ロッジア 世界の半屋外空間 暇も集いも愉しむ場

内容紹介
人生を愉しむ時間と空間、46のスケッチ集
数々の気晴らしと集いが繰り広げられる半屋外空間。カフェで寛ぐ人(ボローニャ)、レクチャーに集う学生(クロアチア)、仲間と談笑し、時々働くミシン屋(ネパール)、祭の準備をする女性達(バリ)、暇を潰していたら友人に会えた男性(シンガポール)…。消費に追われず人生を愉しむ為の空間、46の断面スケッチ集
金野 千恵 著
著者紹介

体裁 | A5判・256頁(オールカラー) |
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定価 | 本体3000円+税 |
発行日 | 2025-03-15 |
装丁 | 加藤賢策・林宏香(LABORATORIES) |
ISBN | 9784761533076 |
GCODE | 2359 |
販売状況 | 在庫◎ |
ジャンル | 建築一般 |
プロローグ――ロッジアを巡る旅のはじまり
代名詞としてのロッジア
527のロッジアの採集
調査と記述
世界のロッジア空間 調査マップ
1.プロチダ島 彩り豊かなロッジアのアーチが連なる漁師の島
1-1 イエロー・ハウス Yellow House
1-2 キアイオレッラの家 House in Marina Chiaiolella
1-3 ブルー・ハウス Blue House
1-4 カザーレ・ヴァシェッロ Casale Vascello
2.フィレンツェ 広場を壮麗に形づくるロッジア発祥の都市
2-1 ロッジア・デッラ・シニョーリア Loggia della Signoria
2-2 ロッジア・デル・ペッシェ Loggia del Pesce
2-3 捨て子養育院 Spedale degli Innocenti
2-4 パラッツォ・ダヴァンザーティ Palazzo Davanzati
3.ヴェネト 農村や運河で各々にロッジアの発展した北イタリア
3-1 ラ・ロトンダ Rotonda
3-2 バシリカ・パッラディアーナ Basilica Palladiana
3-3 パラッツォ・デッラ・ラジョーネ Palazzo della Ragione
3-4 カ・ドーロ Ca’ d’Oro
4.ボローニャ ポルティコによってまち全体がつながった文化都市
4-1 セッテキエーゼ・カフェ Settechiese café
4-2 カーサ・イゾラニ Casa Isorani
4-3 サンタ・マリア・デイ・セルヴィのポルティコ Portico di Santa Maria dei Servi
5.イストラ 旅人をロッジアで受け入れてきた城壁都市
5-1 モトヴンのシティ・ロッジア Gradska loža Motovun
5-2 スヴェティ・ロヴレチの教会ロッジア Crkva loža Sveti lovrec
5-3 グロズニャンのシティ・ロッジア Gradska loža Groznjan
5-4 ソヴィニャックの教会ロッジア Crkva loža Sovinjak
6.バクタプル・パタン 祈り、水汲み、暇を支えるパティがひしめくまち
6-1 ミシン屋のパティ Sewing shop’s pati
6-2 コーナー・パティ Corner pati
6-3 スルヤマディ広場のパティ Pati in Suryamadhi Square
6-4 パタンのマニ・マンダパ Manimandapa in Patan
7.バリ 共同体の拠り所バレ・バンジャールが点在する島
7-1 ロータス・カフェ Lotus Cafe
7-2 テゲス・カワン・ヤンロニのバレ・バンジャール Bale Banjar Teges Kawan Yangloni
7-3 トゥルニャンのバレ・バンジャール Bale Banjar Trunyan
7-4 バンジャール・パンクンのポスカムリン Poskamling Banjar Pangkung
8.ハノイ・ホイアン 高密化都市の暮らしを愉しむテラスの反復するまち
8-1 ハン・ダオ 鳥の家 Hang Dao Bird House
8-2 タン・コン 団地 Thành Công Apartment
8-3 チャンフー通りのカフェ Pho Cho Bazar cafe Tran Phu STREET
9.シンガポール アジアの食と暮らしを支えるホーカーが生まれた国
9-1 サイドアルウィ・ロードのファイブ・フット・ウェイ Five Foot Way in Syed Alwi Road
9-2 マックスウェル・ホーカーセンター MAXWELL Hawker Center
9-3 チェンヤン・コート・コーヒーショップ Chen Yan Court Coffee Shop
10.上海・湖州・杭州 気晴らしを支える歩廊の続く水の都
10-1 南潯人家飯店 Nanxun Renjia Restaurant
10-2 三百園遊船碼頭 Sanbaiyuan Cruise Terminal
10-3 湧金楼 Yongjin Lou
11.成都・阿垻 屋根のある橋や舞台がまちの要所をなす山岳都市
11-1 黄龍渓古鎮の古戯台 Old Drama Stage in Huanglongxi Old Town
11-2 陳家水碾橋 Chen’s Water Quern Bridge
11-3 西索村の転経橋 Zhuanjing Bridge in Xisuo Village
12.ニューオーリンズ 小さな間口に家具の溢れるバルコニーが続くまち
12-1 ダブル・ショットガンハウス Double Shotgun House
12-2 キャメルバック・ショットガンハウス Camel back Shotgun House
12-3 トロピカル・アイル Tropical Isle
13.ブリスベン 地形と洪水に適応し温暖気候を愉しむヴェランダのまち
13-1 アイザック通りのクイーンズランダー Queenslander in Isaac St.
