温泉地再生

久保田美穂子 著

内容紹介

宿泊客数減少に悩みつつも、意欲的な取組みで勢いを取り戻す温泉地が増えてきた。本書では、阿寒湖、知床ウトロ、別府、赤倉、野沢、湯布院、鶯宿、土湯、下呂、四万、城崎の各温泉地の先進的な動きを紹介し、各地のリーダーたちが地域の知恵を生かして独自の魅力を創出していく姿勢から、次代の温泉地が生き残る術を探る。

体 裁 A5・208頁・定価 本体2000円+税
ISBN 978-4-7615-2433-3
発行日 2008/06/30
装 丁 KOTO DESIGN Inc.


目次著者紹介まえがきあとがき書評
はじめに―本書の目的

1章 各地で生まれる元気で面白い温泉地

TYPE 1 旅館業も地域の一員 住民とともに地域活動

1―1 北海道阿寒湖温泉/みんなでやろうよ! 地域の魅力アップで滞在型温泉に
1―2 北海道知床ウトロ温泉/真冬のオーロラファンタジー 継続が地域を変えた
1―3 大分県別府温泉/別府八湯再生へ 「オンパク」前夜、地域住民による胎動

TYPE 2 温泉地の原点を振り返り、新たな工夫で

1―4 新潟県赤倉温泉/親切温泉宣言」「温泉ソムリエ」 ユニークなアイデアで原点回帰
1―5 長野県野沢温泉/老舗こそ新しく 伝統と科学で温泉の魅力を表現
1―6 大分県湯布院温泉/歩いて楽しい温泉地へ 原点回帰への実験

TYPE 3 顧客の声に耳を傾け、市場の変化に対応

1―7 岩手県鶯宿温泉/小さな宿も輝ける 地元食材でブランドづくり
1―8 福島県土湯温泉/「あらふどをこく」精神で実践 積み重ねが町を変える
1―9 岐阜県下呂温泉/業種をこえれば見えてくる 創る楽しみ歩く楽しみ

TYPE 4 外からのまなざしを取り入れ、その知恵を活かす

1―10 群馬県四万温泉/「外の目」「外の声」で活気創出 アートで気づく地域の魅力
1―11 兵庫県城崎温泉/駅は玄関、道路は廊下で宿は客室 町全体がひとつの宿

2章 リーダーに聞く温泉地の生きる道―その先の温泉地

2―1 これからの温泉地は国際競争力 良い宿づくりが地域を変える

㈱星野リゾート社長 星野佳路さんに聞きました

2―2 温泉地の原点 “誇りと憧れの環流”をとりもどそう

大丸旅館社長/大分県議会議員 首藤勝次さんに聞きました

2―3 時代を先読み、温泉価値をエクステンション

草津町町長 中澤敬さんに聞きました

2―4 温泉も温泉地も混迷の時代 未来は創る

天空の森/忘れの里 雅叙苑主人 田島健夫さんに聞きました

2―5 自前で時代に適応 日常生活を楽しくする温泉

常磐興産㈱取締役 坂本征夫さんに聞きました

2―6 オンパクは集客イベントじゃない 温泉資源で産業をおこす

NPO法人ハットウオンパク代表理事/ホテルニューツルタ社長 鶴田浩一郎さんに聞きました

2―7 理屈と感性の融合が観光を深くする

NPO法人阿寒観光協会まちづくり推進機構理事長/阿寒グランドホテル社長 大西雅之さんに聞きました

3章 温泉地の新しい社会的意義を求めて

1 温泉地の経験価値を上げる

(1)温泉地から“分れた”温泉-泊まらない温泉と泊まる温泉
(2)コモディティ化には経験価値戦略
(3)温泉地が回復させるもの

2 吹き始めた、温泉地・温泉旅館への追い風

(1)オピニオンリーダーは宿泊施設での滞在を大切にする
(2)海外旅行経験が日本文化回帰を促す
(3)地域への”想い”が観光客を惹き寄せる

3 温泉地再生の原動力は地域内にある

(1)誇りと憧れの環流を
(2)「ここが好き」を集めて“誇り”にする~「地域一体」は結果
(3)こめた想いが文化に熟す
(4)魅力的な温泉地空間を再び
(5)時代の価値を読みとる直感力と澄んだ心を

