撤退の農村計画

林 直樹・齋藤 晋 編著

内容紹介

人口減少社会において、すべての集落を現地で維持するのは不可能に近い。崩壊を放置するのではなく、十分な支援も出来ないまま何がなんでも持続を求めるのでもなく、一選択肢として計画的な移転を提案したい。住民の生活と共同体を守り、環境の持続性を高めるために、どのように撤退を進め、土地を管理すればよいかを示す。

体 裁 A5・208頁・定価 本体2300円+税
ISBN 978-4-7615-2489-0
発行日 2010/08/30
装 丁 コシダアート


目次著者紹介はじめにおわりに書評イベントレポート(東京)イベントレポート(京都)関連情報

第1章 過疎集落の現状……林 直樹

1・1 過疎集落の家・田畑・山林
1・2 過疎集落の生活交通
1・3 過疎集落に残っている高齢者の生活

第2章 予想される国の将来

2・1 田畑の消滅……齋藤 晋
2・2 地域固有の文化の消滅―山村における生業を中心に……永松 敦
2・3 地域固有の二次的自然の消滅……東 淳樹
2・4 誰も望まない「消極的な撤退」……林 直樹

第3章 すべてを守りきることができるか

3・1 若い世帯の農村移住は簡単ではない……西村俊昭
3・2 定年帰農とその限界……林 直樹
3・3 二地域居住の限界……林 直樹

第4章 積極的な撤退と集落移転

4・1 積極的な撤退の基礎……林 直樹
4・2 仮設住宅の入居方法に学ぶ集落移転……山崎 亮
4・3 歴史に学ぶ集落移転の評価と課題……前川英城
4・4 平成の集落移転から学ぶ……齋藤 晋

第5章 積極的な撤退のラフスケッチ─生活編

5・1 高齢者が安心して楽しく生活できる……林 直樹
5・2 救急医療から考える移転先……江原 朗
5・3 いつどこへ引っ越すのか……林 直樹
5・4 あえて引っ越ししない「種火集落」で山あいの文化を守る……林 直樹・前川英城

第6章 積極的な撤退のラフスケッチ─土地編

6・1 土地などの所有権・利用権を整理……村上徹也
6・2 田畑管理の粗放化……大西 郁
6・3 選択と集中で中山間地域の二次的自然を保全する……一ノ瀬友博
6・4 森林の管理を変える……福澤加里部・大平 裕
6・5 森林の野生動物の管理を変える……江成広斗
6・6 道路などの撤収・管理の簡素化とその効果……林 直樹

第7章 積極的な撤退と地域の持続性

7・1 何を頼りによしあしを判断するのか……林 直樹・山崎 亮
7・2 流域とは何か……前田滋哉
7・3 撤退は敗北ではない……林 直樹

編著者

林 直樹(はやし なおき)

横浜国立大学大学院環境情報研究院・産学連携研究員
1972年生まれ。京都大学大学院農学研究科博士後期課程修了。博士(農学)。総合地球環境学研究所・プロジェクト研究員などを経て、現在に至る。

齋藤 晋(さいとう すすむ)

大谷大学文学部・非常勤講師
1973年生まれ。京都大学大学院農学研究科地域環境科学専攻博士後期課程単位取得退学。総合地球環境学研究所・研究推進支援員などを経て、現在に至る。

著者

永松 敦(ながまつ あつし)

宮崎公立大学人文学部・教授
1958年生まれ。総合研究大学院大学文化科学研究科国際日本研究専攻博士後期課程修了。博士(学術)。椎葉民俗芸能博物館・副館長などを経て、現在に至る。

東 淳樹(あずま あつき)

岩手大学農学部・講師
1968年生まれ。東京大学大学院農学生命科学研究科博士課程単位取得退学。博士(農学)。岩手大学農学部助手を経て、現在に至る。

西村 俊昭(にしむら としあき)

株式会社農楽・代表取締役
1965年生まれ。愛媛大学農学部農業工学科卒業。内外エンジニアリング株式会社を経て、現在に至る。

山崎 亮(やまざき りょう)

株式会社studio-L・代表取締役、(財)ひょうご震災記念21世紀研究機構・主任研究員
1973年生まれ。大阪府立大学大学院農学生命科学研究科博士前期課程修了。建築・ランドスケープ設計事務所を経て、現在に至る。

前川 英城(まえかわ ひでき)

株式会社ウィルウェイ・職員
1973年生まれ。京都大学大学院農学研究科博士後期課程単位取得退学。大谷大学文学部・非常勤講師などを経て、現在に至る。

江原 朗(えはら あきら)

北海道大学大学院医学研究科・客員研究員(公衆衛生学)
1963年生まれ。北海道大学大学院医学研究科博士課程生理系専攻(生化学)修了。医学博士。王子総合病院小児科・医長、市立小樽病院小児科・医長などを経て、現在に至る。

村上 徹也(むらかみ てつや)

農林水産省農村振興局整備部設計課
1974年生まれ。京都大学農学部卒業。北海道開発庁(現国土交通省)、北海道開発局農業水産部、農林水産省九州農政局北部九州土地改良調査管理事務所などを経て、現在に至る。

大西 郁(おおにし かおる)

小泉製麻株式会社・職員
1976年生まれ。東京農業大学農学部卒業。兵庫県立淡路景観園芸学校景観園芸専門課程修了。

一ノ瀬 友博(いちのせ ともひろ)

慶應義塾大学環境情報学部・准教授
1968年生まれ。東京大学大学院農学生命科学研究科博士課程修了。博士(農学)。兵庫県立大学自然・環境科学研究所・准教授、マンチェスター大学・客員研究員などを経て、現在に至る。