13-2 ケンブリッジ通りのクイーンズランダー Queenslander in Cambridge St.
13-3 レガッタ・ホテル Regatta Hotel
13-4 ピープルズ・パレス People’s Palace
調査日程・調査協力者・写真撮影者リスト
あとがき
プロローグ—ロッジアを巡る旅のはじまり
ロッジアとの出会い
わたしがロッジアを初めて知ったのは、2006年、留学先のスイス連邦工科大学(ETHZ)、建築家のペーター・メルクリのデザインスタジオにて、彼がレクチャーで話した時だった。ロッジアとは屋根のある半屋外空間のことだ。屋外を楽しめる季節が短いスイスで、地中海の暮らしに想いを馳せながらメルクリが繰り返し自作で用いていたのがロッジアである。彼の設計するロッジアは、ある種の強い形式を持ちながらも、そこでの出来事が使う人に自由に開かれているような、絶妙なバランスを保つ空間としてわたしの記憶に刻まれた。
ロッジアの発祥の地は隣国イタリアで、古くから自然発生的に設けられているが、それが建築言語として華開いたのは14世紀のルネサンス期である。広場に面してアーチの列柱を反復させるロッジアは、壮麗でありながら開放的で、その地の寛容な文化を体現している。ほどなく隣国へ発展するが、やはり地中海地域における人々の暮らしや建築の歴史が、この建築言語の基盤となり、都市の顔を成してきたことは確かである。
当時、メルクリスタジオの設計課題の敷地がヴェネツィアだったこともあり、わたしは週末しばしばイタリアを訪れ、ロッジアを巡ることにした。
ルネサンス文化の中心都市フィレンツェで出会ったロッジアは、広場の一部である吹きさらしの彫刻ギャラリーに人々が集っていたり、大屋根の下の露店や屋台で対話や仕事が繰り広げられていた。都市の活気を風雨から守り、まちへと表出させていた。また、イタリア南部や地中海に浮かぶ島々のロッジアは、風土特有の無名で美しい住宅群に多く見られ、住人が編み物や読書を楽しみ、道ゆく人と視線や挨拶を交わし、家の一部にいながら街路に参加できる場所だった。
外気にさらされるロッジアは、室内のように人間本位には環境を制御できない。でもそれ故に環境の変化に応答しながら過ごせる心地良さがある。ここで人々が経験する気候、建築、まちの魅力は、地中海的な暮らしや文化を支える必要不可欠な要素なのだ。
ロッジアが持つ時代を超えた普遍的な強さに憧れたわたしは、帰国後、大学の修士論文から博士論文*1へと継続するテーマとして、近現代の建築作品にみられるロッジアを研究することとなる。こうした感覚的な空間の心地よさを、建築の意匠論として共に育ててくれたのが、大学の師であり建築家の塚本由晴だ。建築構成に時間の概念や都市の意味づけを重ねた師との4年間の議論が私の建築論の礎となっていることは疑いようがない。
この博士論文の執筆を進めるなかで、建築作品のみならず、パブリックなものから田舎町や小集落にある土着的なものまでを深く知りたいという欲求が強くなり、半屋外空間を求めて世界中のさまざまな地域を訪れる旅が始まった。
暇をすごす場
2008年、インドのムンバイ近郊の小さな町ナンドゲーアンで、浮遊する老人に出会った。彼は家の庇の下で、小屋梁から吊られたお手製らしきブランコの木板の上にあぐらをかき、読書をしていた。湿った外気、柔らかな反射光と庇のもと変化する影、仄かに揺れるブランコ、傍らで洗濯物を干す妻らしき人。多くの要素が不確定なその状況で、老人はその中にとどまるバランスを見つけ、自然と交歓し、自分の時間に没入しているようだった。何をする必要もない時間、手の空いたような状態を“暇”と呼ぶならば、彼は身体感覚を確かめながら自らの環境を設え、この“暇”の時間を愉しんでいた。
