近代日本の作家たち
内容紹介
作家の生き方・理念・作品で読む近代建築史
従来の様式・時代別の近代建築史ではなく、作家別に建築とそれに関わる空間表現の歴史を解説する。14人の代表作だけでなく、その生き方や発想の源にも触れ、読者の創造意欲を喚起する。同時代に生きた建築家、インテリアデザイナー、作庭家、彫刻家、陶芸家たちを分野を横断して紹介し、近代日本を多面的・重層的に読み解く。
体 裁 A5・208頁・定価 本体2400円+税
ISBN 978-4-7615-2379-4
発行日 2006-01-30
装 丁 CRATER Design Works
はじめに
年表
相関図
序章 黒田智子
近代日本における建築をめぐる空間表現の前提:明治維新~第一次大戦
ヨーロッパのモダニズムと「日本的なもの」論:第一次大戦~日中戦争
アメリカへの前衛作家の移動と日本のモダニズム:敗戦~高度経済成長
モダニズムという言葉の意味と背景
Ⅰ部 建築における伝統性の近代的解釈
1 村野藤吾 歴史とモダニズムを超えて 笠原一人
独自の立場から
様式とモダニズムからの自由
自由への道程
2 吉田五十八 新しい普遍的日本建築を求めて 青井哲人
古い日本と新しい日本
数寄屋とモダニズム:近さと遠さ
日本建築の「現在性」:その追求の道程
3 堀口捨己 「日本的なもの」の探求 本田昌昭
堀口捨己、その探求者としての生涯
西洋と日本、二つの「古典」
様式の否定、そして「様式なき様式」へ
4 白井晟一 普遍的伝統の創出、白井好みへ 田中禎彦
伝統をめぐって
象徴/素材/不連続
白井好みへ
Ⅱ部 欧米建築家の作法の受容と昇華
5 遠藤新 日本人建築家としてのF. L. ライトの思想の実践 黒田智子
建築家としての正義の追求
ライトの理念と方法の継承:新しい建築の規範を目指して
人間の生き方を啓発する建築
6 山口文象 時代・社会・建築の関係性を探究し続けた表現者 加嶋章博
大正育ちの異色建築家
建築家のあり方と表現の手法
山口文象の実践
7 前川國男 日本の近代建築に生命を与える 松隈洋
モダニズムの理念を信じて
日本の近代建築を実現させること
確かな近代建築を求めて
8 丹下健三 日本のモダニズムの確立 黒田智子
日本を代表する国際的建築家として
日本建築の国際性と記念碑性を求めて
国家と自治体のモニュメント
Ⅲ部 近代的生活の場のためのデザイン
9 リチ・上野=リックス 装飾とモダニズム 奥佳弥
独創と自由の美術工芸を求めて
装飾とモダニズムのはざまで
アクセサリーからインテリアまで
10 剣持勇 「ジャパニーズ・モダーン」の追求 笠原一人
近代と伝統のはざまで
「ジャパニーズ・モダーン」という理念
プロダクトからインテリアまで
11 浜口ミホ 台所改革による住宅の民主化 小林正子
女性建築家の誕生
日本住宅の民主化に向けて
モダン・リヴィングの実践
Ⅳ部 近代的作法が向かう芸術の空間性
12 北大路魯山人 食空間の芸術性を求めて 黒田智子
逆境を才能の発露のきっかけとして
時代と心がつくる美を求めて
命の輝きとしての雅味
13 重森三玲 伝統とモダンの融合 重森千靑
日本庭園の革新を体現した作庭家
「永遠のモダン」の追求
抽象美の具現化
14 イサム・ノグチ 彫刻としての空間の探求 南智子
モダンアートと日本美の融合
空間の彫刻の創造
彫刻と空間と人間の対話を目指して
1. 空間表現とは
一つのもの、一人の人間の周りにも、何らかの趣きや雰囲気を持った空間がある。さらに、建築には内部と外部にそれぞれこのような空間を持ち、しかも内部と外部はつながっている。だから、建築の内部や外部にものがあり、人がいる時、どこまでが建築のつくる空間で、どこまでがものや人のつくる空間かを分けることは難しい。
一つの建築に機能と美があるとする。美は人を感動させる目的があるとするなら、どこからどこまでが機能で、どこからどこまでが美だろうか。人の生活とものや建築が調和しているとはどういうことだろう。
本書は、このような建築をめぐる空間への基本的な問いを、近代の作家たちはどう捉え、どう応えたか、それを探ろうとするものである。
2. 近代における戦間期
日本人は、第二次世界大戦後、アメリカの影響を受けて大きく変ったといわれる。しかし、建築をめぐる空間表現の基本的な考えが方向づけられたのは、第一次大戦後である。この頃、日本は、近代を迎えてどの国も経験した生活や都市に関する現象を同じように経験した。人の手に代わって、機械で大量に同じものをつくること、そのことがもたらす社会の恩恵と問題についてである。
