風土建築をつくる旅

風土建築をつくる旅 自然・人・技術をめぐるフィールドワークと実践
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風土建築の調査・再建・新作15プロジェクト

日本、アジア、南太平洋、アフリカにおける調査・再建・新作15プロジェクトのドキュメント。「地元の技術・材料・住民」という3つの地域資源にこだわる地域固有の建築は、無事に建ち上がり、使われ続けるか?近代化と伝統の間で揺れる集落の人々の姿は、グローバル化とローカリティの間で葛藤する都市住民にも示唆をくれる

小林 広英 著   

体裁 A5判・192頁
定価 本体3000円+税
発行日 2026-03-25
装丁 LABORATORIES(加藤賢策・椋梨あかね)
ISBN 9784761533151
GCODE 2375
販売状況 予約受付中 (店頭発売:2026年3月20日頃)
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目次

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はじめに

1章 風土建築を伝統構法で再建する

1 30数年ぶりに建ち上がった伝統集会施設の行末

ベトナム・ホンハ社
カトゥ族の伝統集会施設グゥール

長老ナムさんの“拒否反応”から始まったグゥール再建
異なる民族が共存するホンハ社ならではの形態を探る
素材を森林から調達し、適材適所に使い分ける
長老から若者へと伝承される、経験がものを言う建設技術
設計図は長老衆の体に記憶されていた
伝統と現代との間で揺れ動く集落住民

2 伝統住居はサイクロン災害を乗り切れるか

フィジー・CATD
フィジーの伝統住居ブレ

ボラさんの熱意が扉を開いた再建プロジェクト
この村では漁師が伝統建築をつくる
海と山で使い分ける材料、変わる形
ユニークな装飾、バランバランとマキタ
ザウタタ村にもあった身体尺
サイクロン災害に伝統技術で立ち向かう挑戦は続く

3 高床住居を再建し、観光振興を目論む人々

タイ・タップラー村
モクレン族の伝統住居オーマック

インド洋津波災害で変わった、海洋少数民族の暮らし
集落長老サさんと伝統住居の模型を組み立てる
真夜中に始まる儀式、魔法のような加工技術
やはりタップラー村にもあった身体尺
観光振興に伝統住居を利用する住民とその顛末

4 伝統集会施設 vs 擬似伝統集会施設

ベトナム・アカ集落
カトゥ族の伝統集会施設グゥール

増えていくコンクリート製の集会施設
調査で訪れるたびに朽ちていく伝統集会施設
5年がかりで困難を乗り越え、住民全員で再建に取り組む
多彩な身体尺の設計技法を披露する長老の息子
伝統集会施設の継承にベトナムの大学と行政が取り組む

論考1 風土建築を成立させる3つの地域資源

2章 風土建築をフィールドワークする

5 半乾燥地域に受け継がれてきた泥の建築文化とその変容

ブルキナファソ・ラングェロ集落
農耕民カッセーナの伝統住居

カッセーナの集落での盛大な歓迎式?
50年で進んだ伝統的な集落構成の変容と崩壊
社会適応で増えるトタン建築、環境適応できるのは泥建築
泥建築に見る身体尺の適用法
現代の生活と乖離した伝統住居のあり方

6 100棟を超える伝統住居が徐々に失われていく集落

フィジー・ナバラ村
フィジーの伝統住居ブレ

集落が幸せになるためのチーフの教え
ブレに暮らし、生きた伝統を守り継ぐナバラ村の人々
伝統住居ブレをめぐる、若者たちの葛藤
サイクロン災害を契機とする、伝統住居の減少と集落の未来

7 築100年の茅葺き民家が模索する新たな関係人口の形

福井県大飯郡おおい町名田庄
名田庄の茅葺き民家

無住集落で茅葺き民家を再生した移住者との出会い
集楽庵の建築的特徴を調査する
郷土史家に聞いた、“てんごり”による共同作業の詳細
茅葺き民家を“第二のふるさと”として継承する

