色を使って街をとりもどす
コミュニティから生まれる町並み色彩計画

柳田良造・森下満 著

内容紹介

ペンキ塗りの町並み・函館で建物の色に託した人々の街への思い、歴史を、ペンキ層のこすり出しによる時層色環で見える化し、ペンキ塗りボランティア活動をまちづくりに繋げた研究と運動、旅の記録。神戸、そしてボストン、セントジョンズ、キンセールへと拡がった旅は、町並みの色彩とその計画について新しい視点を切り拓いた。

体 裁 A5・216頁・定価 本体3200円+税
ISBN 978-4-7615-3256-7
発行日 2020/03/31
装 丁 KOTO DESIGN Inc. 山本剛史


目次著者紹介はじめに
はじめに

1章 なぜ町並み色彩研究をスタートしたか

1│町並み色彩とは

町並みでの塗装の歴史

2│町並み色彩研究スタート

町並み色彩への関心の誕生
こすり出し調査
住民の暮らしと色彩の関わりを探る方法

2章 ペンキこすり出しによる町並み色彩の読み方

1│ペンキこすり出しで得た時層色環の分析方法

こすり出し調査
「時層色環」分析の考え方

2│ペンキ層塗装年の推定方法

前提整理と函館での住宅のペンキ塗り事情
ペンキ層塗装年の推定の考え方
色彩変容データ票と代表的建物の色彩変遷

3│時層色環から読む町並み色彩の時代変化

町並み色彩の時代ごとの変化の分析方法
明治以降の町並み色彩の時代変遷とその特色

3章 函館西部地区での暮らしの中の町並み色彩

1│暮らしの記憶の中にある色彩

ライフヒストリーとしての町並み色彩の記憶を探る
周辺環境のペンキ色彩に関する住民の記憶

2│色彩選択の主体と町並み形成

ペンキの色を誰がどのように選択したか

3│町並み色彩の形成の仕組み

4章 神戸異人館とボストンでのペンキこすり出し

1│こすり出し in 神戸

神戸・異人館の特色とされてきた従来の色彩
神戸異人館群の時層色環の分析
異人館の町並み色彩の時代変遷とその要因・背景
函館市西部地区の町並み色彩との比較

2│こすりだし in ボストン

ボストン訪問
ボストン周辺こすり出し調査
ボストンの時層色環調査と町並み色彩の特徴
時層色環で明らかになった各時代の町並み色彩
ボストン周辺の町並み色彩の時代変遷とその要因・背景

