人生100年時代の都市デザイン

人生100年時代の都市デザイン 豊かなライフシーンをつくるソーシャルインフラ
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内容紹介

実践から描き出す未来の都市デザイン

2020年以降「ソーシャルインフラ」で再構築する都市デザインが重視され始めている。人生100年時代の都市デザインを、民間企業や非営利セクターらが実践する「内発的で小さな変化の集積(マイクロ・イニシアチブ)」からボトムアップに構想するための一冊。プロジェクトベースの実践から描き出す、人生に寄り添った未来の都市デザイン。


坂村圭・真野洋介 編著
著者紹介

体裁A5判・208頁(カラー144頁)

定価本体2800円+税

発行日2024-03-31

装丁和田昭一

ISBN9784761528843

GCODE5683

目次著者紹介はじめにおわりにレクチャー動画関連イベント関連ニュース

はじめに ソーシャルインフラの多様な展開が描く第五時代の都市デザイン

1章 人生100年時代を豊かな時代とするために

東京工業大学 坂村圭

1部 人生100年時代の都市デザイン 小さなソーシャルインフラの生み出し方

2章 人生を揺り動かす都市デザイン センシブルプレイスメイキング

東京工業大学 真野洋介

創造的なアイデアとの出会いを生み出すインフラ

2-1 ギャップと驚きでつくる都市の居場所 Marunouchi Street Park | 三菱地所株式会社 中嶋美年子
2-2 都市は交感と創造のステージになる 東急歌舞伎町タワー | 株式会社久米設計 井上宏

共感を呼び起こすインフラ

2-3 「エシカルワークスタイル」で働きながら社会を変える We Labo(ウィラボ) | 株式会社オカムラ
2-4 あらゆるパートナーと共創するためのワークプレイス 共創空間Open Innovation Biotope | 株式会社オカムラ

都市の文脈に接続するインフラ

2-5 歴史的建造物が都市のレジリエンスを高める 九段会館テラス | 鹿島建設株式会社 小松寛和

身体的なリズムを取り戻すためのインフラ

2-6 生き心地を織りなすスロー 気仙沼スローライフ | 東京工業大学 井口夏菜子
2-7 自然の森に流れる多様な時間が私たちの創造性を高める 大手町の森 | 大成建設株式会社 佐藤俊輔
2-8 自然の中まで回遊し滞留する空間体験 湯河原惣湯 Books and Retreat 玄関テラス | 株式会社アールアイエー 野々部顕治

3章 人生の歩み方を自由に選択する パラレルライフデザイン

東京工業大学 真野洋介

働き方、暮らし方のデザインを行うためのインフラ

3-1 エリアデザインでオフィスの価値を最大化する 日本設計本社移転プロジェクト | 株式会社 日本設計
3-2 エリアワーカーとして持続可能な地域活動に携わる 竹芝地区でのエリアマネジメント | 東急不動産株式会社 根津登志之
3-3 住居は人生に寄り添う社会インフラになる 長期維持保全管理システム | 旭化成ホームズ株式会社 八巻勝則柏木雄介

都市と農村のライフシーンを混在させるためのインフラ

3-4 都市河川はリゾートインフラになる 隅田川表裏反転| 株式会社佐藤総合計画 関野宏行吉田朋史
3-5 「異なるものさし」を得る多拠点教育 徳島県デュアルスクール| 東京工業大学 松井雄太

地域固有の小さな自営業を生み出し守るためのインフラ

3-6 地域固有の小さな自営業を生み出すための場所のデザイン 富山県高岡市「サカサカ」| 東京工業大学 真野洋介
3-7 多世代の人生を場所の固有性で重ね合わせる 酒田駅前再開発「光の湊」| 株式会社アールアイエー 渡邊岳

4章  人生のあらゆる瞬間を尊重する エイジレスなまちづくり

東京工業大学 真野洋介

身体的な変化にグラデーショナルに対応するインフラ

4-1 住まいから実現する健康長寿 健康寿命延伸のための高齢者賃貸住宅 | 旭化成ホームズ株式会社 八巻勝則柏木雄介
4-2 ジェンダーレスなまちは誰にとっても優しく楽しい パピオスあかし | 株式会社アバンアソシエイツ 橘佑季