8 古文書からわかった集落住民による共同建設の全容

富山県砺波市五郎丸地区
砺波散村の伝統住居アズマダチ

建設プロセスを建設当時の普請帳から読み解く
建設の手伝いに従事する多数の集落住民
イエの共同性から地域の景観を考える

論考2 風土建築の設計方法 ─知的資源としての身体尺

3章 新風土建築を試行する

9 セルフビルドの竹構造農業用ハウス

日本各地
バンブーグリーンハウス

10 里山と連環する建築プロジェクト

滋賀県近江八幡市
キャンディーファーム/たねや農藝

11 地域活動拠点を形成する空き家改修プロジェクト

和歌山県串本町古座
サテライト古座

12 足場用単管と竹材を利用した農舎づくり

滋賀県近江八幡市
百菜劇場農舎

13 古民家を“営み”としてつなぐ宿

新潟県妙高市西野谷
MAHORA西野谷

14 里山資源を活用した防災ベンチ

兵庫県南あわじ市
南あわじ防災ベンチ

15 在地資材でつくる持続可能な衛生環境

マラウイ・ムジンバ県
マラウイし尿分離型共同トイレ

おわりに ─風土建築をめぐる活動の萌芽とこれから

プロジェクトの枠組み/関連論文・記事等

著者の現場訪問日程と同行メンバー

小林広英(こばやし ひろひで)

1966年生まれ。大阪市出身。1990年京都大学工学部建築学科卒業。1992年京都大学大学院工学研究科建築学専攻修了。1992年マンチェスター大学奨学生。1993~2001年昭和設計勤務。2002~2009年京都大学大学院地球環境学堂(人間環境設計論分野)助手(2007年4月より助教)、2009~2018年同大学院准教授を経て、2018年より同大学院教授。博士(地球環境学)。2019年ベトナム・フエ大学名誉教授。地域に根ざす設計技術・地域に根ざす人間居住をテーマに研究・実践に取り組む。

地域に根ざす建築の再生と創生

私はこれまで20年にわたり、日本をはじめアジア、南太平洋、アフリカなど、様々な地域で集落のフィールド調査や再建プロジェクトに取り組んできた。振り返ると、こうした活動の出発点となったのは、2002年に大学に戻ってしばらく経った後、他分野の研究者とともに参加したJICAの国際支援プロジェクトであった。このプロジェクトでは、ベトナム山間部の少数民族集落ホンハ社において、高床式の伝統集会施設の再建を実施した。写真でしか見たことのなかった集落の伝統建築が突如としてリアルな状況として目の前に立ち現れたのである。
それまでは設計事務所で、コンクリートや鉄の建築設計に従事し、いわば都市建築の世界に身を置いていた。そうしたなかで、現地の住民たちが自然素材を用い、自らの手で建物を築き上げていく姿に出会い、大きな衝撃を受けた。簡素ながらも高度な技術が息づく集落の伝統建築は、まさに地域に根ざす建築、「風土建築」と呼ぶにふさわしいものであった。しかもこれは過去の遺産ではなく、現代の生活と深く結びついた生きた建築であった。そしてその背後には、生活の知恵と集落の共同性に支えられた価値観が確かに存在していた。
一方で、こうした風土建築は今、急速に消滅の危機にさらされている。自然素材の入手の難しさや住民自身の新建材住居への憧れ、産業資材の流通や市場経済の浸透といった複合的な要因によるものだ。しかし、再建プロジェクトやフィールド調査を通じてわずかに残る風土建築に実際に触れ、それが今もなお地域の暮らしとつながっていることを実感した。そして、こうした建築に内在する価値や知恵を、現代や未来の社会にどう引き継いでいくかを考えることの必要性を強く感じ、自らの設計プロジェクトの中でも「新風土建築」として模索と実践を続けてきた。
そのような想いから、本書では「風土建築」と「新風土建築」を並記している。単なる保存や再現にとどまらず、現代の文脈の中で風土建築の本質的な価値を活かしつつ、新たな建築のあり方を構想すること、それは今後の社会においても、一定の役割を果たしうるのではないだろうか。風土建築の有意な要素を引き継ぎ、発展的に継承していくことの重要性を改めて強く感じている。