5章 ペンキ塗りボランティア隊 in 函館

1│公益信託函館色彩まちづくり基金

函館色彩まちづくり基金誕生
市民まちづくりを支える

2│ペンキ塗りボランティア隊の誕生

ペンキ塗りボランティア隊とは
ペンキ塗りボランティア隊の活動
経験としてのペンキ塗りボランティア隊

6章 街をとりもどす町並み色彩ムーブメント

1│サンフランシスコ ─ ペインテッド・レイディズの町並み

2│セントジョンズ─ジェリービーン菓子のような町並み

3│キンセール ─ 食の首都のカラフルな町並み

4│リオデジャネイロ ─ スラム街・ファベーラの塗り替え

5│ティラナ ー 色を塗って街をとりもどした市長

7章 町並み色彩計画の新たな可能性

1│建築学における色彩とは

2│町並み景観と色彩

共同体と景観
計画の考え方

3│「生活環境色彩」としての町並み色彩

コミュニティ固有の町並み色彩
生活の物語としての町並み色彩
変化する町並み色彩
「生活環境色彩」としての町並み色彩の捉え方

4│従来の町並み色彩計画の考え方

計画主義としての従来の町並み色彩計画
公共に管理される町並み色彩
「自然環境色彩」と「近代科学色彩」の計画原理

5│町並み色彩計画の新たな方法

ライト・エンバイアラメントとしての町並み色彩
町並み色彩計画を構成する三軸のフレーム
町並み色彩計画の実践

注釈

柳田良造

1950年徳島市に生まれる。1975年北海道大学工学部建築工学科卒業。1981年早稲田大学大学院理工学研究科博士後期課程単位取得満期退学。博士(工学)。(株)柳田石塚建築計画事務所代表、プラハアソシエイツ株式会社代表を経て2008年より岐阜市立女子短期大学生活デザイン学科教授。主な著書に『シリーズ地球環境建築・専門編1』(共著、彰国社、2010年)、『北海道開拓の空間計画』(北海道大学出版会、2015年)、他。主な建築作品に「ニセコ生活の家」「もみじ台の家」「山鼻コーポラティブハウス」「発寒ひかり保育園」「当別田園住宅」、他。2013年日本建築学会賞(論文)、2017年日本建築学会教育賞。

森下満

1952年北海道芽室町に生まれる。1975年北海道大学工学部建築工学科卒業。北海道大学大学院工学研究院・助教。博士(工学)。主な著書に『北海道の住宅と住様式』(共著、北海道大学図書刊行会、1982年)、『町並み色彩学Ⅰ-港町・函館における色彩文化の研究』(共著、元町倶楽部・函館の色彩文化を考える会、1991年)、『まちづくり公益信託研究』(共著、まちづくり公益信託研究会編著、トラスト60研究叢書、1994年)、『みんなで30年後を考えよう 北海道の生活と住まい』(共著、30年後の住まいを考える会編著、中西出版株式会社、2014年)、他。2017年日本建築学会教育賞。

本書は「町並みを対象にした色彩論」ではなく、「色彩を手がかりにした町並み論」である。「町並みを対象にした色彩論」とは風土や地域、景観など複合的な要素で組み立てられる環境対象をシンプルな色彩言語で置き換え解釈し、実体概念と切り離した認知の領域で計画を考える方法と言えよう。例えば色彩のガイドラインの策定では対象地域の測色(写真撮影と定量化)を行い、ゾーニングと地域イメージ、評価をシンプルな色彩や言語で置き換え、対象地域での推奨色彩とエリアを設定する俯瞰的な計画の方法である。一九八〇年代から我が国での景観の色彩計画の方法論で、景観法の施行以降ほとんどの自治体で色彩基準を設定することになった根拠の考え方である。しかし、この方法には違和感を持っていた。実体の世界を記号化し、数値化し、解釈・評価・計画することで大切な情報がこぼれ落ちているのではないか、町並みの中の生きた知恵の情報が溢れ落ちているように思えていた。

町並みや建築には固有の色彩を含めた自生的世界がある。固有の風土のもと、三次元の空間と時間の流れ、その中での人々の暮らし、町並みと色彩とはそういう実体のある世界のものである。町並みと色彩を実体として捉えたい、それが「色彩を手がかりにした町並み論」の意図するものである。実体としての環境と色彩を手がかりに町並み、建築論を考えことであり、様式と色彩、建築理論と色彩、地域性と色彩、暮らしと町並み色彩、色彩町並みムーブメントなど、色彩を手がかりにすることにより町並みや建築の新たな領域を切り開けるのではないかと考えるのである。

しかし、町並み色彩を実体として捉える方法というのは実はほとんど開発されてない。歴史上も現代でも美しい色彩をまとった建築は常に存在し、ローマの時代の建築書にすでに色彩の記述があるにも関わらず、近代建築の出発点となったボザールにおける形態・色彩論争での色彩側の敗北の帰結なのか、建築学の分野では建築色彩に関する本が存在しない。建築色彩学の不在は、町並み色彩を実体として捉える方法も困難にしている。