福澤 加里部(ふくざわ かりぶ)

北海道大学北方生物圏フィールド科学センター・GCOE特任助教
1977年生まれ。北海道大学大学院農学研究科博士課程修了。博士(農学)。京都大学フィールド科学教育研究センター・教務補佐員を経て、現在に至る。

大平 裕(おおひら ゆたか)

(財)九州環境管理協会・課長
1960年生まれ。九州大学大学院生物資源環境科学府博士課程修了。博士(農学)。鹿児島県庁・技術主査を経て、現在に至る。

江成 広斗(えなり ひろと)

宇都宮大学農学部付属里山科学センター・特任助教
1980年生まれ。東京農工大学大学院連合農学研究科博士後期課程修了。博士(農学)。京都大学霊長類研究所・日本学術振興会特別研究員PDを経て、現在に至る。

前田 滋哉(まえだ しげや)

京都大学大学院農学研究科・講師
1975年生まれ。京都大学大学院農学研究科博士後期課程修了。博士(農学)。京都大学大学院農学研究科・助手を経て、現在に至る。


共同研究会「撤退の農村計画」ウェブサイトURL
http://tettai.jp/

1 本書の特徴

本書は過疎地における「むらづくり」のたたき台のひとつである。本書のタイトル、「撤退の農村計画」はずいぶんと過激なものである。それにもかかわらず本書を手に取ったかたは、今の過疎地、過疎地対策に漠然とした閉そく感をお持ちのかたではないだろうか。

確かに都市に住んでいる人の目は農山村にむかっている。むろん、これは望ましいことである。若い世帯の農村移住、定年帰農、二地域居住などによって人口を維持することこそ正攻法である。希望にあふれた事例もある。とはいえ明らかに何かが足りない。それらだけですべてを守りきることはむずかしい。人口を維持することができない集落はどうすればよいのか。答えはなかなか見つからない。結局、次世代に荒れた山野と膨大な借金(国債など)を残すことになるのではないか。

本書は、そのような閉そく感を打ち破るものである。どちらかといえば、「若い世帯の農村移住などで人口を維持することができない集落」が主人公である。国土利用再編の戦略にも言及する。本書では、「集落移転」など、これまでの感覚であれば「ありえない」とされるものも選択肢のひとつとして登場する。「強制移住ではないか」「住んでいる人の気持ちを踏みにじっている」「机上の空論である」「過疎地の切り捨て」「経済至上主義」といった批判が考えられる。しかし本書を順に読み進めていただければ、それらは必ず解消すると確信している。ほかにも、「荒れた人工林を自然林に」「放棄された水田を放牧地に」など、これまでの感覚であれば、「ちょっと待った」とされるものが登場する。本書をたたき台として、集落のみなさんで大いに議論を進めてほしい。

本書における「撤退(積極的な撤退)」は、長い時間軸でみれば、力を温存するための一時的な後退である。むしろ、「攻め」の一環といってもよい。本書を読み終えたときには、過疎地の希望のある未来が想像できるはずである。

2 本書の構成

第1章では過疎地の現状について説明する。現状については十分に知っているというかたは、第2章から読みはじめてもほとんど問題はない。第2章では過疎地の問題が一見無関係にみえる多くの国民にも深刻な被害をもたらすことを示す。田畑の消滅、文化の消滅、二次的自然の消滅である。2・4では財政の悪化についても言及する。第3章では従来型の対策では、すべてを守りきることがむずかしいことを説明する。若い世帯の農村移住、定年帰農、二地域居住を取り上げる。なお、この章の目的は従来型の対策そのものを否定することではない。

第4章からは「積極的な撤退」という新しい戦略の説明である。あえて一口でいえば、「進むべきは進む。一方、引くべきは少し引いて確実に守る」という戦略である。確固たる将来像もなく、なりゆきまかせで、ずるずると撤退することではない。4・1では基本的な方針を示す。ここは絶対に読み飛ばさないでほしい。「積極的な撤退」で、もっとも意見がわかれるところは「集落移転」であろう。4・2から4・4では、過去の事例から集落移転の是非を検討する。なお、「積極的な撤退」を批判的な視点も含めて、学問の面からみたものが「撤退の農村計画」である。

第5章と第6章では、「積極的な撤退」をイメージするためのラフスケッチを提供する。第5章は集落移転、山あいの文化を守るための拠点集落の話、第6章は田畑や山林、道路網の話である。目に見えにくい問題、すなわち土地の所有権の問題も取り上げる。なお、田畑や山林は気候などの影響を強く受ける。本書の提案にこだわらず、状況に応じて適宜改良してほしい(特に北海道など)。

第7章は「積極的な撤退」への道のり、さらなる拡張の話である。7・1では「集落診断士」という新たな職能の確立を提案する。7・2では「流域」という視点を取り上げる。7・3では時間軸を延長する(100年先へ)。「積極的な撤退」が希望ある未来にむけてのプロセスのひとつであることを説明する。誇りの再建といったメンタルな問題にも言及する。

3 高齢者と次世代を担う子どもたちのために

わたしは仕事柄、多くの「ごくふつう」の過疎地を訪問した。病気がちになった高齢者から、ぽつりぽつりと集落を離れる。これは、とてもさびしいことである。「(病気がちになって)施設や都市部の子どもの家に行ったら、人生おしまい」という過疎地の高齢者の言葉もわすれられない。緑豊かな山あいから土のないコンクリートの都市へ。まわりに友人はいない。これがどれだけ高齢者の心を痛めるか。わたしは限られた税収(財政)のなかで、過疎地のひとりひとりの「笑顔」を守りたい。
わたしは以前、小学生に理科を教えていた。今でも研究中にふと子どもたちの「笑顔」を思い出す。次世代を担う子どもたちには、借金(国債など)ではなく、豊かな自然とその恵みを利用する技術を残したい。石油や食料の大量輸入がむずかしくなった場合のそなえとして。

