建築と不動産のあいだ
内容紹介
設計事務所と不動産会社を渡り歩き、両業界のコラボレーションに挑戦する著者が、より創造的な価値を生む建築不動産フロー〈ビジョン→ファイナンス→不動産→デザイン→施工→マネジメント〉の考え方と実践を紹介。建築家だからこそわかる土地の価値、不動産会社だから分かる建物の価値、建て主の利益はそこに隠れている!
体 裁 四六・256頁・定価 本体2200円+税
ISBN 978-4-7615-2594-1
発行日 2015/05/01
装 丁 エイトブランディングデザイン/西澤明洋・松田景子
プロローグ 大比較検討時代の幕開け~仕組みが変わった建築設計市場~
1章 なぜこれからの建築に不動産思考が必要なのか
インターネットがもたらした具体的な変化
建て主の多様化が意味すること
新中間層の建て主が建物づくりを通じてつかみたいもの
建て主が抱くお金の不安
不動産会社の役割
仕組みが異なる建築デザイン業界と不動産業界
建築と不動産のあいだ ~クリエイティブな価値と利益を見つける~
2章 クリエイティブな不動産思考の方法
建築不動産フロー
建物づくりの六つのフェーズ VFRDCM
V:ビジョン ~将来の目標を具体的に定める~
F:ファイナンス ~コストからファイナンスへ~
R:リアルエステート ~「土地」と「敷地」を観よう~
D:デザイン ~VFRをデザインに昇華する~
C:コンストラクション ~アイデアを現場で形に~
M:マネジメント ~居住・使用・運用の始まり~
あなたの不動産思考度を測る ~あなたの壁は何か~
3章 建築的・不動産思考の実践 ~六つのケーススタディ~
ケーススタディ 1 『不動産広告の常識から抜け出せ!』
~現場で気づいた建て主の利益~
建築設計から、不動産営業への転職
建築的・不動産思考、初の実践
ファイナンスを聞かずに土地探しに入ってはいけないが、それよりも大切で、必要なのがビジョン
「本当に建てたい理由は何か?」を掘り下げることで、その家族のビジョンが見えてくる
土地探しに建築家が参加すると、とても面白い
建築家はその土地をどう見たか
この土地は、見た目よりもポテンシャルが高い
日本では、思った以上に「南向き」がありがたがられる
不動産コンサルが、建物の打合せに同席する
家づくりのビジョンは達成されたのだろうか
建築家コラム──木下昌大
ケーススタディ 2 『土地を選ぶ。右か左か?』
~建て主を錯覚から救い出すことができるのは建築家~
キャリア・家・場所
現地で、その土地にどんな建物が建つかをよく観察する
土地に隠れる三つの錯覚
縦割りを飛び越えれば、建て主を錯覚から救い出すことができるかも知れない
土地が決まってからが不動産コンサルの腕の見せ所
建物が建つ前と後では、場所の印象は全く異なる
ビジョンの実現に向けたマネジメントフェーズ
建築家コラム──前真吾
ケーススタディ 3 『親族関係を設計せよ!』
~家族会議に、建築家と不動産コンサルが参加する~
将来、本当に欲しいものは何か?
ビジョンは「みんなで一緒に住む」
10回重ねた家族会議
ファイナンスフェーズと不動産フェーズを同時に解決する
家族関係を空間に落とし込む
工期が厳しいが、皆で協力
皆で一緒に住む
建築家コラム──白須寛規
ケーススタディ 4 『クリエイティブに分筆線を引け!』
~建築的価値と不動産的価値の両方を考えた分筆~
話し合いの場で答えを見つける
住宅ローンだけではなく、収入のあり方を考える
建築家によるクリエイティブな分筆
賃貸併用住宅のデザイン
いよいよ建物の運用を開始する
建築家コラム──木下昌大
〈座談会〉次世代に受け継がれる家づくり 建て主×建築家×高橋寿太郎
ケーススタディ 5 『必要な土地の広さを逆算せよ!』
~郊外ならではの土地選び~
郊外の土地選びは何が違うのか
休日をゆっくり自然の中で暮らし、子育てをしたい
まず地元の不動産会社ではなく、筑波大学を訪問する
土地フェーズから建築を考えれば、建て主の潜在的欲求に応えられるかも知れない
聞き逃していたかも知れない要望に、土地探しの段階で建築家が気づいた
今回は南向きがベスト
らせん状の生活空間
デザインフェーズで不動産コンサルが確認したこと
「素材とディテール」に包まれる生活空間
建築家コラム──林謙太郎
〈座談会〉「住まい」のイメージが全く異なる夫婦の家づくり 建て主×建築家×高橋寿太郎
ケーススタディ 6 『ビジネスモデルをデザインせよ!』
~ブランディングから始まる建築不動産フロー~
「オープンでわかりやすい、だから安心 正直で親切、それが信頼 すべての人のグッドライフカナエル」
建物づくりを始める前に、会社づくりをじっくり行う
「ハウジングヒストリー、始まる」
ブランドコンセプトと地域性から考える支社オフィス
国道沿いのインコーナーか、アウトコーナーか~建築と不動産のロジックをフル回転せよ~
デザインフェーズでは、プレゼンテーションから入らない
小さな家型が連続する、オフィスっぽくないオフィス
建築家コラム──木下昌大
〈座談会〉ビジネスモデルの再考から始まった建築不動産フロー 建て主×建築家×高橋寿太郎