わたしたちが生きる現代社会では、さまざまなレジャー産業が先回りして暇な時間を満たし、生産と消費のサイクルにわたしたちを引きずり込む。自分がいかに持て余した時間を生きるか、という主体的な「暇の過ごし方」を奪われてはいないだろうか。
哲学者の國分功一郎は、“退屈や暇”をどう生きるかという問いを立て*2、歴史的には定住民族として得た暇な時間や気晴らしが、その後の人類の文化や文明に異質な展開をもたらしたと述べた。わたしたちが、こうした“暇”をもう一度、自分の手元に引き寄せられるなら、主体的な気晴らしに向き合うことができるのではないだろうか。
さらに、16世紀の建築家アンドレア・パッラーディオは、“遊歩、食事、そのほかの気晴らしのためなど多くの便益に役立つ”ものとして『ロッジア』を挙げ*3、それが「建物を有用にする6要素のひとつ」であることを示した。“気晴らし”という言葉に込められた自由や心地よさの投影は、500年を経た現代にもう一度、着目すべき価値観を提示しているように感じられる。
集い、共働の生まれる場
2018年、インドネシアのバリ島ウブド地区を散策していると、突然、高密度に建て込む街区の角地が開け、大きな屋根の下、色とりどりの草花、食品、装飾のなかで女性たちが何やら作業をしていた。この日、彼女たちはバンジャールと呼ばれる地域の共同体が催す祭事の準備のために集まっており、20代ほどの若手から白髪の混じる女性までが、鮮やかな民族衣装で着飾り、化粧し、生花の髪飾りをつけて生き生きと動いていた。この場所は、バレ・バンジャールと呼ばれる共同体の拠点なのだ。道から目線ほどの高さまで上げられた床には白色タイルが貼られ、鉄筋コンクリートの柱梁が外気にさらされ、二段の屋根からは風の流れと光が取り込まれる。奥には壁と舞台のような小上がりが設けられ、歌や楽器の練習、まちの会合といった日常的な活動をはじめ、冠婚葬祭などの特別な時間に使われる。この拠点は住民によって運営されており、大きく外気に開かれたバレ・バンジャールは、見知らぬ人間をもおおらかに受け容れてくれる。私たちも気がつくとすっかり喋り込んでいた。
近代以降、世界の多くの地域で伝統的な共同体が崩壊し、人間の暮らしは「共」から「個」を起点とするものに変化したと考えられている。しかし、人は個では生き切れない。人口も経済も成長し続けるインドネシアでは、政府のサービス提供が追いつかないこともあり、共同体で自立的に隣人と学び合い、個では成し得ないことを協力し、非常時には助け合う相互扶助の思想*4が育まれている。それを支えるのがバレ・バンジャールなのだ。日本においても、近代以降に整備され完結したビルディングタイプから脱却し、人が自由に往来しながらも集い、自立的な活動を支えるような開かれた建築をつくれないだろうか。
暇も集いも愉しむ場とは
どんな地域でも、半屋外空間で過ごす人々は、道ゆく人を眺めたり、ゆっくりコーヒーを飲んだり、家族や恋人と過ごしたり、穏やかな表情でくつろいでいた。その振舞いは、目的のない「暇」のなかに表出する営みであって、ロッジアはそんな「暇」を生むセッティングの一つであるように思えた。こうした暇のあり様とともに、集まって学びを共有し、故人を偲んで和やかに食事を囲み、共に祭りを準備するとき、人々はとても生き生きとして見えた。こうした「集い」の場がロッジアに見出されることで、単純な作業を越え、個が他者や外界と繋がる場を愉しんでいたように思う。
こうした「暇」も「集い」も愉しめるようなロッジアでは、人々はどのように地域の文化や気候と関わり、暮らしを構築し、維持してきたかのだろうか。暮らしを考え、建築に携わる者として、わたしはこの暇と集いのどちらも愉しめる環境を目指したい。