2010年7月吉日

林 直樹

この本では「撤退の農村計画」と題して、過疎地域を起点とした人口減少時代の国土の戦略的再編の可能性について、様々な角度から論じてきた。最後に、この本の土台となった共同研究会と、その重要な特徴、そして「次の一歩」について述べておきたい。

4年前の2006年5月に、私たちは、「撤退の農村計画」という名の共同研究会を立ち上げた。当時、過疎地域の対策として、人口増加を前提としたような「活性化」しか論じられない状況に疑問を呈する思いで始めた。なりゆきまかせの衰退である「消極的な撤退」と相対するかたちで「積極的な撤退」という概念を打ち出し、研究や討論を始めたが、「撤退」という過激な名前のためか風当たりも強かった。
そのようななか、研究会のメンバーは過去の研究成果や事例の収集、現地踏査などを積極的に進めた。時に新聞や雑誌で紹介されたこともあった。それらが奏功してか、年を追うごとに、「積極的な撤退」への風当たりは弱くなったように思う。

この共同研究会の重要な特徴はネット上の情報共有・討論の場である。「積極的な撤退」を実践にたえるものに仕上げるためには、研究者だけでなく、行政機関や民間企業の実務者、さらには実際に農村に暮らし農業に従事する人など、多様な視点が不可欠である。メンバーがどこにいても話し合いに参加できる場が必要である。そこでオープンソースのブログソフトウェアであるWordPressをベースに、「ネット上の情報共有・討論の場」を開発し、運用を続けてきた。この本の土台のひとつはこのシステムにあると、開発・運用担当でもある私は自負している。

この本は「議論・研究の終点」ではなく「出発点」である。このままでは、実践にたえることはできない。私たちは読者のみなさまとともに、「次の一歩」を踏み出したいと考えている。いわば「開かれた本」でありたいと思う。共同研究会「撤退の農村計画」のウェブサイトにこの本についての意見交換の場を設置するので、ぜひ参加してほしい(ご入場の際は、この「あとがき」の最後に記したパスワードが必要)。
また、この本に関する討論のみにあきたらず、共同研究会に参加したいという方は、ウェブサイトのなかの「はじめての方へ」に、その手順が記してあるので、そちらを見てほしい。研究といっても、決して堅苦しいものではない。気楽な意見交換と考えてほしい。

この本の出版にご尽力くださった学芸出版社の前田裕資氏と中木保代氏に心から御礼を申し上げる次第である。共同研究会のメンバーの方々にもこの場を借りて御礼申し上げたい。なかでも小田切徳美氏、須之部薫氏、竹井俊一氏、藤田薫二氏、前川恵美子氏、松田紗恵子氏、松田裕之氏、吉田桂子氏、若菜千穂氏、渡邉敬逸氏に感謝する。また、澤田雅浩氏にも感謝する。

現在の社会は決して楽観できる状況とはいえないが、この本が国土の戦略的再編の礎となり、未来の日本国民の憂いができる限り少なくなることを、編者のひとりとして心から願ってやまない。

2010年7月吉日

齋藤 晋

読む側のことがよく考えられた書物である。30代の若手を中心に総勢15人が執筆に参加して、これだけまとまりのある本を作ることは簡単ではない。問題の提起から実態の分析、そして具体的な提案に至るステップが明快だ。記述に精粗のばらつきがなく、文章のスタイルにも統一感がある。執筆グループのチームワークの良さと、編者の優れたリーダーシップが伝わってくる。

むろん、構成やスタイルは良書の必要条件に過ぎない。善し悪しを決めるのは中身である。本書は農山村の長期再生ビジョンという難問に真正面から取り組んでいる。広い範囲の地道な実証研究の成果がベースにある。もっとも、農山村の問題を扱った文献は少なくない。図書館を訪ねてみれば、ずいぶん多くの蓄積があることがわかる。そんななかで、本書の持ち味は類書にない新鮮な切り口に富んでいるところにある。印象に残ったフレーズをいくつか列挙する。

「時間スケールは最低でも30年~50年」「阪神・淡路大震災で得られた教訓」「村づくりの研究者や専門家がもっとも感情的」「山あいの文化を守ってもらう種火集落」「高度成長期の直前がベストである理由はどこにもない」「世代間格差に無神経な人」「山野の恵みに対して多すぎる日本の人口」「コミュニティ転居」「集落診断士」といった具合である。

本書のタイトルは4年前に決まっていたと言ってよい。2006年5月に共同研究会「撤退の農村計画」が誕生したときである。そして、研究会は本書によって充実した成果を世に問うことになった。「撤退の農村計画」といういささか刺激的なネーミングから受ける印象とは異なって、メンバーの仕事は冷静であり、バランス感覚にも富んでいる。もうひとつ忘れてはならない点、それは人間に対する温かいまなざしである。本書が読む側をよく考えた作品になったのも、研究会のスピリッツの反映である。

(東京大学大学院農学生命科学研究科長/生源寺眞一)


担当編集者より

最初にタイトルを聞いたときは戸惑った。これまで地域再生を扱う書籍をつくってきたし、そうあってほしいと思っていただけに、真っ向から対立する概念ではないかと思ったからだ。
ところが丁寧に話を聞くうちに、それは違うということが理解できた。人口減少と高齢化に喘ぐ中山間地域を何とかしたい、という気持ちは一緒なのだ。