もちろん、明治時代から日本が推進してきた近代化を建築によって表現するという建築家の役割はあった。しかし、建築が人々の生活に環境として関わり、生活に対しても、芸術に対しても、社会的な責任があると意識されたのは、第一次大戦後である。この戦争では、日本の犠牲は少なかったが、世界情勢の変化に揺さぶられ、建築家は、生活と空間、機能と美、工芸と工業、社会と芸術、独創と普遍という、それ以前は個別に意識されるか、ほとんど顧みられなかった問題に意識的に取り組み始めた。本書では、この時期に深く影響を受けたか、活躍を始めて、時代をつくっていった作家を取り上げている。
3. この本の構成
本書では、建築家、デザイナー、芸術家など14人の作家を取り上げて、各章ごとに、作家たちの生き方とその時代背景、空間表現のための考え方や方法、主な作品を紹介する。過去または同時代の空間表現の手法をどのように援用したか、また、彼らの独創性はどこにあったのか読み取っていただきたい。また、建築をめぐる空間の意味やあり方を考える手がかりにしていただきたい。本書は、興味を持った章をどこからでも読めるような構成になっている。また、序章、各部の解説、年表、相関図を活用して、作家同士の関係や、時代や世界の表現の流れの中で、それぞれの位置をイメージする助けとしていただきたい。
第I部では、近代の視点から、伝統的な日本の建築やヨーロッパの建築と向きあい、そこから得たものを自らの空間表現に生かした作家を紹介している。
第II部では、近代の問題に自らの空間表現としての答えを出した欧米の作家たちの考え方を修得し、自らの方法として取り込み、展開した作家を紹介する。
第III部では、人間と建築の間に存在する室内装飾を空間表現とした美術工芸家、機能性を重視し素材の性格を引き出したプロダクト・デザイナー、時代が要求する住生活を生き生きと空間に表現した住宅作家を取り上げる。
第IV 部では、「食べる」「眺める」「巡り歩く」といった人間にとって基本的な生活行為と、陶磁器、庭園、彫刻などの芸術作品を結びつけることから空間を構想した作陶家、作庭家、彫刻家を取り上げる。
作家たちを各部の枠組みの中でより立体的に把握できるように、各部の最初で時代的な特徴・トピックスを解説した。
本書は、多くの方々の協力を得て一つに結晶化した。精緻な仕事を忍耐強く続けて下さった執筆者各氏、学芸出版社・宮本裕美氏と、表紙のデザインに共に取り組んで下さった武庫川女子大学・奥田有美氏に深く感謝申し上げる。
黒田智子
「日本的なもの」とは。「日本のデザイン」とは。今、あたりまえのものとして定着している日本の「空間」「デザイン」「考え方」が、どのように定着されていったのか、私は今まで知る機会が少なかった。また、大学でも学ぶ機会が少なかったように思う。この本でとりあげられている14名の作家たちは、戦前・戦後の変化が激しい時代の中で、日本の建築・デザインの方向性を考え、今の私たちにもたらしてくれた作家たちである。
14人の作家たちを、生い立ちなどの出発点から、終着点までの生き方を、時代背景・デザインの流れ・接触した人物の紹介を通して知ることができる。また、作家自身の考え方やものづくりの方法について、代表作品の紹介を通じて、理解を深める構成である。豊富な写真・図版と共に、重要な点が簡潔に書かれており、読みやすい。また、巻頭の相関図はこの本の特徴でもあると思うが、作家たちの交流が一目でわかる。この時代は、海外との交流がさほどなかったようなイメージを勝手に受けていたが、作家たちの海外との交流が積極的だったことや、海外のデザインの様式や流れをどのように受け入れていったかがよくわかる。
人物の選定は、「伝統」と「新しさ」について考えた建築家、海外から学び日本に適したものへと定着させた建築家、そしてこの本の特徴でもある、建築という箱だけに収まらず、その中で行われる生活を意識し、身につけるものからインテリア、空間までを一連のものとして捉えた作家、そして日本芸術から空間までを考えた作家たちをバランスよくとりあげ、人と空間の係わりの重要さを認識させる。また、この時代には社会進出が難しかったであろう女性作家をとりあげていることも、同性として心強く思う。
