland)」を掲げ、革製品や家具、クラフトビールなど地場産業に最新のデザインを施したハンドメイドの小商いが若者を中心に盛んだ。そして、彼らの中でGROVEMADEの冨田ケンを知らない者はいない。
「Made the Hard Way(苦労してつくられた)」がGROVEMADEのキャッチフレーズだ。ケンが自然素材を使ってつくりだす製品はどれもユニークで美しく、そしてサステイナブルである。セントラルイーストサイドにある工房で一つ一つ丁寧につくられた製品は世界中にファンがいるくらい人気だ。小規模生産でデザイン性に優れたものづくりへのこだわり、西海岸特有のオープンなコラボレーションの気質、独特なマーケティング戦略など、スモールビジネスのリアルな現場を教えてもらった。
マーク・ステルを一言でいえば、「サードウェーブコーヒーをサステイナブルにした男」である。現にマークはコーヒー豆の焙煎と小売を手がける会社Portland Roasting Coffeeを経営しながら、全米スペシャルティコーヒー協会の要職などを歴任し、世界第二のコモディティであるコーヒーの貿易環境の改善に努めてきた。
中南米やアフリカのコーヒー農場とダイレクトトレード(直接取引)をし、農園労働者の収入を上げ、農園の労働環境の向上を図るために地域のインフラに投資をしてきた。なぜ、彼はそこまでリスクをとってコーヒー産業を変えようとしてきたのか。ポートランドのコーヒーカルチャーの裏側にあるストーリーは実に深い。
最後に紹介するリック・タロージーはPortland Incubation Experiment(PIE)の創始者兼ゼネラルマネージャーである。
僕はこの街で何らかのテクノロジーを使って起業したい人がいたら、まずリックに会いに行くことを勧める。なぜなら、彼が行政機関はもちろん、ベンチャーキャピタル、エンジェルファンド、そしてその他のアクセラレーターなどを含むポートランドのスタートアップの生態系を一番よく知っている中心人物だからだ。彼は常に多くの起業家と交流し、彼らの面白いアイデアをスケールアップさせるべくコーチングし、スポンサー企業から投資を引き出し成長させる。創業から8年で数え切れないほどの地元の起業家を支援してきたしくみを語ってもらった。
街のクリエイティビティを生みだすマインドとコミュニティ
この6人のインタビューを通して、街のクリエイティビティを生みだすのに必要なものがうっすらと見えてきた。一つはプレイヤーのマインド(気質)。そしてもう一つは彼らを取り巻くコミュニティ(土壌)だ。
まずは、プレイヤーに共通するマインドを挙げてみる。
1. 自信を持っている:自分の得意分野を見定め、足りない部分は周りの人とのコラボレーションで補う。
2. 失敗を恐れずやってみる:とにかく自分を信じて本気でやってみる。うまくいけばそれを伸ばし、失敗すれば新たな道を探る。
3. 挫折から学び続ける:失敗もポシティブに受けとめ、自分が納得いく結果が出るまでしたたかに挑戦し続ける。
4. お金や名声以上に仕事が好き:儲けや知名度よりも素晴らしい仕事をすることに重きをおく。
5. 独立心が強い:周りの人の声、常識や情報に左右されず、自分の信じた道を突き進む。
6. 変化を受け入れ成長する:変化は避けられないことを理解し、変わり続けることで成長する。
次に、彼らが属するコミュニティ(土壌)にもいくつかの共通点があると思える。
1. 仲間が集まりやすく、新たな関係を築きやすい「場所」を持っていること。
GROVEMADEの工房やPIEのシェアオフィス、Portland Roasting CoffeeのカフェやレストランShizukuなど、いろいろな形態があるが、どれもオープンでリラックスした雰囲気が印象に残った。
2. フェアでカジュアルでフラットな組織や文化があること。
そこには人種、男女間の差別、先輩後輩の上下関係など存在しない。無駄に組織化したり、型をつくらない。
3. 新しいアイデアを歓迎し、良いと思ったことを素直に受け入れること。
誰もが気軽にアイデアを提案し、たとえ奇抜なアイデアであっても頭ごなしに却下したり、批判したりしない。
4. わからないこと、困ったことは、専門家や同業の仲間に助けてもらうこと。
5. 良いこと、うまくいったことは、たとえライバルであっても、どんどんシェアすること。
6. ライフスタイルを大事にして趣味の時間を充実させること。
その趣味が仕事に良い影響をもたらし、趣味がビジネスになることも起こりうる。
この本を通して、僕はポートランドのクリエイティビティの本質と、そのクリエイティブなコミュニティがどのようにつくられているかを探りたかった。そして本の制作途中で、いつもお世話になっている黒崎輝男さん(流石創造集団代表取締役)にクリエイティビティについて尋ねた。黒崎さんはこんな風に答えてくれた。