過疎集落問題は、そこに住民の暮らしや想いが関わってくるので、非常に難しいと思う。理想論や、幾人かのやる気だけではまったく進まないだろう。その間に、どんどん疲弊して暮らしにくい場所になってしまうのが現状ではないだろうか。うまく元気を取り戻せる地域はよいが、そうではない所は「再生、活性化」以外の方策を考えてみることも必要かもしれない、と思うようになった。

何を選択するかは住民自身である。しかし、合意形成は容易ではないだろう。どういう可能性があるのか、メリットとデメリットは何か、懇意になって解説していくことが、これからの行政やアドバイザーとなる人々に望まれているだろう。

様々な角度から「撤退」にみられる可能性を検討した本書は、地域再生の現場に新たな一石を投じている。

(N)

登壇者:林直樹・齋藤晋・大西郁・江成広斗・山崎亮

2011.6.20
東京芸術学舎
協力:京都造形芸術大学


まず、林氏により、「撤退の農村計画」とは何かという、書籍の概要説明が行われ、続いて、著者のうち4名の方にご登壇いただき、執筆担当した節の内容に関する解説が行われました。
最後に、島根県海士町で集落支援員として活躍されている西上ありさ氏にゲスト出演いただき、その具体的な活動内容をご紹介いただきました。


「撤退の農村計画」が描く戦略的再編―「積極的な撤退」と震災復興

林直樹氏

過疎地の問題は、現在、0か100かしかない。しかし、その中間、生活再建のための集落移転があってもよいのではないか、集団で移転することで、地縁・共同体が維持でき、文化も継承にもつながるということが述べられました。

水田も、耕作できない場合は、荒地にするのではなく、放牧による粗放的管理にするなど、将来復活するかもしれない水田の備蓄ということも考えたい、そういった中間の対策も検討していくことが必要なのです。
撤退というのは非常に難しい方法です。まずはビジョンを示すことが何より大事。決して敗北ではない、勝利に向けた一時的な退却であることを理解してもらう必要があります。

住民の誇りを再建した上で、積極的な撤退をしていくことが未来へのプロセスになるというお話でした。

最後に、東日本大震災の復興に関しても触れていただきました。
短期的には過去の教訓(仮設住宅の入居には地縁が切れないように配慮するなど)が役に立つかもしれないけれど、長期的には役に立たない場合が多いということでした。

今回の震災は、国の人口が減少するという時代に発生したというのが、これまでとの大きな違いで、そもそも復興というイメージが見えにくいこと、もうひとつの違いは、都市農村漁村すべてに壊滅的な被害を与えたということだといいます。加えて、漁業権という複雑な問題も孕んでいます。

震災によって、これまで先送りにしてきた人口減少という課題にはっきりした締切が突きつけられました。私たちは、人口減少時代の新しい生活にシフトしていかなければならないのです。しかし誰もが元の生活に戻りたいと願う気持ちがあるでしょう。そこで、新たなビジョンを示していくことが大事になります。他の選択肢として具体的に日常生活がイメージできるものを示すことで、はじめて何がよいのか見えてくるのではないでしょうか。

また、都市計画と農村計画の連携も必要で、都市農村全体の青写真を示さなければいけない、と締めくくられました。

集落移転の事例紹介

齋藤晋氏

集落移転は1970年代に多くなされたそうですが、ここでは平成の集落移転についてお話いただきました。

総務省の過疎地域集落再編整備事業を使って移転がなされた鹿児島県阿久根市の事例(書籍にも掲載)を中心に、秋田と長野の事例についても、写真を交えてご紹介いただきました。いずれも住民の合意形成がうまくいった移転だそうです。

課題はあるものの、集落移転は決して良くないものではなく、住民にとってプラスに働く面もあるということを理解いただきたい、ということでした。

田畑管理の粗放化

大西郁氏

過疎地域の田畑の管理について、林氏のお話にもあった中間の対策として、比較的費用と労力のかからない「粗放化」策である放牧の可能性についてお話をいただきました。

とくに、耕作放棄地における小規模移動型の放牧について、現在なされている具体的な方法など、聞くことができました。

放牧には、草刈しなくてよいなど労力の削減、畜産農家の経費削減、牛も元気になる、獣害対策など、多くの効果が認められているそうです。
担い手が減るなかで田畑のまま維持するのが困難な場合の次善策として、放牧には期待がもてそうだと思いました。 詳しくは書籍もご参照ください。

森林の野生生物の管理を考える

江成広斗氏

獣害に対しては各市町村ではお金を掛けて様々な対策が取られていますが、なかなか改善されないのが実状です。

高価な柵を設けても、それを維持していくことが大事で、そうしないと問題は解決しません。耐力のある集落づくりが求められているのです。
獣害は実は最近に始まったことではなく、昔から戦いの歴史であったといいます。いま高齢化や人口減少によって集落活動が希薄化するなかで、社会問題として出てきただけのことだそうです。

そんな状況のなか、すべての集落を維持して、野生動物と共存していくのは困難なのが予想され、選択と集中という意味で集落移転の有効性は考えられます。しかし安易な集落移転は、まわりの集落でかえって獣害がひどくなる可能性もあるので、注意が必要です。

人間の領域と野生動物の領域が入り混じっていると、獣害の発生する可能性が大きくなるので、できるだけシンプルな境界にするのが望ましいそうです。そうすることで、設ける電気柵の距離も短くできるし、維持もしやすくなります。

また、獣害のある土地で農業を続けるのは大変なので、農地自体を移動することで農業を継続することも考えたいというお話でした。実際に被害を受けている地区だけでなく、地域ぐるみで獣害対策を進めていくことが大事だと述べられました。

