住民主体の都市計画
内容紹介
分権と市民参加の時代を見据えた実践と検証
地方分権と住民参加の流れにおいて、都市計画は益々住民に身近な存在となりつつある。真に住民主体の都市計画が行われる時代に向けて、住民が中心となった最新の取り組み事例を検証。都市計画を住民が使いこなすには何が必要か、住民と行政の役割分担、狭域と広域の論理の整合性を、第一線の若手実務者・研究者が問い直した。
体 裁 A5・368頁・定価 本体3800円+税
ISBN 978-4-7615-3172-0
発行日 2009-03-10
装 丁 KOTO DESIGN Inc.
序 都市計画を住民が主体的に“使う”時代へ
米野史健
1章 良い住環境を保全する
解題:保全をめぐるルールと住民活動との関係 米野史健
1-1 借地組合の契約にはじまる環境維持活動
大正末期に開発された練馬区城南住宅組合の取り組み 杉崎和久
1-2 美しい住環境の保全をめざす
住民が制定し運用するまちづくり協定・横浜市荏田北2丁目 室田昌子
コラム 地区レベルでの法的な規制の手法
2章 まちの景観を創り出す
解題:身近な“生活景”を住民主体で育てる 米野史健
2-1 生活景と地域コミュニティを育む日常的活動
東京郊外・世田谷区「地域風景資産」による風景づくり 岡田雅代
2-2 多様な主体による身近な景観づくり
秦野市景観まちづくり条例に基づく庭先協定 秋田典子
コラム まちづくり条例
3章 まちの変化に応える
解題:街の変化を契機としてまちが変わる 真鍋陸太郎
3-1 シンボル的な都市景観の保全から地域の住環境づくりへの進展
二度のマンション紛争を契機とした佐賀市城内地区での取り組み 秋月裕子
3-2 町並み保存活動とマンション紛争の相克
名古屋市白壁・主税・橦木地区におけるまちづくり活動 吉村輝彦
3-3 モノづくりのまちを次世代へ継承する
操業環境を保全し住工共生する、東大阪市高井田地域 泉 英明
コラム 都市計画提案制度
4章 歴史的景観を保全・創造する
解題:地域の文脈に応じたまちづくり組織のあり方 桑田 仁
4-1 まちづくり組織による提案と実践
「神楽坂らしさ」の保全・東京都新宿区神楽坂地区 矢原有理・窪田亜矢
4-2 自律的なまちづくりをめざす
大分県湯布院町「湯の坪街道地区」における景観計画の策定 姫野由香
4-3 まちづくり協定による設計案審査と街並み誘導
輪島市馬場崎商店街がめざす「輪風」のまちづくり 遠藤 新
コラム 地域を管理運営する組織
5章 まちの商業地をマネジメントする
解題:多様な境遇・利害関係者のなかで進める工夫 川原 晋
5-1 協定から市民事業までの住民主体の計画づくり
地域の“要かなめ”をめざす鶴岡市山王商店街のまちづくり 川原 晋
5-2 既存住民や職人と共存する商業環境の整備
街並み誘導型地区計画を活用した横浜市元町仲通り 石田 武
5-3 低俗化からの脱出
歓楽街のまちづくり“大阪ミナミ 宗右衛門町” 横山あおい
5-4 既成中心市街地の官民共働エリアマネジメント
福岡市、We Love天神協議会の取り組み 福田忠昭
コラム 社会実験の可能性
6章 身近な公共空間を改善する
解題:身近な既存空間の再整備のために 野澤千絵
6-1 農業用水路に沿った地域環境づくり
尼崎市むこっ子ロードにおける校舎裏すきま空間改善活動 内平隆之
6-2 小さな生活環境整備事業の積み重ねによる密集市街地の改善
横浜市「いえ・みち まち改善事業」 金 冑錫
6-3 市民提案・市民主体による既存空間の再整備
地域のコミュニケーション基地「うさきちハウス」づくり 野澤千絵
コラム 市民事業
7章 集落を守り育てる
解題:都市と農山漁村は相互に何を学ぶか 饗庭 伸
7-1 総合的村づくりにおける手法の1つとしての都市計画
兵庫県・岩崎地区の地区整備計画 松原永季
7-2 震災復興における中山間地集落再生の試み
