ドイツの地方都市はなぜクリエイティブなのか
内容紹介
10万人の地方都市でありながら、全国平均2倍のGDPを誇る経済力、ドイツ1位と評される創造力を持つエアランゲン。外国にルーツを持つ市民が多く、700以上のNPOがパブリックサービスを担い、行政・企業・市民の連携が日常化する社会。多様で寛容で自立したプレイヤーによる、小さく賢く進化し続ける都市のつくり方。
体 裁 四六・188頁・定価 本体1900円+税
ISBN 978-4-7615-1364-1
発行日 2016/09/05
装 丁 赤井 佑輔(paragram)
はじめに
─400年間「最新」であり続けるまち
1章 ドイツのまちの捉え方
1 都市のクリエイティビティは人口規模に比例しない
2 まちを捉える鳥瞰的思考
3 ドイツ流社会的市場経済
2章 クリエイティビティのエンジン
1 25%が外国にルーツを持ち、人口流動をまちの活力に
2 産官学で地域資源を可視化する
3 余暇はボランティアに熱中する
4 地縁に代わるフェラインというコミュニティ組織
5 都市連携はイノベーションのプラットフォーム
3章 コンパクトシティのアクティビティ
1 歩いて10分のメインストリートが賑わう理由
2 自転車交通は成熟社会を計る指標
3 500万人がはまる都市農園の効能
4 まちの歴史にアクセスできる豊富なツール
4章 まちと成長する企業の戦略
1 金融の地産地消に取り組む銀行
2 500年前から続く地ビールと地域ブランディング
3 村のパン屋が120年、地元で愛されてきた理由
4 60の医療ベンチャーを支援するインキュベーター
5 企業が拠点を構えたくなるまちの基準
5章 コミュニティをしなやかにつなぐインフラ
1 100のスポーツクラブはコミュニケーションのインフラ
2 社会的弱者の社会参加を支援する
3 教会はコミュニティのハブ
4 ローカルメディアは市民のメディア
5 祭りは地域の連帯感を高める最強ツール
6章 パブリックマインドが生まれるしくみ
1 寄付が支える劇場のリノベーション
2 市民が出資する再生可能エネルギー増産のスキーム
3 なぜ企業は地元の文化を支援するのか
4 市民と行政・政治の距離が近い
7章 まちを誇るメンタリティ
1 9割の市民が自分のまちが大好き
2 ドイツの人々はなぜ地元を誇らしく思うのか
3 郷土を守りたいという価値観
4 多様性の追求とアイデンティティの共有
5 自立と連帯のメンタリティ
8章 競いあい磨かれる、まちの価値
1 ドイツで最もクリエイティブな都市
2 都市間競争を加速させる多彩なコンクール
3 差別化できなくなった「環境都市」というブランド
4 「医療都市」に生き残りをかけた経済戦略
5 まちの価値を決めるクオリティ・ループ
おわりに
―お喋りな都市に宿る創造性
─400年間「最新」であり続けるまち
エアランゲンというまち
筆者の住むエアランゲン市はドイツ南部のバイエルン州北部の自治体である。州都ミュンヘンから北へ200キロほどのところにある人口約10万人のまちだ。同市はほぼ平地で77平方キロメートル。フュルト市(人口約11万人)と第2の州都といわれるニュルンベルク市(人口約50万人)が隣接している。
ドイツの行政区はいくつかの種類がある。州ごとに異なるのでやや複雑だが、バイエルン州においてエアランゲン市は「郡独立都市」という行政区分である。同州の場合「基礎自治体」に相当する自治体が2056ある。多くが71の「郡」に属しているが、郡に属さない都市「郡独立都市」が25。エアランゲンはその25のうちの一つで、基礎自治体の中で独立性の高い行政区分といえるだろう。
またヨーロッパ、とりわけドイツでは一般にStadtmitte(都市の中心市街地)があり、その多くは中世都市の要素が残っている。中世都市の要素とは都市を囲む城壁があり、その中には教会、市役所、市場、広場などがあった。エアランゲンも、もともと市壁に囲まれていた範囲がおおよそ現在の中心市街地であり、取り壊された市壁の跡も残っている。