集落診断士とは何か

山崎亮・西上ありさ氏

山崎亮氏は「集落支援員」ではなく「集落診断士」と呼ばれています。外から入っていて支援するのではなく、住民と一緒に対策を講じるという考え方からだそうです。

実際に島根県海士町で集落支援員(診断士)として活動されている、西上ありさ氏をゲストに迎え、海士町での活動の様子を説明していただきました。

* * *

「ないものはない海士町」というキャッチコピーのもと住民参加で様々な取組がなされています(詳しくは山崎亮『コミュニティデザイン』をご参照ください)。

西上さんは2010年から集落支援員として海士町に入られました。高齢化率は38%と高く、何が問題かわからないという所からのスタートだったので、まずは集落の健康状態を診断することから始められました。
30項目のヒアリングによりレーダーチャートを作成、そして地区ごとの現状と特徴を明らかにして、具体的に何をすればよいかを考えていったそうです。

ここでは、役場の若手職員やI・Uターン住民に対して集落支援員養成講座を開くなど、丁寧な取組をされています。

しかし支援員が挨拶に行くと、決まって住民から「何を支援してくれるのか」と厳しい意見をいただくそうで、支援員の活動について理解してもらうために漫画を作ったり工夫をしているといいます。

よそ者が地域に入っていくのは容易なことではありません。いろんな人の意見を聞く中で、徐々に困っていることは何か「相談」しながら考えていくそうです。地区の魅力や面白さを住民に丁寧に伝えて、30年先の未来のために、一緒にできることは何かをともに考えていくことが大事だと話されました。日々悩みながら取り組まれている様子がよくわかって、会場からは拍手が起こりました。


アンケートより

アンケートでいただいた質問について、講師のみなさんに答えていただきました。

Q:集落移転後の土地に建造物がそのまま残されているのは、それだけで環境・景観に配慮がされていない気がしますが、その点はどうお考えになりますか?
A(齋藤)

今までの調査先で見てきたことに基づいて述べます。移転跡地の建造物の状況ですが、大きく分けて4通りです。

(1)移転後誰も住んではいないが、小屋や山に入るときの足場などとして定期的に人が出入りしているため、比較的きれいな状態を保っている。

(2)移転後誰も住んでおらず、出入りもないため、傷むにまかせているが、まだ建物の形状は保っている。

(3)移転時に壊したか、あるいは移転後自然に倒壊したかで、がれきとなっており、それが一カ所にまとめられている。

(4)がれきも何もなく、更地になっている。

移転元は、山間部に住居が広範囲に点在していることが多いこと、建造物も木や土壁など自然物を利用したものが多いことなどから、あまり環境・景観への負荷を意識させないことが多いです。しかし、人が居住していたことがあるからには、人工物の存在は想像できます。(2)や(3)の場合には特に((1)でも年数がたち管理者がいなくなれば同様に)、建造物やその残骸の環境(土壌や水質)への負荷も分析する必要があるのかもしれません。加えて、環境・景観の問題だけでなく、治安についても一定の考慮が必要かと思います。

ただ、現在の総務省の事業では、移転跡地の処理への補助は明記されていないこと、移転後も小屋等として使いたいという住民の意向があること、などから、建造物をまっさらにしてからの集落移転というのは、現状では少し難しい面があるかと思います。

Q:移転されてしまった跡地まで考えなければ、更なる問題が生まれるだけでは?
A(齋藤)

おっしゃる通りです。

例えば、コンパクトシティが長く注目されつつも、なかなか現実には広まっていかない理由として、「コンパクトになった都市での素晴らしい生活」はたくさん提示していますが、「コンパクト化されたのちの、縮退対象エリアの跡地のありかた」についてはほとんど考えられてこなかったからではないか、と思います。

おそらく、集落移転の跡地管理についても、100点から0点まであるのだと思います。完璧な跡地管理は難しい、でも0点の跡地管理では住民も幸せにはなれない。とすると、財政状況や住民の特徴、入会(いりあい)の扱い方などを考えつつ、現実的かつ住民の要望をできるだけ取り入れた跡地管理を、移転時に行政や移転住民がつくっていくべきだと思います。

Q:移転集落の調査で、職業・収入についてどうであったのか?
A(齋藤)

収入の多寡や移転前と移転後での変化等、くわしくはわかりません。
職業については、移転を機に農業(おそらくは兼業農業だと思います)を離れ、生産年齢の世代は会社勤務に、高齢者は年金生活に移行する、というパターンが何人も見られました。それから、移転元の集落はもともと農業の生産基盤が弱い、という側面もあり、移転前からすでに農業以外の職業で収入を得ているという人も何人も見られました。ともあれ、移転により就業や経済活動に支障が出たというような話は、現在のところ聞いておりません。

ただ、今回の大震災で高台移転が考えられている地域のように、農業や漁業等の生産基盤がしっかりしている居住地からの移転の場合、この職業・収入の問題は、大きな課題になってくると予想されます。

Q:集落支援員の制度は今後の役割として重要かもしれないが、どういった費用が出されているのか?
6名新たに雇ったとあるが、どういう仕組みか?
A(西上)

集落支援を導入する市町村には、特別交付税が配分されます。なので自治体が支援員を導入しますと総務省に手を挙げる必要があります。
集落支援員1人あたり年間最大350万円まで助成されます。内訳としては集落支援員の人件費、活動費等です。人件費は200万円以内におさめ、残りは活動費として使われます。

ちなみに活動費は、車をレンタルするお金や視察等へ行く程度のものしかないので、支援員が何か事業をしたいときは、別途補助金や助成金をとって活動しています。

Q:街そのものが縮退している場合、都市の中心市街地のような場所にも思いきった撤退が必要でしょうか?
A(林)