健康も自己実現も支えるインフラ

4-3 ウェルビーイングを向上する都市のインフラ 麻布台ヒルズ | 森ビル株式会社
4-4 様々な人と空間がごちゃまぜなまちづくり 輪島KABULET | 東京工業大学 菅野俊暢

自ら介入しカスタマイズできるインフラ

4-5 公共施設は人生と生活をシェアする場になる 大和市文化創造拠点シリウス | 株式会社佐藤総合計画 山口健児

技術進化と人の行動の変化に適応するインフラ

4-6 都市のデジタルツインで変わるエリアマネジメント 西新宿シンデジタルツインPJ | 大成建設株式会社 村上拓也
4-7 モビリティとともに進化する都市インフラ e-MoRoadR | 株式会社大林組

5章  人生と都市の豊かさを結びつける ライフシフトが生み出す都市のオルタナティブ

東京工業大学 真野洋介

市民参加を都市の自律的な運営に結びつけるインフラ

5-1 資本主義社会に依存しない新しい地主のあり方 神奈川県藤沢市辻堂「ちっちゃい辻堂」 | 東京工業大学 小永井あかり
5-2 生活圏を漸進的にリノベーションし続ける、人生100年時代の郊外住宅地 横浜市緑区753 village | 東京工業大学 大森文彦
5-3 「こどもが当事者」人口約1万人の地方都市で始めるまちづくり教育 宮崎県都農町まちづくり教育 | 東京工業大学 田中虎次郎・丸地優
5-4 「学ぶ力」が紡ぐ意志のリレー 気仙沼「一般社団法人まるオフィス」 | 東京工業大学 井口夏菜子

ライフシフトに対応して都市機能を更新するインフラ

5-5 駅と川を一体的にデザインすることで生まれる都市のアイデンティティ OTO RIVERSIDE TERRACE(オト リバーサイドテラス) | 株式会社アールアイエー 原口尚也
5-6 住民とまちと事業者のつながりから考える脱炭素のまちづくり 福岡県宗像市「ゼロカーボンシティ」宣言 | 西松建設株式会社 橋本守

都市生活のオルタナティブを構想するインフラ

5-7 都市生活を見直し再構築する、持続的生活の実験場 石川県珠洲市「現代集落」 | 東京工業大学 菅野俊暢
5-8 森林と共に循環する持続可能な地方都市のデザイン LOOP50建設構想 | 株式会社大林組
Column 人生の豊かさと都市デザイン 東京工業大学 坂村 圭

2部 人生100年時代の都市を考える視点

6-1 人生100年時代のまちづくりルール―官民関係に焦点をあてながら 東京工業大学 中井検裕
6-2 都市環境から考える人生100年時代 東京工業大学 浅輪貴史
6-3 地球環境変動下の大雨洪水災害から考える人生100年時代の都市とインフラ 東京工業大学 鼎信次郎
6-4 モビリティから考える人生100年時代 東京工業大学 室町泰徳
6-5 もうひとつの自己ナラティブを創る―ハイブリッド化翻訳のすすめ 東京工業大学 野原佳代子
おわりに

