都市計画 根底から見なおし新たな挑戦へ
内容紹介
痛切に求められている「地域の安定と活性化」を実現するには、成長時代の都市計画を脱皮し、地域による地域のためのまちづくりを切り開かねばならない。何から始めるべきか?この分野の第一級の論者に、福祉・交通分野の専門家も加え、自治体、市民、専門家の連携で、総合的な都市政策と直結する都市・地域計画を提言する。
体 裁 A5・272頁・定価 本体2800円+税
ISBN 978-4-7615-2501-9
発行日 2011/02/01
装 丁 上野 かおる
まえがき
蓑原 敬
序章|大きな曲がり角にある都市計画・まちづくり
蓑原 敬
1 何故、今が大きな曲がり角なのか
2 基本的な問題意識を共有できるかどうか
3 問題意識共有後に向けて
補論 1960年代に日本は大きな曲がり角を経験した
1編|都市計画を根底から見なおす
1章|近代日本都市計画の中間決算──よりよい都市空間の実現に向けて
西村幸夫
1 新しい時代の都市計画の姿とは
2 現行都市計画制度に対する六つの素朴な疑問
3 これからの都市計画の望ましいあり方に向けて
2章|地域協働の時代の都市計画──まちづくり市民事業からの再構築
佐藤 滋
1 地域協働の時代への胎動
2 地域協働の時代の都市計画と都市像
3 都市計画は何に挑戦するのか
4 地域協働社会を築く「まちづくり市民事業」
5 市民事業を核とした多主体連携の姿
6 地域協働の都市計画が備えるべき制度と仕組み
3章|まちづくり条例による国際標準の計画制度──持続可能な都市圏構造と日常生活空間の実現のために
大方潤一郎
1 持続可能な都市空間
2 国際標準の空間計画制度
3 日本の計画制度の課題と備えるべき要件
4 新たな計画システムの構成
4章|分権下における広域計画──続・都市計画と公共性
中井検裕
1 「小さな公共性」を前提とした「大きな公共性」論の必要性
2 広域計画の今日的意義
3 広域計画の論拠
4 広域計画の決定主体
5 広域計画の制度
2編|総合的な都市政策と直結する都市計画へ
5章|都市交通戦略のあり方──公共交通を中心とした展開の方向性
中村文彦
1 持続可能な都市を実現する公共交通
2 政策立案の観点
3 政策評価の観点
4 具体的な展開について──モビリティ・デザインの実践へ
6章|コミュニティとしての都市──定常型社会と「福祉都市」のビジョン
広井良典
1 コミュニティとしての都市
2 定常型社会における地域
3 福祉都市──都市政策と福祉政策の統合
7章|地域主権における住宅政策──住まいまちづくり政策の多面的な展開
小川富由
1 住宅政策の歴史
2 都市の成熟化と住宅政策の変化
3 住宅政策の評価
4 基礎自治体における住宅政策の展開
5 地域主権下での住宅政策
8章|地域を豊かにするガバナンスと協働の展望──見沼田圃の保全とホームレス支援の現場から
若林祥文
1 アーバンフリンジ地域における持続可能性のある
土地利用整序体系のあり方を模索して
──埼玉県見沼田圃地域における活動から
2 住宅喪失者にほっと一息できるすまいの提供
──NPO法人・ほっとポットによるホームレス支援の取り組み
9章|地域主権における都市と地方自治体──横浜市の現場から
木下眞男
1 画一から分権へ
2 都市デザイン
3 土地利用のコントロール
4 プロジェクト
5 市民との協働
6 民間開発の協議と誘導
7 21世紀の都市づくり
この本の執筆者たちを中心に、2000年に『都市計画の挑戦─新しい公共性を求めて』を出版した。すでに早10年、私を除いては、当時、若く先駆的な役割を果たしていた執筆者たちは、それぞれの立場で枢要な地位を占め、社会的にも大きな影響力を持つようになっている。