この本を読んで、日本における近代建築・近代デザインの知識だけでなく、作家たちの創作を支えていたものや真に良いものを貪欲に求めていく姿勢とは何か、作家たちはどのように地歩を固め、自己の作法を確立させていったのかを知ることができたことが、最も勉強になった点である。
(武庫川女子大学生活環境学部助手/奥田有美)
担当編集者より
本書では、「日本の近代」というものをできるだけ多彩に読み解くために、数多の作家の中から14人を取り上げている。建築、住宅、インテリア、家具、装飾、器、彫刻、庭…、それぞれの空間表現の主題や手段は違えど、そこには日本の伝統の探求や欧米モダニズムの昇華の足跡が見て取れる。近代という時代は、戦争も多く、社会は不安定で、生きやすい時代ではなかったように思う。しかし、その苦しい時代に創作を続けた作家たちの生き様には、どこか幸福感さえ感じられる。それはなぜなのだろう。私たちの生きる現代という時代が、また別の意味で生きにくいからだろうか。
(HM)
『建築士』((社)日本建築士会連合会)2006.11
近代日本の建築を立ち上げた人は数知れない。その中で14人に焦点を当てて生き様を詳細に書いている。建築家、デザイナー、芸術家と建築家だけでなく多様なジャンルに及んでいる点が面白い。その作家たがその当時何を考え、どういう行動をしたかなど、またその作家と他の作家の交友関係等のチャート図があったりして興味深い。その人の歴史そのものでもある。一方、建築家の歴史をアンチョコに読みかじりできる本でもある。
しかし、これだけでは建築の勉強にはならない。空間的なとらまえ方はしていないこともあり、できれば実物を見た方が良い。この時代は余計な情報も雑音も流行も金も材料も流されるものも無かった。それだけに作家のピュアーな感性が伝わってくる。最近は情報が多すぎる、それもくだらない情報が多すぎる。それだけに若い人たちは迷っているのではないか?また、この14人の中で一人でも一つでも興味を引かれたらそこからその人、その物を徹底的に追求して欲しい。そこからが建築の勉強の始まりだとも思う。要は歴史から未来を感じてもらえたらこの本の意義は達成されると思う。
この執筆者達は良くここまで調べ上げたものだと感心する。永年建築の世界で仕事をしてきたが知らなかった人も事柄も多い。赤面の至りである。しばらく仕事に追われてこんな種類の本は敬遠気味だった。それだけに新鮮さ、いや基本に返って勉強させていただいた。
歴史って面白いものですね。「その時歴史は動いた」ではないが、今回もこの書評を見ていただいて、本当にありがとうございました。
『庭』(龍居庭園研究所)2006.7
─遠藤(新)はライトとの出会いを通じて、人が生活し人生を送る場である建築は、自然界の生命体のように有機的に統一されていなければならないと考えた─
明治から大正、昭和という激動の時代において、人々は「建築をめぐる空間表現」に様々な解釈を発信してきた。中でも第一次大戦後は、「建築が人々の生活に環境として関わり、生活に対しても、芸術に対しても、社会的な責任がある」という基本的な考えが意識された点で重要という。
この時代の潮流に深く影響を受けながら独自性を確立し、一時代を築いていった作家十四人を取り上げ、これら作家たちの生き方とその時代背景、空間表現のための考え方や方法、主な作品を紹介したのが本書である。建築家に加えて、インテリアデザイナー、作庭家、彫刻家、陶芸家など、職種を超えた包括的な観点から近代日本を読み解く。
モダニズムと様式性の共存の中で、建築の隅々にまで「ヒューマニズム」の精神を行き渡らせたのが村野藤吾。「数奇屋の近代化」「近代建築の日本化」「社寺建築の近代化」という三本柱をテーマに活動した吉田五十八。モダニストが支持した簡明で洗練された「弥生的」デザインに対し、「『縄文的なポテンシャル』を現在に継承していくことが、『日本的創造』の契機」であるとした白井晟一。
─前川(國男)は、一つの建築の中に、都市へと手を差し出すような広場的な空間を内包させることによって、人々が楽しく集い、静かに佇むことのできる場所をつくり出す平面計画の方法を求めようとした─
それは後に、東京文化会館や埼玉県立博物館、熊本県立美術館におけるロビー空間=人々が心を休めることのできる空間として結実する。
村野藤吾設計の大阪そごう百貨店のガラス天井や東京・日生劇場地下レストランの天井と壁面の装飾を手がけたのは、ウィーン工房出身の美術工芸デザイナー、リチ・上野。彼女がデザインの基本としたのは「自然を観察し、分析し、直観と印象に従って抽象化する」ことだった。