おわりに

久保田美穂子〔くぼたみほこ〕

長野県生まれ。1988年東京外国語大学ドイツ語学科卒業。財団法人日本交通公社主任研究員として主に温泉地や温泉旅館の調査研究や観光マーケティングに取り組む。
著書に『シニアマーケットを読む~7つの視点からのアプローチ』(共著、繊研新聞社、2002)

元気な温泉地が面白い

仕事柄、全国の温泉地、温泉旅館を訪ねる機会に恵まれている。
取材で訪れても、勢いのある面白い温泉地が増えてきたと感じられるようになった。調べてみると、最近、温泉地の魅力を取り戻そうという新たな動きが各地で起きている。
とはいえ、多くの有名温泉地では、依然として宿泊客数の減少に悩み、なかなかその状況から抜け出せないでいる。全国的に有名な温泉旅館までもが経営破綻に陥り、現実は非常に厳しいものになっている。

ところが一方で、旅行者サイドの志向と実態を調べてみると、温泉旅行への希望率は常に高く、実際、温泉を主たる目的とする旅行は他の目的の旅行を毎年上回って一番多いのである。テレビでは連日のように温泉宿を紹介する旅番組が、また様々な雑誌の特集に温泉やスパの文字が溢れている。各地では掘削された温泉施設がこの二〇年で二・七倍に増加、都市近郊では岩盤浴ブームもあいまって、日帰りレジャー的な温泉入浴の人気は高まるばかりである(図1、2)。

温泉好きが多いという旅行者サイドの実態と受け入れ側の温泉地の実情、このギャップはいったい何を意味しているのか。また、活力が出てきた温泉地となかなか現況から抜け出せないでいる温泉地との違いはどこにあるのか。温泉地や温泉旅館の取材の一方、旅行市場の調査研究をしている筆者の頭から離れないこの素朴な疑問が、そもそもこの本を書こうと思ったおおもとの動機である。
そして、温泉地でがんばる多くの方々と知り合い、そのご努力や奮闘の姿を見たり聞いたりするうちに、これらの方々から頂いた元気や知恵をひろく知ってもらうことで、他の温泉地の方々にも勇気やヒントを与え役に立つはず、と強い思いを持つようになった。

その原動力は何か

本書では、そんな温泉地の動きや人々のチャレンジを1章で紹介している。

1章は、『JTB旅連ニュース』という旅館ホテル向け機関誌に二〇〇一年から七年にわたり執筆してきた取材記数十カ所のなかから、他の温泉地や観光地の方々にとって参考になると思えるような温泉地を一一カ所選び出したものである。
事例を紹介するうえで重視したのは、まず危機的な状況を乗り越える原動力となったものは何か、ということ。そのため、できるだけ現場で汗をかいている人に近い視点から、試行錯誤しながら取り組んできたプロセスをていねいに紹介することで、その答えが浮き出るように心がけた。次に、他の温泉地での応用を念頭に、動きの背景にある本質的な要因をできる限り書き込むよう努めている。というのは、他地域の成功事例の安易な模倣は、一時的な集客増につながることはあっても長続きせず、結果的に失敗に終わることが多いからである。
また、ここでは事業の内容紹介だけでなく、関係者の想いやきっかけとなった出来事を大切に取り上げている。最近の観光では、地域の人の熱い思いやこだわりの心に共感したり魅せられて旅行する人が増えているからである。

一一の成功地事例をまとめてみると、驚くほど共通点がいくつもみえてきた。
そのひとつは、地域と温泉旅館のあり方、温泉とか温泉地とは何か、といった原点に立ち戻り、その魅力を改めて考えてみようとする動きである。これは、現在の温泉地や温泉旅館がいかに大きな価値観の転換期を迎えているかということの裏返しでもある。
もうひとつは、旅館ホテル業の関係者の中に起き始めた、これまでとは異なる新しい変化である。例えば、旅行者や旅行会社に対する営業活動による旅行者誘致という従来型の発想ではなく、「住民として誇れる温泉地とは何か」をいろいろな業種の方と一緒に考え、地域の一員としてその実現に向けた努力を進めるといった動き。もはや、地域における観光は観光業者(旅館ホテル業者)だけの問題ではないのである。