都市計画やまちづくりを廻る状況も大きく様変わりして、正に、地域主権による「新しい公共性」が問われるようになってきている。しかし、中央地方を問わず、日本の都市計画、まちづくりを廻る制度や組織は旧態然としていて、着実な歩みを見せているとは到底言えない状況である。
だが、少子高齢化、地球環境時代的な現象はすでに現前し始め、もはや、時間的な余裕はなく、切迫した状態であることが日々実感されている。
他方、地方分権一括法で、地域主権の方向性はすでに確立し、政治的にも大きな地殻変動が起こりつつあって、都市計画、まちづくりの領域も大きな転換期に入ったと思われる。
このような空気を反映して、東京大学、九州大学、都市計画学会、建築学会、都市計画家協会など様々な専門家の団体でも連続的なシンポジウム、提案などが踵を接して行なわれるようになっている。
*
このような時代認識を共有している、かっての執筆者たちと「都市計画の挑戦」に再び挑もうと二日にわたって会議を持ったのは、2010年の正月明けであった。
今回は、初めから学芸出版社の編集者で、いまや、この分野における有力な批評家、工作者でもある前田裕資氏にも参加してもらい、最初から、本の上梓を前提として議論が進んだ。必ずしも全員の時代認識が合うわけではなく、一部の人は立ち去ったが、逆に、この仲間ではカバーできないけれど、「都市計画の挑戦」の上では不可欠の課題に対して前向きの姿勢で臨んでいる新しい分野の専門家にも声をかけることになった。福祉問題について広井良典氏、交通問題について中村文彦氏に声をかけることにし、ご賛同を得て参加してもらった。同様に農業支援、農村再生の課題にも取り組みたく、この分野の専門家にも声をかけたが、協力が得られず残念な結果に終っている。
*
一読していただければ、執筆者各自の立場や経歴によって、書かれている内容は多面的で、理論的な取り組み、実践を通した歴史的な整理と展望、制度的な提案など様々な角度からの多岐にわたる論叢になっていて、必ずしも一つにまとまった提案になっているわけではない。しかし、全ての執筆者が同じような時代認識の下に、一歩踏み込んだ行動計画に移ることを要請していると思う。
いまや枢要な地位にあって、時間に追われ、身体を苛む身でありながら、寸暇を割いて執筆していただいた仲間に厚く感謝したい。また、何時もながら、決して楽ではないこのような専門書の出版に力を貸してくれる学芸出版社、特に編集者の前田裕資氏の立場を超えたご尽力に熱い感謝の念を奉げたい。これは執筆者一同の思いでもあろう。
2010年の暑い夏
蓑原 敬
21世紀に入って10年が経った。この10年間で日本の都市・地域を取り巻く状況は大きく変わってきた。東京などのごく少数の大都市では国際競争力強化のかけ声の下、華やかな都市再生プロジェクトが展開され、都心のジェントリフィケーションが進んでいる。逆に、地方の中心市街地は壊滅的な打撃を受けて地域経済の衰退の象徴となっている。郊外では自動車利便性の高い場所に、あたり構わず大型商業施設、ロードサイドショップが林立し、農地の改廃、利用転換が進み、耕作放棄地が増大している。問題ばかりではない。この間の自治体主導の先進的な都市計画、市民セクターのまちづくり提案など、新たな都市計画の芽が着実に生まれつつある。これらの都市計画を巡る変化は日本国内に閉じられたものではなく、グローバルな社会経済環境の変化に連動しており、しかもその変化の速さと規模は増大しているように見える。しかし、こういった個別の都市計画、地域づくりの変化の動きを全体的にとらえ直し、この先、日本の都市計画はどのような方向に進んでいくのか、確たる展望が持てない状況だ。
本書は、表題が示すように、大きな曲がり角にある日本の都市・地域計画を根底から見直し、新たな都市計画を展望し、その方向性を提案しようというもので、時代の要請にこたえるタイムリーな刊行である。
