テキスト ランドスケープデザインの歴史
内容紹介
都市・建築・土木をつなぐ職能の誕生と発展
日本語で書かれた初のランドスケープデザイン近代史教科書。19世紀に初めてランドスケープアーキテクトを名乗ったオルムステッドの仕事から2000年代の世界の動向まで、アメリカ及びヨーロッパ他諸外国の歴史と最新作を通史として語り、日本の状況にも触れる。都市・建築・土木を繋いできた職能の誕生と発展、現在を知る一冊。
武田史朗・山崎 亮・長濱伸貴 編著
著者紹介
体裁 | B5変判・208頁 |
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定価 | 本体3200円+税 |
発行日 | 2010-10-30 |
装丁 | KOTO DESIGN Inc. |
ISBN | 9784761531874 |
GCODE | 5371 |
販売状況 | 在庫◎ |
ジャンル | 造園・緑 |
教科書分野 | 造園・ランドスケープ |
教科書シリーズ | テキスト計画系シリーズ |
モダンランドスケープデザイン史略年表
1部 1850-1939:民主主義と工業化の時代
第1章 1850-1899:近代ランドスケープデザインの幕開け
0 時代背景/1 イギリスの公園の誕生/2 都市施設としての公園/3 都市の骨格としての公園/4 自然公園運動
column オルムステッドがめざした社会改革
column ピクチャレスク──世界のコントロールという命題を巡って
第2章 1900-1919:理想都市の風景
0 時代背景/1 コミュニティの都市/2 美しい都市/3 ナショナルトラスト
column 田園都市レッチワース誕生前夜──ハワードの夢と実践
column 庭園から共用庭園、そして都市公園へ──イギリスのスクエアーの場合
第3章 1920-1929:車社会と抽象芸術
0 時代背景/1 パークウェイと郊外開発/2 キュビスムの庭
column アヴァン・ギャルドの台頭──20世紀のアートシーン
column ミースの空間構成と庭園のモダニズム
第4章 1930-1939:モダニズム
0 時代背景/1 ランドスケープのモダニズム/2 自然主義とモダニズムの対話─アメリカ─/
3 国家社会主義とモダニズム─ヨーロッパ─
column 建築・都市計画のモダニズム概観
日本コラム 1850-1939
概観①:公共空間を対象とする職能集団の誕生
美しい国土づくりの実践者、本多静六
関東大震災が生んだ52の小公園
2部 1940-1979:都市生活と環境の対峙
第5章 1940-1949:生活空間の機能と造形
0 時代背景/1 カリフォルニアの変革─アメリカ─/2 CIAM都市計画とコラボレーション-オランダ─/3 幾何学と自然主義─北欧─/4 地域主義的モダニズム─中南米─
column アメリカ・モダンランドスケープの父、トーマス・チャーチ
column ベルギーのジャン・カニール・クラス
第6章 1950-1959:モダンデザインの生産
0 時代背景/1 モダンランドスケープの展開─アメリカ─/2 CIAM都市計画の光と影─オランダ─/3 グッド・デザインの探求─スイス─
column 拝啓 ヒデオ・ササキ様
column 水平面への寵愛──カルロ・スカルパの庭
第7章 1960-1969:都市空間への挑戦
0 時代背景/1 組織設計事務所の確立─アメリカ─/2 自然とモダニズム─アメリカ─/3 コミュニティとモダニズム─アメリカ─/4 園芸から都市空間へ─フランス─/5 土木景観のリアリズム─オランダ─
column ローレンス・ハルプリンの仕事
column 環境分析とプランニング手法の進化
第8章 1970-1979:ポストモダンと環境への眼差し
0 時代背景/1 建築の屋外への展開/2 体験者のためのデザイン/3 環境主義のランドスケープ─アメリカ─/4 自然主義から工学主義へ─ドイツ─/5 ヴェルサイユの教育と職能の確立─フランス─
column アースワークが生み出す空間体験
column ベトナム・ベテランズ・メモリアル──都市に対峙する寡黙な壁
日本コラム 1940-1979
概観②:ランドスケープデザインの確立をめざして
「庭は人」である
「辺境」日本におけるニュータウン開発
3部 1980-2009:風景の再構築に向けて
第9章 1980-1989:ミニマリスムと現象の美学
0 時代背景/1 ラ・ヴィレット公園国際設計競技/2 ローカルなポストモダニズム/3 アートとデザインの境界線/4 アートとしてのランドスケープデザイン/5 現象の美学
column ピーター・ウォーカーとミニマリスムの美学
column 1980年代のウォーターフロント開発
第10章 1990-1999:ランドスケープアーバニズム
0 時代背景/1 ヨーロッパの新しい波/2 エコロジーとデザイン/3 ランドスケープアーバニズムへ