新潟県中越地震における小千谷市東山地区での取り組み 澤田雅浩
7-3 地域を維持・継承させてきた住まい方
人口増加してきた坊勢島の地域内転居 山崎義人
コラム まちづくりとは
8章 住民主体の活動を支える仕組み
解題:住民の活動と政府の論理の隙間 内海麻利
8-1 きっかけとしての公募型助成金事業
東京都練馬区におけるまちづくりセンターの活動助成 杉崎和久
8-2 住民の必要性から公共サービスを創る方法
神奈川県大和市の市民と行政の「協働事業」制度 後藤 純
8-3 地域に予算を配分する取り組み
三重県名張市「ゆめづくり地域予算制度」 松浦健治郎
コラム まちづくりファンドのこれから
9章 まちの組織化
解題:住民主体の都市計画への準備として 真鍋陸太郎
9-1 マンション居住者との交流からはじまった地域自治のルールづくり
京都市有隣まちづくり委員会の活動 山本一馬
9-2 都市縁辺部における農空間を次世代に継承する
農業/都市的土地利用の整序化に向けた堺市北区金岡地区のまちづくり 加我宏之
9-3 インターネットによる地縁型コミュニティ支援の可能性
世田谷区若林地区でのSNS活用の実験 千葉晋也
コラム 都市計画と情報・情報技術
10章 住民主体の都市計画を考える論点
10-1 住民はいかに「主体」となり得るか 米野史健
10-2 「計画」の位置づけとあり方 内海麻利
10-3 確かな「規制・誘導」の実現のために 真鍋陸太郎
10-4 地域の運営につなげる「事業」の進め方 川原 晋
10-5 「時間」の流れと知恵 饗庭 伸
10-6 住民主体の「都市計画」の可能性
桑田仁・饗庭伸・内海麻利・川原晋・野澤千絵・真鍋陸太郎・米野史健
本書を手にするのは、いったいどのような人達だろう。タイトルの「都市計画」という文字に目をとめた、建築・都市計画を専門とする方々か。あるいはサブタイトルにある「まちづくり」に興味を持った、活動をしている市民の方々だろうか。だとすれば、本書のタイトル全体をみて、それぞれこう思うに違いない。前者の方々は「まちづくりと都市計画はほとんど同じ意味ではないか」、後者の方々は「まちづくりと都市計画は関係ないのではないか」、と。
一方からみれば「一緒」で、他方からみれば「別々」。まちづくりと都市計画は、そういう微妙な関係にある。こんな両者の関係を改めて捉え直して、「まちづくりの中で都市計画を役立てよう」というスタンスから書かれたのが、この本である。
建築・都市計画の分野では、まちづくりの活動を通じて都市計画をつくるという流れが、当たり前に思われてきた面がある。でも「まちづくり」が扱う範囲は、今や都市計画の域を超えて幅広くなっているから、「都市計画のためにまちづくりをする」なんて言い方は、もう通用しない。両者を別々のものとした上で、順序を逆転させる、つまり「まちづくりのために都市計画をする」と考える方がよい。
一方で、まちづくり活動をする人達は、都市計画が扱うハードの部分より、人の繋がりとかサービスといったソフトの部分が大切、と考える面がある。でもハードがあってこそソフトは成り立つから、「ハードが悪くてもソフトが良ければ暮らしやすい」とは言えないだろう。ベースとなるハードを高めることでソフトの機能も高まる意味では、「都市計画がまちづくりのためになる」と考えられるだろう。
このような「まちづくりのための都市計画」という視点から、建築・都市計画を専門とする方々には「まちづくり」の意味を、まちづくり活動をする人達には「都市計画」の意義を、それぞれ改めて捉え直してもらいたい。そして、両者をうまくつなげて、互いに活用し合うことを考えてもらえればありがたい。
本書全体、特に最後の論点部分は、多少挑戦的に書いている。論理が飛躍していたり、事実の検証が足りない部分もあるかもしれない。しかし、新たな時代を切り開いていくためには、多少型破りなチャレンジが必要ではないか。本書を読み進めていくことで、住民主体で都市計画を使っていく時代の息吹を感じ取ってほしい。