風土建築とはどのような建築か

ところで風土建築とはどのような建築だろうか。よく知られた例が、バーナード・ルドフスキーが『建築家なしの建築』(1964年)で紹介した世界各地の住まいだ。これらは建築家ではない無名の人々が、土地の自然環境に向き合い、その場にある素材を用いて築いた住居である。ルドフスキーはこうした建築を、「風土的」「無名の」「自然発生的」「土着的」「田園的」という5つの言葉で特徴づけた。なかでも「風土的(vernacular)」という語は、風土建築と同じ意味の「ヴァナキュラー建築」という表現に用いられるなど、今日よく知られている。
また時に、この類の建築は「民族建築」「土着建築」「地域建築」などとも呼ばれるが、本書では特に自然環境との関係性に重きをおいて「風土建築」という語を用いたい。
風土建築がこれまで学者や著述家にどう捉えられてきたのかを、改めて振り返ってみよう。ルドフスキーにおよそ30年先駆けて風土と建築の関係に着目したのが哲学者・和辻哲郎による『風土:人間学的考察』(1935年)である。和辻は「風土」を、気候、地形、地質、景観といった自然条件の総体と定義し、それが人間の生活や思考に深く影響を及ぼすと考えた。そして風土における人間の「自己了解」すなわち自然への応答の形として地域の住居が生み出されると述べた。つまり、地域の環境的条件に対する人間の応答の積み重ねが住環境に反映され、固有の建築様式として風土建築が形成されるという解釈だ。
また私が特に注目するのが、和辻と同時期に活動した在野の地理学者・三澤勝衛だ。『地域個性と地域力の探求』(原著:1930年代)で三澤は「風土は大地の表面と大気の底面が触れあって生じる接触面のことで、それは場所によって個性的・多種多様であり、地域性すなわち『地域の個性』、『地域の力』の根源をなすものである」と記している。つまり大地や自然環境と人間活動との、より具体的・物理的な関わりに着目したわけだ。そして大気(風)と大地(土)との接触面=風土で人間活動と自然環境との相互作用によって立ち現れる現象を「地表現象」と呼び、それによって地域特有の景観が形成されるとした。さらに風土と地域特有の景観の関係を考察し、耕作景、集落景、宗教景などに加え、納屋や民家のような風土建築も地域特有の景観要素として重要な役割を持つとした。
このように風土建築は、自然環境と人間の営みとの関係性から捉えられてきたが、この論点をさらに深めたのが建築理論家のアモス・ラポポートである。彼は『住まいと文化』(原著:1969年)において、風土建築を単に自然環境への適応とするのではなく、文化的価値観や社会の仕組み、世界観といった人間側の要素との関係に注目した。ラポポートによれば、住まいの形は、気候や建材といった自然の条件よりも文化のあり方に大きく左右されるという。例えば、同じ自然環境にあっても異なる文化を持つ人々は異なる住まいを建てる一方で、地理的に離れた場所であっても似た文化を持つ場合には似たような建築が生まれる。つまり風土建築は、人間の文化的な選択の結果として生まれるものであり、気候や建材といった物理的な条件は、その文化によって形づくられた住まいの「調整要因」、すなわち二次的な決定要因であると述べている。
ここで紹介した文献や私自身の経験を踏まえて考えると、風土建築とは、自然環境への応答と社会・文化の反映を通じて、長い時間をかけて試行錯誤の末に形づくられてきた、自然・社会・文化の複合的な結晶体と捉えられないだろうか。それは自然との深い関わりだけでなく、人間の意志や営みが加わることで、空間づくりの知恵が積み重ねられ、やがて独自の建築形式として定着(様式化)していくものでもある。言い換えれば、風土建築とは人間と自然環境の関係性が長い時間をかけて織りなす、応答的でありながら創造的でもある空間の形なのだ。