坂村圭:東京工業大学環境・社会理工学院准教授
真野洋介:東京工業大学環境・社会理工学院准教授

ソーシャルインフラの多様な展開が描く第五時代の都市デザイン

第二次大戦後から2020年までの都市デザイン

本書は、2020年以降の世界において、ソーシャルインフラの多様な展開をベースとした都市デザインについて、いくつかの視点とアプローチを提起し、企業や市民を中心としたプロジェクトの実践例を通して展望するものである。
現代都市デザインの目的のひとつとして、人間中心の環境を都市に取り戻す、または再生するということが挙げられる。第二次大戦後から現在に至る約80年を振り返ってみると、同じ「人間中心の環境を取り戻し、再生する」という目的も、その意味するものが時代によって異なる。
第二次大戦直後の時代は、壊滅的に破壊された都市・地域を再建し、都市の中心部の機能と空間を再構築することで、戦後急激に進んだ無秩序な分散化に対する都市の再集中化をはかることが目指された。その再集中化の中心的空間として、民主的で活発な議論が行われる場、また、戦争の記憶を含めた記憶の貯蔵庫の役割を持つ公共空間を中心に持つ「都市のコア」が多くの建築家により提案された。
これら都市のコアの提案が「Urban Design」という、新たな名称が与えられた独自領域の展開につながった。こうした諸機能とオープンスペースによる複合的な建造環境を、戦後都心空間の再建過程でひとつのスーパーブロックとして計画的につくりだすことに対して、1960年代後半から問題提起がなされた。
そこでは、都市の拡大と更新が引き起こすモータリゼーションや人種差別、コミュニティ衰退などの問題に対する、人間スケールの都市空間の回復をめざして、歩行者空間と広場のネットワーク、高層住宅に替わる中層複合居住街区の提案などが試行された文3)4)。これが第二の時代における都市デザインの始まりである。
東京オリンピックや大阪万博など、高度経済成長期における国家的イベント開催を機に、高速道路や新幹線などのインフラが整備された50年前の日本では、都市圏拡張のビジョンや都市空間のアイコニックなデザインが提案された一方で、「成長の限界」やオイルショック、公害問題等に象徴される、特定資源と科学技術依存への警鐘を踏まえた環境保全の取り組みが始まった 注2)文5)。また、第二次大戦後勃興した「Urban Design」が「都市デザイン」として都市政策や都市ビジョンの柱として位置づけられるようになったのも1970年代である。その後、都市のアメニティや都市景観など、人間の感覚や認知にもとづく環境の質の向上を目指した都市デザインが実践されるようになる。
第三の時代は、コンパクトシティや創造都市など、1990年代から2000年代前半にかけて進められた都市再生(Urban Regeneration)の一連の展開が行われた時期である。ここでは、都市デザインにおける「人間中心の環境」とは、経済、文化的な持続可能性の観点から衰退や停滞が起きている、歴史的文脈を持つ都心空間を、再び経済活動のエンジンとして、また文化創造活動の拠点として再生することを意味していた。スペイン・ビルバオや金沢の現代美術館のように、ブラウンフィールドや施設跡地の再目的化により、文化創造拠点を核に都心空間の求心力を高めることや、旧市街とウォーターフロント、産業地区などを含む一連の地域における空間戦略の構築とパートナーシップ再編による、商業環境の質の向上などが主な手法として用いられた。その一方で、大都市では、激しい都市間競争を意識し、規制緩和やインセンティブゾーニングの手法が用いられ、大規模で事業期間が長期に及ぶ開発が「都市再生」を象徴するデザインとなった。現在から2030年代に向けた都市開発計画も、大体この潮流の延長線上にある。
第四の時代は、2010年代半ばから2020年にかけての時期である。この時期はSDGsや気候変動など世界共通の課題に適応し、持続可能な環境都市を構築する社会のコンセンサスと連動した都市デザインの模索が始まった。2020年代の幕開けの年にコロナ禍が起きたことは想定外であったものの、感染症に適応可能な都市空間や近隣環境のあり方を模索したことと、「レジリエンス」の概念を災禍から拡張し、さまざまな社会変化に対するレジリエンスと捉えて都市デザインを考えることにつながっている。
また、2000年代以降、都市再生事業の開発区域における高付加価値化から進展した、地域をマネジメントするという考え方についても、単一、もしくは隣接する開発地区をマネジメントする「エリアマネジメント」だけではないものが求められるようになっている。ここでは、個人、近隣地区、地域、地域間、国、グローバルというスケールを順序階層的に捉えるのではなく、多層的な環境が重なって領域が形成される広い意味での地域として捉え、この多層的環境の相互応答や時間軸を含めた環境をマネジメントすることを含めて、第五の都市デザインを考える契機となっている。
また、2020年以降、ライフシフトやウェルビーイング、エイジレス・リビングなど、人間個々人の長寿化と価値観、幸福感の多様化に呼応し、暮らしの豊かさの再定義から考える、都市デザインの新たなフィールド(領域)とベースラインを描き出すことが必要となっている。そこでは、自分の人生デザインを中心に、各自が環境や地域との関係をカスタマイズし、即地的に環境が組み立てられていく「マイクロ・イニシアチブ」(内発的なプロジェクト志向の意思形成と運動)の追求や、都市と地方の関係を一対のものとして捉え、相互の環境を持続可能なものにしていく計画思考などが求められるようになっている。
本書では、こうした暮らしの豊かさの再定義とマイクロ・イニシアチブなどから、環境を再構築するプロセスを支える、幅広い「ソーシャルインフラを生み出す都市デザイン」についての論考と、民間企業や非営利組織を中心とした2020年以降の実践を読み解きながら、2030年以降の都市デザインについて考えるものである。