2009年1月
コアメンバー一同
本書の企画は2007年の3月に始まった。そもそもは当時出版された『自治体都市計画の最前線』(学芸出版社)のような、まちづくり事例の本を作らないかという依頼だったのだが、単なる事例紹介では面白くない、何か新しい方向性を提起したい…と考えているうちに、思いついたのが「住民主体の都市計画」という言葉であった。
当初は漠然としていたが、コアとなるメンバーで議論し、企画書をまとめる中で、徐々に狙いが固まっていった。行政による策定・決定への参加から、いずれ住民が主体的に決める形に変わるだろうという思いと、「まちづくり」という言葉が氾濫する今だからこそ「都市計画」に着目し、その意義を問い直す意図があっただろうか。
こうしてまとめた企画書を全国の若手研究者・実務家へと送って、あてはまりそうな事例の情報を提供いただき、情報提供者が集まった研究会や執筆者が参加するメーリングリストで意見を交換しながら、話を進めていった。執筆者に依頼した原稿を編者がまとめるだけでは面白くない、つくる過程で関係者が相互に交流し、そのネットワークから新しいものが生まれれば…といったあたりを狙ったのである。
実際、交流は有意義なものだった。各執筆者が書こうとする「あらすじ」を事前に提示して全体で共有することで、各原稿の狙いや役割が明確になったし、タイトル「住民主体の都市計画」を巡るメールでの議論は、共通理解をつくるのに役立った。提出された草稿を全員が読めるようにした上で、執筆者が集まる会を開いて相互に意見を交わしたのも、原稿の質をより高めるのに効果的だったと思う。
2年に渡るこうした手順に参加いただいたことで、本書の内容はより良いものとなり、「住民主体の都市計画」の概念も鍛えられたのであって、その意味で本書を企画編集したのは執筆者全員といえよう。今後もこの緩やかな繋がりを維持していきたいと考え、編者は「住民主体のまちづくり研究ネットワーク」としている。この中には、きっかけと貴重な助言を下さった学芸出版社の前田氏並びに井口氏も含まれよう。
10章でいろいろと論じてはいるが、「住民主体の都市計画」はまだ確固たる概念とは言えず、理論化も十分ではないだろう。しかし、本書の事例にみられるように、すでにその端緒は開かれているのであり、今後このような捉え方はより重要になるだろうし、またこのような方向の活動が発展していくことが期待されよう。本書がそのための一助となれば幸いである。
2009年1月
コアメンバー一同
ずいぶん分厚くて重い本だ。全国から26の事例が選ばれ、各々が10ページ前後で紹介されていて読み応えがある(終章としてコアメンバーによる論文も収められているのだから内容的にも重い)。
本の中味と無関係な感想を二つ。ひとつには、31人の執筆者のほとんどが1970年代生まれ(それも前半)の皆さんだということ。30代後半から40歳という年齢層には、編集意図を共有できる、これだけの専門家や実務者がいるのだ……。世代論は好きじゃないが、ボリュームゾーンですね。もうひとつには、2年という執筆期間に、編集意図の共有から始まって最後には草稿をお互いに読める状況までつくり出しているのに感心した。これはもちろんインターネット環境が可能にしたわけだが、同じ世代ということもあって、いかにも軽やかに行われている印象で羨ましい。90年代に渡辺俊一さんを中心に「都市計画フォーラム」がネット上で展開されたが、今回の執筆者たちによる「住民主体のまちづくり研究ネットワーク」は同世代限定の切磋琢磨ネット(?)なんですね。