現代の文脈から風土建築を考える

私がこれまで関わってきた風土建築の再建プロジェクトやフィールド調査では、歴史的な考察や形態的な分析よりも、現在進行形の継承の課題に着目してきた。つまり変容著しい現代社会において、地域に根ざす暮らしや住まいの発展的な継承がいかに可能かということに焦点を当て、再建や調査のプロセスを通じて、地域固有の建設技術や文化をいかに引き継げるかを模索した。しかし一方で、地域固有の人間環境は綿々と受け継がれてきた生活そのものであり、その在来性や在地性ゆえに自分たちではその価値を理解しにくい側面がある。
こうした取り組みで重要なのは、風土建築を「かつてあったもの」として再現することにとどまらず、その背景にある地域固有の建設技術や社会的文脈を理解し、現代の暮らしとの接点を見出すことである。
実際に再建プロジェクトを実施した集落の中には、建設経験のなかった若い住民が再建に加わり、自らの地域文化を見つめ直す貴重な機会となった事例もある。またある集落では、完成後も住民による維持管理が続けられ、建物が地域の共有資源として機能している。別の集落では、素材の腐朽とともに建物が解体される結果となったが、そこでも一時的とはいえ、共同で建設するという経験そのものが、少なくとも自文化に直接触れ、在来知を理解することにつながった。
このように、風土建築には多様な生活の知恵や地域固有の文化が織り込まれている。加えて、その成り立ちから自然環境への合理的な応答として生まれた建築であり、環境親和性が高い。現在、私たちの社会は、成長志向や大量のエネルギー消費を前提とした構造からの転換期を迎えている。そのような時代の要請に応える存在として、風土建築は多くの示唆を与えてくれる。風土建築の再建プロジェクトはグローバル化が進む現代において、ローカリティの価値を現実的な建設行為を通じて再評価する、極めて今日的かつ未来志向の意義を持つものと捉えている。

本書の構成

本書は3つの章と2つの論考からなる。1章「風土建築を伝統構法で再建する」では、ベトナム、フィジー、タイの集落で住民と共同して実施した風土建築の再建プロジェクトを紹介する。各プロジェクトにおける集落それぞれの暮らしや住まいの状況、再建に至る経緯を記述し、その後の再建における自然素材の巧みな利用法、長老衆の豊富な建築知識、住民との共同による建設、そして完成後の住民の思いや風土建築の存在意義などに焦点を当てる。
2章「風土建築をフィールドワークする」では、日本、フィジー、ブルキナファソという地理的文脈、文化的背景が異なる地域で、現代の社会経済状況に抗いながら、あるいは受け入れながら徐々に変容していく風土建築のフィールドワークを紹介する。そこに住む人々との対話や建物の実測、観察、関連資料の分析を通して、その継承可能性について考察している。
最後の3章「新風土建築を試行する」では、風土建築のありようを自身の設計プロジェクトに適用した事例を紹介する。具体的には、放置竹林の竹材を活用して農業用ハウスをセルフビルドでつくる「バンブーグリーンハウスプロジェクト」、周辺の里山資源を建設プロセスに取り込んだ「キャンディーファーム/たねや農藝」などの、自然と人々の共同を試行したプロジェクト群である。一連の活動を、風土建築の再建や調査の成果と並置することで、現代における地域に根ざした建築のあり方を、多角的な視点から概観できるようにした。
また、これらに関連して2つの論考を用意した。1つ目の論考「風土建築を成立させる3つの地域資源」では、再建プロジェクトを通して理解した風土建築を成立させる3つの地域資源(物的資源、人的資源、知的資源)とその相互連環について整理し、域内共生型建築としての風土建築、外部依存型建築としての現代建築の特性を記述する。2つ目の「風土建築の設計方法 ─知的資源としての身体尺」では、在来建築技法としての身体尺の適用方法を体系的に整理し、地域固有の建築を継承するための複製技術としての役割を説明する。さらに各地のフィールドワークから得た適用方法から身体尺適用の普遍性、固有性について考察する。
以上、再建プロジェクトのマネジメント、発展的継承のためのフィールドワーク、設計プロジェクトの建築的試行など、様々な活動から見えてくるローカリティのあり方を未来社会につなげることが本書の目的である。伝統/現代、国内/海外といった枠組みを超えて、それらすべてを現代のローカリティを問う同軸上の実践として捉えている。研究論文や報告書では表現しきれなかった風土建築をめぐる人々の思いや私自身が現場で感じたこと、考えたことなどを記録の一端として本書に書きとめたい。そして、タイトルにもある自然・人・技術が関わる風土建築から得られるローカリティの現代的意義を見据えていきたいと思う。