著者らは「環境の教育力による函館西部地区での町並み色彩まちづくりの実践」で二〇一七年度日本建築学会教育賞を受賞した。ペンキが塗られた木造建物はメンテナンスのためにインターバルをもって塗り替えが必要である。建物の外壁(下見板)のペンキ層を調べるとその過去に塗られたペンキが積層している。函館元町地区においてこのペンキ層を「こすり出し」という手法で探った。「こすり出し」から、ペンキ層の中に不思議な円環状の色彩模様(「時層色環」)が現れてきた。当初は「こすり出し」という誰もが参加できるワークショップ型の調査で、しかもペンキ層の色彩模様(「時層色環」)の出現の不思議さ、美しさに単純に面白がっていた。しかしそのうち採取できた「時層色環」を分析する方法を編みだし、多数のサンプルから想像していなかった知見が得られることに気づくことになった。じつはこれは下見板に残されたペンキ層を通して、実体としての建物と色彩の関係、地域の暮らしの中での色彩を探る方法の一つを発見したのではないかと思うようになった。最初の発見は一つの建物が、時代の流れの中で何度も色を変えていくこと、それは地域のシンボルで重要文化財のような建物でも同様で、下見板のペンキ色彩はダイナミックに変わっていくことであった。明治末期に建てられた重要文化財旧函館区公会堂の創建当初の色彩は現代ではとても想像できないような、華やかで大胆な色づかいでその様式を表現していた。その色が戦後、周辺に広がった独特の色彩に影響されたのか、大きく変わる。しかも、その変わった色彩に函館市民は長く違和感なく暮らしていた。それが改めて文化財としての修理復元工事が行わることになった一九八〇年代、色彩も創建当初に復元され、その姿を表した時、函館市民や筆者らは鮮やか色彩に大きな衝撃を受けることになった。函館での明治期に建てられた様式建築は明治初期は白一色、それが明治後半に入ると、ほぼ同時代に世界的流行となったヴィクトリアン様式の華やかなスタイルの影響を受けたのか、旧公開堂のような大胆な色彩の建築が誕生する。それと呼応するように、同時期に建てれた住宅群のうち洋風の住宅のペンキ色彩は初期は白系であったのが、明治末から大正に入ると、国産のペンキの普及などもあり緑や茶など濃い色の建物も現れてくる。しかしまだペンキそのもの高価な材料であり、ペンキを塗っていない建物も相当数あったであろうことも判っている。「時層色環」の分析を通して、そういうことが判ってくるのだが、町並みと色彩を巡る物語としてはさらに面白くかつ複雑である。創建当初そういう建築史的来歴の色彩に塗られた建物が、住み手の思いや環境の影響、時代の転換により、その後何度も変わっていくのである。

町並みとはコミュニティの表象として固有のかたちをもって生まれ、時代とともに機能や設えを変えて、動的に生きていくものであり、色彩がその主要素として変わっていくのも自然のことかもしれない。地域の暮らしを伝える町並みと色彩が時代変遷の中で変わっていくのを、下見板に残されたペンキ層は実体として伝えている。町並み色彩の時代の変化を探る手がかりとしてもうひとつ風景画の存在を考えていたが、神戸・異人館群での「こすり出し」調査で、その重要性を確認することができた。

実体として地域の暮らしの中での町並みと色彩を探る二番目の方法として、建物から採取した「時層色環」を住み手に提示しながら、いつ頃どういう理由で塗り替えたのか、誰がどのようにして色彩を決めたのか、その方法はどうしたのかを探る地域の人々のライフヒストリーを考えた。その調査から色彩の選択には建物の色彩を選ぶ時の地域での生きた「生活知」の存在、具体的には自分の建物へのこだわりや愛着を色彩で表現したいという思い、地区の周辺環境との関係の中で考え、色彩選択の判断すること、地域を巡回し助言した専門家であるペンキ屋の存在など、地域の暮らしの中での町並みと色彩の関係を巡る重層的な生活情報の存在を確認することができた。