内容について一言だけ。タイトルの意図に関連し「はじめに」と「おわりに」でも、まちづくりと都市計画の相違にふれられているが、その割には各々の事例が肝心の「都市計画」に迫っていないように思う。「都市計画」とは、空間の計画、規制・誘導、事業であるとされていることに異論はないが、それならば、やはり、各事例で「制度(とりわけ都市計画法の線引きや開発許可、建築基準法の集団規定、および土地利用にかかわる自治体条例)」が果たした効果や限界、さらには制度が空間づくりの阻害要因となっていなかったのか、等が説明されるべきだったろう。住民主体の意義は大きいが、根底にあるのは制度であって、制度の疲労がわが国都市計画の脱皮・改善を妨げていることは間違いない。制度の改定が上からでなく(現に「都市計画法の抜本的改正」を国が本気で進めている)、今回の事例のような「個別・具体」の積み上げでなされるためにも、制度とのかかわりの分析にもっと力が入れられてしかるべきだったと思う。それを、著者たちの今後の研究や著作への期待としておきたい。
(高見澤邦郎/明治大学建築学科客員教授)
都市計画とまちづくりの関係は常に結論のない議論であった。本書はこの議論に果敢に取り組み、両者間の関係を再定義し、新しい関係を導き出すことを目的としている。ここでの編著者による再定義は、「都市計画をまちづくりが活用する関係」になったということである。これまでのまちづくりと都市計画の関係は、都市計画への反対やアンチテーゼとしてのまちづくり、または都市計画をうまく実行するためのまちづくりという位置づけであった。しかし、そのバランスが崩れる時代が来ただけでなく、むしろ現在ではまちづくりが都市計画を包含していると編著者たちは論じている。
本著では、この新しい流れを示すものとして、様々な事例を体系的に紹介している。編著者たちの主張として、やわらかいが継続するのが難しい「まちづくり」と、かたくて継続性が高い「都市計画」は、関係をうまく保つことによって、より良い、柔軟な都市づくりにつながるという考えがある。しかし、実態としては都市計画のシステムをツールとして活用しているつもりが活用されているということが起こり得るため、その点は注意して論じる必要がある。もっとも、筆者たちはそういった認識も持ちつつ、あえて関係性をポジティブにとらえたのであろう。また、自戒を込めて言うが、まちづくりを万能の存在としてとらえるのは危険であり、その点本書では、各事例を執筆した専門家による独自の視点と、編著者による再解釈を通して、まちづくりという存在を十分に客観視した上での分析を行っている。
ともあれ、大きなうねりとして、まちづくりが都市計画に与える影響がある一定のレベルまで達してきていることがこの本から分かる。そういった影響力に対する分析軸が、最後に編著者らが示した5つの軸(主体・計画・規制・事業・時間)であり、細かいレベルでの影響力を図る上では、これは重要な示唆となり得るであろう。本書は、日本のまちづくりの現状を網羅して示すものであり、こういった帰納的分析を積み重ねることが、今後の手法としての都市計画だけでなく、計画・ビジョンとしての都市計画とまちづくりの関係を、これからの研究者や専門家が示していく上での基礎となる。
従って本書は、まちづくりと都市計画の現状での関係性とその議論を知りたい読者には基礎的な参考書となるであろう。
(金沢工業大環境・建築学部建築系講師/内田奈芳美)
担当編集者より
だいたいの執筆者が決まり、執筆者全員で共有するメーリングリストが立ち上がったのが07年9月。そのMLと編集コアメンバーとのメールのやりとりを一つにフォルダに集めているが、なんと1300通近くになっている。
特に終章をめぐるコアメンバーのメールのやり取りは凄まじかった。
これを手紙でやりとりしていたら、とっても出来そうにない。集まるのも無理。さすが文明の利器ではあるが、ここまでするの?という感じもしないではない凄さだった。
それだけの密な議論を経て出来上がった本なので、是非、ご高覧あれ!
(Ma)