ケーススタディ EX 『建築と不動産のあいだの世界に参加しよう』
~多様な活動を角度を変えて~
〈座談会〉建築と不動産のコラボ最前線 ~これからの建築家、これからの不動産仲介~
久山敦×高橋寿太郎×島田陽×木下昌大
エピローグ
大比較検討時代の幕開け~仕組みが変わった建築設計市場~
「建築と不動産のあいだ」とは何でしょうか。
私が不動産コンサルタントの立場から、建築家や不動産会社、そして建て主のみなさんに紹介するこの考え方は、建築設計や不動産取引の実務で使う専門技術や知識のような、難しいものではありません。
そもそも本書は、不動産の専門的な知識を提供することを目的にしたものでもありません。
不動産取引やお金にまつわる、基本的で簡単なことをお伝えするだけです。簡単なことなのに、本書はみなさんにとって新しく、きっと役に立ち、価値あるものになるでしょう。それは今まで見知った物事を「角度を変えて見ている」からだと思います。
ありきたりな既製品ではなく、自分たちだけにデザインされた建物をつくりたいと思う建て主は増えています。しかし彼らがそれを始めるために、建築デザイン業界の専門書を開いても、残念ながらあまり役に立たないかも知れません。
また美しい建築物や、ユニークな空間が詰まった作品集は、書店にたくさん並んでいますが、建て主が設計を依頼するプロセスの変化、不動産流通の改善すべき課題、家づくりとファイナンスの関係、税制を踏まえた方法論や注意点といった、現実の諸問題に根ざした、新しい建築デザインの具体的な可能性については、まだほとんど触れられていません。
その一方で、建築家や、デザイン意識の高い建て主からの、これらについての問い合わせは、年々増えています。またビルオーナーや、社屋を建てようと考えている企業にとっても、こういった建築の周辺の世界とデザインをつなげる必要性が、高まっていると思います。
それらの理由は、これからの建築デザイン業界の変化の向かう先にあります。住宅業界や建築デザインを取り巻く社会背景、ビジネス環境は、2000年辺りを契機として大きく変化しました。しかし、その変化は、専門家でも、業界内部から眺めているだけでは見えにくいようです。当然、建て主がその変化を知ろうと思っても、ポイントがどこにあるのかなかなか分かりません。
なぜなら建築デザイン業界の変化は、業界の外部で起きているからです。
詳しくは本文でご紹介しますが、既に建物づくりは「大比較検討時代」に突入しています。
建築業界はもともと、工務店、ハウスメーカー、建築設計事務所と区別がはっきりした縦割り業界だったのですが、各社が建て主により良いサービスで貢献しようと、横断的に努力したために、それぞれが混ざり合うような新しい会社が現れます。しかも建て主から見た時、それらの違いがあいまいになり、どんどん分かりにくくなっていきます。
これは建築家の立場から表現すると、建築家のライバルは建築家だけではなくなる、そんな時代です。
そして忘れてはいけない、もう一つ大きな縦割り分野が、建築デザイン業界の周辺にあります。これが「不動産業界」です。建築デザイン業界から見ると、不動産業界は近くて遠い存在です。建築デザイン業界と不動産業界の「あいだ」には、高い壁、または深い溝があるように思えます。
ではいったい、なぜそうした壁や溝があるのでしょうか。
そして本書で解き明かされるそれらの「建築と不動産のあいだの世界」に、建て主の重要な利益が隠れているとしたら。またそのあいだに到達できる可能性が高いのが、建築家の職能だとしたら。そしてそこに新しいデザインの可能性があるとしたら。
私がその壁や溝、そしてそれを埋めることによって生まれる可能性に気づいたのは、私自身が建築デザイン業界と不動産業界、両方の仕事を経験したからこそなのです。
私が代表を務める創造系不動産は、「建築と不動産のあいだを追究する」という経営理念、ブランドコンセプトを持つ不動産デザインコンサルティング会社です。創造系不動産の特徴は、全てのプロジェクトで、建築家やデザイナーとコラボレーション(協働)する所にあります。私自身、かつて建築家を志していましたが、現在は建て主と建築家をサポートする不動産コンサルティング、不動産仲介を中心にした仕事をしています。
この数年で、「建築と不動産のあいだの世界」と「そこでの建て主の利益」、そして「新しいデザインの可能性」を間近でたくさん目撃してきました。
これらを知ることで、みなさんも大比較検討時代を、きっと良い時代にできると思います。また建築家のみなさんには、本書が、建築家という役割を次世代型に捉え直し、バージョンアップし、独自の新しい仕事のスタイルをつくっていただくための参考資料になれば幸いです。
既に2008年から日本の人口の減少は始まっており、2050年には日本の人口が1億人を割り込むという推計が、急速に知られるようになりました。必然的に建築設計の国内需要は減少します。
そんな中でも、一級建築士・二級建築士・木造建築士は、年々増加しています。実は建築デザイン業界は、士業の中でもダントツに資格保持者が多い業界です。とうぜん需給バランスは変わります。