また日本住宅の封建性を指摘し、近代化への理解を促そうと試みた浜口ミホは、女性初の一級建築士であり、「台所の改革を通じて女性の地位向上を求め、外国住宅に範を得た台所、リヴィング・キッチンを構想」する。
─(重森三玲は全国の古庭園)実測調査により、先人たちが庭園という空間に築き上げてきた『石組』構成の芸術性・抽象性に、大いに着目した。その創作性を真摯に受け止めながら、現代に生きる感性を生かし、芸術の分野にまで踏み込んだ日本庭園をつくることを追い求めた結果、石組による立体造形感の強い特異な作風を確立したのである─
東福寺本坊庭園の連作や、岸和田城庭園、松尾大社庭園などに見られる「モダンで大胆な庭園構成」は、古庭園からインスピレーションを得たものだった。個人的には、あの「三玲流」ともいわれる立石の突出に共鳴できないでいたのだが、三玲の原風景とされる故郷の岡山・豪渓にある天柱山の、天を突くような山容の写真を見て、腑に落ちた。原点はここにあったのだ。
自身を「彫刻家」として捉えながら、彫刻家の枠を超えて多分野で活躍したイサム・ノグチは、日本庭園からも多大な影響を受け、作品には庭園や広場のデザインも多い。パリのユネスコ本部の庭園は回遊式庭園から着想を得たもの。
─(ウォール街にある銀行地下ロビーのサンクンガーデンでは)、石という自然素材を組み合わせ、配置することで、オフィス街の中に『自然』の山河を表現し、喧噪の街中に心静まる瞑想の場を提供している。枯山水の探求の成果が現れており、『これは私の龍安寺である』とノグチは語っている─
時間や動きによる「うつろい」を与え、自然や生命、歴史を象徴するノグチの作品の特徴は、「大地を彫刻」するという発想を生み、その集大成が最後の大作・札幌モエレ沼公園となったのである。
他に堀口捨己、山口文象、丹下健三、剣持勇、北大路魯山人。空間を演出する“かたち”の中に“心”を感じる。
『新建築住宅特集』((株)新建築社)2006.3
第1次大戦後という時代区分に着目し、この時期に深く影響を受けた、もしくは活躍をはじめた、19世紀後半から20世紀初頭生まれの作家たち14人を取り上げ、論者がそれぞれを論じている。その14人の中には村野藤吾、前川國男、白井晟一、丹下健三といった建築家だけでなく、陶芸家、漆芸家、料理家など多様な顔をもつ北大路魯山人や作庭家の重森三玲、これまで論じられることの少なかった美術工芸家のリチ・上野=リックスなども含まれている。各論は短く、やや物足りないという感はあるが、注釈や巻頭の人物相関図と共に読み進めていくと、作家同士の関係などについても理解を深めることができる構成となっている。
『室内』((株)工作社)2006.3
建築が人々の生活に環境として関わり、生活に対しても、芸術に対しても、社会的な責任があると意識されたのは、第一次大戦後だという。その根拠として、本書は、近代以降に活躍した14人の建築家や芸術家(村野藤吾、吉田五十八、堀口捨己、白井晟一、遠藤新、山口文象、前川國男、丹下健三、リチ・上野=リックス、剣持勇、浜口ミホ、北大路魯山人、重森三玲、イサム・ノグチ)の生き方と、時代背景、作品を紹介する。彼らの活動をよく知る執筆者11人がそれぞれ筆をとっているため、非常に内容が濃く、読みごたえがある。
なかでも興味深かったのは、あまり語られる機会が少なかった女性建築家、リチ・上野=リックスと浜口ミホを取上げていることだ。ウィーンで生まれたリチは、ウィーン工房を設立したヨゼフ・ホフマンの元で美術工芸を学び、のちに日本人建築家の上野伊三郎と結婚。ウィーンと京都を行き来し、テキスタイルデザインや、伊三郎や村野藤吾が設計した建物の天井・壁面装飾を次々と手がけた。
わが国で、女性初の一級建築士となった浜口ミホは、女性ならではの視点で住宅の改善に尽力した。女性として主婦としての見解から、「台所の改革」を提唱し、女性の地位向上を求めた。今では主流のステンレス流し台を住宅公団に採用し、普及させたのも浜口の力である。二人の女性の生き方を通して、これまでとはべつの側面からの近代がみえてくる。
ここであえて苦言を呈する。タイトルがあまりに凡庸ではあるまいか。それに、作家という言葉から、すぐには建築家、芸術家とは結びつかなかった。文筆家をイメージする人も多かろう。横書きの文章も読みづらい。内容の充実ぶりを思えばこそ、この編集はちょっともったいない。