今日のエアランゲンを見ると、大学町であり、グローバル企業のシーメンス社の医療開発部門がある。市も経済政策として医療技術を推進しているが、医療関連のみならずハイテク関連にも強い。たとえばデジタル音声データ形式の代表ともいえるMP3もエアランゲン市内のフラウンホーファー研究所で開発された。労働市場の状況も安定しており、1人あたりのGDPは7万7622ユーロ(2014年)。ドイツの平均GDPの3万6000ユーロ(2014年)を大きく上回る。
経済のみならず、文化も充実している。ヨーロッパの多くのまちでは文化フェスティバルが行われるが、エアランゲンも同様に、毎年「詩人の祭典」という文学フェスティバルが開催され、2年ごとに「国際コミック・サロン」と人形パフォーマンスの「フィギュアフェスティバル」が開催される。福祉関連の施設や活動も数多く展開され、観光地ではないものの、一言でいえば文化的で落ち着いた雰囲気の小さな都市である。
時代に合った経済を生みだし、都市を発展させる
ドイツの都市は独立性が高い。地方分権型国家という制度がそれを支えているが、それだけではない。都市そのものが独自に発展する力を持っているようだ。エアランゲンでも、都市発展の波があるが、まちが衰退しそうな局面になると、「次のカード」で興隆してくる。
まずは17世紀。30年戦争が終わってみると人口は激減し、まちはボロボロになっていた。戦争終結から20年後、エアランゲンを治めていた貴族は、フランスで迫害されていたプロテスタント系の教徒に居住権を与えた。フランスからやってきた彼らは帽子、手袋、白なめし皮などをつくる、当時の最新技術を持っていた。その結果、輸出志向型の経済が発展した。しかし19世紀初頭、中欧の再編成などの影響で伝統的市場を失ってしまう。19世紀末には最後の帽子工場も閉鎖された。
ところが、エアランゲンの北部には小高い丘があった。そこに冷蔵貯蔵庫のトンネルをたくさんつくり、19世紀半ばには18社がビールを製造する「ビール・シティ」として発展した。しかし、冷蔵技術の発展で、エアランゲンの優位性は20世紀初頭に後退する。
また、エアランゲンは大学町としても知られているが、19世紀半ば過ぎ、エアランゲン大学の機械エンジニア、エルヴィン・モーリッツ・ライニガーらが電子医療や物理装置の製造を開始する。これが今日のシーメンス社の医療部門に発展する。大学が設立されたのは18世紀半ばだが、その約130年後、大学の人材がスピンオフしたという感じだろうか。20世紀前半には電気計測器や世界初の光露出計が販売されるなど「ハイテク都市」としての萌芽が見られる。
また、19世紀半ば過ぎからガス、電気などのエネルギー供給の整備が始まる。この半世紀ぐらいの市長の代表的な仕事を見ると、上下水道や公共交通、主要道路など、インフラ系の整備が進められているのがわかる。とりわけテオドア・クリッペル(在職期間1892~1929年)は工業化を進めた。37年という在職期間中、企業家たちと一緒に都市をつくっていった。
20世紀半ばになると、モータリゼーションが本格化する。市街地に自動車が走り、広場は駐車場になった。また戦後、空襲で廃墟となったベルリンからシーメンス社が拠点を求めて、エネルギーや知的インフラの揃ったエアランゲンに移転してきた。これで一気に人口が増加し、経済発展に至った。
そうすると今度は環境汚染が問題になり、当時の市長ディトマー・ハールベーク博士(在職期間1972~96年)は自然保護、自転車道などの交通政策に着手した。経済発展と伴走するかのように「環境都市」へと舵を切った。
その後、東西ドイツ統一によって、一時景気も良かったが、やがて後退する。老舗企業が倒産したり、シーメンス社も医療技術などの部署を残して、他市へ移転してしまった。そこで前市長シーグフリード・バライス博士(在職期間1996~2014年)が「医療・健康都市」を掲げた。自転車道を健康都市戦略の一部に位置づけるなど、環境負荷の低い「最新の都市」として発展させている。
都市の発展には広い意味でのクリエイティビティが求められる。すなわち、次のビジョンを描けるか、それを実行する戦略と勇気があるかにかかっている。それを担保しているのが都市の課題をオープンに、パブリックに議論できる機能であり、自治の力だ。エアランゲンは400年にわたって都市をアップデートし続け、質を向上させてきた。本書ではそんな創造性が生まれる都市の生態系を解説していく。