2030年以降の都市デザインについて考える

10年先の都市デザインを考えるために、今から10年前の2010年代からの10年に焦点を当てて、再度考察をはじめてみる。
2010年代の日本では、都市政策や開発、社会のあり方など、東京オリンピック開催予定の2020年を目標年次として計画、構想されたものが多数存在した。しかし周知の通り、コロナ禍の発生と東京オリンピックの延期により、観光や不動産開発など、2020年を新たな世界のスタートラインやビジネスのアクセルと見込んでいたプロジェクトは頓挫、もしくは停滞し、別のかたちへの変容を迫られた。都心や特定の地区だけを切り出し、特別なルールとインセンティブを与える都市デザインは一時的に効力を失う一方で、近隣地区(ネイバーフッド)の再考や、二地域間の関係構築、個人や小さな集団による共創空間など、「地域」の概念の多層化とともに都市デザインの考え方は変化した。
もうひとつの見方として、2010年代の日本は、現代社会における未曾有の災害となった東日本大震災が大きな転機となり、政府、企業、行政への信頼が揺らいだ一方で、内外の企業、非営利組織を含めたマルチ・スケールの事業者による連携や中間支援プログラムの展開、個人の力と共感による創造性の発揮など、本書が重視する「ソーシャルインフラ」の多様化につながる萌芽も多数生まれたことが特筆される。
その一方で、2015年に採択されたパリ協定(温室効果ガス削減に関する国際的な枠組み)やSDGs、国連防災世界会議の「仙台防災枠組2015-2030」など、地球規模の気候変動や世界全体の持続可能性を考える議論の土俵においては、2020年は京都議定書からパリ協定へと枠組みが切り替わる年ではあったものの、あまり大きな節目ではなかったと見ることもできる。いずれにせよ、既に2020年代も半ばにさしかかっている現在、これらの当面のゴールである2030年ではなく、それ以後の都市デザインに向けた領域を切り拓く必要がある。しかしながら、こうした気候変動文10)や持続可能な開発のゴール(目標)、AIに代表されるデジタルトランスフォーメーションの急激な加速文11)などに対応し、世界全体の環境変化に合わせてこれからの都市デザインを語る文12)ことは、本書の意図するところではない。
本書の1章で述べるように、地球規模の変化を前提に都市デザインを語るのではなく、個々人の「豊かさとは何か?」や、個人の生活、近隣、接続する領域などにおける「小さな変化と意思の集まり(マイクロ・イニシアチブ)」から都市デザインの流れを考えることを本書の立場としている。また、近年の都市ビジョンやアジェンダで掲げられる、「公平性(Equity)」や「社会的包摂(Social Inclusion)など、社会的な正当性の議論から都市のあり方を考えるという視点とも異なり、企業や市民などが連携したプロジェクトの実践例やケーススタディから、探索型で視点やアプローチを切り出す方法をとっている。同様に、「少子高齢化」や「働き方改革」、「成長戦略」など、近年の日本社会と都市をめぐる前提とされる枕詞は一度横に置いてみるというスタンスで、本書は構成されている。

ソーシャルインフラストラクチュアが持つ3つの側面

そして、本書のもうひとつの大事なテーマである「ソーシャルインフラ」に関して述べる。
本書では2030年以降の、人生100年時代の都市デザインを考える上でのキー・概念として、ソーシャル・インフラストラクチュア(以下、ソーシャルインフラ)を取り上げている。
このソーシャルインフラは次章でも述べているように、まだ確定された概念ではないが、本書では少なくとも、物的基盤の意味合いの強いソーシャルインフラ(社会基盤とも呼ばれる)から、人の生活を支えるプログラムや場所としてのソーシャルインフラとして扱う。この「人の生活を支えるプログラムや場所としてのソーシャルインフラ」と見ることについては、これまでの「ソーシャルインフラ」が持ちつつある、以下に示す3つの意味合いを踏まえてのことである。