資金的な問題がなく、移転先でも空間的な余裕(家庭菜園など)が確保できるなら、中心市街地への撤退もありうると思います。
コンパクトシティの時代ですので、移転先の現在の規模、すう勢が非常に重要だと考えています。

* * *

アンケートでいただいたご感想をいくつか紹介します。

・集落移転は本当に有益なのか考えさせられた。
ご先祖様から受け継いだ土地から離れることでも人脈(地域コミュニティ)が保存されればよいのだろうか。
本当に山村の生活が再興する時代はくるのか。
温存とは戻ることを前提としているのか。
具体事例を考えたら眠れなくなりそうです。

・現実的な解、その実現に向けてとても前向きなお話が聞けて、勇気づけられる思いがしました。
人のまとまりに対して何かを働きかけようとする時、合意形成が何よりも難しいだろうと思って聞いていました。
「丁寧に、丁寧に説明をする」と集落診断士の方がおっしゃっていたことが、とても印象的です。
より実現性の高い計画にしていって、活動を続けてほしいと思います。

・集落診断士の話題が非常に興味深く拝聴させていただきました。
とくに数字(統計)だけでなく、前向きな提案をセットにして伝える…ショッキングな数字を伝えるんではなく、その地域の良さを話しながら…本当に難しいというのが伝わってきて、面白くかつわかりやすく聞くことができました。

以上、ありがとうございました。

(まとめ:編集N)

登壇者:林直樹・齋藤晋・西村俊昭・前田滋哉・山崎亮


「撤退の農村計画」が描く戦略的再編―「積極的な撤退」の解説を中心に

林直樹先生

まず林先生から、撤退の農村計画の「底流にあるもの」についての解説があった。

人口増加時代から人口減少時代に転換した今、アクセルを踏み続けるのではなく、ブレーキを踏むことも考えねばならない。「何が足りないか」から「何を諦めるか」という検討が必要。

計画にあたっては、目標、手段、状況という3拍子で考えることが大切だという。

まずは目標を立て、状況を判断し、手段を構築するという進め方だ。状況判断だけではどうしたらいいか分からないし、目標設定だけでは精神論になる。手段の構築ばかりすると、目標が動いて、どうであれ「成功」ということになってしまう。

過疎地域の現状は両極端である。一般的な過疎化対策として、若い世帯の農村移住、定年帰農、二地域居住といった活性化策が取られるが、それがうまくいかない地域では散発的離村が見られる。0か100かではなく中間を考えることも必要である。つまり集落移転だ。そうすることで地縁が維持でき、置き去りにされない。さらに拠点集落をつくってマンパワーを集約し、人材育成ができないだろうか。

自然環境も両極端で、水田が維持できない地域は耕作放棄地になってしまう。その中間策として放牧が考えられる。草地を維持しておけば、すみやかに修復可能なため、現状維持は無理であっても潜在力は残したい。

森林も同様で、林業振興策がうまくいっていればよいが、そうでない場合は荒廃人工林となっている。中間策として、広葉樹導入すれば、表土の流出が防止できる。この中間策がこれまで議論されてこなかったのだ。

そして、『撤退の農村計画』の本について、概要の紹介があった。

本書で掲げる積極的な撤退とは、未来に向けての選択的な撤退であり、進むべきは進む、引くべきは引いてきっちり守るという考え方だ。30~50年先を見据えた計画である。

「すべての過疎集落を維持すべき」「衰退はありえない」という主張は現実的ではないし、「過疎集落の住民は問答無用で都市に移転させるべきだ」「何もかも自然に戻せ」「何もせず、このまま消滅させるべき」というのも反対だ。

正攻法を否定しないが、それですべてを守ることは困難だろう。撤退は敗北ではなく、来るべき農村時代に向けた力の温存だと考えている。そのプロセスにおいては「誇りの再建」が重要となる。

今後の展開として、次の点が挙げられる。

  • 法律や補助の改善:森林法、過疎地域集落再編整備事業など
  • 意思決定の支援:集落診断士の確立
  • 移転前後の心のケア:現代山村型鍼灸師の確立
  • メニューの多様化:介護施設と一体化した集合住宅など
  • 跡地の管理:組織化、バイオマス利用など
  • 種火集落:技術の仕分け、支援の中身の検討
  • 医療の集約化:絶対防衛圏の設定など
  • 影響調査:水循環、生物多様性、財政など

空き家を利用した農村移住の現実

西村俊昭先生

西村先生は2年前に農村へ移住された。そのときの苦労も交え、若い世代の農村移住についてまとめていただいた。

農村移住願望は20代では30%ほどある。これは大きな数字だ。
一方、地方における空き家の状況として、1980年に130万戸(空き家率7%)だったものが、2020年には460万戸(空き家率18%)になると予測されている。

双方のニーズをつなぐ団体として、地方自治体が運営する空家バンクがある。しかし空家の活用は進んでいないのが現状だ。その主な要因として、貸手側からは「法事で利用する」「仏壇の管理」「改修費用」「信頼関係の構築が困難」といった問題が挙げられ、移住側からは「農村ルールの把握が難しい」という声などがある。

また地方を中心に、公立学校の廃校(年400校)や、小児科・産婦人科の減少(15年で40%減)がみられることからも、若い世帯の移住は簡単ではない。

平成の集落移転に学ぶ

齋藤晋先生

書籍にも登場する、鹿児島県阿久根市本之牟礼地区の事例(1989年)が紹介された。10世帯(人口24人)のうち7世帯が集団移転、3世帯が市街地へ移転している。

ここでは住民の希望から移転計画が立てられた。総務省の過疎地域集落再編整備事業(本之牟礼地区での実施時は国土庁の事業だった)を利用している。

本之牟礼地区の人口は減少の一途をたどっていたが、余力を残した状態での、先見の明をもった移転である。

移転先決定の合意決定には手間取ったが、移転先が同じ寺の檀家でもともと親しかったこともあり、移転後のトラブルは特にないという。仲間がいる、元居住地と似ているということが評価されており、距離的にも近く、まとまった場所への移転であることがよかった点であろう。