「クリエイティビティとは、一般的な成功、利益などとは違う、美しいとか、気持ちいいとか、美味しいとか、新しいといった視点から問題を設定して、目の前の難題を、根本から乗り越えていく能力を言う」
この本を読んで、街のクリエイティビティを生みだす仲間が、日本でも増えることを願っている。
山崎満広
イギリスの政治家、ベンジャミン・ディズレーリの格言に次のようなものがある。
“The secret of success is constancy to purpose.”(成功の秘訣は、目的に忠実であることだ)
6人のインタビューを終え、本にまとめるにあたって気づいた彼らの共通点が二つある。
一つは、国籍も職業も年齢もバラバラな彼らが、皆素晴らしいリーダーで、ビジョンや生き様、そして彼らがつくりだす価値に魅了された人々が集まり、支えあいながらいろいろな形のコミュニティが生まれていることだ。
そしてもう一つは、それぞれが属するコミュニティを良くしていこうという強い使命感を持っていることだ。それは目の前のプロジェクトの成功や会社の利益などとは違う次元にある、公益につながるものだ。そして、たとえ状況や環境が変化しても、彼らの情熱とクリエイティビティは、その使命にいかに忠実でいられるかに注がれている。
クリエイティブなコミュニティをつくるには、目に見えないものを信じて突き進み、新たな価値を創造するリーダーが必要である。ここで言うリーダーには社会的地位も特別な才能もいらない。必要なのは、自分のビジョンを明確にし、その実現に向かって忠実に努力をしていくことだ。
僕の尊敬する野田智義さん(特定非営利活動法人ISL創設者)の言葉を借りるならば、リーダーとは「見えないものを見て、それに惹かれて暗い沼地でも先頭を切って歩いていく人」であり、リーダシップとは「旅」である。その道は誰にでも開かれているのだ。この本を読んでくれた人はどんな旅に出るのだろうか。
最後に、多忙ななか貴重なお話を聞かせていただいた6人の皆さん。お仕事の合間を縫って数々の写真を撮ってくださった大塚俊泰さん。大学院に通いながらインタビューの文字起こしをしてくださった幸本温子さん。前著に続き素敵なブックデザインをしてくださった藤田康平さん。そして、この本の企画から出版までを取りまとめてくださった学芸出版社の宮本裕美さん。皆さんの協力のおかげでこの本を完成させることができました。心より感謝しています。
2017年4月
山崎満広
評:林 厚見
(SPEAC共同代表/東京R不動産ディレクター)
ポートランドが、ポートランドたりえている理由
本書の冒頭に登場するジョン・ジェイに僕が会ったのは14年前。東京ではむしろ場末ともいえる場所でパンクのライブが鳴り響くパーティにたまたま出くわして入ってみたら、それは意外にもルイ・ヴィトンのパーティで、それを仕掛けた“かの有名な”ジョンがいたのだった。まだ何の実績もない僕に対していきなり「来週オフィスに来な。話そうぜ」と言った彼の印象は強烈だったが、そこに表れていた“あの街”のノリを当時は知らなかった。
ポートランドに関心がある人は、様々に語られる話を読んだり実際に訪れたりしてこの街のことをそれなりに“理解”した感覚を持っている気がするし、自分もそんな感じがあった。だが本書を読んだ後には誰しもがその“理解”は大きく前進し、同時にポートランドという街や“メイカーズ”の話の範疇を超えて多くの発見と勇気がもたらされることになる。ポートランドを知るためであっても、これからのものづくりを知るためでも、はたまたそのどちらでもないにせよ、ともかく読む価値があるだろう。
この本で著者の山崎氏は、ポートランドという「街」について直接的に問いかけていない。MAKERSという軸を設定してはいるものの、街のイメージやあり方を仮説として先に立てることもせず、あくまで個人の活動や思いを辿ることから結果的にこの街がこの街たりえている理由を浮かび上がらせている。本書に登場する6人が何をどのようにやっているかを一言で表そうとすれば、サードウェーブ、ハンドメイド、コラボレーションとクリエイティビティ、オーガニックといった具合に、このところ多く語られるキーワードでまとめられてしまうかもしれない。だが山崎氏の素直なスタンスは、そうした文脈ありきのメッセージにとどまらない多様なヒントを見事に引き出しており、それはポートランドをよく知る者ならではの迫り方なのかもしれない。
著者の前著(『ポートランド 世界で一番住みたい街をつくる』)は街のマネジメントについて語られたものであったが、読者にとってより深い洞察を生むという意味では、私はむしろ本書を先に読んだ上で前著を読むことをお勧めしたい。