なお、事例に取り上げた中には、掲載から時間のたっているものもあるが、阿寒湖温泉や別府温泉のように、その初期の取組みに多くのヒントがあると考えられるものは、あえて当時の文章を若干の手直しのみで載せている。

問われている温泉地の意味

2章では、現在、温泉地の現場で最先端のチャレンジをしているリーダーたちからお話をうかがい、筆者なりに感じたエッセンスを紹介する。

〇七年九月から〇八年二月にかけて全国のリーダーを訪ね歩いたのは、実践的なヒントは現場にしか生まれないだろうと思えたためである。インタビュー、そしてまとめにあたっては、これからの温泉地の有り様や、そこに至るプロセスの糸口を見つけることを最大限意識した。

予想通り、七人の方それぞれから多くの示唆に富むお話を聞くことができた。そして予想以上に、その表現は異なっても共通する考え方が見られた。大事なひとつは、これからの時代の中で温泉地が担うべき意味と役割について、それぞれが独自の考えに基づく強い信念を持っていたことである。また、短期間に集中的にヒアリングをすることができたため、各人の指摘や意見が徐々にいくつかの焦点を結び、おぼろげながら今後の温泉地の方向性が見えてきた。

3章では、1章2章での取材やインタビューをもとに、これからの温泉地の方向性を探っている。温泉地についてのいくつかの調査や論文、そして事例やリーダーたちからのメッセージを反芻しながら、温泉地の存在は日本人にとってどういうものか、どうすれば温泉地自らが行動を起こせるのか、という視点からまとめた。単なる課題の羅列ではなく、行動のためのヒントになるよう意識したつもりである。

あえて一言でまとめれば、温泉地の将来は過去の延長線上にはなく、それぞれの温泉地が現代的な存在意義を見出すことである。

お客様をもてなし、癒すのも人、地域を動かしているのも人。最終的に人が惹きつけられるのも“人の想い”である。これはすべての取材を通じてあらためて得た実感だ。お会いした方々から頂いた、共感される言葉やストーリーが、また誰かを次のアクションに突き動かしていく。そのような連鎖がきっと、日本の温泉地の新しい魅力を創造していくに違いない。
本書が少しでもそのきっかけになることを願っている。

温泉地をとりまく環境や見通しには厳しい側面ばかりが強調されがちである。しかし本書の目的は、衰退の原因をあげつらい、課題をまとめることにはない。各地のチャレンジやインタビューなどから、新しい時代の温泉地再生の方向性を考えてみることである。

時代は大きな転換期を迎え、今、温泉地は、新しい価値を創造し、現代的な存在意義を確立しなければならない時にきている。といってもその未来は過去の延長にはない。それを認めるには勇気がいる。モデルがないからである。しかしお会いした温泉地のリーダーたちから不安は感じられなかった。彼らは、未来を知っているのではなく、信じている。信じることが力になっているのだ。

リーダーたちとのインタビューは毎回刺激的であった。温泉地へのほとばしるような熱い思いから、いつしか話は温泉地をとびこえて、人間の不思議さや面白さへと話題が広がっていくこともたびたびであった。

温泉地も観光も人間のこと。

そしてたどり着いた結論は、課題は温泉地の外にあるのではないということ。市場の変化や温泉地の構造変化にその原因を求めても結局何も変わらないのだ。人間、すなわち訪れる人とそこに住む人にとっての温泉地の存在意義を自ら見つけ出し、そして自分たちが行動する。実際、自ら活気を取り戻そうと動き始めた温泉地には、思わぬサポーターが集まり、それに惹きつけられる旅行者が訪れるのを見てきた。社会的な追い風も吹き始めている。

旅館経営者をはじめとする地域の人々の自助努力しか、温泉地を良くしていく方法はないのである。旅館経営者が地域で果たすべき役割の大きいことを改めて知った。旅館経営者自身だけでなく、温泉地をとりまく多くの人々も、是非その役割の大きさを認識して欲しい。