なおドイツの地方自治のしくみは州によって多少違いがあるのだが、エアランゲン市の場合、上級市長(1人)と市長(2人)というポジションがある。本書では「市長」と「副市長」という書き方で進めていく。
―お喋りな都市に宿る創造性
都市とは完成形ではなく永遠のベータ版だ。そしてその質を維持・向上し続けるしくみの解明を試みたのが本書である。都市のアップデートが可能なのは創造性によるところが大きい。では都市の創造性とは何かというと、自由に意見を交わし、課題や価値をオープンにし、そして実際の取り組みにしていく「自治の力」とでもいうものが核になっているように思う。エアランゲンに住んでいると、カフェやフェライン、広場などでものすごく言葉が溢れているように感じるが、これが「自治の力」の源泉なのだろう。
よくドイツは日本と似ているといわれるが、その背後にあるものはかなり異なる。だから外国人の私が、ドイツのことを伝えることは常に「歴史的・社会的文脈」「意味」「表現」の検討が必要で頭を悩ませる。ドイツの取り組みを表面的に日本に導入しようとしても、劣化コピーで終わってしまう可能性は高い。しかし、一つの地方都市のメカニズムを見ることで、日本の地方でも自治のあり方そのものを議論する材料にはなる。身近な例を挙げれば、お喋りのかたちから考え直すことだ。誰と、どこで、どんな価値を重視し、どんな関係をつくりながら我々はお喋りをしているのかと。おそらくそこから「自治の力」が生まれてくるのではないか。
最後に謝辞を記しておきたい。本書は月刊誌『monthly 信用金庫』での連載がベースになっている。執筆機会をつくって下さった編集者・森山佳代さんの入稿時の的確なコメントはいつも励みになった。学芸出版社の宮本裕美さん、山口祐加さんはこの連載をうまく「リミックス」して下さった。また最終章に関しては池上惇先生(京都大学名誉教授)から多くの示唆を受けている。
さらにエアランゲン市のウテ・クリアー(Frau Ute Klier)さんには統計類・公式データなどを揃える時にお世話になった。最後に何かと応援してくれている妻・アンドレアにも感謝したい。
2016年7月
ドイツ・エアランゲンにて 高松平藏
評:池上 惇(京都大学名誉教授)
「ドイツの地方都市が創造する新しい経済」
現代の国際金融経済は多くの地域を物価・株価・為替価格などの変動を通じて「生き残りを賭けた生存競争・価格競争」に巻き込む。その結果、地域は人的能力を奪われ、所得を失い、格差の拡大を余儀なくなくされてきた。
ところが、ドイツ南部ミュンヘンから北へ200キロ、エアランゲン市(人口10万規模)は豊かな人的資本を持ち、所得水準も高い。
その原因は何か。
高松平藏氏は、まず、ドイツの地方都市は「伝統をもつNPOなど地縁に代わる非営利組織が発展し“質の高い無償の人的サービス”」を行う力量を持つこと。次いで、「企業・銀行などが非営利活動を通じて“コミュニティへの資金供給を行うシステム”」を持つこと。この二点に注目する。
そこには、非営利経済が発展し、グローバルな価格変動に支配されない、新たな経済が創出されていたのである。そして、この新しい経済が“愛着の持てる町をつくる”市民生活を支えている。
そしてさらに、高松氏は、このような新たな経済が、地方都市の発展の仕組み、すなわち、「循環型発展=クオリティ・ループ」を生みだすことをも実証する。
この循環は、第一に、分権型の地方財政システムによる「自主財源を生かす多様な都市基盤の充実」から始まる。
さらに、教育・文化の質が高い都市の魅力によって創造的人材が集まり、彼らを雇用した行政・企業・大学が、科学や文化をはじめとする創造力の基盤を形成する。
第三に、この創造力の基盤から先端技術開発と市民のニーズを結合する医療機器など多様な産業・雇用が生まれる。
第四に、こうした産業に従事する人々は、国内外の市場を開発して企業の収益増を実現し、分権型の財政システムの下で営業税等の自治体の自主財源が確保される。自治体はインフラ=基盤投資が可能となり、次の循環が始まる。このようにドイツの地方都市は、人材を奪われず、魅力を生み出し、人を招き、雇用と所得を確保してきた。
本書は、エアランゲンという人口10万の町をケーススタディに、地方都市の新しい経済モデルを描きだした貴重な一冊である。