地域の住民も参加した函館での色彩研究から高齢化で町家の維持が困難になった建物の外壁の塗り替えサポートを行うボランティア隊の活動が生まれることになるが、同様の取り組みを探っているなかで、町並み色彩ムーブメメントとも言えるまちづくり運動の存在を知ることになった。一九八五年に著者が調査で訪れたカナダ東部のセントジョンズ市は、その町並み色彩が近年大きく変わっている。建物の下見板、窓周りや軒などに鮮やか色が塗られ、華やかになった中心市街地の町並みはジェリービーン・ロウの愛称で呼ばれ、観光地としても注目を集めつつある。その町並み色彩の変容を調べると、一九七〇年代後半に、衰退した中心部の歴史的な木造タウンハウスの再生のため、地元の歴史財団が中心となりある街区を対象に、町並み外観をカラフルな色に塗り替え、アーティストが内部空間を活用するリニューアル実験プロジェクトを行ったことが判った。この活性化プロジェクトが御披露目され姿を現したところ、カラフルな町並みの出現に周りの住民が驚き共感し、自分の家も華やかな色彩へ塗り替える現象が次々に起こった。感冒の流行のように拡がっていったそれは、地元の行政がガイドラインを示し指導したものでなく、中心部の歴史的地区のリニューアル再生に共感した住民が、自らの家を塗り替える町並み色彩づくりを進めた結果なのであった。現在カナダ東部の都市にもその影響が飛び火していると聞く。

セントジョンズ市の事例から読み取れることは三つである。第一は町並み色彩が都市のキャラクターを形成する大きな要因のひとつになり、色彩豊かな町並みが観光名所にもなったことである。近年の傾向だけでなく、もともとサンクトペテルスブルグ市などロシアの水色や黄色、緑色のパステルカラーの建物壁面の町並み、東欧やオランダなど都市の広場に面した建物の鮮やかな多色の町並み、トリノ市の黄色の町並み、港町ベルゲンの多色な町並みなど、色彩的特色を有する事例は枚挙にいとまがない。世界的にみて特色ある色彩的キャラクターをもたない都市の方が少数派といえるほどである。二番目が町並み色彩は「コミュニティの色彩」ということである。色彩を含めた町並み景観は、ヨーロッパなどでは都市として長い伝統をもつコミュニティ(地域共同体)の表象であり、地域のアイデンティティや住民の誇り、自己表現の反映として存在するものである。三番目が近年の華やかな町並み色彩形成は行政が指導したものでなく、住民が実験的な色彩プロジェクトに共感し、自己表現として色彩によるまちづくりムーブメントを進めた結果である。このような事例はアイルランド南部のキンセールなどの小都市群、ケープタウンのボーカープ地区、リオデジャネイロのファベーラ、アルバニアの首都ティアラなど、多数あげることができる。

ティアラでは、長く政治的経済的混乱の続いた後、市長に就任した元画家の人物は荒廃した都心部を復興するために、限られた予算の中で公共空間を不法占拠していた建物を撤去し、陰鬱な灰色の建物を鮮やかな色に塗り直した。建物に鮮やかな色彩を使った町並みと公共空間の回復は、人々が忘れていた街に対する思い、帰属意識を呼び覚ました。長年抑え込まれていた市民の感情があふれ出て、街のいたるところに色が現れ、雰囲気が変わると人々の意識にも変化が生まれはじめた。建物の壁を塗り替えた鮮やかな色彩は子供に食べ物を与えた訳でも病人を看病したり、教育を与えたりした訳でもない。しかしそれは住民に希望と光を与えた。その光が見せたのは、これまでと違う気持ちで生活ができるということ、街の暮らしと生活を良くすることができるという、希望である。

自ら住むコミュニティの建物の壁を市民自らが好きな色に塗ることは、時には街を取り戻す大きな力となることがある。町並みの色彩とはそういう契機となり、市民の街に対する思い、帰属意識を作り出す重要な要素のひとつである。伝統のあるヨーロッパなどではコミュニティ固有のものとして町並みにおける色彩の重要性は既知のことのように思われるが、近年のまちづくりムーブメントでの色彩の力は、彼らにとっても新たな発見であったように思う。

本書は色彩を巡る旅に出た記録である。調査で世界を巡った旅であるとともに、町並み・建築と色彩、その思索の旅に出た記録である。町並みと色彩を記号に置き換え評価するのではなく、実体としてその存在を地域の中で住民の暮らしの中で探り、その意味を問うた記録である。本書のタイトルはティアラ市再生の物語の講“Take Back your City with Paint”から取っている。

二〇二〇年 二月七日  柳田良造
森下 満

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