風土建築をめぐる活動の萌芽とこれから

風土建築への着目:“地球環境建築”とは世界の地域建築

2002年4月、私が大学に戻るのと時を同じくして、京都大学に大学院地球環境学堂が設立された。工学、農学、経済学、政策学、自然科学、人文学など学内の様々な分野の研究者が連携し、地球環境課題を学際的・国際的に探求するためにつくられた新しい大学院である。私は人間環境設計論分野の研究室に助手として着任し、恩師である小林正美教授から「地球環境建築を君ならどのように定義する
か? そしてそれはどのようなものか?」と、いつもの教授特有の禅問答のような問いかけを受けて、回答に窮した。
悶々とする日々がしばらく続いたが、思索を重ねるなかで次第に、「地球環境建築とは、世界の地域建築、すなわち風土建築と読み替えれば良いのだ」と自分なりに理解するに至った。その土地の気候風土に適した建築を、限られた自然素材と地域の技術で人々がつくり上げるプロセスにこそ、“地球環境建築”のヒントがあると感じたからである。そして、グローバル化やテクノロジー依存が過度に進んだ現代社会においてこそ、今一度ローカリティの再評価が重要であることにも気がついた。この気づきが私の風土建築への関心の原点であり、今日まで続く実践の出発点であった。

デザインの拡張:ローカリティのための建築的思考

着任から間もない2002年12月、まだ研究室に戻ったばかりでほとんどすることがなかった時期に、学生たちと共に国際NGOアーキテクチャー・フォー・ヒューマニティ主催のデザインコンペに参加した。課題は、当時アフリカ各地で深刻化していたエイズ対策のための移動診療所を提案することであった*1。多くの提案がコンテナや空気膜構造などを利用しながら、いかにポータブルな診療所建築を提案できるかに焦点を当てるなか、私たちのアプローチは異なっていた。
私たちはエイズを単なる「疾患」としてではなく、「集落の生産人口(青年層)の喪失」と捉え、一年草のケナフの栽培支援と、その栽培フィールドを利用した仮設的建築を提案した。ケナフは食料、家畜飼料、繊維・紙の原料となる多用途植物である。半年で3~4mに成長したケナフ畑の中央部を刈り取り、巡回診療チームが持参したテント膜をそこに被せて仮設の診療スペースをつくる。つまり、「移動診療所」という〈モノ・造形〉と、「生産活動」という〈コト・プロセス〉を融合させたものであった。
ポータビリティという概念を、診療チームが用意する空間装置ではなく、集落住民自身による診療空間構築という発想へと転換し、ケナフ栽培という住民参加のプロセスと、そこで発生する仮設診療空間というモノとコトを提案したわけだ。この提案に対し、主催者代表のキャメロン・シンクレア氏は、TEDでのプレゼンテーション「A call for open source architecture」*2において「食べられるクリニック」として紹介し、聴衆の笑いを誘っていたが、まさにそれが私たちの提案の核心であった。このように、建築の提案を通じて、様々な主体の共同や自然が関わる社会の仕組みを構築することは、私が以前から関心を寄せてきたヴィクター・パパネックの、デザインを社会や生活の文脈の中で捉え直す考え方にも通じるように思う*3。そして、このとき考えたことは今振り返ると、風土建築と3つの地域資源の発想や、新風土建築の試行につながっていたのである。