しかしいつの時代でも価値ある存在は、少しずつ変化する建て主や社会のニーズを捉え、応えることができる人だと思います。そんな時代に、建築と不動産のあいだの溝にはまり込んだ新しい可能性を発見することから、独自の表現を追求していただくことを期待しています。
1章は、これからの社会や市場の変化についての基礎的な背景が概説されています。また「建築と不動産のあいだ」という独特な世界観がここで詳しく述べられていますので、ウォーミングアップにぜひ押さえて欲しいと思います。
2章の「クリエイティブな不動産思考の方法」では、それを踏まえた建物づくりの流れが説明されています。具体的な建築家と不動産のタッグによる「建築不動産フローVFRDCM」をベースにして、建築設計の前に行うことや、後に行うこと、また不動産やお金についての最低限知っておきたい知識が、分かりやすく書かれています。
3章の「建築的不動産思考の実践」では、実践例として、創造系不動産がお手伝いした建て主と建築家の六つのケーススタディが、細かくその背景から紹介されています。建築家が取り組む住宅やビルづくりについて、また建築と不動産のあいだにある建て主の利益について、ユニークな角度から解説されています。このような事例紹介自体、とても珍しいと思いますので、参考にしていただければと思います。
繰り返しになりますが、本書は単に不動産業務や不動産知識の解説を目的とはしていません。
大切なことは、「建築と不動産とそのあいだの世界」を感覚的に捉えていただくことで、そのために特殊な技術や難解な理論は必要ありません。
しかしその簡単なことが、今まで見過ごされがちだったのは、なぜか? その理由について思い巡らせながら読んでいただくことが、実はみなさんにとっては重要なことかも知れません。
1章、2章、3章のどこから読んでも、それを考えることができるようになっていると思います。
そこにある価値を見つける不動産思考術を知ったみなさんにとって、自分たちだけの素晴らしい建築や空間デザインを生み出す一助になれば幸いです。
創造系不動産代表 高橋寿太郎
注意深く建物づくりの世界を観察すると、建築デザインと不動産のあいだには、壁があります。その壁に無関心であると損をするのは、私たち業界人ではなく、お客さんです。ですからその壁にいち早く気づき、業務フローをバージョンアップさせることをお勧めします。あなたが建築の専門家なら、その専門性を磨きながらも、「不動産」や「お金」等の広い技術を学ばれる機会を持たれることも良いでしょう。
その時大切なことは、価値観の違いを知ることです。建築と不動産のあいだのギャップに限らず、社会ではそういうシーンによく出会うと思います。異なる文化は、どちらが正しいわけでもありません。私たちも常に、先入観や今まで得てきた知識に囚われず、多様性を認め、お互いを尊敬することを忘れないように努めています。 時にそれらの枠組みは矛盾し、相反することもあります。しかし両方の知識、技術、価値観、文化のあいだの葛藤から、お客さんの価値が生まれることに気づくと思います。その時、壁は自分の中で消えてなくなり、大きな可能性が広がっていく感覚があるはずです。
明確なビジョンが見えた方は、すぐにでも行動されることをお勧めします。またそのきっかけをつかみたい方は、弊社が不定期で開講している「創造系不動産スクール・建築不動産コンサルタントコース」に参加されるのも良いでしょう。少人数制で開催されている対話型レクチャーです(http://www.souzou-kei.com/school/)。本書でも扱われる「壁」や「横断的感覚」は、知識ではなく気づきで得られるものですから、興味がある方はぜひスクールでつかんでください。
最後に、本書の執筆に際し多くの方のご協力をいただきました。ここで御礼に代えさせていただきます。
エイトブランディングデザインの西澤明洋さんとスタッフの松田景子さんはじめみなさんには、創造系不動産のブランディングから、本書の表紙デザインや、1~3章の図版の作成に至るまで、たくさんご協力いただきました。創造系不動産が注目され、コンセプトが広く知られるようになったのは、西澤さんのブランディングの成果に他ならないと思います。
また創造系不動産の顧問を引き受けてくださっている高垣和明さんからは、私が不動産のことを全く知らない頃から、「正しい不動産取引の考え方」を学ばせていただいています。学芸出版社の井口夏実さんには、当初まったく無名の創造系不動産を発見していただき、本書の書き方を一から教えていただきました。
インターンの九州大学大学院芸術工学府、江口昇汰さんには、インターン後も3章を中心にたくさんの図版の作成を手伝っていただきました。またケーススタディとして建物づくりを紹介した6組の建て主と建築家のみなさんには、本書の趣旨をご理解いただき、掲載を快くご了解いただきました。
そして創造系不動産の取り組みに賛成し、一緒に仕事をしてくれている、すべての建築家・クリエイターたちに、心から御礼を申し上げます。
高橋寿太郎