column ペンシルバニア大学ランドスケープアーキテクチャー学科の伝統と進化
column 参加のデザイン
第11章 2000-2009:環境、都市、人
0 時代背景/1 環境とランドスケープ/2 都市とランドスケープ/3 人とランドスケープ
column「次の自然」のデザインリテラシー
日本コラム 1980-2009
概観③:ランドスケープデザインの社会化
日本のエコロジカル・ランドスケープ計画
市民参加型パークマネジメントの変遷
図版出典・参考文献
ランドスケープデザイン重要人物事典
索引
「さて、何から書き始めようか」と考えながらセントラルパークのベンチに座った。この本の最初のページを書くにあたって、ニューヨークのセントラルパークでゆっくり時間を過ごしてみたいと思ったのだ。隣のベンチでは黒人の老女が編み物をしている。目の前をジョギングする人たちが通り過ぎ、背後の茂みからはリスが走り回る音が聞こえる。そこへ白人の男性と小さな女の子が近寄ってきた。父親と娘がセントラルパークへ遊びに来ているのだろう。老女が女の子に声をかけると、すぐに3人の会話が始まった。
セントラルパークがつくられたのは今から約160年前。ランドスケープアーキテクトという職能が生まれたのもほぼ同じ時期だ。設計者のオルムステッドがその第1号を名乗り、以来160年に渡って世界各地で様々な風景がつくられてきた。オルムステッドが都市空間に込めた想いは3つある。「参加」と「芸術」と「環境」だ。人種差別に関する記事を書くジャーナリストだったオルムステッドは、あらゆる人の社会参加を願っていた。人種や性別や年齢に関係なく、ゆっくりと時間を過ごすことのできる公共空間をつくること。この視点はその後、様々な住民参加運動へと展開していく。「参加」の視点である。そして、こうした公共空間は美しい空間でなければならない。「芸術」の視点である。風景絵画のように美しい公共空間をつくること。この視点はその後、モダニズムなど設計における新しい美学の探求へと展開していく。最後は「環境」の視点である。過密化する都市内にきれいな空気を吸うことのできる良好な環境を生み出すこと。また、拡大する都市の成長を緑地で制御すること。これらの視点はその後、国立公園運動やナショナルトラストなどの環境保全運動へと引き継がれていく。
重心をどこに置くにせよ、現在ではこの3つの視点はランドスケープデザインにとって欠かせないものとなっている。オルムステッドが蒔いた種は着実に育っているといえよう。
この本は、その種が具体的にどう育ってきたのかをまとめたものである。ランドスケープデザインが、建築やアートや科学とどのように関わり、どう変化してきたのか。特にこれまであまり国内で紹介されてこなかったヨーロッパではどんな試みがなされてきたのか。これからランドスケープデザインや環境デザインを学ぼうとしている人にはぜひとも知っておいてもらいたい内容だが、すでに実務に携わっている人にとっても本書が「この分野が160年間どんなことに取り組んできたのか」を見直すきっかけになれば幸いである。また、建築、土木、都市計画などハード面の設計に携わる人たちはもちろん、まちづくり、コミュニティデザイン、環境保全活動などのソフト面にかかわる人たちにも本書の内容を知ってもらい、風景をめぐるハードとソフトの新たな協働プロジェクトが生まれることになれば望外の幸せである。
本書は概ね10年毎に章が区切ってある。各章の最初には当時の時代背景がまとめられ、続いてランドスケープデザインのトピックが述べられている。あくまで10年毎を基準にしつつも、関係性を読み取りながら前後の年代の出来事も入れ込むようにした。また、章の間にはコラムが挟まれており、各時代で特筆すべきトピックや日本におけるランドスケープデザインの展開が解説されている。本書における記述は、編著者による文献などの理解や歴史的背景の解釈に拠っている部分が大きい。過不足などについては読者の方々から専門的なご指摘やご批判をいただき、ランドスケープデザインの歴史に関する理解を相互に深めたいと考えている。
この本をつくるにあたっては多くの人に協力してもらった。編者からの依頼で本文やコラムを執筆していただいた方々には、巻末に名前を挙げて感謝したい。なかでも、コラム執筆だけでなく全体を通して内容を確認していただいた宮城俊作さんには特に感謝したい。また、本書の編集を担当してくれた井口夏実さんにも同様の感謝を示したい。
隣のベンチで会話していた女の子が走り出し、白人の父親は黒人の老女に軽く挨拶すると女の子を追いかけて去っていった。老女はしばらく彼らを目で追った後、ゆっくりと視線を落として再び編み物を始めた。人種も性別も年齢も関係なく、誰もが気持ちのいい時間を過ごすことのできる美しい公共空間。木々の葉が黄色に色づき始めたセントラルパークで、160年を経た今もなお人々に必要とされている公共空間が存在することに改めて感心した。ニューヨークは秋である。
2010年10月
編者一同