フィールドでの実践:学際性と国際性によってローカリティを拓く

海外で多様な実践を展開できるようになったのは、やはり地球環境学堂という学際的な研究者が集う場に身を置き、自然な形で連携が生まれたことによるだろう。さらに学堂には、アジア各国に拠点を築くというミッションがあり、海外研究者との長期的な協働を通じて、国際協力が日常の延長として私の中に根づいていったことも大きい。とりわけ、フィールドでの活動を基本とする農学研究者との交流は、私の視野を大きく広げてくれた。
農学系の強者フィールドワーカーは、軍用ヘリを飛ばして航空写真を撮影したり、海外の辺境地を軽々と行き交い、星空の下で寝泊まりしながら昆虫食も厭わない。その姿勢は圧倒的な行動力を示していた。そして現地大学との連携が進むと、自然に海外支援活動へと発展していく推進力となった。2006年に始まったベトナムでのJICA草の根技術協力事業*4は、まさに農学研究者や現地大学との連携が発揮されたプロジェクトだった。この事業で翌2007年7月にホンハ社の伝統集会施設グゥール再建に携わることとなり、「地球環境建築=世界の地域建築の捉え方」や「グローバル化社会におけるローカリティ再評価」について思考を深める契機となった。このような活動に誘われ、次第にのめり込みながら、自身のフィールド経験を積み重ねていった。ここで見たことや学んだことを糧にして、自らプロジェクトを立ち上げていき、国内外のローカリティに関わる調査や実践のフィールドに踏み出すようになった。
フィールドでの実践は、いつも地域住民との信頼関係づくりから始まる。決してこちらから強く押し出すことはしない。彼らもまた、少しいぶかしそうに私たちを見ていることが多い。最初は何をしてくれるのだろうといつも待ちの姿勢である。しかし、風土建築や新風土建築が自律的に維持継承されていくには、地域の人々が主体的に動くことが不可欠である。丹念に耳を傾けて対話を重ね、と
きには飲み交わし、ローカルフードを共にしながら、対等な関係が築かれて初めて、心の中にある本音がにじみ出てくる。その中から思いを熱くあるいは思慮深く静かに語るプロジェクトのキーパーソンが現れてくる。このような人物に出会い進むべき方向が共有できたとき、プロジェクトの半分は終わったようなものだ。あとは地域の人々と並走しながら、自らの感度を研ぎ澄ませつつ、「今なすべきこと」と「望ましい未来像」に向けて、一歩ずつ形にしていくのである。

継承に向けて:失われていく風土建築を未来につなげる

今後の課題は、未来に向け、風土建築を地域環境を含めて発展的に継承していくことだ。
住民に聞くと、伝統建築の必要性を語る声は多い。しかしながら、森林保護政策による木材の利用制限や、資材の減少、生活に追われるなかでの建設参加への躊躇、新建材住宅への憧れなどから、実際の行動にはなかなか至らない。彼らの日常生活は、子供の教育費や生活必需品を確保する現金収入を得るための農作業や出稼ぎで大変忙しい。
どの地域でも1970~80年代に伝統建築(風土建築)を建てなくなったと聞くことが多い。それは、市場経済の普及とともに世界的に普及するトタン材の広がりとも関係するかも知れない。トタンは住居建築の万能材だ。文化人類学者・川田順造氏が1970年代に行った西アフリカ・ブルキナファソのカッセーナ集落の調査でもトタンの普及が指摘されている*5。こうした変化は都市から離れた集落にも及びつつあり、建設経験のある世代が失われれば、風土建築は静かに消滅に向かう。
風土建築に関わるきっかけとなったベトナム・ホンハ社の再建プロジェクトの最終ミーティングで、長老衆が伝統集会施設グゥールを建てようと強調したのは、地域文化継承の機会をつくるだけではなく、変化しつつあった現代の暮らしにおける共同作業の意味や技術・知識の継承、自然素材との付き合い方を若者たちに問いかけたかったのではないかと想像する。当時、人々は現金収入のための労働に追われ、コンクリートの住居や電化製品に憧れていた。
地域ごとに異なる文脈を持つため、風土建築との関わりを画一的にマニュアル化するのは難しい。だが1つのヒントが、フィジー適正技術開発センター長の「ブレは我々の伝統文化であるが、その時代の社会的要請に応じて変容し適応することが継承につながる」という言葉に隠されているように思う。
再建プロジェクトそのものが伝統技術や文化の継承機会となる側面は大きいが、持続的な継承のためには、地域資源の利用を現代に適応させる仕組みづくりが必要だ。支援組織・地方政府・住民をつなぐ調整役を現地研究者が担う体制が整えば、木材伐採許可の交渉や住民間の対話が促進され、住民による主体的な風土建築の維持継承が現実味を帯びる。再建プロジェクトでは再建機会の提供だけでなく、このような持続的枠組みの構築も視野に入れ、各地の研究者との連携も進めつつある。