前著(蓑原敬編著『都市計画の挑戦 新しい公共性を求めて』学芸出版社、2000年)が発刊されたのが世紀の変わり目の2000年。前著とほぼ同じ著者達に新たに交通、福祉の専門家を加えて、より広く、深く、現代日本の都市計画を多面的に論じている。
本書は序章と2編10章からなっている。10人もの多くの論者が多面的に現代日本の都市計画を論じているにもかかわらず、一本のまとまった筋を読み取れるのは編著者の蓑原の強いエディターシップの下に著者達が綿密に協議して、執筆したものと思われる。
簡単に内容を要約するのは無理だが、評者が読み取って理解した本書の構成を紹介しよう。
序章で編著者の蓑原は本書全体として、著者達が共有するべき現状認識と共通する意志として4つの原則をあげている。第1が地域主権の原則、第2が広域的な居住展開の原則、第3が近隣環境管理の原則、第4が建築物を社会的な資産と見なす原則、の4つである。いずれも共感、納得できる重要な指摘である。
以下の各編、各章ではこの4つの原則を踏まえた上で各著者がそれぞれの主題を論じている。第1編が理論的な側面に力点を置いた論説、第2編が個別テーマや実践を踏まえた政策指向の論説となっている。
第1編は「都市計画を根底から見なおす」のテーマの下で議論が展開されている。第1章では現行都市計画制度に対する素朴であるが根底的な疑問を投げかけ、問題点をあぶり出し、解明することによって新たな計画制度の望ましいあり方を展望している(西村)。第2章ではこれからの都市計画は地域協働の時代に入るとの見立ての上でまちづくり市民事業からの都市計画の再構築を示している(佐藤)。第3章では日本の都市計画制度を国際的な視野の下で位置づけ、自治体主導のまちづくり条例が先導することにより、持続可能な都市圏構造、日常生活空間が実現可能であるとの道筋を創発的に提言している(大方)。第4章では前著における「小さな公共性」を踏まえた上、分権下における広域計画の必要性を甲府盆地の事例を挙げながら、各主体、運営協議組織のあり方について綿密な検討を行っている(中井)。
第2編は「総合的な都市政策と直結する都市計画」と題して次の5つの議論が展開されている。第5章ではこの10年近くの国内外の動向を押さえた持続可能な都市実現のための、公共交通を中心とした都市交通戦略の課題を論じている(中村)。第6章では日本が今後目指すべき定常社会を作り上げていく上で重要となるコミュニティとしての都市のあり方を福祉政策と都市計画が連動して展開する必要性、課題を論じている(広井)。第7章では戦後日本の住宅政策を振り返る中で、今後の地域主権の原則の下での基礎自治体における住宅政策の方向性について論じている(小川)。第8章では埼玉県の見沼田圃の保全とホームレス支援の取り組みを素材にして、地域を豊かにするガバナンスと協働のあり方について実践的考察を行っている(若林)。第9章は先進的な都市計画、都市デザインの取り組みを進めてきた横浜の事例を綿密に分析する中で、21世紀にめざすべきコンパクトシティが備える条件について論じている(木下)。
以上のような簡単な紹介ではそれぞれの論説の深い内容や魅力ある考え、発想を伝えることはできない。ぜひ手にとって読まれることを薦めたい。これは脱線した、評者の個人的な感想であるが、60年代の都市の成長と変貌についての専門知識はなかったが、同時代を身体感覚として記憶している評者にとって、蓑原の1960年代都市計画の補論は大変興味深く、先輩プランナーの認識、苦闘を理解できたような気がする。
都市計画の森を長年にわたって迷走してきて、いささかくたびれている評者のような者にも、現在、第一線で都市計画の実務、調査研究に取り組んでいる人達にも、さらにはこれから都市計画の大海に乗り出そうという人達にも、あるいは都市計画に関心を強く持つ市民にとっても、それぞれ読者にとって、これからの都市計画を考える上での有益な指針と知的刺激を与えてくれる書といえよう。現代日本の都市計画の第一線を担う著者達の熱き想いが伝わる、現代日本の都市計画に対する根底的批判とそれを乗り越えていく都市計画の道筋、希望をあたえる書である。