私自身、温泉地はこれからもっと人々の生き方の質( QOL )に影響を与える大切な場所になれると信じている。本書が何かのヒントやきっかけとなり、大好きな温泉地が元気になれば、最高の幸せである。

この本の執筆にあたっては、多くの方のご支援、ご協力をいただいた。

まず、私の取材、インタビューに快く応じてくださった、すべての温泉地の皆様に心から感謝申し上げたい。本書に掲載することのできなかった温泉地の方々からいただいたご厚情と熱い思いも私の心の糧である。

また、勤務先である財団法人日本交通公社の観光文化振興基金により取材の一部と出版が実現したことは、とても幸運なことであり、たいへん感謝している。

JTB 協定旅館ホテル連盟本部の方々にも貴重な機会をいただいた。この機会がこの本の出発点であり、本当にありがたく思っている。

「温泉地は元気で面白いんです」と企画提案したまま原稿の進まない私を見捨てず励まして下さった学芸出版社の永井美保さんにも御礼申し上げたい。本のあとがきに編集者の名前があるのは慣例ではなく、書かずにはいられない気持ちなのだということが初めてわかった。

最後に、上司の小林英俊常務理事には、本書全般にわたっての多大な助言と指導をいただいた。また、観光研究の意義や素晴らしさについて、理屈と感性の両面から教えてもらった。最終章をまとめるための連日の議論は、私のかけがえのない財産となり、この感謝の気持ちは言葉に尽くせない。

他にもお世話になったすべての方、そして私の家族にも心から感謝の念を記したい。

本当にありがとうございました。

二〇〇八年五月
久保田美穂子

日本人はみんな温泉が好きなのに、温泉地と温泉旅館は厳しい状況にあるところが多い。本書は、「日本の温泉地は、温泉好きの日本人の要求に、うまく応えられていないのではないか」という疑問から始まっている。著者の久保田美穂子さんは、数少ない成功事例とされる全国の温泉地を丹念に調べ、地域のリーダーにインタビューをすることによって、それに答えを出そうと試みている。

本を読み始めると、次々と温泉地再生に関する興味深い話が展開し、一気に終わりまで読んでしまった。つまり試みは成功したということである。温泉地の再生というと、「散歩が楽しい街を造る」「浴衣の似合う街」「情緒あるレトロな街並み」……などという提案に落ち着きがちである。しかし、本書においては、そのレベルに留まらず、さらに一歩踏み込んで、成功の要因を探っている。それぞれのリーダーが語る成功要因には、思わず膝を打つ名言や我が意を得たりと同感するところが多いのであるが、それを見事に引きだしたのは、インタビュアーとしての資質が高い久保田さんの手柄だろう。地域の将来について真剣に考え、情熱を傾けるリーダーたちの話に熱心に耳を傾け、ある時は、納得のいくまで疑問をぶつける。それを地域の視点から受け止め、咀嚼し、消化した上で、自分の言葉で温泉地づくりを語っている。最後の章では、各地の事例から一般論として新たな方向を探っている。その中では、理論化の試みも行われるが、全国各地の多くの事例を踏まえた上でのものなので、決して上滑りをしていない。

本書は、全国の問題を抱えた温泉地が、これからの新しい温泉地づくりを考えていくための必読の書であると思う。また、地域主体の動きによって、地域の誇りを生み出し、地域づくりを活性化していくプロセスは、温泉地だけに限らず、他の種類の観光地や観光地ではない都市のまちづくりにも共通するところが多く、そのような地域のまちづくりにも希望と勇気を与えるものである。

(立教大学観光学部教授/安島博幸)

担当編集者より

フットワーク軽く全国の先進地へ赴き、粘り強く各地のリーダーからお話を引き出す著者の文章は、臨場感にあふれ、ぐいぐい引き込まれます。

そして、サブタイトルにつけたように「地域の知恵が魅力を紡ぐ」過程が、ていねいに鮮やかに解きほぐされていきます。

読了後、よし、自分もやってみよう!と勇気が出てくる一冊になりました。

(G)