跡地管理に関しては、土地管理面でのトラブルはないが、道路の撤収がまだなされておらず、そういった点で財政的な効用はみられない。

これ以外に、秋田県湯沢市(旧皆瀬村)の事例(1993年、4世帯)が紹介された。

流域を考慮した集落移転の可能性

前田滋哉先生

防災や水質環境、生態系保全の観点からみて、上流(主に過疎集落がある場所)の影響は下流に伝播する。そのため、流域の住民は運命共同体とも言える。集落移転を検討する際に「流域」を考慮するという、自然科学的なアプローチについて可能性を述べていただいた。

実際に集落移転を流域レベルで行った事例はないが、京都府北部にある北近畿タンゴ鉄道の30個の駅周辺でシミュレーションを行っている。
移転先候補は、これまで医療、交通利便性、雇用など、合意形成が得やすい条件で検討されていた。

流域を考慮した積極的撤退により移転元の管理を行えば、自然災害の防止、水質環境・生態系保全といった長期的な側面でのメリットも考えられるため、合わせて検討されることが望ましい。

集落診断士とは何か

山崎亮先生

集落には様々な悩みがあるので、人が入っていく必要がある。また、全ての集落に活性化はしんどい。そこで、ある一定の基準で診断していく人材として「集落診断士」を提案している。これは、ヒアリングして一緒に対策を練っていくという姿勢をもつ中小企業診断士にヒントを得たものである。

「集落診断士」は、集落の実態を概観し(健康診断)、詳細な調査が必要な集落を特定し(集落カルテづくり)、集落へ入って具体的な対応策を実施する(予防・治療・撤退)役割を持つ。1人では限界があるので、仲間と協力することで10~15集落をみることができる。各集落には、住み込みの「集落サポーター」が個別の問題に取り組み、さらに学生・ボランティアなどの協力を得るという仕組みだ。

集落診断士に求められる能力は、GIS等のデータを分析できることと、集落の人に問診できること。集落診断士は、物理的条件や住民のやる気などを分析したレーダーチャートで集落を概観し、サポートすべき集落を特定する。そして、住民と徹底的に話し合って方策を決定し、集落の安全安心を実現するというものだ。

集落支援の財源は、①当該集落、②出郷者、③行政、④都市居住者、⑤既存制度の組み換えなどから捻出することが考えられる。

* * *

最後に、会場にお越しいただいていた著者の一人、永松先生が少しお話してくださいました。

永松先生は、民俗学が専門で、宮崎県椎葉村を30年ほど見てこられた。何とか残したい、活性化しようと努力してきたが、限界も見えている。26地区あった神楽も現在では5、6箇所のみ。小学校も数人しかおらず、統合されている状況だ。

1箇所に残すというだけでなく、住民によっては移転をしたほうがよいかもしれないし、選択的な撤退もあってよいと思う。対策を考えねばならない時期に来ている。

質疑応答

Q:流域を単位にするメリットについて聞かせてください。防災・生態系と言われても実感できないと思うが、移転後の跡地管理に役立つのか?

A(前田)
同じ流域には、山林の植生や獣害にもつながる水の流れがあるので、それがメリットとなる。


Q:集落移転の事例について、秋田県のケースでもともと発案者は誰か。

A(齋藤)
4件の集落だが、住民4人(全世帯)が発起人。


Q:集落診断士と、総務省の「集落支援員」との違いは?

A(山崎)
ほぼ同じだが、活性化させるのが「支援員」と思われがち。積極的な撤退も視野に入れ、全てを活性化させるのではないという点で「診断士」としている。
集落支援員は、役場のOBや地元で役をしていた人が一定の年収をもらいながらやっている場合が多いが、集落診断士は、データに基づいて分析したり、住民との話し合いをしていく。基本的に外部の人間。何ができるかを明確にし、いずれは資格のようなものにしたい。


Q:戦略的撤退は30年先を見据えたものだということだが、経済が伸びている時と縮小している時では違う。移転先の経済対策も同時に必要だと思う。移転先も衰退することを考えると、人口15万人程度の所に移転する必要があるだろう。移転先の経済対策はどう考えているか。

A(林)
もちろん撤退先の経済・生活空間がこの先も成り立っていかなければならない。我々が目指すのは国土再編であり、都市農村にこだわらずやっていきたいと思う。あくまでも農村が基点であるが、都市計画的な考えも取り入れたい。


Q:3千のレーダーチャートを集めたということだが、「健康的でない集落」と分析された地域に実際に入っていったときの実感と、そこでの対策は?