個人が主体的で居られる気晴らしのセッティングや、賑わいのなかでもひとりで居られる場所など暇を過ごす場には、機能性の追求とは逆の、良い意味での適当さや諦めを含む環境が必要になる。そのとき、密閉された建物内部にとどまらず屋外を伴うことで、音・風・温湿度・明暗といった周囲の変化を受け入れ、完全さを諦めたような許容の場が効力を発揮するだろう。
他方、その場に人が集うことで、他者との間に気遣いや関係性が生まれるような状況を思考してみる。現代において、パンデミックを通して強制的な集いの排除を経験したわたしたちは、集いによって人と共働する愉しみや大切さを再確認している。この先、そうした集いの場を想像するとき、それは会議室のような場ではなく、自由な出入りを許容したり、人のみならず動物や緑など多様な事物の集まるスケール・環境の想定が大切だろう。
わたしが約20年、追い続けてきたロッジアをはじめとする世界の半屋外空間は、使用の目的が限定されておらず、時代や気候、社会の変化を柔軟に受け止めてきた場であり、暇も共働も、個も集団も、静けさも賑わいも、そうしたあらゆる人間の生を愉しむ場であった。いったいそれはどういった特徴に支えられているのだろうか。わたしたちがそれを創出していくためには、スケール、材料、構法、装飾、色彩、都市における配置など建築の特徴と、それを成立させる文化的背景、維持運営の仕組み、メンバーシップといったコンテクストの観察を通して、その正体を知る必要があるだろう。
本書では、この『ロッジア』という建築要素が、“暇も集いも愉しむ場”であるという仮説を立て、建築的特徴やそこでの人間のふるまいを通して、その性質を解明していく。
2006年に初めてロッジアと出会ってから20年という節目を迎える今、この書籍を世に送り出せることを心から嬉しく思います。想像以上の歳月を要しましたが、多くの方々の支えがあったからこそ、この研究を続け、出版を実現することができました。
まず、ロッジアを通してわたしの建築の基盤を築くために長年にわたりご指導下さった恩師・塚本由晴先生、ロッジアへの扉を開いてくださったペーター・メルクリ先生に、深く感謝申し上げます。また、2013年の企画時から伴走してくださった学芸出版社の井口夏実さん、図版づくりの苦楽を共にしてくれたt e c o草創期からのスタッフ・下岡未歩さん、この日を心待ちに応援してくれた家族にも、この場を借りて心より御礼申し上げます。さらに、調査に協力してくださった東京工業大学塚本研究室の同級生や後輩たち、日本工業大学・京都工芸繊維大学の金野研究室のみんな、共同研究者や現地で支えてくださった方々、執筆を辛抱強く見守ってくれたt e c oの他スタッフにも、深い感謝を捧げます。
どの地域のロッジアに身を置いても、そこには環境と一体となる感覚があり、人々の暮らしが息づき、まちに受け入れられる温かさを感じました。調査の最中、心地よさのあまり眠りに落ちたことが一度や二度ではなかったのは、そこに安心感と親密さが満ちていたからだと思います。特に印象的なロッジアには、そこに集う人々の姿が刻まれています。裏表紙の写真に登場するミシンおじさんもその一人で、談笑しながらミシンを使っていた光景が、いまでも鮮明に思い出されます。
ロッジアは、人と環境をつなぎ、そこに愉しみを生み出してくれる存在です。そして、わたしが建築を信じる礎でもあります。この書籍を通して、その魅力が一人でも多くの方々に届き、未来へと伝播していくことを心から願っています。
暇も集いもある愉しみを、どうぞ感じ取っていただけますように。
2025年1月
金野千恵
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