(筑波大学/大村謙二郎)
タイトルからして「ずしん」とくる本である。ここ数年、都市計画制度の抜本的改正の議論は多くあり、少なくない提案が出されている。これらの議論は相互対照しながら積み重ねられているわけであるが、本書はその最新版の一撃である。しかし、総括のために書かれたわけではない。総括するのは国土交通省と地方自治体の役割とばかり、都市計画制度の体系に対して、異なる角度からもう一度光をあて、より深い問題構造を明らかにし、より抜本的な改革を迫っている。
ではどういう角度から光をあてているのか。それは冒頭で蓑原が示す「地域主権」「広域化」「近隣環境管理」「建築ストック重視」の4点である。前半はこの4点を共有した上で、西村が近代日本都市計画への根源的な疑問をまとめて都市計画のあり方を整理し、佐藤はまちづくり市民事業とその連携・複合体が都市を変えていく、都市計画はその調整や編集を行うものであると説く。大方は都市計画制度の国際標準に照らし合わせながら自治体の立法の可能性を示し、中井は広域計画についてクリアな制度設計を示す。後半は各論的な論考が並び、中村は交通、広井は福祉、小川は住宅、若林はガバナンス、木下は都市デザインの視点から歴史的なパースペクティブと最先端の事例や計画理論を示す。それぞれの論考は、中央の都市計画法制度改革だけでなく、2000年の地方分権改革以降、各地の地方自治体で進められている、都市計画の制度構築を中間的に見直す視点にもなりうるだろう。
最後に本書に不足している「今後の課題整理」を整理しておく。
「建築ストック重視」については、議論の余地がまだ多い。ストックを重視することでどのような都市空間像が描けるか、経済成長期に世界中から蓄積された富で作られた都市空間をどう維持し、今後の新築投資をどこに振り分けていくか、という視点も必要である。また、著者らは「よくガバナンスされた状態」を目標とし、かつ前提としているが、その裏返しの「よくガバナンスされていない状態」をどうするかという議論も必要である。都市はまだ圧倒的に「ガバナンスされていない」からである。最後に、今や人々も都市もグローバルにつながり、その決断は遠い国の人々の生活に影響を及ぼす。世界に富や幸福が偏在しており、持たざる者が圧倒的に増え続けている現在、日本の内側だけを意識した都市計画はあり得ない。私たちの都市計画が、グローバルにどういう負担をかけるのかを感覚的に理解しながら次世代の都市を計画する技術や手法も議論されるべきではないだろうか。
(首都大学東京 都市環境学部建築都市コース准教授/饗庭 伸)
担当編集者より
都市計画は時代についてゆけずに大きな問題を抱えていることが明らかなのに、抜本改正の道は開けていない。郊外に住宅が無秩序に拡散しても、今日、明日、困ったことにならないから、なかなか大きな声にならないが、結局のところ、その集積が大きなマイナスをもたらすことになる。
やはり将来のことも、政治も行政も、そして市民も、もっと真剣に考えるべきではないか。
本書は、そのための大きな枠組みを日本の都市計画の第一級の論者が果敢に挑戦したものだ。
甚大な被害をもたらす災害が起こってしまった今、復旧・復興が急がれるが、従来の枠組み、高度成長時代の思考でガンガン進めれば良いとも思えない。高齢化や人口減少、環境制約の時代にふさわしい復旧・復興を進めることが重要だろう。
これからの都市づくり、地域づくりの大きな方向性を確かめるうえでも、本書は貴重だと思う。
(Ma)
- 大方潤一郎ほか「まちづくり条例による国際標準の計画制度」(110310夕方より、東京)
- 蓑原敬セミナー「都市計画の新たな挑戦」(2010年9月6日)
(2011/3/22 本セミナーの内容を電子書籍「まちづくり新書」001として発売!)