A(山崎)
レーダーチャートから優先的に入っていくべき集落を検討するが、これは住民代表へのアンケートに基づくものなので、実際とのイメージが違うことも多い。集落に入ると徹底的にヒアリングを行って本音を聞きだし、個々の悩みについて具体的に話し合うという解決の仕方から、集落の今後を考えていく。そうすることで現状や未来像が明らかになり、30年先のことが考えやすい。
我々は判断材料を提供するだけで、最終的に決定するのは住民。


Q:集落診断士と住民の「何を残し、何を諦めるか」という判断がずれることはないのか。集落診断士の仕事は、移転先の暮らしについても範疇に入っているか。

A(山崎)
撤退は最後の選択肢だが、住民が将来に対する希望が見えない場合が多い。
ネガティブになりがちなので、データだけで判断するのではなく、事例を示しつつ最終的には住民が判断する。そこで注意しなければならないのは、活性化・撤退の両方について、フラットに情報を提供することだ。どちらかに誘導するような説明の仕方ではダメ。
気持ちよく話し合いが出来る場づくりと、モチベーションを高めさせることが重要。

A(齋藤)
居続けることで失うものもあるという点も考慮に入れたい。
紹介した事例の移転先では、家庭菜園などで農業活動が持続的にできるよう工夫している。コミュニティが残っているのも集落移転の利点。
集落移転は最終手段ではあるが、それによって残せるものもある。体力がある段階で移転することが大事。


Q:移転に際する費用便益については?

A(齋藤)
道路維持管理費などインフラ部分での便益はありそうだが、これからの課題。秋田の事例では、除雪費が軽減されている。

A(林)
雪国では除雪作業にかかる費用が大きいので、そこでのメリットは大きそう。


Q:流域については自然のみでなく「文化圏」も形成していると思う。文化圏の単位でも移転を考えていくとリスク分散や効果もあるのでは?

A(永松)
流域には山から海への広域な文化圏がある。一方、塩の道、通婚圏など峠に沿った文化もある。共通の文化を持つということは、話もしやすいだろう。どことつながりがあるか、という事前調査が重要だ。
広域合併についても、そういった文化的な単位を無視した場合が多く、問題がある。


Q:高齢者のなかには、このまま静かに過ごしたい、移転したくないと思う人が多いのではないか。

A(西村)
集落の人と実際に話をすると、70歳を過ぎたら撤退も活性化もない、という状況ではある。判断は住民に委ねられるが、我々の世代は議論をしなければならないと思う。
一方で「看取る」というセラピー的な対策も考える必要があるかもしれない。

参加者アンケートより

撤退を視野に入れることは「賛成」というよりも、「必要」と認識しています。しかしそれ以上に今必要なことは、撤退先を整えることです。会場からの発言にもありましたが、それは国土計画、農業政策の課題です。撤退先の環境を魅力的な集落に再編成する計画とその事業化が緊急の課題です。

もう一方の会場からの発言があったように、民俗学的アプローチを含めて、新しい地域社会の構築を目指す長い道のりを視野に入れることが必要です。

撤退先の選別の過程では、小集落の自然死(安楽死)が避けられないし、重要な課題であると考えます。あえて撤退させるのではなく、安楽死させる方法も備えるのが「やさしい考え方」だと思います。
いずれにしても、我が国の農業を再生することが全ての前提条件になります。セミナーでは農業に関する話が無かったのが残念でした。


仕事で都市計画や景観に携わっていますが、どうすれば人がイキイキと暮らしていけるのか、どうすれば地域コミュニティの再生ができるのかその答えを探しています。

集落の人が抱える事情はそれぞれ異なることから、答えはひとつではないとは思いますが、著者のみなさんの言葉にそのヒントが含まれていたように思います。

中でも実践されている山崎さんのお話はリアルで、説得力があり、エネルギーが伝わってきました。大変貴重な時間でした。ありがとうございました。


書籍にない集落移転の話を聞けてよかった。秋田県出身なので、とても身近な話に感じた。

ゼミでこの本を紹介した時に、先生に、「よその人が、集落に住んだことのない人が話しているんだろ」と否定的な意見を言われたけど、集落に入っていっている人がいると知れてよかった。


タイトルを見たときは、ネガティブなイメージでしたが、参加して話を聞いてみると、積極的な撤退という新しい選択も必要だと思いました。
仕事上、活性化という面だけで地域に入ることばかりなのですが、集落によっては撤退という考え方も必要、それを診断する集落診断士にも興味を持ちました。


「撤退の農村計画」という言葉はセンセーショナルで、当該分野に対する問題意識を広める事には大きく寄与すると思う。しかし、本日メンバーの方々の話を聞いて思った事は、皆さんの思いとしても、撤退が全てではなく、むしろ問題とされている事は「衰退農村の将来計画」と言った方が妥当なのではないか。「撤退」という言葉は強く世論に影響する可能性があり、そうした意味で功罪両方のある書籍ではないかという印象を受けた。


「撤退の農村計画」のインパクトに惹かれ、興味深く聞かせて頂きました。

終始、地理学の分野にいる立場の者として、実際にどう支援できるだろう? という視点で考えていたのですが、地域(村落)に対する診断の材料になるノウハウ(例:GISと地域調査よる診断)は蓄積されているので、少なくとも物理的な環境の診断については支援可能だろうかと感じました。一方で、「社会貢献に乏しい学問」と言われてもいるので、人材育成の場があれば、地理学の人間をうまく送り込んだりすることはできないかな? と考えてみました。個人的には「勇気ある撤退」は必要だと思いますが、山崎さんのおっしゃっていた「文化や芸能のアーカイブはどうするの?」といった点に関心をもちました。「そこでしかできないもの」をいかなる形で残していくか。撤退をしたとしても、集落があった場所は風化しながらも残り続けていく。移転した住民とともに、どう継承、保存させていくか。移転先の地域デザインにも反映させる方法を模索する考え方もアリなのかと思います。


農村集落の撤退-活性化が叫ばれている中で、集落を維持できるかとなると、どうしても仕事との関わりを考えざるを得ないので、困難なコーディネートであることを感じています。

ワークショップなどで積み重ねによって充実して行くように、その後の観察と目標や、社会情勢の変化に応じた対応や先を読めるような方針、方策も導き方が難しいと思います。


以上、ありがとうございました。

(まとめ:編集N)