都市社会への示唆:風土建築から学ぶこと

これまで、風土建築は集落社会(伝統社会)の出来事として、都市社会とは無縁のものとされてきた。しかし近年、人間活動がもたらす地球環境への負荷、さらに都市が抱える多様な問題を前に、人間の営みを見直し、自然環境との適切な関係を再構築する姿勢が模索されている。その意味で、風土建築のありようや成り立ちから導かれるアプローチは都市にも役立つのではないだろうか。
もちろんその適用には、都市に合わせた新たな視点や発想を加える必要がある。例えば、大規模な都市空間に対応するために風土建築のアプローチを都市スケールに拡張する方法や、逆に都市自体を小さな空間スケールの集積と捉え個別に適用する方法も考えられる。また、都市を取りまく大気や水、土壌、森林などを社会的共通資本*6として扱う視点も重要だ。世代を超えて成熟してきた在来技術は、画一的な大量生産によらない持続可能な社会の適正技術として捉えられ、市民の自律と協働を支える技術につながっていく*7。共同労働を支える集落コミュニティは「都市コモンズやアソシエーションにおける市民の参加や関与」として参考となる。こうした風土建築のエッセンスを都市の制度や空間、日常の営みに組み込み、現代的に読み替えていくことができれば、効率や成長を前提としてきた都市社会に新たな価値の共有が進むだろう。それは、私たち一人ひとりが都市環境の担い手として主体的に関与していくための基盤を育てる試みでもある。そのためには、風土建築を成立させる3つの地域資源を、現代社会において再び意味を持ちうる概念として整理・解釈し、都市の中に結びつけていく必要がある。

さて、本書で紹介した様々な風土建築が人々の共同の上に成り立っているのと同じく、風土建築のプロジェクトやフィールドワーク、新風土建築の試行も同僚の研究者や共同設計者、研究室学生、地域住民、行政機関など多くの人々の協力を得ながら実施されたものである。本書ではその過程で私が感じたり考えたりしたことを表現したにすぎない。また、この20年間の活動をまとめるにあたっても、学芸出版社の井口夏実氏や森國洋行氏、京都大学地球環境学堂研究員の平塚桂氏に尽力いただいた。心より感謝を申し上げたい。なお、本書は公益財団法人窓研究所の出版助成を受けて刊行できたことを併せて記しておく。

*1 Mobile HIV/AIDS Health Clinic for Africa Competition(主催:Architecture for Humanity、2002年12月)

*2 YouTube “Cameron Sinclair: A call for open source architecture”

*3 ヴィクター・パパネック『生きのびるためのデザイン』(原著:1971年)

*4 JICA草の根技術協力事業は2002年に始まった国際協力活動で、現地住民のニーズに根ざした課題解決を目指す取り組みである。

*5 川田順造「サバンナの住まい③-自然と文化の結節」『月刊百科』No.204、平凡社、1979年9月

*6 経済学者・宇沢弘文が著書『社会的共通資本』(2000年)で提唱した概念で、人間の社会的営みと生命を安定的に維持する基盤としての資源や制度を指す。

*7 哲学者・イヴァン・イリイチは、『コンヴィヴィアリティのための道具』(原著:1973年)において、人間の自律と協働を支える道具(技術や制度)のあり方を論じた。この視点から捉えれば、風土建築はコンヴィヴィアルな道具の要素を内包していると言える。

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