1)社会関係資本(ソーシャル・キャピタル)をつくりだす基盤

図書館/教育・文化施設/オープンスペース/農園など、各場所の持つ役割から考えたものである。
これらの場所は、地域との関わりの入口や接点としての場所であったり、交流や人間関係を生み出す場所であったり、社会を支える活動を起こす場所であったりする。

2)都市のレジリエンスや持続可能性を高める社会的基盤 物的社会基盤である、クリティカル・インフラ(重要インフラ)や、グリーン・インフラと並ぶもので、災害時における「共助」や、コミュニティ・記憶の継承、個人・組織・政府のマルチレベルのパートナーシップなどが挙げられる。

3)個々の人生を豊かにする、多様なライフシーンの実現を支える社会的基盤

次章以降で詳細が述べられているが、人の行動や選択を変えたり、多様化したりするためのもの、新たな時間軸を意識させるもの、参加や主体の多様化につながるもの、インスピレーションや動機づけにつながるものなどが挙げられる。
以上のように、本書におけるソーシャルインフラに関して、これまでの建造環境、都市デザインにおいて、ビルディングタイプや用途別につくられてきた都市空間や施設の複合的環境とあえて対比させ、Built Environmentの新たな役割を持つ環境と仮定して見ていく。

東京工業大学 真野 洋介

本書籍の議論は、2019年から3年間続いた「人生100年時代の都市・インフラ学」という東京工業大学の産学協働プログラムをきっかけにはじまったものです。この産学協働の取り組みは、日本の都市開発、不動産、建設、まちづくりを牽引する20を超える民間企業が参加するものであり、東工大の多様な分野を専門とする教員とワークショップ形式で、人生100年時代を契機とした個人や社会の変化とこれからの都市の向かう先を話し合うものでした。今回の書籍は、ここでの議論を統括し、事例調査を加え、あらためて何を社会に発信すべきかを検討しなおした成果です。このため原稿の節々から、「人生100年時代の都市デザイン」という簡単には結論の出せない「問い」に対する、大学教員、専門家、学生、企業関係者、実践者など100名を超える人々の思考を垣間見ることができるのではないかと思っております。
この3年間を振り返ってみると、私たちの「人生100年時代の都市」の議論を突き動かしてきたことの一つに、現代の都市計画や都市デザインに対する危機感があったと思い返されます。グレートアクセラレーションの時代にあって、明らかに次の新しい時代がすぐそこにまで到来してきているのに、日本の都市計画は少しの修正や変更しか繰り返せず、次の再開発の用地を血眼になって探している。データサイエンスとAIの発展(DSAI)に振り落とされないように対応することに精いっぱいで、豊かな暮らしを根底から問い直すことを忘れてしまっている。いやむしろグローバリゼーションの波に乗った大資本が作り出す価値観に振り回されている。そして、地球環境が危機的状況にあることに気付きながらもその状況に順応し、自分の力では変えられない遠い出来事のように静観してしまっている。そのような状況を反省的に振り返り、新しい発想で都市を大きく変革しなければならないという想いが、本書のパラダイムシフトに関する議論を突き動かしてきました。
一方で、実際の議論内容を精査してみると、都市や都市デザインの変革の方向性自体を話し合うことよりも、ヒトの変わらない性質や特性についての議論に多くの時間を割いたことに気づかされます(この気づきは、シンポジウム基調講演者の蓑原敬先生のご講演と対話から大きなインスピレーションを頂いたものです)。そもそも、人生100年時代の都市デザインを議論するにあたり私たちが当初から拠り所にしていたのが「豊かさ」というものでした。副題にもなっているソーシャルインフラは、あらゆる人の豊かさを支えるというメッセージが込められたものであり、「豊かさ」の議論無くして本書は成り立っていません。そして、ヒトがいつの時代においても追及する「豊かさ」を議論していくなかで確かめられたことが二つあります。一つが、私たちヒトは社会的な生き物であるということ、そして二つ目が私たちヒトは自然生態系の一員であるということです。どちらも当たり前のことだと思われるかもしれませんが、このことをあらためて自覚し直したことで、人生100年時代のソーシャルインフラを考えるための大切な視座を獲得することができました。
すなわち、わたしたちの人生がどのように広がっていくとしても、ヒトは決して個人として自立した存在ではなく、共同体内の存在として社会の中で生き続けるという気づきです。私たちは、家族、友人、他者がいて、お互いに世話をし合い、学び合い、干渉しあうことで人生を歩むことができます。ヒトは、直接的・間接的に支え合いながら生き続ける生物であり、そして私たちの感じる「豊かさ」の大きな源泉の一つは、この共同体とのつながりです。この文脈のうえで、人生100年時代に想定されるライフシフトという事象は、個人と共同体のかかわり方や相互干渉のリズムに変化をもたらすことだと理解されます。
人生100年時代は、社会的に拘束される労働期間の柔軟性、学びと教えのサイクル、老後に世話をしてもらう程度や期間を再考させます。それは決して共同体内としてのヒトの存在を否定するものではなく、むしろ多様な共同体のあり方を創造し、多層に重なり合う共同体と自身とのかかわり方を志向させる契機となるものです。
また、わたしたちは100年先の未来にあっても、この地球での人生を歩み続ける限りは、自然生態系の枠組みからは逃れられることはできません。しかし、この自然生態系もまた、ただの制約ではなく、ヒトに「豊かさ」と創造力をもたらす源泉となります。いま、自宅の庭から始まって、河川や生きた森、都市の形態、都市と農村の関係性などが問い直されはじめています。人生100年時代の都市の将来像として意識されるものは、自然に囲まれた生活環境だけでなく、自然生態系そのものの持続的なあり方です。
都市という閉じた領域だけでなく、都市を取り囲む自然生態系までも対象とすることが、未来の都市デザインに確実に求められることとなるでしょう。
もちろん、本書籍のなかだけでは議論することのできなかった課題はまだまだ山積しています。今後も継続して、人生100年時代の都市デザインの変革の向かう先とその変革の仕方を思考すること、そしてそのためにも都市や地方で少しずつ生まれる変革へのうねりを観察し、学び、次なる実践へとつなげる必要があると思っております。
さて、本書は、30名を超える執筆者が参加して、全国各地の先進的な活動事例をまとめたものであり、その出版にあたっては、非常に多くの関係者の皆様のご支援を頂いております。まず、企画当初から執筆の方向性を、時に厳しく、時に暖かくご指南いただいた、学芸出版社の岩切江津子様にお礼を申し上げます。岩切様に辛抱強く的確なコメントをしていただくことがなければ、本企画は実現しませんでした。また、発刊にあたっては、学芸出版社の岩﨑健一郎様の多大なサポートを頂きました。お二方の多大なご尽力に大変感謝しております。大学教員、学生、企業の方々の窓口となり、実務的サポートだけでなく、精神的な懸け橋となってくださったのが、清原康代様です。本来の業務を超えた清原様のホスピタリティが、私たちをつなぎ合わせ一つの書籍へと結実させることを可能としてくださりました。また、産学協働プログラムの創設時から辛抱強くサポートをしてくださった大学関係者の皆様に大変感謝しております。
最後に、本書籍の活動事例をご紹介くださった企業関係者の皆様、フィールドでの聞き取り調査にご協力くださった関係者の皆様に深く御礼を申し上げます。皆様方が単に活動事例を紹介してくださるだけでなく、共に人生100年時代の都市デザインを考えてくださったことが、私たちの思考を広げ深めることにつながりました。マイクロ・イニシアチブを探索するという本書のアプローチが可能となったのは、皆様との対話があったために他なりません。
人生100時代の都市に求められることは、変化への対応の繰り返しではなく、豊かな未来に向けた大きな変革です。変革への道筋を切り拓くことは、時に困難を伴うものですが、私たちは既に、その先に確かな豊かさと疑いのない公正さがあることを知っています。本書籍がこれから人生の大きな一歩を踏み出そうとする変革者を鼓舞し、その歩みの助けになることを切に願っております。

東京工業大学 坂村 圭

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